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【67】間違えた選択肢とけじめ

「別に今すぐ選ぶ必要もない。選択肢の一つとしてとらえておけ」

 恥ずかしかったのか、マシロはちょっと出てくると部屋を後にしてしまった。

 正直、頭が追いつかない。

 マシロが私を好きだと言う。


 マシロは私のゲーム友達で、兄のような存在で。

 何でも話せる相談相手で。

 本人の口から好きだと言われたのに、未だに信じられない。


 マシロの事は嫌いじゃないし、好きといわれて嬉しかった。

 けれどそれよりも戸惑いが大きい。

 いつからそんな事に?

 そもそも、何でこんな話になったんだっけ。


 確か、マシロが隠しキャラなんじゃないかと思いついて、それを確かめにきたんだったと思い出す。

 後それと、宗介に勢いでマシロと付き合うと言っちゃったから、それをどうしようかと相談にきたのだ。


 マシロに相談とかそういう状況じゃなくなった。。

 むしろここにきて、さらに考えるべきことが増えたような。

 自分が優柔不断なのは、一番自分がわかっている。

 けれどそろそろ、決めなくちゃいけない。


 全ては私が誰を選ぶかという問題に、最終的にたどり着く。

 紅緒先輩に話を持ちかけるつもりでいたけれど、マシロなら気心もしれている。

 何よりも、利用してくれていいとマシロは言っていた。

 そんな言葉に甘えるなんて、かなり卑怯だし、マシロの気持ちに対して失礼だとも思うけれど。


「――宗介に告白して振られてこよう。そしてマシロと付き合おう」

 せめて、けじめはしっかりと。

 こんな気持ちを引きずってちゃいけないと、私はそう決めたのだった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 そもそも私は、いつから宗介が好きだったのか。

 家に帰って、ソファーに寝そべりながら考える。

 自覚したのは中学の後半だ。

 宗介に突き放されて、好きを自覚した。


 思い返せば中等部の半ばには、宗介が私からのプレゼントをずっと取ってると知って嬉しくなってたり。

 クロ子ちゃんから宗介がどんな風に私の事を話してるか知って、幸せな気分になったりしていた。

 宗介が私以外の人の前で笑顔を見せてるのを見て、苦しくなって。


 水泳の授業の時は、色々あって宗介を押し倒して、体が密着して妙にドキドキした。

 ……私、マシロといい押し倒してばっかりだな!

 本当一体、何をしているのか。

 思い返せば恥ずかしくて、一人で悶える。


 中等部の宗介は、初等部の時の体とは大分違っていて。

 胸板に筋肉がついていて固くて、あぁ宗介も男なんだなって意識した。

 同じシャンプーの匂いがすると言われてドキドキして。

 切ない様子で名前を呼ばれれば、胸が苦しくなった。


 あの時には、もう宗介が好きだったんだなぁ。

 気づいてなかっただけで。

 クッションを抱きしめて天井を見つめ、溜息をつく。


 ひとつひとつ数えるように遡っていって、初等部二年の夏祭りの事を思い出す。

 初めて宗介が自分の感情をむき出しにした、あの日。

 私さえいれば、誰がどうなろうと構わない。

 狂おしいほどに真っ直ぐで、純粋なその思いをぶつけられて、必要とされていると感じた。

 前世でだって、あんなに必要とされた事はなかった。


 嬉しいと思ってしまったその時点で、すでに宗介に落ちていたのかもしれない。

 始まりからして間違えた。

 そんな気がした。


「――俺の側からいなくならないでって言ったくせに」

 呟いた言葉に答えるものは誰もいない。

 それに、私はそう言った宗介に、うんとは頷かなかった。

 側にいたいと思っている。

 そうやって卑怯な言葉で逃げた。


 もしも宗介が今、同じ事を言ってくれたなら。

 きっと私は――。

「宗介」

 求めるように、胸にたまった切ないもやもやを吐き出すように、名前を口にする。

「呼んだ?」

 私の視界に、横から宗介の顔がぬっと現れた。


「ぎゃぁ!?」

 ふいうちに驚いて、逃げるようにソファーから転げ落ちる。

 その際に体勢を崩してテーブルの角に額を打ち付けたけれど、それもおかまいなく手で押さえてそこから離れる。

 ドクドクと心臓が音を立てていて、ソファーを覗き込むような体勢で宗介が唖然と固まっていた。


「アユム? 大丈夫?」

「平気、平気だから!」

 近づいてこようとする宗介を、空いている方の手で制する。

 今側に寄ってこられたら、心臓が破裂してしまいそうだった。


「平気じゃないよね。凄い音したし。ちょっと見せて」

「大丈夫だから、近づかないで!」

 詰め寄られて、ついそんな言葉がキツイ口調で口からでた。

 宗介が動きを止めた。


「こなくていいから。自分でどうにかする」

 重ねるように拒否すれば、宗介は大きく目を見開き、すっと凍りついたように無表情になった。


 怒らせた、と気づいた時には遅い。

 退路を確認しようと後ろを振り向いた瞬間に、いっきに距離を詰められて、額を押さえていた手を握られた。

「確認するから見せて」

 有無を言わさない声。

 すぐそこに宗介の顔があった。


「っ!」

 近い。宗介の顔が近い!

 とっさに、手をつかみ返して抵抗すれば宗介は眉を寄せて、さらに不機嫌なオーラを漂わせた。

 もう一方の手を額に伸ばしてきたので、そちらももう一方の手で受け止める。


 宗介と合わせた手のひらが、ヌルつく。

 汗というよりもこれは、血のような気がしたけれど、無視することにする。

 つっと目と目の間を、液体が伝う感触がした。


「アユム、いい加減にしてくれないかな。血が出てるんだよ?」

 苛立った声。

 でも今の私は宗介から逃げたかった。

 告白するとは決めたけどまだ心の準備ができてない。ぎりぎりと組み手をするかのように押し合う。

 宗介の手は私よりも大きかった。

 そのせいなのか、私の方が力は強いはずなのに押されてくれない。


「自分でどうにかするってば! 宗介には関係ないでしょ!」

 口から付いて出た言葉は、また宗介の琴線に触れてしまったようだった。

「へぇ、俺には関係ない……ね?」

 宗介らしくない、皮肉めいた口調。

 その目に宿った光に、背筋がぞくりとざわめく。


「うわっ!?」

 ふいに、ふっと宗介の力が抜けて、バランスを崩す。

 ぐいっと引き寄せられるようにして、背中に片手を回される。

 もう一方の手で、前髪をかきあげるようにして上を向かせられた。

「こんなに血が出てる。ほら、こっちきて!」

 私の額を見て、宗介の無表情が崩れ、焦ったような表情が浮かんだ。

 怒った声でせかされて、手を握ったまま薬箱の場所まで連れて行かれた。


 座らされて、手当てを受ける。

 自分でやるよといえば、怖い顔で睨まれたので俯く。

 そしたら、手当てができないとばかりに上を向かされた。

 どこを見ていいかわからなくて戸惑う。


 宗介は丁寧に傷口を拭って消毒し、ガーゼを当ててくれた。

「それで、なんで逃げようとしたの」

「……宗介が帰ってきてると思わなかったから、驚いて」

 沈黙を破って尋ねてきた宗介の目を見ることなく、答える。


「俺、家を出ようと思ってる」

 告げられた言葉に驚いて顔を上げる。

「そんな風にアユムに気を使わせたくないし。それにアユムは女の子だから、年頃の男と同じ家でふたりっきりなんて、本来よくない。クロエが一人暮らししてるからそこに一緒に住むよ。おじさんたちには俺からちゃんと話すから」

 宗介は私の方を見ずに立ち上がろうとして、その服の端をとっさに掴む。


「何?」

「……私は嫌だ。宗介と離れるのは嫌」

 宗介は振り返ることもなく、ゆっくりと私の手を解く。

「ごめん、もう決めたから」

 ここで見送ってしまったら、もう伝える機会がないと思った。


 ぐっと宗介の腕を掴んで、振り向かせる。

「私は、宗介が好き!! 好きなの!」

 自分よりも背の高い宗介を睨むようにして、想いを吐き出した。

 いきなりの事に宗介は驚いて、目を丸くしていたけれど、かまってなんていられなかった。


「誰かと付き合えなんて言わないで。そりゃ私は男ってことになってるし、色々難しいのはわかってる。でもやっぱり宗介が好き。だから、側にいてよ……」

 願うように口にすれば、涙が溢れてきた。

 泣くなんてずるいと思うのに、我慢できなかった。


「アユム……」

 宗介の瞳が揺れる。

 その複雑な表情からは、宗介が何を思っているのか私には読み取れなかった。

 骨ばった手が私の頬に伸ばされて、途中で躊躇うように止まる。

「ごめんアユム。俺はアユムのことを……そういう風に見ることはできない」

 呟かれた言葉に、胸が裂けそうになった。

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