【83】はじめての
「なんでベッドの上で正座してるんだ?」
「いや、これは気合といいますか……」
花火も見たしそろそろ寝ようということになって、ベッドの上でつい正座していていた私にマシロが首を傾げた。
「まぁその方がやりやすいか」
そんな事を言いながら、マシロが顔を近づけてくる。
手を首の向こう側にまわしてきて、息がかかるような距離に目を閉じた。
「よしつけ終わった。目を開けていいぞ」
言われておそるおそる目を開ける。
首に少しひんやりとした感触があって、俯けばそこにはネックレスがあった。
ウサギの形をしたペンダントトップ。
銀色のウサギの目の部分は、赤い石が輝いていた。
「これ……」
「一周年の記念だ。本当は指輪とかもいいかと思ったんだが、学園には身につけて行きづらいだろう? だからそれにした」
驚く私に照れたような口調でマシロは呟く。
本当は昨日の夜に渡すつもりだったのに、私が寝てしまったから渡せなかったのだと拗ねたように言われてしまった。
「指輪も考えたんだが、それだと目立つからな。これだったら服の下からでも身につけていられるし、それに……」
マシロは赤くなって、もごもごと小さく声を出す。
「聞こえないよマシロ」
「……ウサギの形なら、これを見るたびにぼくを思い出してくれるんじゃないかと思ったんだ」
可愛いことを言うマシロに、胸の奥がきゅっと音を立てる。
気づけばマシロに抱きついていた。
「ありがとうマシロ! 大好き!」
「ちょ、アユムっ!」
勢いがよすぎて、マシロがベットに背中から倒れる。
「うわっごめん!」
謝って、ベットに沈んだ自分の体を手で支える。
マシロを見下ろすようなこの状況は、前にもどこかであった気がした。
「本当お前は押し倒すのが好きだな」
同じ事を思ったらしく、マシロがははっと笑う。
「からかわないでよ。こんな風に男の人からプレゼント貰ったの初めてだから、嬉しかったの!」
「そうか、ぼくが初めてか。アユムは誰かと付き合ったりしたことはないんだな」
照れ隠しで怒ったような口調になった私に、嬉しそうな声でマシロはそんなことを言う。
「……マシロはどうなの」
長く生きているマシロだ。
そういう事があってもおかしくないなと一瞬思ったら、なんだか嫌な気分になった。
「ぼくも初めてだ。こんな風に誰かを愛しいと思うのも、想われたいと思うのも」
マシロ指が、私の髪をさらりとさらう。
妙に艶っぽいその動作に、心拍数が上がるのを感じる。
「マシロがプレゼント用意してくれたのに、私何も用意してないんだ。ゴメンね」
真っ赤な熱を帯びた瞳に見つめられると焦りのような、よくわからない感情がこみ上げてきて。
早口でそう言って、マシロの上から退こうとすれば、それを遮るようにマシロが私の頬に手を添えた。
「ぼくがプレゼントしたかったからしただけだ。気にしないでくれ。でもアユムが何かくれるつもりがあるというなら欲しいものがあるんだ」
なんだか恥ずかしくて、マシロと目が合わせられない。
「……何? なんでも言って」
そう口にした瞬間、体が押しのけられて、気づけば今度は私がマシロに押し倒されていた。
「アユムの初めてが欲しい。駄目か?」
まっすぐな眼差しが、私を求めていて。
小さくこくりと頷けば、綺麗なマシロの顔が近づいてくる。
ちゅっと音を立てて、私の唇にマシロが口付けをした。
ふれるだけの優しいキス。
慈しむような瞳と目が合って。
マシロが子供にやるように、ぽんぽんと私の頭をなでてくれた。
それから満足気な表情で、私の体を抱きしめて横に眠る。
「おやすみアユム」
そう言ってマシロは目を閉じてしまった。
「あの、マシロ?」
「なんだ。明日は近くの観光地に寄ってから帰るから早いし、もう寝るぞ」
名前を呼べば、よしよしとあやすようにマシロが背中をなでてくる。
まるで寝付けない子供に対する動作だ。
「……キスだけ?」
つい尋ねてしまえば、マシロが驚いたように目を見開いた。
言ってからなんて大胆なことを尋ねてしまったのかと気づく。
「あ、当たり前だろう! その先はまだアユムには早い!」
叱るような口調のマシロの顔はちょっと赤い。
そういえばマシロはなんだかんだで、R指定のマンガとかは昔から私に見せてくれなくて。
こういう部分は固かった。
つまりは私が一人考えすぎていたということらしい。
「なんだそっか」
ほっとしたような、ちょっと残念なような心地で息をつく。
マシロはその反応をどうとったのか、しばらく黙りこんでいたのだけれど、ふいに私の顎をぐいっと上向きに持ち上げた。
「っ!?」
唇をマシロの舌が割って、私の口の中で蠢く。
くすぐったくてそれだけじゃない感覚に戸惑う。
腰をぐいっと引き寄せられて、角度を変えて口付けられて。
息ができないと思ったその時に、ようやく解放された。
「……はぁ」
マシロが色っぽい溜息と共に、私の口から唇を離す。
つっと互いの唇の間に糸が引いて、それが妙に恥ずかしかった。
「そんな風に、安全な男だと思われるのも嫌なんだ。こっちは我慢したのに、煽ったのはアユムだからな?」
そう言って、またマシロが口付けてくる。
今度はついばむように、軽く。
「ぼくは少し頭を冷やしてから寝る……また明日な」
ぞくぞくとするような色気のある声で、マシロは囁いてから、部屋を出て行ってしまって。
マシロとのキスを思い返してしまって、しばらくは寝付けなかった。




