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【79】ここが漢の見せどころのようです

 中学一年生の冬。

 クリスマスパーティの前に、私とマシロが仲良くしていた事が紅緒にばれた。

 マシロがくれたおそろいのブレスレットを見て、紅緒はそれに気づいたらしい。

 その時の私は細かい事情は話さずに、初等部の時に音楽室で出会って、趣味が会うから仲良くなったんだという説明をした。


 マシロが学園の『ドア』の向こうから来た人でない存在であり、そのままの姿のまま生き続けているということ。

 それでいて、扉の番人であり、学園に伝わるおばけ話の『ウサギ』の正体だという話をした。


 けど私は紅緒に、男の姿のマシロと出会ったとは一言も言ってなかった。

 なので少しでも混乱を避けるため、私はマシロを女だと思い込んでいるという設定でいこうと打ち合わせていた。


 彼女は恥ずかしがり屋だから、人のいない場所がいいなと言ったら、学園長の家……つまり紅緒の家で話し合いをすることに決まった。

 だだっ広い学園のすぐ横に学園長の家はある。

 家というより屋敷と言ったほうが正しい。

 放課後マシロと一緒に来るように言われて訪ねていけば、使用人に奥の部屋へと案内された。


「久しぶり!」

 扉を開けるなり、紅緒が飛び出してきて私の横にいたマシロに抱きつく。

「体は大きくなっても相変わらずだな、お前は」

 すりすりと頬ずりされてうっとおしそうに身じろぎしながらも、マシロの声は優しい。

 体を離した紅緒を眺めて、目を細める。

 そこには身内に対する愛情が感じられた。


「マシロは変わらないね。でもどうしてそんな格好で学園に通っているの?」

「扉の番人は星降りの夜が訪れる前の三年間、学園に在籍するルールがある。紅緒も知ってるはずだ」

 どうして男子であるマシロが女子の制服を着ているのか。

 遠まわしにそう尋ねた紅緒の言葉をはぐらかすように答えると、マシロはソファーに座る。

 側にこいというように目線を向けられたので、私も座った。


「そういう事じゃないよ。どうして女子の制服を着てるのってこと」

「女子が女子の制服を着るのは当たり前だろう? 質問の意味がわからないぞ、紅緒。そういえば、どうしてお前は女子なのに男子用の制服を着てるんだ。ちゃんと学園長から女子用の制服は貰ったはずだろう」

 私達に対面する位置に座りながら直球で聞いてきた紅緒に、マシロは叱るような口調で質問を逆に返してしまう。

 常に会話では相手の上をいくような印象があった紅緒が、バツの悪そうな顔になった。


「スカートなんてひらひらしたもの、柄じゃないんだ。こっちのほうがワタシには性にあってる。それに生徒手帳にも学園指定の制服を着用することとはあるけど、男子用女子用の明記はないよ」

「そうだな確かにない。学園長がそういう風に作ったからな」

 自分を弁護するようにそう言った紅緒を責めることなく、あっさりとマシロはそれを認めた。


 悔しそうに紅緒が眉をひそめる。

 男であるマシロが女子用の制服を着ていることを指摘したくても、自分に返ってきてしまうと気づいたんだろう。


「それでアユム。ワタシは今日、アユムの恋人を連れてきて欲しいってお願いしたんだけど、まさかマシロだって言うつもりはないよね?」

 紅緒は本題に入ることにしたらしく、マシロから私へと視線を移す。

 すっと鋭く細められた瞳に見つめられて、思わず息を飲む。

 そこに普段のおちゃらけた紅緒の姿はなかった。


 マシロだと思ったから連れてこいと言ったくせに。

 そんな事を考えたけど、口には出さない。

 紅緒は私とマシロの関係を認めるつもりがなさそうに見えた。


「そのまさかだ。紹介するのが遅れて悪かったとは思ってる。これがぼくの恋人のアユムだ。紅緒とも知り合いだから、説明はあまりいらないだろ?」

 堂々とマシロがそういいながら、用意されていたお茶を飲む。


「何を考えてるんだマシロ! ワタシは絶対に認めない!」

「親の恋路に口出しはあまり褒められたことじゃないぞ、紅緒。ぼくだってお前が女の子をたぶらかそうと、あまり口出しはしてこなかっただろうに」

 バンとテーブルを強く叩いて宣言した紅緒に対して、やんわりといなすようにマシロがたしなめた。


「今まで誰にも執着なんてしなかったくせに。どうしてそれがよりにもよって、アユムなんだ!」

「しかたないだろう。好きになったんだから」

 叫ぶ紅緒に、マシロが呟く。

 ほんのりと恥らうように頬を染めながら。

 その様子を見て、紅緒が目を見開いた。


「……本気、なんだ?」

「あぁ」

 戸惑いのまま口にした紅緒に対して、マシロが短く答える。

 部屋になんとも言えない、重苦しい沈黙が訪れて。


 もの凄く居心地が悪くて、居たたまれなくなった。

 この状況を作ったのは、私に一番責任がある。

 最初に告白してきたのはマシロだけれど、それを促したのも受け入れたのも私だった。


「今ままで黙っててごめんなさい。紅緒の育ての親であるマシロと、こういう仲になったってこと、いい辛くて連絡できなかったんだ」

 膝の上で拳を握りながら、紅緒に対してどうにか言葉を紡ぐ。


 本当のところを言うと、紅緒の連絡先は知っていたけれど、報告するという事は頭に全く思い浮かびもしなかった。

 マシロに紅緒が育てられたことは知っていたけれど、二人が一緒にいるところを見たことがなかったし、マシロの見た目もあって親子というのがあまりピンときていなかった。


「それで、アユムは本気でマシロが好きなのかな?」

 私の知っている星野紅緒というひとつ年上の少女は、いつだって柔和な笑みを浮かべていて、人をからかう余裕を持っている子だった。

 けど今の紅緒にはそんなゆとりはないようで、探るような隙のない瞳でこっちを見ている。


 大したことのない気持ちだったら、切って捨ててやる。

 その射るような視線に、そういわれている気がした。

 

 マシロへの気持ちを試されていると思った。

 妙な緊張感で、手に汗が滲む。

 何故か頭に思い浮かんだのは、よくあるドラマのワンシーン。


 お嬢さんをボクに下さい!

 そういって、男が父親に対して頭を下げるアレだ。

 今自分が置かれているこの状況は、ある意味それに近い気がした。

 実際には頭を下げる相手が娘で、貰うのがお父さんという、よくわからない事になっているのだけれど。


 世の中の男は、こんな緊張感を乗り越えてお嫁さんを貰うのか。

 そんな事を思う。

 紅緒から発せられる圧力が並大抵じゃなくて、気おされる。


 ここでひるんではいけない。

 できれば紅緒も分かってほしいと、マシロも望んでいるはずだ。

 ――認めてもらうには、こちらの熱意と本気を知ってもらうしかない。

 ここがおとこ(?)の見せ所だと、ちょっと混乱する頭の中で覚悟を決め、キッと紅緒を睨むようにして見つめる。


「中一の時にマシロと離れ離れになって、高一になって再会して。それでマシロから告白されて、その……こういうことになったんだ」

「へぇ」

 紅緒の視線は刺すように冷たい。

 出だしから心が折れそうになる。

 こういう事を口に出すだけでも、物凄く恥ずかしかった。


 なんで私は高校二年生で、こんなことになってるのか。

 ちょっとした修羅場みたいだ。

 ここ最近こういうのが多い気がする。

 女難の相でも出てるんだろうか。


 ――駄目だ、弱気になっちゃ。

 私がしっかりしなくちゃいけない。

 恥ずかしがっていちゃ駄目なんだと、自分に言い聞かせる。


「紅緒は色々といいたいことがあると思う。でも、ボクは真剣にマシロがその……すっ、好きなんだ!」

 胸の中にある想いを言葉にするのはどうにも気恥ずかしくて、口の中でひっこんでしまいそうになったけれど、ぐっと手に力をこめて吐き出す。


 自分で口にした好きという言葉に、ドクドクと心臓が早くなる。

 最初は友達で、意識なんてしてなかった。

 幼馴染の宗介が好きだと気づいて、悩んで。

 事故のようなふいのマシロの告白に戸惑って。

 

 けじめをつけようと宗介に告白して玉砕して。

 それで、私はマシロの告白を受け入れた。

 初めそれは、このギャルゲーの世界で『扉』を開けて、元の世界へ帰るための手段というところが大きくて。

 自分でも卑怯だなとは思っていたけれど、マシロがそれでいいって言ってくれたことに甘えた。


 いつだって何も言わずに私のことを考えてくれていて。

 『今野いまのアユム』じゃない元の『前野まえのあゆむ』としての自分まで受け入れてくれるマシロに、私は昔から心を許していた。

 それは恋愛感情じゃなかったと思うけれど、ただの友達よりはもっとずっと深く信頼していたと思う。


 宗介が好きだったことも、何もかも。

 全部受け入れて、私が望むように今まで通りに接してくれて。

 マシロはいつだって私の願いを優先させてくれた。


 でもマシロは本当はどうしたいんだろう。

 恋人同士になっても何もしてこないマシロに、自分の気持ちが定まって無いくせに私はちょっかいを出した。

 私のために我慢をさせている。

 それが嫌だったんだと思う。


 結局それで墓穴を掘って、マシロが積極的になって。

 手を繋いだり、デートしたり。

 急速に距離は縮まった。


 今までマシロのことを男の人だって、私はきっと意識してなかった。

 初等部の小さいときに出会って、男扱いされていたこともあって。

 年上で気が合う、優しいお兄さんという印象で時間が止まっていたんだと思う。

 マシロは私に危害を加えないし、私をそういう目で見たりしない。

 そう信頼していたし、思い込んでいた。


 でも好意は、普通の人に対するモノより確実に持っていて。

 一度意識してしまえば、それが恋心に変わるのは驚くほどに早かった。


「これからは、惑わしてでもぼくを選んで貰えるようにしていくつもりだ。望んでいいとアユムが言うのなら、ぼくはアユムと本当の恋人になりたい」

 皆の前で恋人宣言されて、連れ攫われた日。

 そんな風に強く求められて、嬉しいと思ってしまった。


 マシロは私を好きだという気持ちを隠さなくて。

 ただ側に寄り添うだけで、幸せそうな顔をする。

 それがむず痒くて、こっちまで嬉しくなって。

 こんな心の奥が暖かくなって満たされるような想いを、マシロと出会ってはじめて私は知った。



 ――今の私は『扉』を開けるためなんかじゃなくて。

 マシロが好きだから、恋人をしているんだ。


「マシロの側にいると、ボクは素の自分になれるんだ。居心地がよくて、包まれてるみたいで。困ってるときにはさりげなく手を貸してくれて、いつだって守ってもらってた。一緒にいるのが当たり前で甘えてて、目の前からいなくなるまでどんなに大きな存在だったか気づけずにいたんだ」

 それをマシロにも紅緒にもわかってもらいたくて、ゆっくりと気持ちを紡ぐ。

 自分の中で整理していくように。


「高等部になって再会して、告白されて。付き合うことを決めたときは、正直な話そういう好きじゃなかったと思うけど、最近はもう違ってきてるんだ。マシロが大切で……愛しいと思う」

 口にしながら何をくさい事を言っているんだ自分はと、気恥ずかしさで泣きたくなってくる。

 本心から口にした言葉だったけれど、今すぐにこの場から逃げ出したい衝動に駆られぐっとこらえる。


「だから、マシロをボクにください!」

 その勢いで、紅緒に頭を下げる。

「……アユム」

 側でマシロが感動したように呟いていて、それが余計に恥ずかしさを煽って、顔は上げられなかった。


「ふっ、あはは! アユムってやっぱり面白いね! それ父親にお嫁さんを貰いにいく男の台詞だよ!」

 しばらくして、紅緒が大声を上げて笑う声が聞こえた。

 おそるおそるそちらを見上げると、ツボに入ったのか、ひぃひぃ言いながらソファーで腹を抱えている。


 思わず口走った台詞は、冷静になると大分恥ずかしいけれど、ひっこめることはできなくて。

 居心地が悪くてもぞもぞとしていたら、マシロが手をそっと握ってきた。

 びくっと体をすくめてそちらを見れば、甘さを含んだ瞳と目が合う。


「嫁に貰ってくれるんだな?」

 嬉しそうに囁かれて、気恥ずかしさで死ねると思った。

「……マシロにそういう趣味があったなんて知らなかったよ。だから今まで奥さんも作らないで一人身だったんだね?」

 一通り笑い終わった紅緒が、いつものからかいと余裕を含んだ声でマシロに問いかける。

「ぼくが一人身だったのは、人間と同じように歳を取っていけないからだ。一緒にいたいと思える人間がアユムだった。それだけの話なんだよ」

 マシロはふっと笑いながら、余裕すら感じさせる口調でそう返した。


「ふーん。アユムはマシロの秘密を知ってるの?」

「扉の番人であることなら話してある。最初は年上のお姉さんとしか思われていなかったところを、ようやく意識してもらえるようになったところなんだ」

 マシロが男だということを私は知らないのだと、遠まわしにマシロが紅緒に答える。


「それにぼくに話せない秘密があっても、それごとアユムは受け入れてくれる」

 そうだろ?と問いかけてくるようにマシロが私を見つめてくる。

 きっと、扉の番人として私に言えない部分があるという事を指しているんだろう。

 ちゃんとわかっていたから、もちろんだよというように微笑みで返せば、マシロは安心したように、私の腕に自らの腕を絡ませてもたれかかってきた。


 ふわりと花の香りがする。

 マシロからはいつも香水とはちょっと違う、ささやかな花の香りがした。

 手触りのよい髪に触れて、その髪を一房手に取る。

 最近マシロが側にいるとつい、髪を触ってしまう癖が付いていた。

 こほんと紅緒が咳払いして、ようやく二人の世界に入っていたことに気づいて、互いに少し離れる。


「……マシロがアユムを選んだのは、扉の番人としてなのかな。それとも本当にそういう理由なの」

「後者だよ。本来これは扉の番人としては褒められたことじゃないからね。それでもぼくはアユムと恋人になりたかったんだ」

 気を取り直したように尋ねてくる紅緒に、マシロが真剣な声色で答える。

 さっき離れたばかりの私の手に、指を絡ませて強く握ってきた。

 紅緒だけじゃなく、この言葉は私に対しても言っているんだよというように。



 紅緒は何か考え込むような顔になって。

 それから大きな溜息を付いた。

「……さすがのワタシも、色々驚きすぎて思考がまとまらないな」

「まとまらなくていいから、ぼくとアユムの邪魔はしないでほしい」

 まいったという様子の紅緒にそう言って、マシロが立ち上がったので、私も慌ててそれに習う。


「紅緒がぼくのために扉を開けようとしているのは知ってる。でもぼくはアユムと自分で扉を開けるつもりでいるんだ。力を貸してほしいとは言わない。けどできることなら、何もせずに見守ってほしい」

「……親とお気に入りの子が、蛇の道に進もうとしてるのを見過ごせってこと?」

 マシロを睨む紅緒の表情には、葛藤が見えた。

 こっちのことを本気で心配してくれているんだろうってことくらいはわかる。

 

「ぼくたちのことを思うなら、そっとしておいてくれ。高校卒業まででいい」

 真摯なマシロの言葉に、紅緒はくしゃっと弱ったような顔で自らの髪をかきむしった。

「マシロとアユムがしたいようにすればいい。ワタシもワタシがいいと思ったように動くよ」

 半ば投げやりにそう言って、紅緒は私達を屋敷から追い出した。

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「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」
ショタコン末期悪役令嬢に転生して苦労する話。
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