【77】ダンスと私の日常
高等部ではじめてのクリスマスパーティ。
当然のようにマシロをパートナーに誘った。
白のドレスに身を包んだマシロの髪には、赤い薔薇のコサージュ。
――月の精みたい。
そう思って見つめていたら、マシロがこほんと咳払いした。
「アユム、月の精はさすがに言いすぎだ」
照れたようにマシロが呟く。
「またボクの心の声、聞こえてたんだ?」
マシロは人の強い感情の声が聞こえる。
だからまた聞かれてしまったのかと思ったのだけれど、マシロはそうじゃないと首を横に振った。
「口に出てたっすよ、アユム」
そう言って現れたのは、宗介の義兄であるクロエだ。
ウェーブかかった黒い髪に、褐色の肌。
マシロと同じ真っ赤な瞳をしていて、普段の服装はビジュアル系っぽいのだけれど、今日はスーツを着ていてそれがとても似合っていた。
ホストみたいだと思ったのは内緒だ。
クロエは宗介が引き取られた、仁科家の子供だ。
中学一年生の時そうとは知らずに、ひょんな事からナンパのやり方を教えてもらうことになり知り合った。
高校生くらいかなとあの時は思っていたのだけれど、実は同じ歳で高等部から星鳴学園に通っていたりする。
「何でお前がここにいるんだ!」
「マシロちゃん、お久しぶりっす。そのドレスよく似合ってるっすね!」
大きな声を上げたマシロに、クロエがよっと手を上げて明るく声をかけた。
「知り合いなの?」
わなわなとマシロはクロエを指さして震えている。
接点がわからなくて二人に対して尋ねれば、そうなんすよとクロエが笑いかけてきた。
「可愛いなと思って、ナンパしたことがあるんすよ。とってもガードが固い子だったのに、まさかアユムが落とすとは。さすがおれの弟子っすね! もう免許皆伝っす!」
クロエがよくやったというように、満足気に私の肩を組んでくる。
「ボク、クロエさんの弟子になった覚えないんですけどね」
どんな繋がりかと思えば、そんなことかと脱力する。
あまり外に出ないマシロをいつの間に口説いていたんだろう。
フットワークの軽さは相変わらずのようで、呆れたらいいのか感心したらいいのか悩むところだった。
「アユム、こいつから離れろ!」
曖昧な笑いを浮かべていたら、マシロがクロエから私を引き離し背中に庇う。
「何っすか。心配しなくても恋人がいる子を口説く趣味も、男を口説く趣味もないっすよ?」
「……どうだかな。面白いと思えばお前は何だってやりそうだ」
おどけてそう言ったクロエを、マシロは睨みつける。
それを見て、クロエはにいっと笑った。
玩具を見つけた、残酷な子供のような横顔にぞくりと肌が泡立つ。
けれどそれは一瞬の事で、クロエはすぐにいつもの軽薄な笑みを浮かべてマシロに近づいて行く。
「ははっ、マシロちゃんおれの事よくわかってくれてるっすね」
クロエはマシロの髪を一房手にとり、馴れ馴れしく笑いかけた。
「どうすか、アユムからおれに乗り換」
けれどマシロはその言葉の途中で、その手を振り払う。
「ない。わかってて聞くな」
「おぉ怖いっすね。それだけ本気ということっすか。面白いっす」
きっぱりと答えたマシロに対して、すっとクロエがその瞳を細める。
敵意にも似た視線を飛ばすマシロに対して、クロエはそれを楽しんでいるように見えた。
――気のせいかな。
一瞬二人の交わす視線に、ナンパされたしたという関係だけじゃない、何かがあるような気がした。
確執とか、因縁とかそういった感じのもの。
それはただの勘だったのだけれど、妙に気になった。
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「ねぇ、マシロ。クロエとは本当にただの知り合いなの?」
「あいつの話したとおりだ。前にナンパされたんだが、本当しつこい奴だった。絶対に近づくな」
クロエと別れて後、マシロに尋ねたら、話をするのも不愉快だというように嫌な顔をされた。
本当に嫌いなんだろう。
――宗介といい、マシロといい、クロエさん嫌われてるなぁ。
そんな事を思う。
別に悪い人ではないとは思う。
まぁだからと言って、いい人なのかと言われるとそれも微妙なところだ。
一緒にいると、妙に不安を煽られるというか。
不思議と苦手意識があった。
「あいつのことはどうでもいいだろう。それよりアユム、花を挿すからこっちにきてくれ」
素直に従った私の胸に、マシロがコサージュとお揃いの赤い薔薇を挿してくれる。
クリスマスパーティはペアで申し込み制。
男子が誘いたい女子に花のコサージュを贈り、女子がそれを受け取って応募すれば登録完了。
パーティの会場では、コサージュのお返しとして、女子から同じ色の花を胸に挿してもらえることになっていた。
胸に花を挿してもらって。
それからマシロが手を差し出してくる。
「ほら、そろそろ踊るぞ」
「うん」
その手をとってダンスを始める。
もちろん私が男子のステップで、マシロが女子のステップだ。
周りの目がこちらに向いているのがわかる。
今日のマシロはいつもに増して美人度が高いし、それに踊るのもうまい。
この注目も当然だと思えた。
「何にやにやしてるんだ?」
「いや、可愛い彼女がいて幸せだなぁと思って」
男としてはかなり勝ち組じゃないだろうか。
まぁ実際には私は女なのだけれど、悪い気分じゃなくてそう呟けば、マシロは眉を寄せる。
照れてるのか彼女扱いが不満なのか。
多分どっちもなんだろう。
「マシロ、体力ないのに踊るのは上手いね」
「言っておくが、ボクの体力は男子の平均よりちょっと下くらいだ。女子にしてはそれなりにある方だと言っていい。あと体力と技術はあまり関係ないと思うぞ」
言われてそれもそうかと思う。
相手がマシロだと、遠慮なしにステップが踏めた。
くるくると踊るのがだんだんと楽しくなってくる。
「まぁ正直なところを言えば、よくこのクリスマスパーティに出席していたんだ。誰かとダンスをなんて普段はできないからな」
ふっと昔を懐かしむようにマシロが笑う。
そういう顔をするマシロは、物凄く年上に見えた。
「ボク以外の誰かと踊ったりしたの?」
「なんだ、嫉妬か?」
尋ねれば少し嬉しそうにマシロが口にする。
「いや、外にあまりでないマシロがそういうことするの珍しいなと思って」
「そっちか。まぁいいけどな。アユムは何か勘違いしているみたいだが、ぼくは人嫌いで引きこもっているわけじゃない。元々こういうイベント事は大好きだ」
「じゃあ何で今は引きこもってるの?」
面倒臭がりなイメージはあるけれど、確かにマシロは人嫌いという感じはしなかった。
「虚しくなったからだ。皆いつかは学園を去る。そしてこの姿のまま変わらないぼくは、仲良くなった者がいてもその関係を続けていくことができない」
淡々と事実を述べるように、マシロは口にする。
そこに傷ついたような雰囲気はなくて、それをただ受け入れているように見えた。
「前にも言っただろう。ぼくは別れが苦手なんだと。仲良くなんてならなければ別れもないんだ。まぁお前に関してはもう手遅れなんだけどな」
甘さの滲む、それでいて少し苦しそうな瞳で見つめてくる。
「マシロ……」
呟くと、マシロは気分を切り替えるかのようにふっと微笑んだ。
「アユムは、リードがうまいな」
「でしょ? 初等部からやってたからかなりうまくなったんだ。運動神経もかなりよくなったからかな」
さっきまでの話は終わりだというようにマシロがそう言ったので、それに合わせて明るく答える。
「けどまぁ、その技術は元の世界に戻った時にはあまり必要ないな。お前はリードされる側なんだし」
すこし嬉しくなって口にしたら、マシロがそんな事を言って笑った。
――元の世界に?
「どうした?」
黙った私に、マシロが不思議そうな顔をする。
とっさに、なんでもないと答えた。
昔までは当たり前だと思ってた願い。
元の世界に帰ること。
なのにどうして、今マシロが言った言葉が心にひっかかったのか、わからなかった。
いや違う。ちゃんとわかってる。
――今のこの状況に、違和感をあまり抱かなくなってる。
こんな風にマシロが側にて、皆と楽しく過ごして。
こちらの方が日常になってきているのだと、嫌でも気づかされた。




