【74】放課後デート
マシロはあれからずっと私の手を離してくれなくて、本気で放課後デートをするつもりのようだった。
「マシロ、どこに行くつもりなの?」
「とりあえずゲームセンターだな。前にアユムとやったギャルゲーでは、ゲームセンターでUFOキャッチャーをして後、ぷりくらという写真を撮っていた。あまり写真は好きじゃないんだが……アユムと一緒だったという記念なら欲しい気がするんだ」
尋ねればマシロは答える。ちょっと赤い顔で。
そんなことを言われて、私まで少し赤くなった。
それならと、バスに乗って移動する。
原作のアユムが通っていた、公立の小学校があった周辺。
学園からそこまで遠いわけじゃないけれど、このあたりは庶民向けの住宅街が多くて、お嬢様やお坊ちゃまが多い学園生はめったに訪れない。
デパートや手ごろな雑貨屋などがあり、夕飯前の買い物なのか主婦も多かった。
あまり外にでないマシロは、場所がよくわかっていない様子だったので、デパートの中にあるゲームコーナーへと連れて行く。
「アユムはこの辺りをよく知ってるんだな」
「まぁね。良太とよく遊んでたから」
呟いたマシロに答えながら、良太は元気かなと思いを馳せる。
初等部の五年生の時に知り合った、ガキ大将のような少年・良太。
原作のアユムが公立の小学校に通っていた時の知り合いだったのだけれど、再会して仲良くなった。
中等部の時は宗介に避けられていたこともあって、よく遊んでいたのだけれど、最近は全く遊んでない。
それは何故か。
良太に彼女ができたからだ。
そこに至るまでには、色々あった。
好きな子に告白したものの振られたと思い込んだ良太は、年上の彼女がいると見栄を張って。
私は、年上女性を狙うためのナンパに付き合わされた。
それが上手く行かなくて、私は女装させられた上、良太の彼女のふりをさせられて。
あげくその女装を最悪の人物に見つかって、弱みを握られたりしたのだ。
しかも最終的には、全て良太の空回りで、最初から好きな子とは両思いという。
色々こっちは身を削ったのに、その結末はないだろうと正直ちょっと思った。
私の苦労いらなくね!?
そうつっ込みたくなるのもしかたないと思う。
現在二人はラブラブなご様子で、遊ぼうとメールで良太を誘っても、返ってくるのはごめんというメッセージ。
そしてそれの三倍くらいあるのろけだ。
けっと砂を吐きたくなるのも、当然だと言えた。
良太のこの騒動があったのは、マシロがいなくなった直後だった。
まだ話してなかったなと思い愚痴を交えて話せば、マシロは面白いと言うように笑っていた。
「何だそんな愉快なことがあったのか」
「全然愉快じゃないよ。こっちが頑張ったのは何だったんだって感じでさ」
悪態を付きながら、マシロとUFOキャッチャーの品を物色する。
「マシロ何か取りたいもの決まった?」
「あっちにあるフィギュアがいいなとは思うんだが……やったことないから、取れる気がしない」
尋ねればマシロは、格闘ゲームのキャラのフィギュアを指差した。前に一度コスプレしたキャラのやつだ。
「わかった。取ってあげるよ」
「できるのか?」
そう言えば、マシロは期待と驚きの視線で私を見てきた。
「まぁね。お兄ちゃんがこういうの集めてたんだけど、ヘタくそでさ。お金を見境なくつぎ込んじゃうから、代わりに取ってあげてたんだ」
欲しい商品に対して掛けてもいい金額をあらかじめ貰って、余った分は私の懐にという方式だった。
小さい頃はいい小遣い稼ぎになったので、結構本気で取り組むうちに上手くなっていた。
初心者すぎる初心者は、商品の真ん中を狙って掴もうとしてしまうけれど、そんなんで取れるほど甘くない。
一発で取れるなんて考えず、どのポイントを付けばこの商品が大きくバランスを崩して傾くかを考えて、地道にアームの先で押していく。
「凄いぞアユム! 取れた!」
ガコンという音と共に落ちてきたフィギュアを手に、マシロがきらきらと目を子供のように輝かせる。
「まぁね」
賞賛の視線と達成感に、悪くない気分になった。
そんな感じで格闘ゲームを一緒にやってみたり、車のゲームで対戦したりして。
最後にプリクラを撮ろうという話になった。
友達となら撮ったことはある。変顔をするのが熱くて、千住観音とかいって重なるように立って撮ったりしていた。
でも、恋人と……なんてのは当然初めてで。
白くて狭い個室の中に二人っきりという状況は、意外と緊張した。
いつも学園内にある部屋の中で、二人っきりで一緒に過ごしていたくせにだ。
操作がよくわからないマシロに頼まれ、ボタンを押していく。
『友達モードか、恋人モードを選んでね!』
撮影人数を2人と選んだところで、機械がそんな事を言ってきて。
思わず指先が止まる。
何そんなモードがあるの!?
友達と撮りに行ったプリクラにそんなモードはあっただろうか。よく覚えてないけれど。
じーっと、横からマシロが私を見てるのがわかった。
何故か手汗がじわりと滲む。
ゆっくりと『恋人モード』のタッチパネルの上に指を乗せれば、軽い電子音が鳴って。
マシロの方に目を向ければ、嬉しそうにはにかんでいた。
「機械の方が色々指示を出してくれるみたいだな……やったことないから助かる」
「そ、そうだね」
そっと手を握られて、思わず声が上ずってしまう。
しかもこの機械。
後ろから抱き着いてとか、見つめ合ってだとか。
どこかで聞いたようなテンションの高いキャンディボイスで、難易度の高い注文をつけた上、妙に早いカウントダウンをしてくる。
こちらの心の準備をさせない気のようだ。
ドキドキして戸惑っているうちに、密着度が高くなって写真を撮られていく。
『じゃあ最後に、キス行ってみよー☆』
「何言ってんの!?」
思わず機械に対してつっ込んだところでカウントダウンが始まる。
手をわたわたさせてポーズをどうしようか戸惑っていたら。
ふいに肩を抱き寄せられて、マシロが頬にちゅっとキスをしてきた。
パシャっという音が鳴って。
タッチパネルでもある画面に、破壊力のある写真が映し出される。
「マシロっ!」
「ぼくはただ指示にしたがっただけだ。しかしなるほどな……写真を撮って何が楽しいのかと思っていたが、その過程を楽しむものだったのか。悪くないな」
赤くなって怒鳴った私に、マシロが悪戯っぽく笑う。
その楽しみ方は絶対に間違っていると思った。
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次の日学園に行けば、私とマシロが付き合いだしたという噂はもう周知の事実のようになっていた。
皆こそこそと私が誰と付き合うと思っていただとか、あの子はどうすんだろとか色々言っているのが聞こえた。
よくもまぁ、私みたいなのの噂でそこまで盛り上がれるものだと思う。
前世ではこんな風に注目される事はなかったのに、初等部からの転校生という悪目立ちのせいなんだろうか。
どうせすぐに飽きるだろと、あまり気にせずに過ごすことにする。
放課後はマシロと、学園の隠し部屋で二人で過ごす。
普段からやってることなのに、妙に緊張した。
部屋の中にいるマシロは制服じゃなくて、シャツとズボン。
長い髪は後ろの方でくくってしまっていた。
いつもどうしてたっけ?
ただ一緒にアニメを見るだけ。
何も考えずに側に座ればいいのに、距離感がよくわからなくなる。
とりあえず、マシロから離れた位置に腰を下ろした。
「……なんでそんなに遠いんだ」
「えっ? だってほら。テレビを見るときは部屋を明るくして離れてみてねってよく言うじゃない」
呟いたマシロに、しどろもどろになりながら呟けば、マシロの方から私に近づいてきてその隣にぴたりと寄り添うように座ってきた。
「離れるのはテレビからで、ぼくからじゃないはずだろう」
「えっと、いやそうなんだけど……ちょっといつも近すぎたかなって」
耳元でマシロが囁く。
息がかかってくすぐったい。
ちょっと横に寄れば、マシロもまた寄ってきた。
「……」
目線を合わせなくても、マシロが無言で私を見つめてるのがわかる。
もう一度マシロが距離をつめてきて。
私はそれから逃げるように、横に寄った。
「ぼくは何か……嫌われるようなことをしてしまったのか?」
「そんなことない!」
戸惑うような声。
即答してマシロを見れば、声がでかすぎたのか驚いた顔をしていた。
「じゃあ、なんで離れようとする」
「それは……」
照れくさいからです。
言葉にすれば意識してるとばれてしまうのが恥ずかしくて、黙り込む。
きっと顔が真っ赤になってるに違いなかった。
「ふーん、そっかそういうことか」
それに気づいたのか、マシロがくすっと嬉しそうに笑う。
「寝泊りも平気でしてベッドも一緒だったのに、今更すぎるんじゃないのか?」
「あの時はそういう関係じゃなかったし! マシロをそういう目で見てなかったからっ!」
慌ててそう口にすれば、マシロが身を乗り出して顔を覗き込んでくる。
「つまり、今はそういう目で見てくれてるんだな?」
小首を傾げて艶っぽく尋ねてくる。
「そういう事を口に出して確認しないでよ……」
弱りきって呟くと、マシロは満足そうな表情を浮かべた。




