【71】ヤンデレメインヒロインの思惑
後半も遊園地を楽しんだ。
締めはジェットコースターでしょ。
同じ考えを持つ私とヒナタは並んでいたけれど、紫苑と宗介はそんな元気はないとベンチでお休みしていた。
「今野くん、今日は楽しかったですか?」
「うんとっても。誘ってくれてありがとね、桜庭さん」
心からそう言えば、ヒナタは笑う。
その瞳は優しくて、ふと懐かしい気持ちになる。
今日一日ヒナタと遊んで、そんな瞬間が何度かあった。
まるで昔から知っているみたいな、懐かしい感覚。
主人公を殺しにくるヤンデレヒロインということで、警戒していたけれど、その実ヒナタは親しみやすい子だった。
「幼馴染はいいものです。だから、これからも仲良くしてください。約束ですよ?」
ヒナタが強調して、私の両腕を掴んで正面から見上げてくる。
真剣なその表情。
ふいに、誰かの影が重なった気がした。
『いい、アユム? これはお兄ちゃんとのお約束だよ?』
頭の中で再生される声。
何か約束をさせる時、前世の兄はいつだってしゃがんで私の両腕を掴み、真っ直ぐな目で見上げてきた。
――なんだ、今の。
ヒナタと兄が被って見えた。
全く見た目が違うのに。
ヒナタは不自然なほどに、宗介と私の仲を気にしている。
まるで宗介と私が仲良くしないと困るみたいだ。
ヒナタはこのギャルゲーのメインヒロイン。
何故かどのルートでも必ず主人公を殺しにくる。
今まで主人公に対して優しく接していたのに、突如ヤンデレと化し襲ってくるのだ。
メインヒロイン(笑)と呼ばれてしまうのも頷ける攻略対象だったりする。
そして、そんなヒナタから主人公を助けてくれる唯一の存在が宗介。
宗介の好感度がないと、例え攻略対象の好感度がマックスでも、主人公はヒナタに殺される。
――ヒナタはもしかして、ここがギャルゲーの世界だと知ってるんじゃ?
そんな疑問が頭に浮かんだ。
そう仮定してみると、ヒナタの行動はまるで私を生かそうとしているみたいに思えた。
前にヒナタに対して抱いた疑惑が、胸の中で大きくなっていく。
極度の人見知り。
重度のオタク。
それでいて前世の兄が使っていたのと同じ『緋世渡』というハンドルネーム。
――ヒナタって、お兄ちゃんなんじゃないの?
前世と同じ顔の私に気づいてないから、兄じゃないと思っていたけれど。
そうじゃなくて、私だと気づいていたから避けていたとしたら?
その思いつきにはっとする。
詳しいところがどうなっているか知らないけれど、原作だとヒナタと仲良くするとヒナタルートに入る。
ヒナタルートになると、ヒナタは高確率で自殺する。
だから、私と一定の距離を置いていたんじゃないか。
それと同じ要領で考えると、今回私に接触してきたのは。
私がヒナタに襲われた際に、宗介との仲が悪いと、宗介に助けてもらえずに私が死んでしまうから?
このゲーム、どのヒロインのルートに行こうとも、その途中でヒナタがヤンデレ化しナイフ片手に襲ってくる。
しかも、原作ゲームでそれを回避する方法は、ただ一つ。
幼馴染の宗介の好感度を上げること。
宗介の好感度が低い場合、どんなにヒロインたちの好感度が高くても、ヒナタが主人公を刺してそのまま死亡エンド行きだ。
それを思うと、全てつじつまが合う気がした。
「……お兄ちゃん、前進んでるよ」
「あっホントだ」
私の言葉に自然に相槌を打って、ヒナタは進む。
それからはっとしたように立ち止まって、こっちを振り返った。
そこにある表情は、いつもの作られた美少女じゃなくて。
私の知っている情けない兄の表情によく似ていた。
「もう今野くんったら、わたしお兄ちゃんじゃないよ? 間違っちゃったんだ?」
ふふっとからかうようにヒナタは笑う。
さっきまでそこにあった驚愕の表情を、一瞬で隠してしまった。
伊達に演劇部のエースじゃない。
見間違いなんじゃないだろうかと思うくらいの変わりよう。
でも、私はもう確信していた。
ヒナタの髪についている、星の飾りを取る。
原作ゲームのヒナタは付けてないその飾り。
ヒナタと初めて出会った日。
聖歌隊の中心で歌うことになり上がりまくっているヒナタの髪に、私はクリスマスツリーの星を飾った。
「これなら顔よりもその飾りが気になるでしょ。誰かがヒナタちゃんを見てるように感じても、それはヒナタちゃんじゃなくてその飾りを見てるんだ。だから恥ずかしくない」
そんな適当な事を言って。
そのせいで、原作のヒナタが変わってしまったんだと思っていたけど、元々ヒナタが別人だったという方がつじつまがあう気がした。
飾りをとれば、気弱な顔。
なんで気づかなかったんだろう。
このおどおどした表情は、私の兄のものだ。
「渡お兄ちゃんだよね?」
「違う……今は桜庭ヒナタなんだよ、アユム」
私の問いに、悲しげにヒナタは呟いた。
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ジェットコースターはやめて、ヒナタと二人で観覧車に乗る。
「ここは僕がやってた『その扉の向こう側』というギャルゲーの世界だ。それは気づいてる?」
「うん」
乗ってそうそう、ヒナタはそんな事を言った。
声には真剣さがあって、私は頷く。
「ならわかるよね。僕は三年生の冬になると、アユムを殺してしまう。これはヒナタの設定上、自分の意思で止められない可能性が高い。僕はアユムを殺したくないし、かといって自殺するのは嫌だ。だからそれをどうにかしてくれる、宗介と仲良くして欲しいんだ」
やっぱり私の予想通り、ヒナタは兄だったようだ。
それでいて、私を殺さないために宗介と仲直りさせようとしていた。
この世界に来ていたのが自分だけじゃなかったのかと、ほっとした気持ちと、兄までここにいるのかという複雑な思いが胸に渦巻く。
「この世界は――する。ヒナタは――だから、どうしてもアユムを――してしまうし、助かるためには――でも、――しかない」
「えっ、何? 聞こえない」
こんなに近いのに、途中で無音になったように私の耳には届かない。
兄であるヒナタは、はぁと小さく溜息をついた。
諦めたように視線を上に向ける。
その先を追ってみたけれど、特に何かあるわけじゃなかった。
「原作の根幹に触れる部分は、言ったところで届かないみたいだね」
予想はしていたというように、兄は口にする。
「アユムは、白雪マシロを選んだんだよね」
尋ねられて、まだ誤解を解いていなかった事を思い出す。
「押し倒してたのは本当に誤解なんだ。でも、マシロに扉を一緒に開けて貰うつもりでいる」
「そうか。いやでも……」
私の言葉に、兄は悩むように口ごもる。
「白雪マシロは二週目以降クリア対象キャラなんだ。隠された彼の秘密を知らないと、クリアできない」
マシロはどうやら、一度目のプレイではクリアできないタイプの隠しキャラだったようだった。
「秘密って、扉の番人って事? それとも実は男だって事?」
難しい顔をした兄にそう言えば、驚いたようだった。
「知ってるんだ?」
「うん。私の事情も全部話してる。それでいて、扉を開けるのに協力してくれるって言ってくれた」
ほっとしたように兄が肩の力を抜いた。
「マシロは扉側の攻略対象だけど、良心的なキャラだ。他の何も知らない攻略対象たちより、力になってくれる可能性があるし、いい選択だとは思う」
兄が後押ししてくれるなら何よりも心強い。
けれどまだ何かあるのか、問いかけるような目で見てくる。
「ただ――アユムはそれでいいの?」
「何が?」
何のことを聞かれているのかわからなくて首を傾げる。
兄は視線を明後日の方向にむけ、頬を赤くした。
昔なら男が何をもじもじしてるんだという所だったのに、今それをやるとヒナタの体のせいで大変可愛らしく見えるから不思議だ。
「だってほら……体は男同士、だろ? いやアユムは心は女の子だし、兄ちゃんそういう事に理解ないわけじゃない。ただ人気がないからって、学園内でああいう行為はよくないと思うんだ」
「いやちょっと待ってよ! だからアレは違うんだって!」
兄はどうやら未だに私がマシロを押し倒して、何かしたと思っているようだった。
誤解だと何度言ったらわかるんだ。
慌ててどうしてああなったのかという経緯を説明すれば、ようやくわかってくれたみたいだった。
観覧車にはあまり人がいなかったので、二週目をお願いする。
「僕はてっきりアユムも性別が変わってしまったんだと思ったよ」
もう一度上がっていく観覧車の中で、兄は私が体も心も女のままだと知って驚いていた。
兄はどうやら、こちらでの私の体の性別が男だと思っていたようだ。
妹が男の体で、実は男であるマシロと真昼間からいかがわしいことをしていたと思い込んでいたらしい。
大人の階段を上ってしまったのかと、一人ショックを受けていたみたいだった。
「馬鹿じゃないの」
「いやあれ見たら誰だってそう思うよ!」
冷めた視線を向ければ、兄が僕は悪くないというように抗議してくる。
今度は勘違いしたことが恥ずかしいのか、また顔が赤くなっていた。
「お兄ちゃんは見た目がそのまんま、桜庭ヒナタだもんね。男から女になって、混乱しないの?」
「するに決まってる。紫苑ちゃんがいなければ、僕はここまで頑張れなかったよ。女って本当大変」
どうやら、兄は紫苑に自分の事情を話しているようだった。
気のせいだろうか。
紫苑の事を話す兄の顔が、まるで恋する乙女のように見える。
――原作のゲームでも、一番のお気に入りキャラだったしね。
兄妹揃って、紫苑を愛でていたといってもいい。
「同じようにゲームの世界に連れてこられたのに、この違いは私が主人公だからかな?」
「それもあるだろうね」
兄はそう答えて、窓の外を見た。
また地上が近づいてきている。
「アユム、話はここで終わり。僕には極力関わらないで、学校では普通に接してほしい。宗介と仲良くして、マシロと扉を開けて。確実とは言えないけど、それしかアユムが元の世界に帰る方法はないと思う」
真っ直ぐ私を見つめてくるヒナタは、やっぱり妹思いの兄の顔をしていた。




