【70】遊園地といえば、ダブルデート?
よし、マシロに告白の返事をしよう。
そう決めたのはいいものの、どうやって返事したものか迷う。
そもそもだ。
告白とか、するのもされるのも前世を含め全く経験なかった。
女子からってのはあったけど、それは同性なのでノーカウントで。
そんなわけで恋愛に疎かった私は、友達の話を聞きながら、はぁ、ふーんくらいに聞き流していた。
「告白するタイミングとか、場所って大切だよね。ムードがなくっちゃ嫌っていうか」
「あーわかるわかる!」
彼女たちがそんな会話をしていた事を、ふと思い返す。
――ムードってやっぱ大切なんだろうか。
女の子側の気持ちに立って考えると、やっぱり重要な気がする。いや、マシロは女の子じゃないけど。
いつもみたいにゲームを一緒にしながら、軽く告白の返事をするっていうのも考えたけど。
待たせた側として、それは誠意に欠ける気がするし。
思い悩んでいたら、紫苑からメールが来た。
そこには、『次の日曜一緒に遊園地へ行きませんか』という誘い。
知り合いからチケットを貰ったのだけれど、そのうちの一枚が余っているのだと丁寧な説明付き。
そんなに都合よくチケットが手に入るわけはないと思うので、これは失恋した私を励まそうと、紫苑が考えてくれたことなんだろう。
紫苑が優しい。
ただ少し違和感を覚える。
私の知る乃絵ちゃんや紫苑は、かなりの人見知りだった。
遊びに自分から誘ってくれるなんてとても稀で、そうなるまでにかなりの時間を必要とした。
仲良くなる過程が少し早すぎる気もしたけれど、前世のゲームで見た紫苑と違い、すでに私以外に友人がいる影響なのかもしれない。
気分転換したかったこともあって、よろこんで行きますと返信した。
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日曜日。
遊園地前の駅には、すでに紫苑が待っていた。
綺麗な足のラインがわかる黒のズボンを白のベルトで締め、春らしい色をしたブラウスを着ていた。
シンプルで大人っぽい紫苑によく似合っている。
こういう綺麗目の服が着こなせるような女の子になりたかったなぁなんて、前世から思っていた。
そんな私の格好は、ボーダーのシャツにパーカー。そしてジーンズ。
男になっても、前世からファッションがあまり変わってないような……つい動きやすい服を選んでしまうんだよね。
「ごめん、待った?」
「いや私が早く着きすぎただけだ。あっちで他のやつらが待っている。行くぞ」
声をかければ、紫苑が歩き出す。
「ちょっと待って。相馬さんだけじゃないの?」
「チケットは四枚あって、私はそのうちの二枚を貰ったんだ。どうせなら大人数の方がにぎやかでいいだろう。心配しなくても、お前も知っている奴らだ」
戸惑う私にそう言って、紫苑に連れて行かれた先には、男女の二人組みが立っていた。
――なんで宗介とヒナタがここにいるの。
思わず固まった。
二人は人の邪魔にならないよう、柱の近くで会話を交わしている。
爽やかで甘い顔立ちの宗介に、通りすがりの女性たちが視線を向けるけれど、その隣にいるヒナタを見て、諦めたように去って行った。
横にいるヒナタは、花柄のワンピースにカーディガン。
桃色の髪を緩く編んで、星型の髪飾りで留めており、誰がどうみてもかないっこない可愛らしさがあった。
――お似合いのカップルみたいだ。
やっぱりまだズキズキと胸が痛む。
立ち尽くしていたら、早くこいと紫苑にせかされた。
「あっ、きてくれたんですね今野くん!」
私を見て、ほっとしたようにヒナタが声をあげる。
「よかった。紫苑ちゃんから誘ってもらったんですけど、きてくれるか心配だったんです」
にこやかなヒナタに対して、隣に立つ宗介は不機嫌そうだった。
「宗介も誘われたんだ?」
「……吉岡くんがチケット手にいれたから、元バスケ部全員で行こうぜって誘ってきたんだ。そしたら偶然全員行けなくなったらしくて、ヒナタさんにチケットを譲ったみたい」
尋ねれば、隣にいるヒナタに宗介は視線を向ける。
怒っているというよりも、ヒナタが何を考えてるかわからなくて戸惑っているように見えた。
どうやら吉岡くんも一枚噛んでいるようだ。
首謀者はヒナタのようだけど……さっぱりその意図がわからない。
「さぁ今日は皆で楽しみましょう!」
元気にヒナタが宣言して。
そうして急遽、謎のメンバーによる遊園地巡りが始まった。
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「やっぱり四人だと色々と動き辛いですし、ペアを決めましょうか。わたしと紫苑ちゃん、今野くんと仁科くんで問題ないですよね? 仲良しですし」
遊園地に入ってそうそうそんな事を言って、ヒナタが紫苑の腕を親しげに組む。
普通男女が二人づついるのなら、男女ペアにしそうなものだ。
まぁそれはいいとして、私は紫苑に誘われてここにきたのに、そのペアが宗介というのが納得いかない。
気分転換にきたはずなのに、どうしてこうなったんだと声を大にして言いたかった。
「あぁ、それでかまわない」
しかも紫苑もヒナタの言葉に頷く。
いやいや、私は構うよ!
「あのさ、ボク相馬さんに誘われてきたから、相馬さんと一緒がいいんだけど」
「ごめんなさい……男の人とペアっていうの、まだちょっと怖くて。少し慣れてきたら後半にペアを交換する形でいいですか?」
ヒナタが潤んだ目で見つめてくる。
そんな顔されて、いいえと言える私じゃなかった。
ヒナタは女学院出身だから男慣れしてないんだろう。
話したりくらいは平気みたいだけど、前にシズルちゃんがヒナタは男嫌いで有名だと言っていた。
そんな仕草に保護欲をかきたてられるというか。
女の私でもきゅんとしてしまったのだから、これをやられたら男の子は落ちてしまうんだろうなと思う。
そういうわけで、なぜか宗介と並んで歩く。
前にはヒナタが紫苑と腕を組んで歩いている。楽しそうにお喋りしながら。紫苑は少し照れくさそうにしているけれど、なんだか嬉しそうに見えた。
その後ろの私達は会話すらなく、二人とも明後日の方向に視線を向けているわけなのですが。
いや本当、ヒナタは何がしたいんだ。
紫苑と二人で過ごしたいなら、私を紫苑に誘わせる必要は全くなかったはずだ。
この重苦しい雰囲気、どうしてくれるつもりなんだろう。
「……こうやって宗介と遊園地行くの、久しぶりだね」
「そうだね。初等部四年の春休みだったっけ」
耐えかねて会話を振れば、宗介が答えてくれる。
確かあの時は、黄戸家の誕生日パーティで手に入れた券で、宗介の育ての親である山吹夫妻と一緒に遊園地に行ったんだった。
宗介の手を引いてはしゃいで。
思い返していたら、宗介が横でふっと笑った気配がした。
「どうしたの、宗介」
「いや……アユムがジェットコースター乗りたくて、カツラの下に詰め物してたこと思い出した」
視線を向ければ、久々に見る宗介の笑い顔がそこにあった。
ジェットコースターの身長制限に引っかかった私は、それでもどうしても乗りたくて。
靴を厚底にして、帽子の下に詰め物をした。
さらに二段構えとしてカツラを被り、そこにも詰め物をしたのだ。
帽子はばれるだろう。
しかし、カツラの下までは気づくまい。
あの時はそう思っていた。
けど、帽子にひっかかってカツラが取れて。
あえなく私の作戦は失敗した。
今思うと、なんでうまくいくと思っていたんだろうねと首を傾げたくなる、過去の赤っ恥だ。
「あっ、あの時の事は忘れてよ!」
「いや無理だよ。インパクト強すぎだったし。明らかにバレバレなのに、自信満々で帽子外して、カツラも落とした時のアユムの顔が……ははっ」
恥ずかしくてそう言った私に、思い出したら止まらなくなったのか、宗介が笑い出す。
「しかたないだろ! あの時はあれでいけると思ってたんだよ!」
「どうだって顔で帽子外すアユムが焼きついて離れないんだ。駄目だこれ。今でも思い出すだけで笑える」
「あの時も散々笑ったのに、まだ笑うつもりなの!」
顔を真っ赤にして抗議する私の隣で、宗介がひぃひぃ言っていた。
あの日、宗介が爆笑してるのを初めてみたのだけれど、相当にツボだったんだろう。
最初に乗る事になったのは、昔乗れなかったあのジェットコースターだった。
宗介はあのあと少し落ち着いたのだけれど、私が係りのお姉さんに何も言われることなく入り口を通過すると、また肩を震わせて笑い出した。
「もう、宗介!」
「いやだって……通れてよかったねと思って」
背中をばしっと叩けば、ごめんごめんと誠意なく謝ってくる。
宗介との間にもう気まずい雰囲気はなくて、昔と変わらず接することができていた。
あんなに悩んでいたのに、こんな簡単だったのかと思う。
ちらりとこっちを見てるヒナタと目があう。
にこっと微笑まれる。よかったねというように。
もしかして、これって私と宗介を仲直りさせるために?
そうとしか思えなかった。
吉岡くんも私と宗介を仲直りさせたいと思っていたから、協力をしたんだろう。
何でそんな世話を焼いてくるのかとは思う。
けど、正直きっかけが掴めずにいたのでありがたかった。
ジェットコースタは楽しかった。
さすが人気ナンバーワンというだけあって、スピード感がたまらない。
「あー楽しかった!」
「ですよね。あのスリルがたまらないですよね!」
私の言葉にヒナタが同意する。
「意外だな桜庭さん、ジェットコースター好きなんだ」
「はい! ふわって浮く瞬間とかちょっとひやっとしますけど、あの後のスピード感がとても好きなんです」
「あの瞬間に手を上げてカメラ目線するのも楽しいよね」
ヒナタはジェットコースタが好きみたいで、このわくわく感を共有する。
後ろを振り向けば、ぐったりした紫苑と宗介がゾンビのような歩き方でとぼとぼ着いてきていた。
宗介はこういうスピード系があまり得意じゃなかったなと、今更思い返す。紫苑も同じように苦手らしい。
おとなしめのアトラクションを楽しんでから、四人で遅めの昼食をとることにする。
「ボクと桜庭さんで買ってくるから、宗介と相馬さんは席取っておいて。宗介は何食べる?」
「俺が好きそうなやつ選んできて」
「了解。相馬さんは?」
宗介に頷いてから、紫苑に尋ねる。
「なんでもいい。ヒナタにまかせた」
体力のない相馬さんは少し疲れた様子で呟き、ヒナタがわかったと答えた。
「ヒナタと相馬さんって、仲がよかったんだね」
「えぇ。幼馴染なんですよ。今野くんも仁科くんと幼馴染なんですよね」
カフェテリアのレジは混んでいて、並びながらヒナタと会話する。
「まぁね。ねぇ、今日のこの遊園地って、ボクと宗介を仲直りさせるために、桜庭さんが仕組んだんでしょ? どうしてそこまでしてくれるの?」
「……幼馴染って大切な存在だと思うんです。それが仲たがいしてるのが、嫌だっただけで。勝手なお節介だとは思ったんですが、すいません」
少し迷ったような顔をしてから、ヒナタは呟く。
やっぱり私の思ったとおりだったらしい。
「いいよありがと。おかげで助かったから。仲直りのきっかけが掴めずにいたんだ」
「そうですか。お役にたてたようでよかった」
ほっとしたようにヒナタは笑う。
「お礼もかねて奢ってあげる。ほら、ボクらの順番だよ」
遠慮するヒナタを押し切って、メニューを注文させる。
たぶん遊園地のチケット代はヒナタの自費だ。
それを考えれば、これくらいは安いものだった。
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「ほら紫苑、ちゃんと野菜も食べなきゃ駄目だよ。だからいつまで経ってもひ弱なままなんだよ?」
「おい、ヒナタ。ここは病室じゃないんだ! 恥ずかしいから食べさせようとするのはやめろ!」
目の前ではヒナタが紫苑にアーンをしている。
この二人、本当に仲がいい。
なんだかんだ文句を言いながら、紫苑は本気で嫌がっているようには見えない。
病室ではヒナタに普通にアーンしてもらっているのかもしれなかった。
紫苑は前世の親友の乃絵ちゃんに似てるから、親友を取られたような、複雑な気持ちになる。
「アユム、デザートのプリンあげるよ」
「ありがとう宗介」
甘いものがそこまで好きじゃない宗介から、プレートについていたカップ入りのプリンを貰う。
「アユムも俺がいないからって、偏った食事とかしてないよね?」
「……もちろんだよ」
急に話題を振られて答えたら、宗介にじと目で見られた。
「アユムって嘘つくとき、耳が動くよね」
「えっ、嘘っ!」
宗介に言われて、とっさに耳を触る。
「嘘だよ。というか、やっぱり偏った食事してるんだ。今野のおじさんとおばさん忙しいし、アユムどうせ納豆ご飯ばかり食べてるんでしょ」
完全に騙された。
そして見ていたんですかというほどに、的確に言い当てられてしまう。
「大豆は畑の栄養で……」
「それでも駄目。ちゃんとバランスよく食べなきゃ。お昼も購買で菓子パンばかり食べてるでしょ」
視線を逸らして呟けば、きっぱりと断言される。
というか、いつの間にチェックされているんだろう。
エスパーか何かなんだろうか。
「もうしかたないなぁ。お昼の弁当くらいは俺が作って持ってくるから。ちゃんと残さず食べてよ?」
宗介のその言葉に、思わず目を瞬かせる。
「返事は?」
「……うん、わかった。ありがとう宗介」
「よろしい」
少しぶっきらぼうな口調で催促され頷く。
そうすれば、満足気に宗介は笑ってくれた。




