【88】執事とメイドと学園祭
「皆様、エトワールに依頼が来ましたわ!」
学園祭一週間前の慌しい時期。
緊急に開かれたエトワールの会合で、理留がドリルをふっさふっさと揺らしながら、瞳を輝かせてそんな事を言ってきた。
学園に選ばれた生徒たちに与えられる、エトワールの称号。
色々優遇されている代わりに、義務もある。
一ヶ月に一回は必ずある、実質的にはお茶会と化してる会合への出席。
入学式、卒業式には代表が挨拶をし、他にもイベントごとにはマスコット的に借り出されることもある。
そしてエトワールの大切な仕事として、生徒たちからの悩みの相談を解決するというものがあったりするのだ。
投函ポストも設置されていたりするのだけど、そこに依頼が来る事はめったにない。
一芸に秀でている人が集まるエトワールには、それぞれにファンがついていたりして、大抵入っているのはファンレターや貢物だ。
ちなみに紅緒へのファンレターや貢物が一番多くて、次に多いのがモデルとしても活躍している留花奈だったりする。
「実は最近学園内で幽霊が目撃されているそうなのです。七不思議の七番目、存在しない声楽部の先生。それを私達にどうにかしてほしいという依頼なのですわ」
エトワールとして誇りのある理留は解決してみせようと意気込んでいるようで、そう重々しく切り出した。
私はと言えば、つい三日前に起こった幽霊騒動を思い出す。
学園祭で遅く帰る子がいるから、帰ってもらうために学園長が幽霊に扮して生徒の前に現れている。
それがこの騒動の真相で、すでに私の中で事件は解決していたけれど、皆の中では違うようだった。
「幽霊ってそんな非現実的な」
エトワールメンバーの一人が鼻で笑う。
しかし、理留は真剣な顔つきだ。
「そうとも言い切れませんわ。皆様知っての通り、来年は星が降る星降祭。百年に一度の奇跡の日なのです。この日が近づくと昔から奇妙な現象が起こる。この土地に住んでいるものなら知っているはずですわ」
理留の言葉に、メンバーがありえるかもしれないというような反応を見せる。
その話なら星降祭が近づくにつれて私も耳にしていた。前の星降の夜周辺には、冬なのに全ての花が咲くという異常現象が起こったらしい。
その前にも色々あったことのだということを、皆親とか周りから聞いていたようだった。
皆が怯えるといけないからということで、交代で見回りをすることが決まり、クジでペアが決められる。
私のペアは、マシロと付き合ってると宣言してから一度も口をきいていない紅緒だった。
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理留から配られた幽霊退治グッツを身に付けながら、下校時刻になったところで、各教室を回る。
にんにくに十字架に……何か理留は勘違いしてるんじゃないかと思わなくもないけれど、まぁいいかと思うことにする。
頑張っている子たちに労いの言葉をかけながら、紅緒が帰るよう促すと、皆素直に言うことをきいてくれた。
「幽霊の正体、実は学園長なんだ」
移動途中でぽつりと紅緒がそんなことを言う。
学園長の養子である紅緒は最初から知っていたようだった。
知ってるというと、驚いた顔をされた。
この前の出来事を話すと、なるほどと呟いてちょっと笑う。
「学園長、変人なんだ。ごめんねあんな身内で」
「いえ、大丈夫です」
謝られてそう答えたところで、会話が終わってしまう。
「……マシロとの事、しばらく見守ることにしたから」
長い沈黙の後、紅緒がぽつりと呟いた。
「アユムは小鳥ちゃん……ヒナタの前世の妹なんだよね。元の世界にもどるために扉を開けようとしてるって、事情は大体聞いた」
思わず驚いて目を見開く。
どうやら私とマシロの事で悩んだ紅緒は、前の学校の知り合いであり、同じ演劇部のヒナタに相談をもちかけたらしい。
私の前世の兄であるヒナタは、紅緒に事情を話して、マシロとの仲を見守ってほしいと説得してくれたようだった。
「正直信じがたい話だけど、ヒナタはワタシに嘘を付くような子ではないからね。それにヒナタのお願いを断るなんてできない」
はぁと大きく溜息をついて、紅緒はそう言った。
「マシロが願ってた扉の向こうへ行けるならそれでいい。そう思うことにする。ちゃんとマシロを向こう側まで連れて行けるよね?」
「はい、もちろんです。ありがとうございます!」
問われて勢い良く頷く。
「そんな風に礼を言わないでほしい。扉を開けた後は……やっぱり邪魔すると思うし」
紅緒はそう言ったけれど。
扉が開くまで猶予があれば、十分だった。
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演劇部の練習が終わった紅緒と毎日のように待ち合わせして、見回りをしたけれど幽霊の目撃情報はなかった。
紅緒が直接やりすぎだと注意したところ、学園長は反省してくれたらしい。
怖がりのくせに機会があればやっつけようと思っていたらしい理留は、少し残念そうだった。
そして迎えた学園祭当日。
二日間行われるのだけれど、一日目から私達のクラスはかなり大盛況だった。
「お茶をお持ちしましたお嬢様」
そうやってテーブルに行けば、女の子たちがきゃっと嬉しそうな声をあげる。
執事とメイドは注文&お菓子担当、それとお茶担当の二種類に分けられていた。
私はお茶担当。
お茶を蒸らしている三分間、客のテーブルで会話なりなんなりしなくてはいけない。
ちなみにお茶を出す執事は基本的に指名できないけれど、割高の最高級紅茶を注文した時だけはそれが可能だ。
かなり高いのに、注文する客はそれなりに多かった。
次点で人気なのがこれも高めの値段がついてるハーブティ。
蒸らし時間が他のより長くて五分になっている。
場所は教室ではなく中庭を押さえてあって、席とテーブルはかなりの数があった。
こういう設定面は、宗介じゃなくて当間くんが考えたものだ。
商売人というか、どうやれば人が動くかをよく見てる。
本人もお茶担当執事として接客をしていたけれど、太めの眉で意志が強そうな当間くんは凛々しい顔立ちをしている。
愛想もいいしトークもうまいから、人気があるようだった。
ちなみにお茶担当の執事で、女の子から直接指名される率は紅緒が一番多い。
前に通っていた美空坂女学院の生徒たちが、かなり学園祭にはやってきていて、紅緒を指名していくのだ。
「きてくれて嬉しいよ、お姫様たち」
歯の浮くような台詞を並べ立てる紅緒なのに、それが様になっているのが凄い。
髪を短くして美少年オーラが上がったことにより、さらに女の子たちから支持を受けているようだった。
続いて二位がクロエ。
「かなえちゃん、まゆみちゃんきてくれたんすね。嬉しいっす!」
「クロエくんの頼みだもの、もちろんだよ!」
クロエのお客は、大人のお姉様方が多い。
和服美女から、OLと幅広く、どんな付き合いをしているのか問いただしたいところだった。
この二人がいると、まるでホストクラブみたいだ。
友達同士だというこの二人は、女の子に囲まれてとても生き生きとしていた。
天職なんじゃないかと密かに思う。
そして三位が宗介。
柔らかな物腰が受けているようで、学園生の女子からの指名が多い。
ちなみに私は次点だ。
マシロという彼女がいるのはわりと有名なのに、意外と指名があることに驚く。
同じクラスになったことがある子たちや、年下の子が多かった。
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どのクラスを見てきましたかとか、困ったときは服装を褒めたりして。
どうにかお茶出し執事の仕事をこなしていたら、理留とマシロが遊びにきてくれた。
「おまたせいたしましたお嬢様方。ご注文の最高級茶葉のティーをお持ちいたしました」
そうやって芝居がかった動作でポットを置く。
理留とマシロは私をじっと見ていて、やっぱり変だったかなと内心焦った。
「二人とも何か反応してよ。恥ずかしいだろ」
「……ご、ごめんなさい。その服がとても似合っていたものですから! こ、このスコーンもなかなかですわね!」
理留が慌てたようにそう言って、スコーンを慌てて口にいれてむせる。
「ほら慌てるからだよ」
お茶はまだ蒸らしてるし熱いので、入店時にサービスされるレモン水を手渡せば理留はそれをいっきに飲み干した。
「マシロ、どう似合う?」
「似合いすぎるくらいだ。これ以上女の子を誘惑してどうするつもりなんだお前は」
ちょっと不満そうに、呆れたような声でマシロが呟く。
「マシロと理留のクラスは占いの館なんだよね。魔女の格好可愛い」
服装を褒めれば、理留は照れて、マシロはあまり嬉しくなさそうな顔をする。
「占いなんて二人ともできるの?」
「見よう見まねですわ。マシロは凄いんですのよ! 午前中に当たるという口コミが広がって、大人気でしたの」
尋ねれば理留が興奮したようすで伝えてくる。
「マシロそんな才能があったんだ。あとで行くからボクも占ってよ」
「あんなの相手の思ってることを読んで、でたらめ言ってるだけだぞ」
意外だと思って口にすれば、どうやら心を読む能力を使って占いをしていたらしい。
「誰にでもできることではありませんわ。才能がありますのよ! あとでアユムもいらしてくださいな!」
意気込む理留に、こんな事になるとは思ってなかったのか、マシロは若干困ったような顔をしていた。
二人のカップに紅茶を注ぎ、時間なので他のテーブルへ行く。
「困りますお客様」
「いいじゃん。ね、連絡先教えてよメイドさん」
紅茶を出し終えて待機所に戻ろうとしたら、ふいにそんな会話が聞こえた。
そちらを見れば、柄の悪い男がメイド姿のヒナタの手を握っている。
今日は一般の人にも学園の中は解放されていて、そのためかこういう場を考えないやつも結構多かった。
すっと近づき、男のヒナタに触れる手をぎっとねじる。
「当店のメイドに触れる行為は禁止事項です、お客様」
「ッ! 痛っ! わかったよ!」
低めの声を出して威嚇するようにそう言えば、男は理解してくれたようだった。
この後丁度ヒナタも私も休憩時間だったので、裏の方へヒナタを連れて行く。
「ありがとうアユム」
誰もいない場所までくると、ほっとしたようにヒナタ、もとい前世の私の兄である渡が表情を緩めてお礼を言う。
それは私の知っている情けない兄の顔だった。
「駄目だよお兄ちゃん、ああいうのはきっぱりはねのけなきゃ」
ちなみに実は、本日こうやって私がヒナタを庇うのはすでに三回目だった。
「わかってるんだけどね。昔からよくカツアゲとかに合ってきたせいか、あぁいう押しが強いのにこられると、体が萎縮しちゃうんだ」
ナンパとカツアゲはなかなか違うと思うのだけれど、苦手なものは苦手なんだろう。
兄は昔から気が弱くて、ちょっと……いや大分頼りないところがあった。
いわゆるヘタレというやつだ。
けど今は美少女補正で、男子たちの中ではヘタレな部分が守ってあげたい部分へと変わっているから男女の差って面白いなと思う。
「お兄ちゃんそんなんじゃ痴漢とかに合ったときどうするの」
「あれ最悪だよね。男にお尻撫で回されるとか、恐怖で氷ついて何もできなかったよ……」
呆れて溜息をつけば、痴漢の被害にあったことがあるらしい。
思い出したのかちょっと涙目になる。
「ちゃんと抵抗しなきゃ、相手のペースだよ? そういえば、クロエさんとかに口説かれたりとかしてないよね」
「クロエは僕を嫌ってるから、口説いたりしないよ」
ナンパ大好きなクロエがいることを思い出し心配してそう言えば、あっさりとヒナタはそう口にした。
「あのクロエが美少女ナンバーワンのお兄ちゃんを口説かないわけないでしょ」
「……そっか、アユムはゲームのクロエを知らないんだね。クロエはこのギャルゲーの攻略対象で、ヒナタとは仲が悪い設定なんだ」
何を言ってるんだと思ってそう言えば、ヒナタはさらりとそんな事を言う。
「えっ、攻略対象って……クロエ男だよ?」
ギャルゲーは本来、主人公の男の子が攻略対象の女の子たちと恋愛するゲームのはずだ。
ちなみに、マシロは男だけれど女の格好をしているため、広い意味での『男の娘』というジャンルに分類されるらしい。
兄いわく、『女装少年』の方が本来は近いとのことだったけど、私にその違いはよくわからない。
まぁとりあえず、そういう需要もわずかにあるらしい。
ただクロエはそのまんま男で、あれがギャルゲーの恋愛対象だと言われてもゲームが違いますよとしか言えなかった。
「そこなんだよ。幼馴染である宗介の義理の妹っていう設定で、本来クロエは登場するんだ。でも何故かこの世界のクロエは男になってるみたいだね」
首を傾げた私にヒナタは呟いて、本人もよくわからないというような顔をする。
「もしかして、クロエじゃなくてクロ子ちゃんの方が攻略対象キャラなのかも。クロエは双子で、クロ子ちゃんっていうよく似た妹がいるんだよ。この学園には通ってないみたいなんだけど」
以前出会った宗介の義妹のクロ子ちゃん。
ウェーブがかった黒髪に、褐色の肌。
独特の色気がある子で、兄のクロエと同じ口調。
かなり軽い性格をしており、そこも兄とよく似ていた。
「双子なんて設定はなかったはずだけど……原作ゲームとの誤差なのかなぁ? まぁどちらにしろあまり関わらないに越したことはないよ」
「原作のクロエって何者なの。マシロや宗介も嫌ってるみたいなんだけど」
宗介、マシロだけでなく、ヒナタもクロエにあまりいい印象を持っていないようで、気になって尋ねる。
「……クロエルートにいくとほぼ確実にヒナタは殺されるんだ。僕がクロエを嫌ってるのはそういう理由。本来のヒナタや宗介、マシロがクロエを嫌う理由は、知ってるけど教えられない」
ちょっと悩んでから、ヒナタは私の目を真っ直ぐ見てそう口にした。
「なんで教えられないの」
「聞いたら……アユムが死ぬ可能性が高くなるから」
意味深なことを言って、ヒナタは痛みを堪えるかのような顔をする。
「何それ。余計に気になるんだけど」
「ごめん」
呟く私にヒナタは謝ったけれど、絶対に話すつもりはなさそうだった。
その瞳の中には頑固な光があって、こういう時の兄は何を言っても折れてくれないと私は知っていた。
物凄く知りたい気持ちはあったけれど、兄が私のためを思って口を噤んでることはわかる。
とりあえず、クロエを宗介やマシロが嫌っているのは原作のギャルゲー通り。
本来のギャルゲーの中でクロエの性別は女で、攻略対象。
この情報だけでよしという事にして、それ以上追求するのはやめておくことにする。
「それにしても、クロエがマシロと同じ隠しキャラなんて驚いたよ」
「いや、普通に攻略キャラだよ。ただ、あるルートをクリアしたかしないかで、結末が二種類に分かれるタイプなんだ」
話を変えるようにして呟けば、兄はそんな事を言ってくる。
「えっでも、お兄ちゃん攻略対象キャラは六人って言ってなかった?」
ヒナタに理留、留花奈に紫苑。シズルちゃんに、紅緒で六人のはずだ。
「公式に乗ってる攻略対象キャラは六人。今の僕であるメインヒロインの桜庭ヒナタ、黄戸理留、仁科クロエ、相馬紫苑の四人が同級生。あとは一つ年下で主人公の従兄妹の今野青風に、一つ年上だけど二年から同じ学年で登場する星野紅緒の六人だよ」
ヒナタが上げた攻略対象の中に留花奈の名前がなく、代わりにクロエの名前があることに驚く。
「えっ、留花奈は攻略対象キャラじゃないの?」
「公式にはこの六名なんだ。留花奈は家庭用ゲーム機版の、追加ヒロイン枠。理留ルートからの派生でシナリオも短いしね。それで白雪マシロが二週目以降の隠しキャラ。さらに全員のエンドをクリアしたところで、隠しキャラ中の隠しキャラゆりりんが出てくる」
私の質問に、ヒナタがさらさらと答える。
公式とかじゃないとか、そんなところまで私は知らなかった。
「ゆりりんって、お兄ちゃんが好きな声優さんの名前だよね」
この際だから聞けることは聞いておこうと、ヒナタに質問する。
ゆりりんはキャンディボイスで、ロリ系のキャラやツンデレキャラの声をよく当てているイメージの声優さんだ。
甘ったるい声でキャラクターソングをいっぱい持ち歌にしており、基本引きこもりのくせにゆりりんのライブになると兄はよく出かけて行った。
兄が部屋でよくゆりりんの曲を流していたこともあり、その癖のある声はばっちり覚えている。
ただ、このゲームの中のゆりりんのキャラだけは、霞がかったように見た目が全く思い出せなかった。
「そうだよ。可愛い僕の天使……だったはずなんだけど、この世界に来てからはちょっと嫌いになりそう」
ヒナタはげんなりとした顔をしていた。
「星降祭でやる劇は知ってる?」
頷くと、ヒナタは話しだす。
「劇に出てくる『扉』の向こうからやってきた存在『ツキ』がゆりりんなんだ。このギャルゲーにおけるゲームの元凶で、ラスボス的存在。ルートをクリアするたび『扉』の向こうで会える。アユムをこの世界に組み込んだのはこの『ツキ』の仕業なんだ。まぁ言ったところでアユムに伝わらないだろうけど」
以前遊園地でヒナタが私に何か伝えようとしたら、その言葉はかき消されたように私の耳には届かなかった。
そのためか、諦め気味にヒナタは呟く。
「ちゃんと聞こえてるよ。ゆりりんが元凶なんだね」
確認するように口にすれば、ヒナタは驚いた顔をした。
ふと思い浮かぶのは、このギャルゲー世界にくる直前の事。
ゆりりんがテレビの向こうで呟いた台詞に、私は何かつっ込みを入れた。
そしたらゆりりんが微笑んで私を見た気がして、そこで私の元の世界での記憶は終わっている。
この世界に私とお兄ちゃんををつれてきたのはゆりりんの仕業。
前々からそうじゃないかとは思っていた。
この世界につれてきて、『扉』に私が辿りつくのを待ってるんだろう。
とりあえず『扉』を開けて出会ったら、一発顔をぶん殴ろうと心に決めた。




