【81】水着と別荘と
「これなんかマシロに似合うと思う!」
マシロと旅行と思えば、うきうきしてきて、可愛らしい水着を手にとる。
薄い桃色のフリルがついた水着は、きっとその白い肌に映えると思ったのだけれど、大きく溜息を付かれてしまった。
「ぼくの話を聞いていたのか? 別荘に行くとき用の水着を買うんだぞ? 男の姿で過ごすぼくにそれは必要ない。アユムがその水着を着たいなら、それでいいけどな?」
「あっ……」
言われて気づく。
「しかし女性用の水着っていうのは下着と変わらないな。これを着たアユムを見るのは、どちらにしろぼくだけでいい」
そんな事を呟きながら、マシロが横で水着を物色しはじめる。
――ちょっと待って。
男の姿のマシロとデートできると、単純に喜んでオッケーしてしまったけれど。
そうなるとこういう水着は私が着ることに?
最初からマシロはそう言っていたのに、今更理解する。
男の姿のマシロと、女の姿でふたりきり。
いつも部屋ではふたりきりだけど、これはまた違う気がする。
色々とアレというか、ひと夏の経験的な……?
「どうしたんだ? その水着にするのか?」
「えっ? いや、色違いとかあるかなって思って!」
固まっていたら、いつの間にかマシロに顔を覗き込まれていた。
慌てて水着を元の場所に戻して、他の水着を見るふりをする。
頭の中がパニックで、水着を探すというよりも水着をただかき分けた。
「これなんかどうだ? 泳ぎやすそうだぞ?」
マシロが手に取ったのは、ボーダー柄の上下に分かれた水着だった。
「えっあっ、うんそれにしようかなっ?」
うわづった声で答えれば、マシロが怪訝そうな目を向けてくる。
「少し顔が赤いような気がする。もしかして連れまわしすぎて疲れたのか?」
気遣わしげなマシロに、そんなことないと答えたけれど、まだ少し心配そうだった。
その様子はあまりにもいつも通りだ。
取り乱しているのは私だけなのかと、余計にぐるぐると考え込んでしまう。
休んでいろといわれて、デパート内にあるベンチに連れていかれた。
缶ジュースを手渡されてぐいっと飲めば、ちょっとだけ落ち着いた気がした。
「実はさっき買っていた服は、別荘でアユムが着る用のやつなんだ。二泊三日くらいだし、あれだけあれば十分だろう?」
「えっ? 泊まりなの?」
驚いて聞き返せば、当たり前だというような顔をされた。
「折角の別荘なのに日帰りなんて疲れるだけだ」
確かにマシロの言う通りかもしれないけれど、色々と心の準備ができてない。
マシロの目の前で女物の水着を着る。
それだけでもちょっとハードル高いと思っているのに、しかもお泊りときた。
いや、初等部の時はよく平気でマシロの部屋にお泊りしてたよ。
しかも同じベッドでくっついて普通に寝ていた。
でも、今はあの頃とは色々と違う。
高等部になってからマシロの部屋にお泊りなんて一切したことないし、あんな風にくっついて寝ろなんていわれたら、心臓が破裂してしまう。
まぁ別荘だというくらいだし、マシロの部屋みたいにベットが一つという事はないと思うけれど。
いやでも恋人だったら一つのベットで眠るものなんだろうか。
めまぐるしく考えすぎて、だんだん混乱してきた。
いっきにジュースを飲み干して、落ち着くために息を吐く。
そんな私の耳元にマシロが顔を寄せてきた。
折角平常心をとりもどそうとしていたのに、そうやって近寄られるとまたドキドキとしてしまう。
「なぁ……アユムは女用の下着を持っているか?」
「っ!?」
何を聞くんだと思わず目をむく。
するとマシロは少し頬を赤らめながら、言い難そうに口を開いた。
「折角女の格好をするんだ。下着も女物のほうがいいだろ? それで持ってないなら、ぼくが今から一人で恥を忍んで買いに行こうと思うんだ」
「女物の下着なんて持ってるわけないでしょ!」
少しモジモジしながら聞いてきたマシロに、つい大きな声で叫ぶように答える。
「アユム、声が大きい」
「ご、ごめん」
たしなめられて謝るけれど、変なことを聞いてきたマシロの方が悪い気がした。
今野アユムは男という事になっているのに、女物の下着なんて持っていたら変態みたいじゃないか。
それに私の下着をマシロ自らが買いにいくなんて、そんなの恥ずかしい。
下着を買うなんて、別荘でそういうことを期待されているみたいで。
赤くなっているだろう顔に、さらに熱が集まった気がした。
「ところで聞きたいんだが、ブラは必要か?」
「……マシロそれはどういう意味?」
反射的にマシロを睨む。
このつつましすぎる胸にブラなんて必要ないだろという事だろうか。
男装するのにはもってこいだけれど、前世から結構気にしているというのに。
「いや六年の時に確認した時は、必要なさそうだったからな。今もぱっと見たところ必要なさそうに見えるが、もしかして潰していたりするのか?」
全く悪意はない様子でそんな事を言い放ち、マシロは無遠慮に私の胸を見つめてくる。
「あ、当たり前でしょ! こう見えてかなり成長したんだから!」
「そうか。ならぼくが今つけてるのと同じCくらいか?」
見得を張ればマシロがそんな事を言ってくる。
というか、マシロの偽胸はCだったのか。
そして何気なしに自分の胸を揉みながら確認するのはやめてほしい。
美少女然としたマシロが、自分の胸を揉みだしたから、通りすがりの男の人がこっちを気にしていた。
「そ、そんな感じかな?」
「サイズが同じならぼくのモノを使いまわすこともできるな。いやでも、アユムがぼくの着た下着をと考えると……変な気持ちになるからやっぱり新しいのを買ってくる」
答えた私にちょっと待ってろと言い残して、マシロは下着コーナーへと消えていった。
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そしてあっという間に旅行の日。
別荘に着いて、それぞれ着替える。
まず手に取ったのは、シンプルな白いブラ。
それでいて胸元は当然のようにガバガバ。
胸を包む布部分が、指でおしたらぺこっと虚しくへこむ。
あらかじめ用意しておいた、大きく張った見栄と同じくらい大きなパットを詰め込む。
この日のために通販で買っておいてよかったと心から思った。
それから、マシロが選んでくれた服を着る。
短いズボンに、可愛らしいデザインのブラウス。
マシロの化粧品を借りて少し化粧をすれば、鏡の中の自分はボーイッシュではあるけれど女の子に見えた。
髪が長ければ、もう少し女の子らしくなったのにと思う。
せめて髪飾りか何かあればよかった。
そんなことを思いながらリビングへと向かうと、シャツとズボン姿になったマシロがソファーでくつろいでいた。
足音に気づいたのか、こちらを振り返って目を細める。
「よく似合ってる」
「……ありがとう」
嬉しそうにいうものだから、つい照れながらそんなことをいう。
足元がすーすーしてちょっと落ち着かなくて、手でズボンの裾を下にぐっと下げてみたりしたけれど、あまり意味はなかった。
マシロが立ち上がってこちらに近づいてくる。
長い髪を後ろでくくって、シンプルなシャツとズボンに着替えたマシロは、やっぱり美人で。
女の服を着た私なんかよりも色気があって。
――女として色々負けてる。
妙に落ち込んだ気分になっていたら、すっとマシロが私の頬に触れてくる。
マシロは私の頬に触るのが好きみたいで、よくこうやって触れてくるのだけれど、なんだか落ち着かない。
ひんやりとした白い手で頬をなぞられた。
「可愛い。キス……してもいいか?」
「ひぇっ?」
尋ねられて思わず変な声が出てしまう。
「駄目……か?」
悲しそうな顔でそんな風に尋ねられてしまえば、嫌と言えるわけもなく、ぎゅっと目を閉じた。
そうすれば額にかかった髪がかきあげられて、そこにそっと柔らかい感触が落ちる。
ゆっくりと目を開ければ、マシロが幸せそうに微笑んでいた。
――口じゃないんだ?
そんな事を思ってしまった自分が恥ずかしくなる。
手を繋いできたり、寄り添ったりとスキンシップが激しいマシロだけれど、口と口でのキスはまだだった。
頬とか額には時々してくるのだけれど、それ以上はしてこない。
大切にされていると視線でわかるのだけれど、してくれてもかまわないのに……なんて思ったりする自分がいて。
何を考えてるんだと我に返る。
外に出てみないかと誘われて、マシロの後を追いかけた。
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別荘は海沿いに建っていて、今日の天気が曇りでなかったらさらに見晴らしがよかったはずだ。
下へと降りる階段を下っていけばそこには砂浜。
そこ一体が、理事長の所有するプライベートビーチになっているようだった。
人の姿もなく静かだ。
結構遠い場所にある別荘のため、着いた頃にはもうすでに夕方。
本格的に遊ぶのは明日にして、この後はのんびり過ごそうという話になっていた。
近くにあったのは個人営業のスーパーくらい。
別荘地というよりは、そんなに人気のない田舎といった感じ。
周りにも他の別荘が点々とあるくらいで、開放感があった。
二人で仲良く夕食を作ることにする。
マシロの部屋にキッチンはなく、毎回家庭科室や理科室のビーカーでお湯を沸かしてカップラーメンが定番だった。
だから、こうやってまともに料理をするのははじめてと言っていい。
「マシロって、いつもカップラーメンとパンばかり食べてるけど、料理できるの?」
「したことはないが、自信はある。料理マンガをたくさん読んでいるからな」
疑問に思って尋ねれば、マシロはそんな事を言い出す。
ちなみに本日の料理はカレーだ。
「マシロ包丁のつかみ方、かなり不安なんだけど!」
柄の方をグーでぎゅっとにぎって、ニンジンに振り下ろそうとしている。
あまりに危なっかしかったので、後ろからマシロの手首を掴んだ。
「大丈夫だ。宗介にもできることはぼくにもできる」
何気にいつも私の弁当を作っている宗介への対抗心があるようで、マシロがそんな事をいう。
「いいからここはぼくがやるから! マシロは米とぎお願い!」
無理やり交代してもらって私が材料を切ることにした。
「へぇ、できるじゃないか」
「まぁね」
包丁でトントンと野菜を切っていけば、マシロが驚いたような顔になる。
ちょっと得意げになって言ったものの、私が得意なのは素材を切るところまでだ。
中等部に入って、宗介から指示を貰って時々料理をしていたので、これくらいはできるようになった。
元の世界では……正直あまり料理してなかったので、そのあたりの経験値はないに等しい。
切るのはいいとして、苦手なのは分量とか何かを入れるタイミング。
仕上げや味付けといった部分は、宗介がやらせてくれなかったので、いまいち自信はない。
ちなみに宗介が家を出て行ってからは、母さんが夕飯を用意してくれていた。
カレーは水っぽかったけど、ちゃんと食べられる味に仕上がった。
二人して食べて後に、テレビを見ながらくつろぐ。
「アユム、先に風呂に入ってくるといい。パジャマも買ってあるから後で持っていく」
「えっ、うん」
反射的にマシロに頷いて、風呂へと向かった。
寝る部屋の用意という単語が、頭の中をぐるぐると回る。
――いやいや、まさか。
そういう意味じゃないはずだ。
心を落ち着かせるために、ちょっと温かめのお湯で風呂に入る。
ちょっと長く入りすぎたかなと思いながら風呂から上がり、マシロが洗面所に用意してくれていたパジャマを手に取った。
「……」
とろみのある桃色の生地は手触りがよく、ヒラヒラでふりふり。
乙女趣味満載のパジャマがそこにあった。
ちなみに、私が選んだ一品だ。
あの時は、マシロが着たら絶対に可愛いと思った。
本人は微妙な顔してたけど。
――これ、私が着るからマシロあんな顔してたんだ?
私が着ることになるなら、先にそれを教えて欲しかった。
それならこんなきわどい代物選んだりしない。
というか、光の加減でちょっと生地が透けるような?
しかし私がこれがいいと言った手前、着ないなんて言うわけにもいかずに袖を通した。
用意された部屋には大きなベッドが一つだけ。
「……ここで二人で寝るの?」
「他の部屋は掃除されてないんだ」
マシロは私の方を見て、それから赤くなって顔を逸らしながら答えた。
それから着替えを持って足早にドアの方へと向かう。
「風呂が終わるまで待っててくれ」
パタンという音と共に、マシロの声が残された。
部屋が妙に静かで、何かしてないと落ち着かなくて、とりあえずベッドにもぐりこむ。
天井を見つめながら、落ち着くんだと自分に言い聞かせたけど、心臓の音がうるさい。
――あまり意識しちゃ駄目だ。
初等部の時は、普通にマシロが隣でも眠れてたんだし。
一緒の部屋でも今まで何もなかったじゃない。
いや、でもこの女物の下着とかパジャマとかマシロが用意してくれてたし。
年頃の男女が二人で旅行で。
恋人としてみてくれるように頑張るみたいな事、マシロ言ってたし。
別にマシロとそういう事するのが嫌ってわけじゃなくて。
心の準備ができてないというか、こういう展開になれないというか。
そもそもまだちゃんとしたキスもまだなのに、そういうのはどうだろう。
付き合って一年だから、むしろ遅いほうなんだろうか。
もしも万が一、そういう展開になったとして。
胸もまれたらやばいんじゃないだろうか。
パットなのがばれる。
というか私、この場においてなんでそんな事を心配してるんだろう。
それ以前に女として心配すべき点がいっぱいあるような気が。
考えすぎて、だんだんよくわからなくなってきて。
気づいたら寝ていた。




