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【85】修学旅行と謎の集会

 本日もどうにか無事に風呂を終えたところで、宗介と部屋に戻る。

 宗介の寝息が聞こえるのを確認して、そっと部屋を抜け出した。

 廊下はシンと静まっていて、息を飲む音でさえ大きく響いてしまいそうだ。


 風呂へ行くときはマシロが暗示をつかって、私たちを人目につきにくくしていてくれてたから安心して歩けたけれど、今はそうじゃない。

 慎重に歩みを進めて、902号室へ辿りつく。

 ちょうどドアの前でクロエと会ったので、ノックをして一緒に中に入る。


 薄暗い部屋の中には熱気。

 隣の二組とうちのクラスの男子が何人か集まっていた。

 てっきりクロエと同じ部屋の子しかいないと思っていたので驚く。


今野いまのもきたのか? よく宗介がここにくるの許したな」

 同じクラスの子が私の姿を見つけて、かなり驚いた顔をする。

 その言葉で、宗介が隠していたものはコレなんだと確信した。

「別に宗介の許可なんて貰う必要ないでしょ」

「まぁそうだけどさ。結構きわどいやつだと思うんだけど、こういうの平気なのか?」

 ツンとそんな事を言えば、クラスメイトは少し気まずそうな、それでいて心配そうな顔でそんなことを聞いてくる。


「平気だよ」

 宗介だけでなく他の子まで、私を仲間はずれにするつもりなのか。

 ちょっとむっとしてそう言えば、彼はそれならいいけどとクロエに視線を向けた。


「あんた確か二組のヤツだよな。なんでここにいるんだ?」

「おれがいるのが不思議っすか?」

「モテるヤツなら見る必要もないんじゃないかなって思っただけ」

「まぁ見るより実際にやったほうが遥かにいいっすからね。でもまぁ、それはそれというか。無修正のレアものって聞いて気になってきたっす」

 クロエとクラスメイトの会話は、いまいちよくわからなかった。


 皆テレビの前に座って、少し興奮したようすで。

 適当に後ろの方に座れば、クロエは何故か私の横でなく後ろ側に座った。

「隣にこればいいのに」

「後ろからのほうが密着して説明しやすいっす。アユムはこういうの初めてっすから説明が必要っしょ?」

 なんだかちょっと不安でそう言えば、それを和らげるようにクロエがそんな事を言う。

 気遣ってくれているんだなと、ちょっと嬉しくなった。


「ほらはじまるっすよ」

 クロエの言葉で前を向く。

 時間になってテレビに映し出されたのは、画面いっぱいの肌色。

 男の人と女の人が裸で抱き合って――って、これエロビデオじゃないの!?

 

「ッ!!」

「駄目っすよアユム、大きな声あげたら」

 思わず悲鳴をあげそうになった口を、クロエに塞がれる。


 品行方正な子が多い学園の男子も、こういう事には興味深々らしかった。

 親が厳しいからこういう時にしか見れないのかもしれない。

 でもそんなことはどうでもよかった。


 わざわざ修学旅行に来て、何をしてるんだ男共は!

 男同士の秘密っていうから何かと思えば!

 冗談じゃない。そんなもの誰が見るか!

 

 すぐに逃げ出そうとしたけれど、クロエに腕を後ろでねじり上げられた上、足もがっちりと後ろから動けないように押さえられていた。

「アユムが見たいっていったんすよ? こういうの初めてっしょ? だから、おれが説明してあげるっす」

 何するんだと振り返りながら睨みつければ、ものすごーく楽しそうな顔でにぃっとクロエは笑う。

 

 ――こいつ、人が嫌がるの楽しんでる!

 クロエは心底ドSなようで、涙目になった私を見てたまらないというような顔をした。

 左手の小指と薬指を私の口の中にいれて声を封じ、人差し指と中指で目をこじ開けてくる。

 宗介がクロエを嫌う理由が、ようやくわかった気がした。


「ほらあのピンクの――で、――なのが――たまらないっしょ? ――を――で、すると――で気持ちいいんすよ」

 卑猥な言葉が耳元で聞こえる。

 見たくない映像に抵抗して身を捩ったところで、部屋のドアが開いて光が差し込んできた。


「仁科もう始まってるんだぞ。大体、一度断ったくせに気が変わったのか?」

「まぁね。アユムもきてるでしょ?」

 宗介の声がして、助かったと思った。

 本来ならばれてしまったとヒヤリとするところなのに、もうそんな事どうでもよかった。


 ――迎えにきてくれたんだ。

 そう思って宗介の方を見れば、私を見つけて驚いたように目を見開いて。

 それからすっと表情を消した。

 冷ややかな色が瞳に宿ったのを見て、この状況以上の危機を招いてしまったんじゃないかと気づく。

 頭の中で、危険だよと警鐘が鳴る音がした。


「――俺も見にきただけだよ。ほら、前向いたら?」

 涙目で見つめる私に、宗介は冷たい口調でそんなことを言って。

 隣に腰を下した。

 宗介のまとうひやりとした空気に、心が縮こまる。


 前なんて向けるわけがなかった。

 女の人の喘ぎ声的なものが聞こえてきて、耳を塞ぎたくてしょうがないのにそれができなくて。

「ふぉうふけ」

 助けを求めるように名前を呼べば、宗介は溜息を一つつく。


 宗介はクロエから奪うように私の手を掴んで立たせて。

 途中退室はやめろというクラスメイトに謝って、部屋の外へと連れ出してくれた。


「それでなんであそこにいたの」

「だって……」

 部屋に帰ってベットの上で正座させられる。

 一部始終を説明すれば、宗介は盛大に溜息をついた。

 呆れてものが言えないというような顔だ。


「アユムは本当に危機感が足りない」

「……ごめんなさい」

 素直に謝っても、宗介の怒りは収まらないようだった。


「あぁいうの、アユムに見せたくなかったから耳に届かないようにしてたのに。どうしてわざわざ自分から行くようなマネするかな」

「ごめんなさい」

 謝るしかできなくて俯く。

 言われて初めて、宗介が私をあぁいうのから遠ざけてくれていたんだと気づく。


「どうせクロエにそそのかされたんだろうけど、俺は前からこうも言ってたよね。クロエには関わるなって」

 ぐいっと顎を持ち上げられて、宗介と視線が合う。

 親指で唇をなぞられた。


「口にクロエの指を入れられて、あんなに体を密着させて顔を赤くして。何でそう無防備なの」

 私に苛立ちをぶつけるような口調。

 鋭い攻撃的な光を宿した宗介の瞳が怖い。

 近づいてくる宗介におもわずびくりと体を引きつらせたら、はっとしたような顔になって、宗介は私から離れた。


「これに懲りたら、ちゃんと男子とは適切な距離をとること。高校生の男子なんてあんな事ばかり考えてるんだからね。マシロだって同じだよ」

 釘を刺すように、宗介はそんな事を言う。

「マシロはそんなんじゃないよ!」

 あんなのマシロは見たりしない。

 不潔だと思うような気持ちがあってついそういえば、宗介の瞳にまた苛立ちのような色が浮かんだ。


「ほらやっぱりわかってない。いくら女の格好をしててもマシロは男だよ。俺やあいつらと同じだ」

「宗介だって違うでしょ。部屋にもそういうのなかったし、ああいうの興味ないよね!?」

 吐き捨てた宗介に違うと言って欲しかった。

 すがりつくように尋ねれば、宗介は眉を寄せて、不機嫌というよりは何か考え込む顔で黙り込む。


「……俺の部屋でそういうのがないか探したことがあるの?」

 しまったと思ったけどもう遅い。

 つい口を触るような動作をしてしまった私を、宗介がすっと細めた目で見ていた。

「もしかして、中等部の時に吉岡くんと俺の部屋でテスト勉強したときかな」

 しかも簡単にいつなのかまで、宗介に言い当てられてしまう。


「ごめんなさい」

「いいよ。どうせ探そうって言ったの吉岡くんでしょ」

 吉岡くんと一緒に宗介がいない間、部屋でエロ本を探したことがあって。

 さっきは、ついうっかり口が滑ってしまったのだ。

 でもその時宗介の部屋からは、えっちな本もDVDも、水着の女の子の写真すら出てこなかった。


「アユムには悪いけど、俺だって男だから。そういうのに興味はあるし、ちゃんと持ってる」

「本当に? 結構色んなところ探したよ?」

 宗介の言葉を信じたくなくてそう尋ねれば、もう寝ようと言ってベットへと戻ってしまう。

 しかたなしに私も自分のベットに体を横たえた。


「……アユムはちゃんと見つけてたよ」

 微かな声で宗介がそう呟いたのが、ふいに聞こえた。

 けど思い返してみても、それらしいのが思い浮かばない。

 代わりにでてきたのは、私が過去に宗介にプレゼントした品々。壊れて使えなくなったものまで宗介は大切そうにしまってあった。

 後は留花奈がモデルをしている女性用の雑誌があったくらいだ。

 巻頭特集が留花奈で、春物の服をいっぱい着て写っていたけれど、ただのファッション誌だった。


 さっぱりわからなくて悶々としているうちに、いつの間にか寝ていて。

 気づけば次の日の朝がきていた。

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