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【8】夏祭りと迷子

 幽霊屋敷は、私一人が怖がって終わった。

 宗介はよくできてるよねなんて笑っていたし、楽しんでいるようには見えたんだけど、きっと脅かしがいのない子供だっただろう。


 私は幽霊屋敷に行って後も、宗介のことが気にかかっていた。

 前々から思っていたけど、宗介はいい子すぎるところがある。

 手のかからない子供を演じているというか、みんなに嫌われないように自分の意見を言わないというか。


 私も子供の演技をしてるけれど、やりたいことや感情のままに結構動く。

 けど宗介には、それがない。

 意見がないというわけじゃないけど、強い意志みたいなものがない。


 誰かと争うくらいなら自分が折れるし、嫌なことがあったって、それが運命だからしかたないと、泣いたりすることもなく受け入れてしまう。

 たぶん、それが幼い宗介が身につけた生き方なのかもしれないけど、私はそれが嫌だった。


 全部をさらけ出せとは言わない。

 人には触れられたくないことだってあるとは思う。

 でも側にいるのに、少しも弱いところを見せてくれないのは、なんだか信頼されてないみたいで寂しかった。


 そんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか隣に宗介の姿がなかった。

 どうやら、はぐれてしまったみたいだ。


 いつはぐれたのかわからないし、この人ごみの中では捜すのも困難だ。

 そろそろ時間だし、待ち合わせの場所に行けば会えるだろう。

 慌てず騒がずに歩いていたら、ちょっとトイレに行きたくなってきた。カキ氷を宗介の分まで食べたのがいけなかったのかもしれない。

 

 さすがに欲張りすぎたと反省してトイレからでると、奥の林の方が少し騒がしかった。

 数人の男たちが、祭りにきていた高校生くらいの女の子たちをナンパしてるみたいだった。女の子たちは嫌がっているが、酒を飲んでいるのかあまり気にした様子もない。


 まぁ、子供の私には関係ないよね。

 なんて都合よく子供になれるような性格でもなく。


「お姉ちゃんたち、お父さんがそろそろ舞台が始まるからきてって行ってるよ。早く行こうよ!」

 あどけなさ100パーセント、実際にはあざとさしかない笑顔を浮かべて私は林の中の女の子たちに声をかけた。


 なんだこのガキみたいな目で、男たちに睨みつけられる。かなり怖いな。けど、ここで演技をやめるわけにはいかないのだ。


「ほらほら早く、はじまっちゃう!」

 その中の一人の手をつかんで、強引に走り出す。他の女の子たちがついてきてるのを確認して、人の多いところへと導く。

「おい、こら待て!」


 待てといわれて、待つのは馬鹿のすることだ。

 途中慌てすぎて何回かこけてしまったけれど、人の多いところまできて振り返ったら、男達の姿はもうなかった。


「ありがとう助かったわ」

 お姉さん達が口々にお礼を言ってくる。

 いいことをした後は気分がよかった。


「困ってる女の子がいたら助けるのが、男だからね」

 ちょっと言ってみたかった台詞を口にしたら笑われた。マセガキだと思われたかもしれない。

「大変、膝擦りむいちゃってる!」

 お姉さんの一人に言われて、擦りむいた膝から血が滲んでいるのに気づく。


「平気だよこれくらい」

「駄目よ。私達を助けて怪我したんだもの。ばんそうこ持ってるから、そこに座って」

 石段に座らされて、膝にばんそうこをはってもらう。肘や頬にも草で切ったのか傷があって、別にいらないといったのにばんそうこを張られてしまった。


「助かったけど、子供があんな無茶したら駄目よ。もし殴られたりしたらどうするの」

 めっと鼻を指先で触られる。

 叱られてるのに、なんだかくすぐったいのは、その言葉に感謝が込められてるからなんだろうか。


 お姉さんは前の自分と同じ年くらいなのに、今の自分が子供なせいか、彼女達が大人びてみえた。年上のお姉さんに、こんな風に叱られるのは前の人生を含めても、初めてかもしれない。

 それに、このお姉さんたち、結構な美人さんなんだよね。いい匂いがするし。


「アユム!」

 助けてくれたお礼だと言って渡されたわたあめを堪能していると、名前を呼ばれた。

 遠くから私を見つけた宗介が走ってくる。

「おーい、宗介! こっちこっち!」

 手を振って答える。


 よかった合流できたと喜んだ私だったけど、近づいてきた宗介の形相を見て固まった。

 いつもハの字をしている眉が、不機嫌に釣りあがっている。息も荒いし、汗も凄い。ずっと私を捜してくれていたんだろう。

 顔にいつもの余裕がない。こんな顔の宗介は初めてみた。


 つかつかと歩いてきて、きっと睨みつけられる。

 いつも温厚な宗介だけに、かなり怖い。


「なんではぐれたの」

「ご、ごめん。考え事してたら、宗介を見失っちゃって」

 この後は社の前に行くだけだったし、そんなに怒らなくてもいいんじゃないだろうか。けど宗介の迫力の前に、その言葉は出てこなかった。


「・・・・・・なんで怪我してるの」

「走って、こけた」

 視線を逸らす。別に嘘は言ってない。でもそういうことを聞いてるんじゃないんだろうなってことくらい、わかっていた。


「この人たちは?」

「怒らないであげて。アユムくんは私達を助けてくれたのよ」

 見かねたお姉さんたちが、助け舟を出す。ここまでの事情を私の代わりに説明してくれたのだけど、宗介の機嫌はますます悪くなっていく一方だった。


「へぇ、アユムがそんなことを」

 そう言った宗介の声は冷たい。いい事をしたはずなのに、なんでこんなに責められているような気持ちにならなくちゃいけないのか。


「事情はわかりました。それでは俺たちはこれから待ち合わせがあるので、失礼します」

 義務的な感じで言い放つと、宗介が私の手を引いて歩き出す。

 いくらなんでも無愛想すぎるだろと思った。


「じゃあね、お姉さん! さっきの人たちに会わないよう早く帰った方がいいと思うよ!」

 振り返って手を振り、お姉さん達と別れる。

 宗介は私の手をぐいぐいと痛いくらいに引っ張っていた。



「宗介、ごめんってば。はぐれたのは悪かったよ。だから機嫌なおして?」

 謝ったのに、宗介は表情を変えないままだ。それどころか、さらにむすっとしたような気もする。

「はぐれたのもそうだけど、俺が一番怒ってるのはそこじゃない」


 迷子になったこと以上に、私は何かやらかしたんだろうか。お化け屋敷から出て後、上の空だったから会話の記憶があまりない。

 宗介のカキ氷を半分以上食べたのを怒っているとか? もしかしたら、たこ焼きを宗介より一個多く食べたこと?


「なんであんな無茶したの?」

 ぐるぐると考えていると、宗介が突然立ち止まって、腕をぎゅっと掴んできた。

「っ!」

 ちょうど傷のあるあたりで、私は顔をしかめた。


「アユムはいつもそうだ。考えなしで、誰かを助けに行く。なんでそうなの」

 私を見る宗介の目が、少し濁っているような気がした。

 どうしてか私は、前に何度かみた『桜庭ヒナタ』が狂気に落ちて、ヤンデレ化するシーンを思い出していた。


「もっと酷い怪我したらどうするつもりだったの。血がもっと出て、動かなくなって。こんどは記憶喪失だけじゃすまないかもしれないんだよ」

「大げさだって」

「そんなことないよ。そういう事って、いつ起こってもおかしくないんだ」

 宗介がいうと、重みが違った。


「俺は、アユムがそんなになるなら、助けられても嬉しくない。他の人なんてどうでもいいんだよ」

 いい子な宗介らしくない言葉だった。

「えっと、宗介?」

 私の腕に、宗介の爪が食い込む。


「もう、嫌なんだ。あんな思いするの! 俺がいくらでも変わりになるから、俺のいないところで危ないことしないでよ!」

 宗介は吐き出すように、叫ぶ。今まで押さえてきた感情を、全てぶつけてくるかのようだった。


「一緒にいないと不幸になるって、言ったのはアユムだろ。頼むから、アユムまで俺の側からいなくならないでよ――」

 最後は懇願するように言葉を紡ぐ。

 血が滲むような、苦しそうな声だった。

 

「ごめんね、宗介」

 私は宗介を抱きしめた。

 こんな時なのに、私はちょっぴり嬉しくなっていた。


 初めて、宗介が本音をぶつけてきてくれた気がした。それと同時に、宗介がこんなに自分という存在を必要としてくれているということに、安堵したのだ。


 この世界の私は、本当の私じゃない。

 それがあるから、どこかよりどころがない気持ちだった。

 けど宗介が必要としてくれてるのは、一緒にいないと不幸になると宣言したまぎれもない『私』なのだ。


「心配させちゃったよね」

 少し後ろ暗い思いを肯定して、私は宗介に話しかける。答えはないけれど、きっと物凄く心配させた。必死になって走り回ってくれるくらいには。

「大丈夫だよ。ボクは宗介の側にずっといたいと思ってるから」


 『いる』ではなく、『いたい』。

 それが嘘になるかもしれないのが怖くて、無意識にそう口にしていた。

 卑怯だなぁと自分で思う。


 どうかこの、微妙な違いに宗介が気づきませんように。

 言葉に嘘はないのだ。

 できるかぎり、宗介の側にいてあげたい。

 でも、帰りたい気持ちも本物で。


 もしかしたら私は、最初からとんでもないミスを犯していたのかもしれないと、今更ながらに思った。

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