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【72】お付き合いをすることになりました

 遊園地でヒナタが前世の兄だとわかってから少し経って。

 夏も始まったある日。


 私は、初等部の音楽室にマシロを呼び出した。

「なんだこんなところに呼び出して」

 マシロは、心なしか緊張した面持ちだ。


 放課後の音楽室には二人の他には誰もいない。

 夕日が差し込んできて、風邪が白いカーテンを揺らしていた。

 初めてマシロと出会ったのは、この音楽室だった。


 声楽部の先生とぶつかって捻挫させてしまって。

 楽譜を部員に届けて欲しいと頼まれたのがきっかけだった。

 扉を開けた先で、マシロが前世で私が大好きだったドラリアクエストの曲をピアノで弾いていたのだ。

 色々悩んで初めて出会った場所を、私は告白を返す場所に選んだ。


「告白の返事なんだけど。マシロ、私と付き合ってほしい」

 緊張しながら真っ直ぐマシロの目を見て告げる。

 そうすれば、マシロは小さく口を開いて、それから少し視線を彷徨わせて。

「それがアユムの選択なら、受け入れる」

 そう呟いて、その場でくるりとマシロは後ろを向いてしまった。


 人が勇気を出したのに、ちょっとそっけなくないか。

 そう思って後ろを向いたマシロを覗き込めば。

 顔を真っ赤にして口元を抑えていた。


「えっ? マシロ?」

「こっちを見るな。お前がまだ宗介を好きだということも知ってるし、元の世界に帰るためだっていうのはわかってるんだが……嬉しいんだ」

 しかたないだろうとふてくされるような口調で、マシロが告げる。

 私の言葉で、マシロがこんな風になるなんて。

 その態度で、私のことがマシロは本当に好きなんだと改めて気づかされて、こっちまで赤くなってしまう。


「えっと、その。マシロはいつから私が好きだったの?」

 それを聞くのかというように、マシロは咎めるような視線を向けてきたけれど、溜息を一つ付いて後に口を開いた。


「それはよくわからない。ただ、最初からアユムに好意は抱いていた……と思う。じゃないとぼくは側に置いたりしないからな」

 最初から気に入っていたんだと、マシロはそう口にした。


「一緒にいるのが楽しくて、頼られてるも悪い気分じゃなかったんだ。ただ、お前が宗介の話ばかりするのが、実は大分前から面白くなかった。更衣室でお前が宗介を押し倒してるのを見た時も、わけもわからずイライラしたりしてた」

 ポツリとマシロが呟く。

 そんな事を考えていたなんて、全然気づかなかった。


「中等部になってお前から離れて。扉の番人として肩入れすることはいけないはずなのに、アユムの事がどうしても頭を離れなかったんだ。それで、これがもしかしたら……好きってことなのかと気づいた」

 高等部に入って、それは確信に変わったとマシロは口にする。

 私がマシロに気づいてくれた事が、とても嬉しかったのだと漏らした。


「でもぼくは番人だ。ぼくの気持ちを知ることで、アユムの選択の邪魔になったらいけないと思った。だからずっと黙っているつもりだったのに……このざまだ」

 こんなはずじゃなかったと呟くマシロは、少し悔しそうでもあった。


「まぁでも、アユムが選んでくれるなら、扉が開くその日まで……こ、恋人として仲良くやっていこう」

 そう言ってマシロは照れながら手を差し出してきた。

 その手を握る。

 男の子にしては綺麗な手。でも少し骨ばっていて、昔は大きいなと感じたのに今ではそんなに大きさを感じない。


「こっちこそ、よろしくねマシロ」

 そうして私とマシロは。

 この日から恋人同士になった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 高校生活に入って、春は次から次へとトラブル続きだったけれど、一転して平和な日々が私には訪れた。

 宗介との関係は良好で、教室でも普段どおり振舞えるようになった。

 弁当も宗介は作ってくれるし、吉岡くんと三人で前のように遊びに行く。


 前世の兄だと判明したヒナタとは、ただのクラスメイトという関係を続けていて、それ以上でもそれ以下でもない。

 一定の距離をほどよく保っていると言っていい。


 紫苑しおんとは遊園地の後、一度話をしたのだけれど、彼女はヒナタから全て私の事情を聞いていたようだった。

 初めて美空坂みそらざか女学院の学院祭で出会った時、私がヒナタの前世であるわたるの妹だと気づいていたらしい。

 だから文通をオッケーしてくれたのだという事だった。


「ヒナタは直接アユムに関わることができない。だから、私がヒナタからの言葉を伝えることもあると思う」

 そんな事を紫苑は言っていた。

 この世界がゲームだという事や私達兄妹の事情を、紫苑は全て受け入れているようだった。


「そんな変な話、よく信じる気になったね」

「まぁ、最初は信じてなかったんだがな。あいつが攻略対象だと言った女の子たちが本当に実在していたから、信じてみるのも面白いと思ったんだ。何よりあいつは真剣だったし、力になりたいと思った」

 私の問いに答えて、ふっと笑った紫苑は優しい顔をしていた。



 夏は何の波乱もなく過ぎ去り、秋になり。

 いつものように、私はマシロの部屋である学園の隠し部屋に入り浸っていた。


「あっ、マシロ。回復薬切れたからちょうだい!」

「わかった。ちょっと待て、そっちに敵が行ったぞ!」

 二人して仲良くオンラインゲームを楽しむ。

 ここ最近は、モンスターをハントするゲームにはまっていた。

 少し休憩することにして、マシロとお菓子を摘む。


 二人でゲームしたり、のんびりとマンガを読んだり。

 それがここ最近のマシロとの過ごし方だ。

 ……正直、友達だった頃と何が変わっているのか私にもよくわからない。

 夏休みもこんな風にほぼこの部屋で過ごして、無駄に使ってしまったなぁと今になって後悔している。


 というか、マシロは相変わらずであまり外に出たがらない。

 付き合うことになってから毎朝起こしにきてるけど、私が来ないと学校を普通にお休みしたりするから困ったものだ。

 お昼休みも迎えに行けば机で寝てたりする事が多いし、本当に気だるげでやる気というものが感じられない。



「マシロ、私と一緒に外に遊びに行こう」

 これではいけないと、座っているマシロにずいっと顔を近づける。


「こうやって引きこもってばっかりなのは、やっぱりよくないと思うんだ。一応私達恋人なんだし、私にはマシロを外に連れ出す義務があると思う」

「なんだそのわけのわからない使命感は。ぼくはこれで十分満足してる」

 マシロは呆れたようにそんな事を言った。


「駄目。折角の夏休みもだらだらするだけで潰しちゃったんだよ。マシロ、私と遊びに行きたくないの?」

「別にアユムと遊びに行きたくないわけじゃない。行きたいなら着いていこう」

 乗り気じゃないというわけではなさそうなのだけれど、私が求めていたノリではなかった。


「マシロって基本的に受身だよね」

 告白の際も私の選択に任せるって感じだったし。

 そう思って呟けば、マシロは表情を曇らせる。


「……しかたないだろう。ぼくだって色々積極的にしたいことくらいある。けどその行動で、アユムの選択肢を狭めたくはないんだ」

「つまり、マシロからは何もしないってこと? 恋人なのに?」

 つい疑問に思ったことを口にすれば、マシロは眉を寄せた。


「あのな、そういう事をいうと、したいことをしてもいいと言っているように聞こえるからやめるんだ」

「そう言ってるんだよ。マシロがどんな行動しようと、結局決めるのは私なんだから、悩まずにやりたいことやってよ。マシロは番人だからって、私に遠慮しすぎだと思う」

 注意するようなマシロにそう言ってやれば、盛大な溜息を付かれた。


 それから肩を思いのほか強い力で捕まれ、真っ直ぐに見つめられる。

 私を捉える瞳の中には、見たことのない熱があって。

 戸惑っている間にマシロの顔が近づいてきて、頬にキスされた。


「……えっと?」

 マシロがこういう事をしてくるとは思わなくて、目を点にしてキスされた頬に触れる。

「ぼくがしたいと思ってるのはこういう事だ。アユムには好きな奴がいるし、ゲームクリアのためのお付き合いという事はわかってる。だから恋人という名目で側にいられるだけで、我慢するつもりでいたんだが……」

 一旦そこで言葉を切り、マシロが床に置いた私の手を掴んできた。


「ぼくから何かしても本当にいいのか?」

 確認してくるマシロは、私の覚悟を聞いている気がした。

 マシロはいつだって私に優しい。

 でも、目の前のマシロはちょっと怖かった。

 知らない人みたいに見えた。


 私の知っているマシロは、年上で余裕があって。

 いつだってゆったりと構えていたのに、今は切羽詰ったような雰囲気で私を見つめてくる。


 マシロの瞳には、私を求めるような強い色があった。

 そんな風でマシロから見られるなんて、好きだといわれたのに想像してなかった。


 ようやく、自分がとんでもない思い違いをしてたと気づく。 

 友情関係の延長みたいに軽く、マシロとの関係を捉えすぎていた。

 きっとマシロはそれに気づいていたから自分を抑えて、私に合わせてくれていたんだろう。


 なのに、私が自分からそれをやめさせるようなことを言った。

 恋人になるということは、今までとは違う関係になるということで。


「アユム」

 マシロが私を呼ぶ声に、ぞくぞくとしたものを感じる。

 答えを求めれていると思った。


 私は、マシロに好いてもらっている。

 扉を開ける手伝いまでしてもらって。助けてもらって。

 なのに、私だけ何も返さないのは卑怯な気がした。


 番人でありながら、私を好いてしまったことにマシロはきっと悩んだんだと思う。

 それでも私を好きだって言って、手を差し伸べてくれて。

 なら、私も答えるべきだと思った。


「っ! どんとこい!」

「アユム、何かそれ違うと思うぞ。まぁお前らしいといえばお前らしいけどな」

 覚悟を決めて目を閉じれば、くすりとマシロが笑った気配がした。

 ふわりと触れるだけのキスが額に落とされる。


「……これだけでいいの?」

「だからそういうことを安易に言うのはどうかと思う。それに、ぼくはお楽しみは最後にとっておく性質なんだ。好きなようにしていいと言われただけで、今は十分……ということにしておく」

 問い掛けるとそう言って、マシロが愛おしげに頬を撫でてくる。


 甘くマシロが私を見つめてきて。

 自分がいいと許したことの重みが、今になってわかる。

 もう撤回できないし、マシロもさせてくれるつもりはないようだったけれど。

 やっぱり戸惑って、照れくさくて、顔が赤くなった。



「デートの方もぼくが考えておくから。それでいいだろう?」

「えっ、うん」

 勢いに押されて頷けば、マシロがふっと上機嫌に笑う。

 その顔はやっぱり男の人のもので。

 思わず少しドキッとしてしまう。


「今日はそのまま帰れ。ぼくは散歩してくる」

 そう言ってマシロは部屋を出て行ってしまったけれど。

 マシロに触れられたところが、熱を持っている気がして落ち着かなかった。

 マシロ(宗介友情)ルートに突入です。

 ギャルゲー原作で存在しないことになってる宗介ルートは、他のルートをやってないと意味がわからない可能性があるため、こちらを先にしました。

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