【78】高校二年生になりました
青のチェックのスカートに、白に黒い縁取りがついた上品なジャケット。胸には大きめのリボン。
星鳴学園の女子の制服は結構可愛いとこの辺りでは評判で。
それに身を包んだ従兄妹のシズルちゃんは、それはもうとても可愛らしかった。
「お兄ちゃん! どうですか、似合いますか?」
シズルちゃんがくるりと回って、上目遣いでこっちを見てくる。
期待と不安が入り混じった顔。
この春からシズルちゃんは、私と同じ星鳴学園の高等部に通うことになったのだけれど、どう見たって初等部くらいにしか見えない。
小さめの体に、おかっぱ頭で和風の顔立ち。
この愛らしい一つ年下の従兄妹は、今でも私をお兄ちゃんと呼んでくれる。
前世では兄しかいなくて、妹が欲しかった私はシズルちゃんのことが可愛くてしかたなかった。
「うんとてもよく似合ってるよ。可愛い!」
ぎゅうっと抱きしめれば、腕の中でシズルちゃんが身もだえする。
「苦しいですよ、お兄ちゃん」
困ったようなそれでいて嬉しそうな声でそう言われて、はっとして離れる。
「ごめん、ちょっとスキンシップが激しすぎた」
「いえいいのです。お兄ちゃんにぎゅってやられるの……好きですから」
慌ててそう言えば、シズルちゃんがぽっと頬を赤らめる。
――あっ、やばい。
頭をぐりぐり撫でたい。
その衝動にぐっと堪える。
女の子に対して、私はスキンシップが激しい。
理留の一件でそう気づいてから、意識的に抑えようとはしているのだけれど。
シズルちゃんの小動物的可愛さの前には、その衝動をなかなか抑えられずにいた。
従兄妹であるシズルちゃんも、このギャルゲーのヒロインの一人。
年下の妹キャラで、女学院育ちの純粋無垢な箱入り娘だ。
昔からシズルちゃんは私にかなり懐いてくれていて、お兄ちゃんのお嫁さんになるなんて言っていた。
高等部に入ってマシロと付き合ったことを知ったら、どんな顔をするだろうと思ってずっと言えずにいたのだけど。
私の前世の兄・渡であり、シズルちゃんとは前の学校で先輩後輩の間柄だったヒナタが、あらかじめ事情を話してくれていたようだった。
「彼女さんができても……シズルに構ってくれますよね?」
上目遣いでそんなことを言われてしまって、あまりの健気さにノックアウトされてしまった。
何あの生き物。
いいえって言える奴がいるわけない。
そんなこんなで、シズルちゃんが星鳴学園に入学してきて。
私は二年生になった。
高等部は毎年クラス変えがあるのだけれど、宗介と吉岡くん、ヒナタと同じクラスで一年の時とあまり変わらなかった。
理留とマシロは同じクラス。
結構仲良くしているようで、女同士の話があるからと最近は二人でお茶会をしていたりする。
それでいて私も混ぜてもらおうとしたら、女同士の話ですからとのけ者にされたりしてちょっと寂しい。
一年の時のマシロはお世辞にもクラスに溶け込んでいるとは言えなかったけれど、二年になってからは理留のおかげか楽しそうだ。
休み時間はクラスの子たちとお昼を食べたりすることも多くなった。
馴染んでいるというのはいい事だと思う。
マシロとの仲はとても良好で。
部屋で仲良くゲームをしたり、放課後は一緒に外で遊んだりしている。
この前はカラオケに行って、二人で歌いまくった。
マシロは意外と歌が上手かった。男にしては高い声を生かして、高音までばっちりだ。まぁ当然のようにアニメソングばっかりだったけれど。
そんな風に楽しく過ごしていた六月の初め。
「ぼくはしばらくひきこもる事にした」
突然マシロがそんな事を言い出した。
しかも決定事項だというように、強い口調だ。
最近のマシロは学園に登校するのを渋ることもなく、授業も表向き真面目に受けていたのにどうしたんだろう。
そう思って聞いてみたら、マシロは苦いものでも食べたような顔になる。
「七月に、紅緒が留学から戻ってくるんだ」
マシロは溜息交じりに呟く。
紅緒先輩は私より一つ年上の先輩で、初等部の五年生の時に知り合った。
一見美少年に見える紅緒先輩は、女子からの人気も高く、本人も大の女の子好きだ。
最後に会ったのは中等部三年生の時に、美空坂女学院の学院祭に行った時だったと思う。
私が高等部に入った時には、紅緒先輩は一年の留学に出てしまっていた。
高等部二年の四月に渡米した紅緒先輩は、八月からあちらの授業を受けていたのだけれど六月末には全ての過程を終えて帰ってくるらしい。
「しかも紅緒はアユムと同じクラスだ。面倒なことになる」
「面倒って、変わった人だとは思うけど一応紅緒先輩いい人だよ?」
思い悩んだようなマシロにそう答えれば、マシロは何もわかってないなというような目を向けてきた。
「紅緒はぼくが育てたようなものだと前に言っただろう。ぼくとアユムが付き合っていると知れば、絶対にやっかいなことになる」
「あっ」
言われてようやく気づく。
紅緒先輩は学園にある『扉』の前に捨てられていた子供だった。
表向きは学園長の養子ということになっている紅緒先輩だったけれど、拾って育てたのはマシロだと聞いていた。
紅緒先輩は『扉』とマシロに執着していて。
星降祭で主役に選ばれて、『扉』を開けることが夢なのだと、以前本人から聞いたことがあった。
今回の留学だって、星降祭のためだ。
本来星降祭が行われる時には、紅緒先輩は高等部を卒業している。どうしても星降祭に出たかった紅緒先輩は、留学をして学年を合わせたのだ。
『扉』を開ければ、願いが叶う。
そんな言い伝えがあるのだけれど、紅緒先輩が『扉』を開ける目的はマシロのためで。
そんなマシロが私と付き合っていると知ったら……結構マズイことになるのではないかと今更気づいた。
「紅緒はこういっては何だが少しファザコンなんだ。『扉』の番人であるぼくを『扉』から解放するためにアイツは動いている。それなのにその『扉』の番人であるぼくがアユムを選んだと知ったら、確実に怒る」
確信めいた口調で、マシロが額を押さえた。
「それで引きこもって、紅緒先輩から逃げようってこと?」
「そうだ。ただすでに公認のカップルみたいになっている上、この扉の開く可能性があるこの三年間、ぼくは学園に在籍しなくちゃいけないというルールが密かにある。いつまでも逃げ切れはしないんだろうけどな」
マシロは弱々しい声で、呟く。
それでもできる限り問題を先延ばしにしたいというようだった。
「いつかばれるなら、先に話しておいたほうがいいと思うけど」
「……簡単に言ってくれるな。アユム、紅緒がぼくの本当の性別を知っているということを忘れてるんじゃないか?」
呟いたら、マシロがじと目でこっちを見てきた。
「アユムは男ということになっていて、ぼくは女ということになっている。だから周りは何も言ってこないが、紅緒は違う。紅緒にとってはアユムは男で、ぼくも男という風になるんだよ」
全くそこまで思い至っていなくて、あっと口を開ける。
「アユムには『周りに男と認識させる力』が働いてる。紅緒にアユムの本当の性別が女だと説明してわかってもらえたとしても、その呪いのような力のせいですぐに忘れてしまう。そして結局同性カップルだと思われてしまうわけだ」
そしたらどうなるかと、マシロは続ける。
「紅緒は色々ぼくたちにしかけて別れさせようとしてくるな。アユムが星降祭で主役に選ばれないよう、全力で妨害をしてくるはずだ」
「……それどうにかできないの?」
力なく呟いたマシロに、回避できる方法はないのかというように尋ねる。
マシロは諦めろというように、首を横に振った。
「とりあえずは、付き合っていることがばれないようにするんだ。どう転んでも面倒なことになるのなら、それは遅いほうがいい」
「わかった」
真剣な顔で言ったマシロに、私は頷いた。
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どうか穏便に行きますように。
そう願っていたらすぐに七月がやってきて。
先生が紅緒先輩をクラスの皆に紹介した。
紅緒先輩は真っ赤で長かった髪をばっさりとショートカットにしていて。
元々美少年ぽかった外見がさらに少年っぽくなっていた。
女の子たちの歓声が凄くて、周りの男子たちが複雑そうな顔をしていた。
「やぁアユム。聞いたよ、エトワールになったんだね」
「お久しぶりです。紅緒先輩」
できればそっと逃げ出したかったのだけれど、そうもいかなくて休み時間に紅緒先輩に話しかけられた。
「先輩じゃないよ。もう同級生なんだから紅緒でいい」
「わかりました。紅緒さん」
笑ってそういう紅緒先輩……もとい紅緒に言ったら、そっと唇にほっそりとした指を当てられる。
「さんもいらないよ。ワタシとアユムの仲だろう?」
きらきらと輝くような顔を近づけてきて、意味ありげに呟いてくる。
相変わらずだなぁと懐かしく思う暇もなく、紅緒は耳元にすっと顔を寄せてきた。
「彼女ができたって聞いたよ。放課後、紹介してくれるよね?」
冷ややかな声に、耳元から冷や水を注がれたような気がした。
思わず固まると、紅緒は少し距離をとり、目を細めて微笑む。
「白い髪に赤い瞳の美少女なんだってね。理留から聞いてびっくりしたよ。ぜひ紹介してほしいな」
どうやらすでに仲のいい理留から、情報が入っていたらしい。
蛇のような目で見つめられて、これは逃れられないなと悟った。
諸事情でばたばたしてて、いつもより投稿が遅れました。
すいません。




