【87】お団子頭の先生
三組だけじゃ客が回せない可能性があるからと、当間くんの提案で隣の二組も合同でやることになった。
どれくらいの客を見込んでいるのかはわからないけれど、それによって二組の実行委員であるクロエとも会話する機会が増える。
学園祭まで後十日。
ちゃらいクロエはこういう事をさぼりそうな勝手なイメージがあったのだけれど、結構真面目に実行委員をしてるみたいだった。
ただし、私たちのクラスである三組の女子を手伝うふりして、口説いてばかりいたけれど。
「クロエさん、邪魔しにきたんですか」
「手伝ってるっすよ。むしろアユムの方が邪魔してないっすか? その服頭が入らないっす」
敬語で嫌味を交えて注意したら、逆に指摘されて愕然とする。
襟を縫い付けるつもりが、後ろ側の布もまとめて縫ってしまっていた。
家庭科室を借りて、あまり進んでない衣装の製作の手伝いをしていたのだけど、さっきから失敗続きだ。
正直あまり手先が器用なほうじゃないんだよね……。
体力ばかり磨いて、家庭科スキルをおろそかにしていた。
それに比べてクロエは手先が器用で、女の子たちに教えるのだってうまかった。
「小物とか服を作るのが趣味なんすよ」
どうしてそんなに上手なのか聞いてみれば、そんな事を言う。
さすがに学校では目立つものはしていないけれど、よく身につけているピアスやアクセサリー、服にいたるまで全部クロエの手作りらしい。
「意外、マシロもこういうの得意なんだよ」
「知ってるっすよ。似たもの同士っすからね」
ふとマシロも同じような趣味だったなぁと思い出してそう言えば、クロエはそんなことを言う。
「似てるって趣味だけですけどね」
ナンパなクロエとマシロとでは、全く性格が違う。
「そうすか? 顔も結構似てると思うっすけど」
何を言ってるんだと思いながら、クロエに呆れた視線を向けた。
……あれ? 確かにちょっと似てる?
色白なマシロと、色黒なクロエ。
浮かべる表情や仕草が全く違うから気づかなかったけれど、その顔立ちというかパーツは意外なほど似ていた。
「ねっ? 似てるっしょ?」
ふっとクロエは笑って、ヘッドドレス用の布を手に取る。
「このハサミ左利き用じゃないから切りにくいんで、アユムお願いしていいっすか? こっちの方はおれがやるっすから」
「えっ、うんわかった」
作業を交代して進めながら、似たような顔でもこうも印象が違うんだなとそんな事を思った。
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下校のチャイムが鳴って、家庭科室でミシンを借りて服を縫っていた子たちを先に帰らせる。
私とクロエはミシンを片付けて、家庭科室の戸締りをしてから教室に道具を置きに行くことになった。
当間くんと宗介、それと吉岡くんがまだ残って作業していたので、その手伝いをしていたら窓の外はもう薄闇だった。
「まずいなちょっと時間食いすぎた」
当間くんががしがしと頭をかく。
実行委員は他の生徒より遅くまで残っていても、多めに見てもらえることが多いけれど、あまりよろしい事ではない。
「だから途中で帰ろうって言ったじゃないすか。最近遅い時間まで残ると、幽霊に会うって話っすよ」
本当は早く帰りたかったのか、クロエが咎めるような口調で呟く。
「あぁあれか。くだらない」
弱っちいヤツというように当間くんは口にして、職員室に鍵を返す。
全く幽霊とかそういうものを信じていないようだった。
「会えたら会えたで面白いとオレは思うけどな」
ちょっとわくわくした様子で吉岡くんがそんな事を言う。
初等部の時もこんな感じで、怖がる私に楽しそうに怪談話をふるまってくれたっけ。
ふいに懐かしい思い出が頭に浮かぶ。
「そういえば、今野はそういうの苦手だったよな。今は平気なんだ?」
吉岡くんも同じことを思い返していたらしい。
尋ねられて、まぁねと返す。
どこの学校にも怪談はある。
けどこの学園においての怪談は、大体マシロが原因だ。
例えば、男子トイレにでるハナオさん。
マシロがよく使っている隠し通路にはトイレに繋がってるやつがあり、そこから出たマシロがうっかり返事をしたら、そんな噂が広まった。
プールにでる女の幽霊は、マシロが腹ごなしの運動をしてるだけだし、理科室で薬を作る骸骨は、ビーカーでラーメンのお湯を沸かすマシロだ。
大抵こんな感じだと知ってるので、全く怖くなかった。
ただマシロがよく出没するのは、隠し部屋の近い初等部校舎だったりするのだけど。
まぁ、高等部に通うようになったから、高等部で目撃されちゃっているんだろう。
そんなことを思いながら歩いていたら、暗い廊下の真ん中に人影が見えた。
「あれ、誰かうずくまってる」
吉岡くんの呟きに、当間くんが急いで駆け寄る。
「大丈夫? もしかして気分でも悪いのか?」
問いかけに、うずくまる人物が顔を上げた。
窓から取り込まれた光が顔を照らして、お団子頭が目にはいる。
「すいません足をくじいてしまって……」
弱った声で彼女は呟く。
この学園の制服ではなく、スーツを着ていた。
ちょっとたれ目で、守ってあげたくなるような雰囲気を持った若い女の先生。
「あ、あっ……」
私は思わず彼女を指差して固まる。
体の中の血がさーっと音を立てて引いていったのがわかった。
意図的に消去していた記憶が、鮮やかに蘇る。
七年前、同じように放課後の校舎で彼女に出会った時のことが、まるで昨日の事のように頭を過ぎった。
今と全く見た目の変わらない彼女は、同じように足をくじいていて。
音楽室にいる部員に楽譜を届けて欲しいとお願いされた。
彼女に頼まれて音楽室に行った私は、そこでマシロと出会った。
てっきりマシロが部員だと思っていたら違っていて、そもそも声楽部なんてもの、この学園には存在しないと言われてしまって。
そんなはずはないと貰った楽譜を開けば血だらけで。
後で確認しても声楽部もあんな先生もどこにも在籍してなかった。
学園の七不思議の七番目――存在しない声楽部の先生。
まさか、また出会うなんて。
声楽部は二十年くらい前、学園にあった部活だ。
顧問の若い先生が楽譜を生徒に持っていく途中で、階段から足を踏み外して亡くなったらしく、部も消滅してしまった。
それ以来、放課後居残っていると彼女があらわれて、音楽室にいる部員に楽譜を届けてほしいとお願いしてくるのだ。
トラウマで固まる私に気づいたのか、隣にいたクロエが目の前に手を翳して上下に振ったり、どうしたっすかと声をかけてくる。
けど思考が動かなくて、周りに散らばった紙を宗介が拾い集めるのを私はただ眺めていた。
「学園祭でやる曲か何かですか?」
「えぇ、声楽部の舞台で使おうと思って。あの……お願いがあるんですが、この楽譜を音楽室にいる部員に届けていただけませんか? 皆待ってるんです」
宗介が拾い集めた紙は楽譜のようで、手渡そうとすると彼女はそんな事を言ってくる。
「他にもまだ残ってる奴らいたんだな。わかったよ先生渡してくる。その代わりオレたちがこの時間まで残ってたことは内緒にしてくれ」
「えぇありがとうございます」
当間くんが請負うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあオレが音楽室まで行ってくる。靴箱前で集合ね」
そう言った吉岡くんの腕をがっと掴む。
行っちゃ駄目だ。
そう目線で訴えたのに、吉岡くんときたら私の腕を引きずって歩き始めた。
「何、今野も着いてきてくれるの? ありがとな。ちょっと暗いから怖かったんだよ」
――違うって! 行っちゃ駄目って言いたかったんだよ!
そう叫びたいのに、本人(幽霊)が近くにいるから、言葉にするのが怖くて口には出せない。
吉岡くんも心配だけど、先生を職員室に連れて行こうと肩を貸して歩き出してる宗介と当間くんの事も心配で、何度も振り返る。
クロエは振り返りながら引きづられていく私を見て、にやにやしながらこちらについてきた。
「吉岡くん。楽譜はいいから帰ろうよ」
「なんだよ今野らしくないな。先生困ってただろ?」
先生から遠く離れたのを確認して発言すれば、吉岡くんはそんな事を言う。
その声はうきうきとしていて楽しそうだ。
まさかと思う。
「……もしかして吉岡くん、あの先生が幽霊って知ってて引き受けたの!?」
「いやだって、幽霊に会えるなんてめったにないじゃん。この後どうなるのかわくわくするだろ?」
ありえないと思って口にすれば、ビンゴだったようで吉岡くんはそんな事を口にした。
「わくわくなんてするわけないでしょ! 行くなら吉岡くん一人で行ってよ!」
「それは嫌だ! 怖いけど一人じゃないからどうにか行けるんじゃないか!」
抗議した私に、吉岡くんは堂々とそんなことを言い切る。
きっと私を最初から道連れにするつもりでいたんだろう。
「大丈夫っすよアユム。先生は宗介たちと一緒だったじゃないすか。同じ人間が二人存在するのはありえないっすから、急いで行けば誰もいませんって。あっでも幽霊ならありえるかもっすね」
無責任なことを言ってクロエは笑い、吉岡くんが掴んでないほうの私の腕をがっちりホールドした。
「音楽室に行ったものの、そこには誰もいなくて。おかしいなと思いながら一旦外にでようとドアに手をかけます。ですが、開きません」
いきなり、クロエはゆっくりと語りだす。
普段の「っす」とかいう口癖もなく、淡々と。
「ぎゃー! 嫌だ! それやめて!」
それから一歩ずつ抵抗する私を連れて階段を登っていく。
「なんで開かないのと混乱していると、ふいに背後に気配を感じて。ふりかえれば、さっきまで誰もいなかったその場所に、いつのまにか声楽部の先生が立っているのです。もう楽譜は持っているのね、練習しましょうとにっこり笑う彼女の顔から、血が滴り落ちます。手に持っていた楽譜もいつの間にか赤く染まって――」
そこまでクロエが語ったところで、音楽室の扉の前までたどり着いた。
「まぁ噂話は噂話っす。さぁアユム、その楽譜を持って中へどうぞっす。おれたちはここで待ってるっすから」
「後でどうだったか教えてくれ」
酷い前フリと共に、二人が健闘を祈ると言った感じでぐっと親指を立ててくる。
「嫌だって言ってるじゃん! 二人が開けてよ! 大体楽譜受けとったの吉岡くんなんだから、そっちが行くべきでしょ!」
「それはちょっと……クロエさんどうぞ」
「おれは遠慮するっす」
互いに楽譜を押し付けていたら、ガラリと勝手に音楽室のドアが開いた音がして、三人して黙り込む。
「教室暗いし、帰ろうか」
吉岡くんの言葉に、頷く。
そしたら教室の明かりがついた。
「ひぃっ!」
吉岡くんと体を寄せ合い縮こまる。
「明るくなっちゃったみたいっすけど、どうするっすか?」
一人だけ冷静なクロエがそんな事を尋ねてきたけれど、こんな怪しい場所に入れるわけがなかった。
「帰る! もう帰る!」
「何を言ってるの? 練習は……これからでしょう?」
ちょっと涙目で叫べば、後ろから生気のないか細い、それでいて耳にはっきり残る声が後ろからかけられた。
ふりむけばそこに、お団子頭のあの女の先生がいて。
「あぁ、皆来てくれたのね。楽譜もあるみたいだし、さぁ練習しましょう」
入ってというように背中を押される。
幽霊なのに触れられるんだと思う間もなく、音楽室へと入れられてしまう。
カチャリと鍵を後ろ手に閉めて、先生は俯く。
カタカタと音が鳴って、音楽室内に窓も開いてないのに風が吹く。
口がにいっと笑みの形をつくって。
上げた顔からは血が滴っていて、真っ赤な瞳がこちらを見つめていた。
隣で吉岡くんが倒れて、それをクロエが受け止める。
私は気絶できなくて真っ白な頭で立ち尽くしていた。
「ほら楽譜を開いて、歌うのよ……」
近づいてくる先生に、思わずクロエを盾にするようにすがりつく。
クロエは一つ溜息を付いて、近づいてくる先生の頭を手でがっと掴んだ。
「やりすぎっすよ、学園長」
「あはっ! やっぱり?」
咎めるような口調で言ったクロエに、明るい声が返ってくる。
「学園……長?」
「はいはーい! 学園長だよっ!」
呆然とする私の呟きに無駄に明るい声で答え、目の前の彼女はポケットからハンカチを取り出して顔についた血を拭う。
「どういうこと?」
「居残る人が多かったから、幽霊の噂流せば帰ってくれるかなって思って」
戸惑う私に、クロエに学園長と呼ばれた幽霊がそんな事を言う。
「さすがにその方法はないっすよね。アユムもそう思うっしょ?」
「えーわたしだけのせいにするつもり? 今回の演出考えたのは君じゃん」
クロエと学園長は知り合いらしく、親しげに会話していた。
話を聞けば、昔から学園長はこの学園で残っている人がいると脅かして遊んでいたらしい。
「まぁおれは一発で学園長だとわかったっすけど。一度出会った女性の顔を忘れたりしないっすからね」
クロエは放課後居残っていた時に、幽霊を装った学園長に偶然出会い、面白がって協力していた……つまりはそういう事のようだ。
なんて人騒がせな。
そう、心の底から思った。




