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【90】白の王子

「今度化粧してくれない? お金は払うからさ」

 モデルのバイトが終わってから、思いつきで留花奈にお願いしてみたら、気持ち悪いものを見るような目を向けられた。


「あんたもしかして女装にはまった?」

「違う。マシロに留花奈のメイクの腕の話をしたら、興味持たれちゃって。今度見せて驚かせてみたいんだ」

 本当はそんな話一切してない。

 こんなバイトをしていることも内緒だ。

 けど、留花奈の化粧をして女の格好をした私を見て、マシロがどう反応するかなとちょっと気になったのだ。


「そんなのあんたにあげた雑誌でも見せればいいじゃない。これ結構面倒くさいのわかるでしょ?」

「雑誌? そんなのもらってないけど」

 何のことだと首を傾げる。

「前に撮影した後、雑誌ができてすぐにあんたの家の住所に送りつけたわよ。スマホで撮った、あんたが代役で友達の恋人してるときの写真と、わたしが撮ったあんたの女装写真と一緒に」

 留花奈はさらりと、とんでもない爆弾発言をかましてくれた。


「はぁっ? 家族が見たらどうすんのさ! 何考えてるの!」

「いや、折角良い出来だったし、嫌がらせも兼ねて。ちゃんとあんたの名前で送ったから届いたと思ってたんだけど」

 そんなもの受け取った覚えがない。

 けど、留花奈の態度は、嘘を言っている感じでもなかった。


「あんたが受け取ってないってことは、幼馴染のあいつが受け取ったのかもね。わたしからってところが気になって、処分したのかも。ありえるわ」

 はっと鼻で留花奈は笑う。

 ありえないとは言い切れないところが宗介だった。


「それ送ったのいつ?」

「あんたと写真撮ったのが中一の秋だったから、中二の春くらいじゃない?」

 問いかければ、留花奈はそう言って私の顔にチークをのせる。

 ぽんぽんと優しくふれる感触が少しくすぐったい。


 中二の春あたりと言えば、私が女に見えて戸惑った宗介が、微妙に距離を置いていた時期だ。

 ふいに昔宗介の部屋で見つけた、留花奈の載った女性向けファッション誌を思い出す。


 宗介は義妹であるクロ子ちゃんの忘れ物だと言っていたけれど。

 ぱらぱらと捲っていたのは吉岡くんだったから、あまりちゃんと見てなかったけれど、もしかしてアレだったりするんだろうか。

 後で宗介に聞いてみなきゃとそんなことを思った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●


 前に撮影した雑誌が黄戸家にあるからあげる。

 車で送ってもらった帰り道、一旦黄戸の家に寄った留花奈から雑誌を受け取った。

「はいこれ」

「わざわざありがと」

 家までは結構あったし、中身を確認してみようかと取り出して目を見張る。


 それは前に、宗介の部屋にあったファッション誌と同じ表紙だった。

 大きめの花柄ワンピースを着たモデルさんが印象的で、なんとなく覚えていたのだ。

「このあたりがわたしの特集で、こことかあんたが載ってるわよ」

 留花奈が横から手を出してきて、ページを捲って見せてくれる。

 たくさんスナップ写真がある中で、私の写真は隅っこくらいに使われるのかなと思っていたらそんなことはなく。


 どでかく丸々一ページつかって、留花奈と仲良さげに写っていた。

『仲良しの友達と一緒に遊ぶ、ルカの休日♪』

 みたいなことが横に書かれている。

 他にもちらほら、留花奈とセットだったり単体だったりで載っていて。

 かなり写真写りがよく、まるで自分じゃないみたいだと思う。

 あの時は吉岡くんがパラパラ捲っているだけだったから、私が載ってるのには気づかなかった。


 そうなると、宗介は私宛の留花奈からの包みを開けた可能性が高い。

 留花奈からの包みを勝手に開けるというのは、過保護な宗介の行動としてなんとなくわかる。

 変なものが入ってるんじゃないかと思ったんだろう。

 実際にとんでもないものを送りつけてきてるから、間違ってはいない。


 けど、その後女装写真を見つけたら、何か言ってきそうなものだ。

 妙にもやもやした気分になる。


「それとあんたからの依頼、受けてあげる。前に姉様の件で振り回した借りもあるしね。化粧して欲しい日時がきまったらメールしなさい」

 そういい残して、留花奈は去って行った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●


 すでに慣れ親しんだクリスマスパーティ。

 今回もマシロをパートナーに誘った。


 番号の入ったワッペンを貰い、留花奈と一緒に会場入りする。

 すでにホールには人が溢れていて、すれ違う人が私を振り返った。

「やっぱり何か変かな」

「今のはあんたに見とれてただけよ。このわたしが面倒みたんだから女装は完璧に決まってるじゃない。唯一変なところがあるとしたら、こんな場で女装しようと考えるあんたの頭だと思うわ」

 ドキドキしながら口にした私に、しれっと留花奈はそんなことを答える。

 

 今日の私は肩まであるロングのカツラに、瞳の輪郭を際立たせるコンタクトレンズ。

 『周りに男として認識される』力は髪と瞳を隠したから、働いていない。

 留花奈にほどこしてもらった化粧はいつもの別人メイクではなく、元の私を生かすようなものにしてもらって、ドレスを着ていた。

 だから今日の私は、完璧に女の子にしか見えないはずだ。


 会場内には、番号ごとに整列させようとしている係りの人の声が響いている。

 自分の番号の辺りを見れば、そこには黒のタキシードを着たマシロの姿があった。


 ――絵本にでてくる王子様みたいだ。

 そんな事を思う。


 今日のマシロはいつものように女装をしてなくて、長い髪はくくって後ろに流していた。

 品のある佇まいと整った顔立ち。

 そういう儀礼用の服を着てしまうと、神秘的な雰囲気も加わって、マシロは本当に格好いい。

 白い髪と赤い瞳でマシロだとはわかるんだろうけれど、周りの女の子たちが戸惑いと共に熱っぽい視線を送っていた。


 私が見てることに気がついたんだろう。

 マシロがふいにこっちを見た。

 視線が合うと、大きく目を見開いて固まる。


「どう……かな?」

 近づいていって、少し上目遣いに尋ねる。

 女の格好も久しぶりだし、そもそもこういうドレスなんて元の世界でもあまり着ることがなかったから気恥ずかしかった。


 マシロの髪色に合わせた白のドレス。

 とろみのある生地でできたドレスのスカートはゆるく段が付いていて、うごくたびに柔らかくひらめく。

 肩紐は首の後ろでリボン結びにして、少し開いた胸元が寂しくないようにマシロから貰ったネックレスをつけていた。


「……マシロ?」

 あまりにも反応がないので、顔を覗き込む。

 するとマシロははっとしたように一歩身を引いて、口元を押さえ、赤くなって目を逸らした。

「可愛い。そんなに可愛いと、周りのお前を見る目が心配になる」

 困ったような、それでいて少し照れたような口調でマシロは褒めてくれた。


「それはこっちの台詞だよマシロ。今日のマシロ、すごく格好いい」

 心からの言葉を伝えれば、マシロはありがとうと口にして私の髪に花の髪飾りをつけてくれた。

 今回私がマシロに送ったのは白の胡蝶蘭だったから、同じ白い色をした花も混ぜて髪飾りを作ってくれたみたいで、ドレスの雰囲気とよく合っていた。


 何故二人してこんな格好をしているのかというと、私が提案したからだ。

 マシロは渋ったけれど、無理やりお願いを通した。

 このギャルゲーの世界の『今野いまのアユム』ではなくて、今日は元のなんでもない『私』として、マシロと向き合いたかったのだ。


 加えて言えば、前のクリスマスパーティの時にマシロが言った言葉が、なんとなく引っかかっていて。

 マシロをリードする側じゃなくて、マシロにリードされてみたかったという理由もあった。


 幸い今日はこんな風に男女逆の格好をしていても、誰も咎める人はいない。

 高等部のクリスマスパーティでは、中等部の時と同じベストカップル賞に加え、ベストパフォーマンス賞とベストドレッサー賞があり、奇抜な衣装を着たペアや、煌びやかな服を着てるペアも多い。

 だから私とマシロが男女逆で衣装を着ていても、パフォーマンスの一環だと皆思うのだ。


 マシロに褒めてもらえたよと、少し遠くの方に並んでいる留花奈に視線をやる。

 留花奈のペアはどうやら同じクラスの紅緒のようだった。

 この学園は女子の方が多いため、申請すれば女子が男子側にまわることもでき、紅緒はそれで中等部の時も留花奈とペアを組んでいたなぁと思い出す。


 たしかあれは中等部の一年の時だったと思うけれど、王子と姫の衣装を着た二人は、見事ベストカップル賞を取っていた。

 今回もそれを狙っているのかもしれない。


 ショートカットの紅緒は、マシロとはまた違ったタイプの正統派王子様の雰囲気を纏っていた。

 すっとした眉とキリリとした目元は、意志の強さだけでなく妙な色気を持っている。

 対する留花奈はロングの髪をふわふわにして、女の子が憧れる柔らかい雰囲気の女性を作り出していた。

 二人で話し合う姿は、まさにお似合いのカップルだ。


 パーティが始まってマシロと踊る。

 男子のステップともかく、女子のステップはあまり踏んだことがなくて。

 大丈夫かなと不安になっていたけれど、マシロは安定したダンスで私をリードしてくれる。


「こんな風に女の姿をしたアユムと踊れるなんて、思ってもみなかった。思わず見惚れて声もでなかったくらいだ」

 マシロが噛み締めるような口調で、そんな事を言う。

 こんなに喜んでもらえるとは思ってなかったので、こっちまで嬉しくなった。

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