【91】プロポーズ
「まさかパフォーマンス賞だけじゃなく、ベストカップル賞ももらえるなんて思わなかったな」
「本当だよね!」
楽しかったパーティが終わって、マシロの言葉に相槌を打ちながら会場を出る。
今回はなんと、私とマシロが二つも賞を貰ってしまった。
男女逆転の格好で目立って、生徒たちの興味を引いたようだった。
「ねぇマシロ。帰る前にちょっと一緒にきて」
手を引いて連れていったのは、ホール近くにある学園の広場。
噴水が綺麗にライトアップされていて、とても綺麗だ。
ただ寒いので誰も人はいない。
それを確認して立ち止まる。
ドキドキとする心臓を押さえて、落ち着けるように深呼吸する。
言うべきことを昨日から何回も頭の中で練習してきた。
だから大丈夫だと自分に言い聞かせて、マシロと向き合う。
真剣な表情の私に、紅の瞳が少し戸惑ったように見えた。
「……扉の向こうに行って願いを叶えて後、私はこの世界で大学に進むつもりでいるよ」
突然始まった私の話に、要領を得ないんだろう。
マシロはそうかとだけ呟いた。
「その後ちゃんと就職して、マシロを養っていけるだけのお給料を貰う。一人前になったらマシロと結婚式をあげて皆に認めてもらう。子供を生むときはこんな私だから大変だろうし、マシロにも暗示の能力で協力してもらうと思うけど、きっとどうにかなるし、どうにかするつもりでいる」
「おい、アユム……?」
がしっと肩をつかんで宣言すると、マシロは話についていけてないのか困惑した顔をしている。
それも構わずに、話を続けた。
「この前はごめん。私、マシロといたいっていう自分の事しか考えてなかった。本当にそれを願うなら、マシロのことまでちゃんと考えておくべきだったんだ。そこまでちゃんと頭が回ってなかった。自分を押し付けて、マシロがどんな気持ちでいるかなんて考えてなかったんだ」
「落ち着けアユム。話が見えない」
いっきにまくしたてる私に、マシロが声を掛けてくる。
マシロの肩を掴む指先に力が入りすぎていることに気づいて、ぱっとその手を離して少し距離をとった。
「扉の向こうで、私はマシロが人間になれるようにお願いしようと思うんだ。お兄ちゃんには悪いけど、これから先もマシロとこの世界で過ごしていきたいから」
私の言葉に、マシロが目を見開く。
「マシロが人間になったら、一緒の時を過ごしていける。人間になるってことは、歳をとるしいつかは死んじゃうから、ずっと生きてきたマシロにとって怖いことだと思う。でもその代わり、マシロに寂しい思いなんてこれから先させたりしない」
マシロが不安にならないよう、揺ぎ無い声色で口にする。
そっとマシロの手をとれば冷たくて、その指先を温めるようにぎゅっと握った。
「マシロに苦労はさせないって言えたらいいけど、私は色々足りないとこがあるし、ちょっとやっかいだって自分でもよくわかってる。でも誰よりも大切にするし、マシロとなら乗り越えていけると思うんだ。私との未来に不安を持つマシロの気持ちはわかるけど、マシロにも私といることを喜んで自分から選んでほしい」
いっきにそこまで吐き出して、マシロの前に片膝をつく。
ドレスの裾が地面についたけれどそれを気にすることなく、ポケットから小箱を取り出した。
緊張して振るえる手で小箱を開けて。
俯いてそれを差し出し、マシロに見せるようにする。
その中には今までに溜めたお小遣いを全てつぎ込んだ指輪が入っていた。
「マシロ。どうか人間になって、これから先も私とずっと一緒にいてください!」
――言った。言ってしまった。
血が沸騰するくらい熱くて、恥ずかしくて、それでいて不安で押しつぶされそうだった。
受け取ってもらえなかったらどうしようという気持ちが、むくむくとこみ上げてきて、ぎゅっと目を閉じる。
やっぱりプロポーズなんておかしかったかな。
でも、マシロには未来を私のために変えてもらう決断をしてもらいたいのに、自分はそれを受け止める覚悟を示さないというのは卑怯な気がした。
私の選択だから、受け入れて人間になるんじゃなくて。
マシロから、人間になって私といる未来を選択してもらいたかった。
永遠とも思えるような沈黙が流れて。
「アユムは本当にぼくの予想外の事ばかりしてくれるな」
それを破ったのは、ははっと笑うマシロの声だった。
俯いたままゆっくりと目を開ければ、マシロがしゃがんで私の頭を優しく撫でた。
「色々悩ませていたみたいで悪かった。ぼくがあんな態度をとっていたから、アユムとの未来を不安に思ったと勘違いしてしまったんだな」
反省するかのような口調で、マシロはそんな事を言う。
思わず顔を上げれば、愛おしそうに私を見つめる瞳と目があった。
「えっ……違うの?」
「アユムといれるならどんな苦労でもする。アユムが一緒にいたいと言ってくれて本当に嬉しかったんだ。ただ、ぼくは……扉の向こうに行ったアユムがツキに出会って真実を知って。そしたら、アユムがぼくを嫌いになってしまうということを忘れてたんだ。だから、素直に頷けなかった」
マシロはそういいながら私の腕を掴んで立たせる。
立ち上がった私のスカートのほこりを払って、それから髪をととのえるように触れてきた。
「私がマシロを嫌いになんてなるはずないよ」
「アユムがぼくを好きでいてくれてるぶん、真実を知れば裏切られたと思うはずだ。本当は最初からアユムに好かれる資格はなかったんだ」
苦しそうにマシロは顔を歪ませて、私の言葉を否定する。
「ぼくが好きなだけなら許されると思ったんだ。アユムの願いに協力できるならとこの気持ちを肯定して。側にいられるだけで満足していればよかったのに、アユムの気持ちまで望んで返してもらって。どんどん欲張りになっていってしまったんだ」
懺悔のようにマシロは口にする。
本来はいけないことなんだというように。
「扉の向こうへ行けば、アユムはぼくを嫌いになる。でも、ぼくを恋人として選んだということは、アユムは扉を開けて元の世界へ帰る選択をするだろうと思っていた。例えアユムが真実を知っても別れてしまう」
真実を知れば、私がマシロを嫌いになる。
これはマシロの中では確定された出来事のようだった。
「こんな風にぼくといる未来を望んでくれるなんて、考えてなくて。嫌われてしまうのが、本当に……怖くなったんだ」
か細い声でマシロが告げる。
ぎゅっと胸のあたりで組み合わされた手は、細かく震えていた。
「アユムの気持ちは嬉しいし、そんな未来があるなら喜んでそれを選びたい。でもアユムが扉の向こうに行って、ぼくに言ったことを後悔するのは嫌なんだ。これ以上アユムを裏切りたくないから……やっぱり受け取れない」
ごめんと断りの言葉を入れようとしてる気配を感じて、マシロの首に腕を回すようにして無理やり唇を塞ぐ。
そんな言葉は聞きたくなかった。
「んっ!」
戸惑う気配を感じたけれど、気にせずにマシロの口の中に舌を差し入れる。
押し返すように動く舌を絡めて吸い上げて、こちらの思うままにしようとすれば、逆にやり返されてしまった。
「……はぁ」
息を付いて互いの唇を離す。
見つめてくるマシロの赤い瞳は切なげに潤んでいて、その表情は悲しげだった。
その瞳の中に確かに私を好きだという色を見つけて微笑む。
それさえあるのなら、これから先もきっと大丈夫だと思えた。
「マシロが好きだよ」
びくりとマシロが反応する。
「私は元の世界より、マシロを選択したよ。でも、マシロは私に嫌われるのを恐れて、私を選んではくれないの?」
揺れる赤い瞳に決断を迫るように問いかければ、マシロは泣きそうな顔になった。
まるで私がマシロを虐めてるみたいだ。
私に嫌われるのが怖いと思うマシロが、愛おしくてしかたない。
こんなに悩んでくれてるのも、私が好きだからだと思えば、嬉しくてしかたなくて。
そんなマシロがやっぱり好きだと思った。
「扉の向こうに何があるのかは知らない。けどマシロの嫌なとこを知ったって、嫌いになんてならないよ。誰だって嫌なとことか欠点くらいあるでしょ」
マシロから少し離れて、くるりとその場で回ればスカートが翻る。
「見てよ、私なんて欠点だらけだよ。女なのか男なのかさえも、中途半端。でもマシロはこんな私を受け入れてくれたでしょ」
それがどれだけ特別で、私の不安を取り除いてくれていたのか、マシロはきっと気づいてない。
マシロが『私』を受け入れてくれたから、この世界で押しつぶされずにすんだのだ。
「私だってマシロを受け入れられるよ。信じて」
真っ直ぐ瞳を見つめて、想いが伝わるように口にする。
そんな風に言われるとは思ってもなかったんだろう。
マシロは目を丸くして、それからくしゃりと顔をゆがめた。
「本当、アユムには叶わないな。そうやって格好いいことを言われてしまうと、本当男前すぎて、ぼくの立場がない」
「そこは気にしないの。それで……返事は?」
弱ったように口にするマシロの前に、再度指輪が入った箱を突きつける。
「アユム、その指輪をぼくの指にはめてくれないか?」
「……! もちろん!」
マシロの言葉に喜んで頷いて、マシロの白くて長い指に指輪をはめる。
女の人の手にしては節ばっていて、このあたりのパーツを見るとマシロってやっぱり男の子なんだなと思う。
私から貰った指輪を薬指にはめて、マシロは嬉しそうに微笑んでくれた。
「ぼくもアユムとこれから先も一緒にいたい。頼りにならないかもしれないが、アユムを幸せにできるよう、精一杯頑張るから。だからアユムの願いで、ぼくを人にしてほしい」
幸せそうな笑顔で、マシロがそう言ってくれて。
「これからもよろしくね、マシロ!」
「あぁ。もちろんだ」
感極まって抱きつけば、強く抱き返してくれた。




