【69】友達のデートを妨害することになりました
留花奈の腕前は相変わらずで、化粧をした私はまるで別人のよう。
緩いみつあみに、銀ぶち眼鏡。
ブラウスに淡い色合いのカーディガンをひっかけた、文学少女というイメージだ。
「城崎英一は、公立の中学校出身。家庭は中流の眼鏡男子ね。前の学校では、図書委員の女の子に告白したけど振られてる。初恋は……」
ぺらぺらと留花奈が、理留とデートする相手の情報を語っていく。
誕生日から血液型、家族構成。恥ずかしい過去話まで。
個人情報って守られてるのかな?と心配になるレベルだ。
「それでさ、なんで留花奈は男装してるの?」
「あんたと一緒にカップルを演じてた方が、後を付けやすいでしょ」
帽子の中に髪を全てしまい化粧をした留花奈は、高校生というには童顔だったけれど、可愛らしい男の子に見えた。
「姉様はあんたの変装には気づかないでしょうけど、わたしだけはどんな格好をしていても気づいてしまうのよ」
わたしってばあんたと違って愛されてるからと言わんばかりに、嬉しそうに留花奈は口にする。
本当筋金入りのシスコンだなと、思わずにはいられない。
「でも、姉様は単純でもあるから、これなら男だからわたしじゃないって思ってくれると思うの。単純だからね」
単純って二回言った。
時々留花奈は理留のことを馬鹿にしてるんじゃないかと思うことがあるのだけど、本人はそういうつもりがなさそうだ。
理留の残念なトコも、留花奈は可愛くてしかたないんだろう。
二人が待ち合わせをしている広場に先回りして、近くのベンチに座る。
理留はすでに時計台の前で待っていた。
「姉様を待たせる時点で減点1ね」
「それ何のポイントなの。それにまだ十五分前だよ?」
今からすでに小姑モードな留花奈につっ込む。
それにしても、理留は目立つ。
理留自身もそうだけれど、理留の回りにいる黒服のお兄さんたちが特にだ。
日本有数の大企業である黄戸グループの令嬢である理留は、外に行くときは護衛を引き連れていた。
「そういえばさ、理留は護衛の人たち連れてるけど、留花奈は連れてないよね。大丈夫なの?」
「一応護衛はつけてるわよ? ただ、あんな目立つような護衛を連れていく趣味はないだけ。それに私は変装してるし、姉様ほど狙われることはないのよ。そもそも私はもう黄戸家の人間じゃないしね」
さらりと留花奈はそんな事を口にする。
「黄戸家の人間じゃないって、それどういう事?」
「うちの両親ようやく離婚したのよ。いい機会だから、わたしは高等部からお父さんの姓にしてもらったの」
問いかけた私に留花奈は答える。
今は緑留花奈という名前らしい。
両親共に忙しく、あまり構ってもらった記憶さえないと、前に留花奈は言っていて。
だからなのか、悲観するようすは全くなかった。
むしろそれを歓迎している風でもある。
原作のギャルゲーでは、理留は黄色のドリルで「キドリル」という名前の付け方をされていたのだけど、留花奈の方はドリルヘアーな理留に対して「未ドリル」というネーミングセンスなのかもしれない。
明らかに遊ばれちゃっている名前だけど、これはきっと原作通りの展開なんだろう。
「何よその同情するような目。別にあの人たちが離婚したところで、わたしたちにとってはどうでもいいことだからね」
私の視線の意味を勘違いした留花奈はそう言って、私に小型のイヤホン付きマイクを手渡してきた。
本格的すぎるだろとつっ込みたくなる。
とりあえず留花奈の暴走を抑えながら、理留のフォローをして無事に終わらせよう。
妙な使命感を覚えていたら、理留の元へ急いで男の子が走ってきた。あれが城崎くんなんだろう。
何もないところで躓いて、理留に助けてもらっている。
「何もないところでこけるなんて、運動神経に難ありね。あと眼鏡を外したらイケメンだなんて、ベタすぎるから減点3で」
「いやイケメンに越したことはないんじゃないの? というか、留花奈とりあえずケチつけたいだけだよね!?」
そんな会話をしていたら、理留が城崎くんの手を掴んで歩き出した。
「ちょ、姉様からだなんてどういう事よ! わたしだって姉様から手を繋いでもらうなんて、ここ最近ないのに!」
留花奈が取り乱した声をあげる。
怒る部分はそこなのか。
生暖かい目で留花奈を見ながら、歩き出した二人の後を付けていく。
休日の美空坂ショッピングモールは混んでいたけれど、黒服たちが目立ちすぎるので、二人を見失うことはなかった。
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理留たちが最初に入ったのは眼鏡屋だった。
どうやら城崎くんの眼鏡を選んでいるようだ。
『これなんていいんじゃないかしら』
『ちょっとぼくには派手すぎるかなぁ』
そんな会話が聞こえてくるようなやりとりをしている。
ちなみに私と留花奈は少し離れた場所で、眼鏡を選ぶふりをしていた。
「何あのデートみたいな雰囲気!」
「いや、デートだからあんな雰囲気なんだろ?」
イライラした様子の留花奈にそういえば、にぃっと笑いかけられる。
なんか嫌な予感がした。
「ほらアユちゃん。これなんか似合うんじゃないか?」
声色を変えて男口調で、留花奈が私に眼鏡かけてこようとする。
2000年という文字が眼鏡になったやつだ。
あからさまな嫌がらせ。
しかもその手に用意したスマホは何だ。写真を撮る気か。
攻防を繰り広げていたら、理留たちが店を出た。
その後を追っていく。
今度は雑貨屋に入ったようだった。
「ちょっとあの男、姉様に近づきすぎじゃないの?」
「いやむしろボクには理留の方が、近づいていってるように見えるんだけど」
理留と城崎くんの距離は、異様に近かった。
何か手にするたびに、理留はそれを城崎くんの鼻先あたりまで持っていく。
「よしこうしましょう。アユム、あの男を誘惑してきなさい」
「いきなり無茶振りだ!」
つっこんだ私に、留花奈が何を今更というような顔をする。
「何のためにあんたをそんなスタイルにしたと思ってるの? あの男の好みは調査済みなの。今のあんたに心惹かれないわけがないわ。姉様と私にはかなわないけど、わたしの腕前のおかげでかなり可愛いから。自信持っていいわよ」
さらりとナルシストな発言をする留花奈。
ついでに言えば、私を褒めているようで、結局自分の腕前を褒めてるというオマケ付きだ。
「男が可愛いって言われて嬉しいと思ってるの?」
「不細工で見れないよりはいいじゃない。ほら、行ってきなさい!」
文句を言ったの背を、留花奈が押す。
しかたないので、二人の方へと歩いていく。
「……だから、これなんかどうかな」
「なるほど。それはいいかもしれません」
ふむふむと理留は頷いて、城崎くんから何かを受け取っている。
それが何かは見えなかったけれど、理留はお会計へと向かって行った。
『ほら、誘惑誘惑!』
耳元のイヤホンから留花奈の指示が聞こえてくる。
カメラマンがモデルさんに笑って笑ってという時みたいなノリだ。
とりあえず、城崎くんに何か話しかければ留花奈も満足だろう。
「その髪飾り可愛いですね。彼女へのプレゼントですか?」
そう思って声をかければ、城崎くんは振り返って固まった。物凄く顔を見られてるけど、これ大丈夫だろうか。
「いや、えっと。これはその。いいなって思って」
城崎くんはしどろもどろになりながら、手元の髪飾りをいじる。
適当に会話を切り上げて帰ってこれば、留花奈は褒めてやろうじゃないのというような尊大な態度だった。
「あんたが話しかけてるときのあいつの顔見た? デレデレしてたわよ。仮にも姉様とデートだというのに、他の女に現を抜かすなんて、男としてありえないわね」
ふふんと鼻を鳴らす留花奈は、鬼の首をとったかのような勢いだ。
ただ会話をしてきただけだというのに。
その後理留と城崎くんは眼鏡屋に戻って、眼鏡を受け取ったようだった。
城崎くんが理留にぺこぺこと頭を下げて、理留もいやいやこちらこそというように頭を下げ返していた。
「あの二人何やってるの?」
「さぁ?」
店の前で謎の行動をしてるため、周りの視線を集めているけれど、理留は気づいてないようだった。
それから二人はカラオケ店を見つけて、入って行ってしまった。
初のデートで、姉様と密室で二人っきりになろうという考え方自体汚らわしいと、留花奈はお怒りモードだ。
しかたなく隣の部屋をとって私達もカラオケ店に入った。
「個室に連れ込むなんてありえないわ! 初のデートなのに密室で二人っきりになろうなんて、いやらしい!」
「そういう考えをする留花奈のほうがいやらしいんじゃないの? ただのカラオケに大げさな……」
まるでいかがわしい場所に連れ込まれたかのような言い方に、思わず呆れる。
それに正しくは二人っきりじゃない。
黒服のお兄さんたちも一緒だ。
あのいかつい黒服のお兄さんたち……二人が歌ってる間もずっと側に立ち続けるんだろうか。
想像するとなんだかシュールな光景だった。
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「部屋間違えましたって入っていって、あの二人の間に座ってきなさい」
「さすがに不自然だから!」
隣の部屋に乗り込めと無茶振りしてくる留花奈を、護衛のお兄さん達がいるから大丈夫だと説得する。
留花奈は落ち着かない様子だったけれど、一応納得してくれたみたいだった。
「あぁもう。イライラするわ。こうなったら、とことん歌うんだから!」
留花奈は自棄気味に熱唱しはじめる。歌うのは流行りの女性ミュージシャンの曲。モデル仲間とカラオケにはよく行くらしい。
リモコンを渡され、私も歌う。
最近はまっているドラマの主題歌が新曲として出てたので、それを歌えば留花奈が話しかけてきた。
「それ最近やってるドラマの主題歌よね。あんた見てるの?」
「留花奈よく知ってるね。これおもしろくってさ、ついはまってるんだ!」
尋ねられて答えれば、留花奈がわかるわというように頷いた。
「先週の回は最高だったわね。特にあの階段から転げ落ちて後のシーン」
「わかる! あそこはぐっときたよね!」
思わず同意すれば、話が盛り上がる。
留花奈は最近、庶民向けの番組にはまっているようだった。
学園の生徒はあまりこういう番組を見ない。
加えてモデル仲間の中にも、このドラマを見ている人がいなかったようで、留花奈は語る相手が欲しかったみたいだった。
留花奈はそのドラマにはまったあげく、今の緑家の力を使ってスポンサーになり、ドラマとコラボした喫茶店をオープンさせてしまったらしい。
庶民の私とは、ハマリ方のスケールが違う。
「スポンサーだから融通が利くんだけど、あんたを誘ってあげてもいいわよ?」
「えっ本当? 行ってみたい!」
上機嫌な留花奈に食いつく。
他にオススメのドラマはないのと聞かれて、色々教えれば留花奈はそれをスマホにメモる。
気づけばカラオケそっちのけでドラマの話をしていて。
ドアの向こうを理留たちが横切ったのに気づいて、慌ててカラオケ店を出た。
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理留たちがカラオケ店に入っていたのは、一時間くらい。
その後はすぐに解散してしまった。
「結構あっさり別れたわね。まだ三時間くらいしか経ってないのに。全体のデートプランも甘すぎるし、減点100で失格ね。姉様をこんなんで喜ばせられると思っているのかしら」
「まだ続いてたんだ、そのポイント制。それにいつ減点が100になったの」
最初から認める気なかっただろ言いたくなる私の横で、留花奈は全然話しにならないわと嬉しそうな顔をしていた。
「これで気が済んだよね。そろそろ家に帰してほしいな」
寝間着のまま拉致されたので、持ち金はゼロだった。
電車で帰ろうにも帰れない。
「何言ってるの。まだあんたの相談に乗ってないじゃない」
「一応それ本気だったんだ?」
別にいいと断ったけれど、やっぱり強引に連れて行かれた。
たどり着いたそこは、さっきまで話していたドラマとコラボした喫茶店だった。
いつもみたいに裏のあるような感じじゃなく、楽しそうに留花奈がメニューの説明をしてくれる。
どうやらドラマの中に出てくるメニューを再現してあるらしく、それを自慢したいようだった。
結局相談のことを忘れてドラマの話が弾み、この日は家に帰った。
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「アユム、ワタクシと放課後からおけに行きませんか?」
次の日学校に行くと、理留が私をカラオケに誘ってきた。
「えっ、何でカラオケ?」
昨日行ってたじゃないといいそうになるのを、ぐっと堪える。
「……それは」
理留はちょっと照れたようにモジモジしていたけれど、尋ねれば教えてくれた。
最近私が元気をなくしているのをどうにかしたくて、外部生たちに普段どうやって気晴らししているのか調査していたらしい。
そして庶民の気晴らしの方法としてでてきたのが、カラオケのようだった。
しかし理留はカラオケがよくわからなかった。
偶然街中でカラオケを見つけ、城崎くんにそのやり方を教わったのだという。
ちなみに、理留と城崎くんのアレはデートでもなんでもなかった。
うっかり理留が城崎くんの眼鏡を踏みつけて壊してしまい、弁償のために一緒に買いに行っただけのようだ。
手を繋いでいたのは、ド近眼の城崎くんが転ばないように。雑貨屋に行ったのは、眼鏡ができるまでの暇つぶし。
距離が近かったのは、城崎くんにちゃんと見えるようにとの理留の配慮だったらしい。
まぁ若干距離感を間違っているような気がしたけれど、そこは理留だからしかたない。
加えて理留が雑貨屋で買っていたのは、私へプレゼント。
エトワールになったお祝いだと言って、理留がくれたのはシンプルな柄のリストバンドだった。
あまり高いのは気を使わせてしまうからと、あの雑貨屋で城崎くんに相談しながら選んだようだった。
私が元気になってくれるように、一生懸命考えてくれたのが伝わってきて、ちょっとじーんとしてしまう。
私はなんていい友達を持ったんだろう。
理留は本当にいい子だ。
それに比べて留花奈ときたら。
今回の騒動は、全て留花奈の暴走だったというわけで。
理留から聞いた内容を伝えれば、留花奈は罰の悪そうな顔をしていた。
「城崎くんの個人情報を調べる暇があったら、理留に直接デートかどうか聞くべきだったんじゃないの?」
「……それは」
留花奈も失敗したと思っているのか、気まずそうに目を逸らす。
「理留に近づく男イコール敵みたいに思ってるから、こんな勘違いが起こるんだよ。全く振り回されるボクの身にもなってよね」
「わ、悪かったとは……思ってるのよ?」
叱れば留花奈が、ちらりとこちらを見てくる。
「……留花奈が自分の非を認めるなんて!」
「何よその大げさな驚き方。わたしだって反省くらいするわよ! しかたないじゃない。姉様がとられると思ったんだから!」
驚きのあまり少し身を引けば、留花奈が睨んできた。
「いい加減姉離れしたら? もっと周りに目を向けるとかさ。留花奈もてるんだし」
「それ、そっくりそのままあんたに返すわよ。わたしに言う前に、あんたこそいい加減幼馴染離れしたらどうなの。あいつが家から出て行ってずっとウジウジしてるの、見てられないのよ」
アドバイスすれば、痛いところを付かれる。
落ち込んでいる原因が宗介にあることを、留花奈はちゃんと見抜いているようだった。
「いつもあいつが側にいたから、あんたは気づかなかったでしょうけど。あんたのこと好きって子……結構いるんだから。そっちに目を向けるいい機会なんじゃないの?」
ちょっと不機嫌そうな声と表情で、窺うように目線を寄越しながら留花奈が呟く。
確かに、留花奈のいうとおりかもしれないと思った。
頭に思い浮かぶのはマシロの事。
そろそろ、その想いに答えなきゃいけないと思う。
「……そうだね。そうしてみるよ」
小さく呟けば、留花奈が驚いた顔をしていた。




