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【68】2番目のお友達

 宗介に告白して振られて、早二週間。

 まだ引きずってないといえば嘘になる。

 でもあんなにきっぱりと振られてしまえば、もうそれを受け入れるしかなかった。


 あれから宗介は学園近くのアパートに、義兄であるクロエと一緒に住む事にしたらしかった。

 元々荷物も少なかったことがあって、宗介はさっさと引っ越して行った。

 その方が気まずくはないけれど、あからさまに避けられるのもへこむ。


 教室では互いにいつも通りに振舞う。

 吉岡くんは何も言ってこなかったから、普段どおりに見えてると思いたいが自信はない。

 宗介は弁当だけは今まで通り作ると言ってくれたけれど、断った。


 お昼休みのたびに私は逃げ出して、かといってまだ吹っ切れていないからマシロのとこへ行くわけにもいかず。

 図書室横にある、談話室へと逃げるようになった。

 前世に兄がしていたこのギャルゲーで、攻略対象キャラである紫苑しおんがいつもいた場所。

 そこに行けば、いつも紫苑しおんがひとりでお昼を食べていた。



 相馬そうま紫苑しおん

 私の前世の親友・乃絵のえちゃんにそっくりな攻略対象。

 それでいて、この世界では中等部の時に美空坂みそらざか女学院の学園祭で知り合った。

 それ以来ちょくちょく文通をしていたのだけれど、今年紫苑も星鳴ほしなり学園に入学してきていた。


 そっと向かい合うようにして座れば、私にちらりを視線を向けてくるけど、何も言わずそっとしておいてくれる。

 無言がありがたい。

 邪魔かなぁと思いつつ、居心地がよくてつい居座っていた。


「おい」

「あっ、ごめん。やっぱり迷惑だった?」

 紫苑に声をかけられてびくりとする。ぼーっとしていた。

「迷惑? 何の話だ」

「いや、勝手にここに座っちゃってるから」

「ここは学園であって、私の家じゃない。どこにお前が座ろうと、私の許可をとる必要はないだろう」

 要約すると、別にいてもかわまないよという事のようだ。


「ありがとう」

「礼を言われる意味がわからない」

 ツンと紫苑がそんな事を言って、弁当を食べる。

「うん……ごめん」

「謝られる意味もな」

 早く元気になって、普段どおりに戻らなきゃと思うのに、沈んだ気持ちが中々浮上しなかった。


 毎日家に帰るたびに、宗介がいないことを思い知る。

 ただいまと言っても、帰ってこないのは寂しい。

 苦しくて泣きたくなる。

 気持ちを言わなければ、一緒にはいれたのかなとか、未練がましくそんなことを思う。

 同じ教室にいても、前と同じように話せないのが辛い。


 宗介にとっては、私はただの幼馴染。

 それだけだ。昔からそうだったし、私もそう思っていたじゃないか。

 元の形に戻っただけ。

 そこに恋愛感情を挟むからややこしくなるんだ。

 

 そう頭ではわかってるのに、心はうまくいかない。

 心臓の内側から傷が膿むように、ズキズキと痛い。

 この痛みを受け入れるにはまだ時間が必要で。

 いっそ痛みを忘れるために、マシロのところへ行ってしまおうかと思ったりもしたけれど、それは卑怯な気がしたからここにいた。


「お前は人の話を聞いていたのか。そういう顔をするなと言っているんだ」

「そうだよね。邪魔してごめんね」

 眉をよせて、紫苑がこちらを見ていた。

 確かにこんな奴がいたら、飯がまずくなる。さすがに見てられなくなったんだろう。


「ちょっと待て。誰も邪魔だとは言ってないだろう」

 立ち上がろうとしたら、止められた。

「でも、どうしてもこういう顔になっちゃうと思うし」

「……だから、悩み事があるなら吐き出してしまえばいいだろう。そんな顔でいられると迷惑だから、私が聞いてやってもいいと言ってるんだ」

 察しろというように、紫苑が呟く。

 ちょっと偉そうな口調が彼女らしいけれど、心配してくれていたらしい。


 思わず乃絵ちゃんにやってたように、抱きついてありがとうと言いそうになったけれど、まだ知り合って間もないので、ぐっと我慢して席に戻った。

「話、聞いてもらってもいい?」

「さっきいいと言った。何度も言わせるな」

 相変わらず突き放したような言い方だけれど、それが懐かしくて今の私には優しく染みた。



「実は……失恋したんだ」

 私の一言に、紫苑は目を見開いた。

 何も私の事情を知らない紫苑なら、言ってもいいかと思った。


「好きって伝えたんだけど、そういう風には見れないって言われてさ。元の友達に戻りたいのに、なかなか気持ちの整理がつかなくて」

 紫苑は戸惑う様子を見せた。恋愛の相談事だとは思ってなかったのかもしれない。


 私に何か尋ねるように口を開いたけれど、やめて紫苑は黙り込む。

 その顔は深刻そうだ。

「ごめん、悩ませた?」

「いやいい。聞くと言ったのは私だ。でもそうだとすると、あいつにとってかなりまずいことに……」

 ぶつぶつと紫苑は後半独り言のように呟く。


「あいつ?」

「何でもないこっちの話だ。色々考えてから後で連絡してもいいか。連絡先を交換したい」

 高校生になって、紫苑は携帯電話を持たされたようだった。

 連絡先を交換するその映像が、頭の中で一枚の絵になる。

 前世のゲームの中であったイベントによく似ていた。


 原作ゲームの紫苑は、家と病院の連絡先しか携帯電話に登録していなかった。

 それで、初めて主人公と連絡先を交換して、それを確認してふっと笑うのだ。

『友達で登録したのは……お前が初めてだ』

 あれは紫苑が、初めて主人公を友達と思っていると口にしてくれるイベントだった。

 まるで乃絵ちゃんに言われたみたいでテンションが上がって、兄がいないときに回想モードで何回か繰り返し見たから覚えている。


 けどこちらの紫苑には、その言葉も笑みもなくて。

 携帯を閉じてポケットにしまい、なにやらそわそわと落ち着かない様子だ。

 好感度的にアドレス交換イベントが起こるのは早すぎるし、原作のゲームと紫苑の反応が違う。

 それにそもそもアドレス交換は、原作では主人公が言い出す事だったはずだった。


「ねぇ、紫苑……じゃなかった相馬(さん。ボクで登録するの何人目?」

「四番目だが、それがどうかしたか」

 気になって尋ねてみれば、私の前に誰か一人いるようみたいだ。

 原作のゲームと違う。


「ボクの他にも友達登録してる人がいるの?」

「……まぁな。友達はお前が二人目だ」

 少し紫苑の耳が赤かった。

 友達と言われたことにちょっと嬉しくなったけれど、問題はそこじゃない。


「相馬さんの友達ってどんな子? 興味あるな」

「前の学校からの知り合いで、桜庭さくらばヒナタだ。確かお前と同じクラスだっただろう」

 尋ねればそこから出てきた名前は、ヒナタだった。

 思わずぎょっとする。

 原作の方では、元同じ学校の顔見知り程度で、そんな繋がりはなかったはずだ。


「そろそろ戻るぞ。鐘が鳴る」

 また後で連絡すると紫苑が言って、私も教室に戻った。

 


●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「アユム、エトワールの会合に行きましょう」

 その日の放課後は、エトワールの会合があった。

 教室まで理留りる留花奈るかなが迎えにきてくれて、一緒に高等部のサロンへ向かう。

「迎えにきてくれてありがとね、理留」

「あんたね、わたしもいるんだけど」

 お礼を言った私に留花奈が不満そうな声をあげる。


「アユムは前回お休みしていましたわよね。今回高等部からエトワールになったのはアユムだけなので、皆楽しみにしていますのよ!」

 前回ズル休みしてした私のため、理留が説明してくれた。


 星鳴ほしなり学園特有の制度、エトワール。

 家柄才能、何か秀でたモノを持った子に学園側から付与される特権。

 初等部から知り合いのお嬢様である理留りる留花奈るかなは、そのまま繰り上がりでエトワールになっていた。

 ちなみに紅緒べにお先輩は中等部からすでにエトワールだが、現在は留学中のためいない。

 私は運動能力を評価されて、高等部からのエトワール入りだった。


 新しいフレーバーの紅茶を手に入れたこと、担任の先生が実はカツラじゃないかということ。

 理留は明るい声で楽しそうに話す。

 最近の理留は私をよくお茶会に誘ってくる。

 気を使わせているのかもしれなかった。


 高等部になって、理留は大分大人っぽくなった。

 初等部の頃は胸なんてないに等しかったのに、わりと大きく育っている。それに比べて留花奈のほうは、初等部の頃とほぼ変わらない平原だ。

 ドリルヘアーもますます磨きがかかって、巻きが激しくゴージャスになった気がする。


 留花奈の方はというと、高校デビューをしていた。

 モデルをやるときの『ルカ』仕様の化粧をしているので、見た目は以前の留花奈とほぼ別人。

 子供っぽいツインテールをやめ、髪を下ろしていて、先の方に緩いウェーブがかかっている。制服も着崩していて、独特のこだわりが見えるのだけれど、どこかギャルっぽい。

 理留と双子だと一目見て気づくものはいないと思う。


「どうかしましたの、アユム?」

 いつの間にかジロジロと見すぎていたらしい。

 理留が首を傾げて尋ねてきた。

「理留、リップ変えた?」

「凄いですわアユム。よくわかりましたわね。新色だからって留花奈から貰いましたの!」

 気づいてもらえて嬉しいと、理留が頬を染める。


「うんよく似合ってる。可愛い」

「か、可愛い……」

 褒めれば理留は、オウムのように繰り返して、耳まで真っ赤にする。

 結構理留は照れ屋だ。

 そういう仕草に、微笑ましい気持ちになる。

 本当、理留を見てると癒されるなぁ。

 そんなことを思っていたら、留花奈が呆れたような目で私を見ていた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 エトワール専用のサロンへ行くと、エトワールの方々が私を迎えてくれた。

 今日はどちらかというと、私の顔見見せが主だったみたいで特に議題はなく、一緒にお茶をしたのだけれど。

 私を他の人たちに紹介する理留が、何故か自慢げだったのが印象的で、妙にくすぐったい気持ちになった。


 選ばれた人たちの集まりってイメージだったけど、生徒会みたいに堅苦しい感じかと思ったらそうでもなさそうだ。

 少しほっとしながら、黄戸家の車に乗せてもらい、理留や留花奈と一緒に帰る。

 たわいのない話をしてるうちに家について。

 二人と別れて家に入ろうとしたら、メールが来た。


 留花奈からだ。

 何か車に忘れものでもしたっけか。

 そう思いながら、メールを開いた。

『今日のあんた、ホストみたいだったわよ。空元気丸分かり』

 自分でも、空元気だなってわかっていたけど、それを指摘されると悔しかった。どうやら見抜かれてしまっていたらしい。


 それにしたってホストってなんだ。

 もう少し言い方がありそうなものだけど。

 自分の言動を思い返す。

 そういえば、無駄にエトワールの先輩たちや理留に対して、褒めるような言葉を口にしていたかもしれない。


 反省していたら、また留花奈からメールが着た。 

『わたしでよければ、明日相談にのるけど?』

 これは何の罠だろう。

 留花奈がわたしに優しいなんて、変だ。

 面白おかしくいじり倒す気か、もしくは何か見返りがあるはずだ。

『いえ、結構です』

 そう送り返しておいた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 次の日、休日だったので家に引きこもってゴロゴロしようかと思っていたら、チャイムが鳴って。

 外に出た瞬間、私は留花奈によって拉致された。


「あのさ留花奈。ボク、相談なんていらないって断ったよね」

「そうね。でもわたし断るのを許可した覚えがないから」

「横暴!」

 こっちの都合なんて最初から聞くつもりがなかったらしい。

 そもそも相談に乗るというのは、こっちを慰めてくれるつもりがあるから出る言葉じゃないんだろうか。


「こっちにも予定ってものが」

「ないわよね」

 言い返そうとしたけれど、その通りなのでつい言葉に詰まる。


「このわたしがあんたの気晴らしに付き合ってあげるって言ってるの。感謝しなさい」

「いや気晴らしになる気が全くしないんだけど……何企んでるの?」

 直球で聞けば、留花奈がしおらしく俯く。

「企んでなんかいないわよ……あんたの事が心配だったの」

 普通の女の子相手だったらごめん疑ってと謝るのだけれど、これは確実に怪しすぎた。

 

「それで、本音は?」

「あんたがうかうかしてる間に、姉様に近づいてきた馬鹿が、姉様をデートに誘ったみたいだからそれを邪魔しにいくのよ。おわかり?」

 苛立たしいという口調でそう言って、留花奈が微笑んだ。

 まるでそれすら私のせいだと言わんばかりだ。


「理留がデート?」

「そうよ。相手は外部生だから、姉様の事を何も知らなかったみたいね。同じ学級委員をしてるのがきっかけで仲良くなったみたい。姉様あんたと出会ってから見た目も中身も大分丸々としてきたから、相手が近づきやすかったんだと思うわ」

 私の問いに、今にも舌打ちしそうな勢いで留花奈が答える。


「そういうわけだから協力してもらうわよ」

「いや、デートなら邪魔しちゃ駄目だろ」

「デートだから邪魔するのよ」

 当然のように、留花奈は言い切る。

 どういう理屈だよとつっこみたくなった。


「いい? 姉様は純粋なの。だから悪い男に騙されないように、わたしが振るいにかけてあげるのよ。これくらいで駄目になるようなら、どうせ黄戸家のあの女に潰されて終わるわよ」

 あの女というのは、二人の母親である理真りまさんの事だろう。

 前に会ったことがあるけれど、苛烈という言葉がふさわしい存在感を持った人だった。

 相変わらずな留花奈の、歪みないシスコンっぷりに呆れるしかない。


「何よその顔。あんた姉様が他の男とくっついてもいいわけ?」

「そりゃちょっと複雑だけど……理留が選ぶならそれでいいと思う」

 私の言葉に、大きく留花奈は息を吸って、それから盛大に音をたてて溜息をついた。


「鈍感は滅びればいいと思うわ」

「いきなり何言い出すんだよ。それより、ボクを家に戻してくれない。寝間着のままなんだけど」

「わたしがきたのに、寝間着で応対しようとするあんたが悪い。それに着替えなら用意してあるわ。ほら、ここに」

 留花奈の手元には、スカート。

 物凄く嫌な予感しかしない。


「まさか、これを着ろと?」

「別にいいわよ着なくても。ただこれを姉様に見せるけどね」

 にこっと笑って留花奈が見せてきたのは、以前友達の良太に頼まれて女装した時の写真だった。しかも、良太と手を繋いでいる。

「……いつの間に撮ってたの」

「さぁ? でもよく撮れてるでしょ? カツラを取っている時のやつもあるわよ?」

 天使のように可愛らしく留花奈は微笑んだけれど。

 悪魔だと思った。

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「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」
ショタコン末期悪役令嬢に転生して苦労する話。
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