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【66】思いがけない告白

 私の付き合いに口を出すのはおかしいんじゃないか。

 宗介にそう言ってやろうと決意した私だったけれど、それは家の扉を開けた瞬間に頭から飛び去った。

「おかえりアユム。先に帰るって言ってたのに、遅かったね?」

 襲ってきたのは、今期最大のブリザード。

 言い訳をすることすら許さないというような冷ややかな目線に、縮みあがってそれどころじゃない。


「うん、まぁね……」

「マシロのところに行ってたんだ?」

 宗介、マシロの事をいきなり呼び捨てだ。

 疑問系だけど、宗介の中では確定しているように聞こえる。

 違うと言っても怒らせるし、そうだと言っても怒るんだろう。

 なら話を変えるに限る。


「あっ、そうだ。明日初のエトワールの会議があるらしくてさ。今日みたいにちょっと遅くなるかも。ちょっと汗かいたから、お風呂先に入るねー」

 靴を脱いで何食わぬ顔で、宗介の横を通りすぎる。

 ぐっと手首をつかまれた。


「その前に、ちょっと話したいんだ。いいよね?」

 宗介の声が低く響いて、ピリピリとした空気に威圧される。

 これすでに怒ってますよね?

 いいえなんて言える勇気はなかった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 マシロはずっと病気で高校1年生を繰り返していて、手術のために海外へ行って最近帰ってきた。成長が遅いのもそのためで、入学式で再会して、その面倒を見ていたのだと宗介には告げた。

 家に帰る前に、マシロと打ち合わせておいた話を口にすると、宗介は一応納得してくれたみたいで、ほっと胸を撫で下ろす。


「それでマシロとはどんな関係なのかな? 学園の中で、押し倒したりするような仲なの?」

 やっぱり聞いていたんですね。

 気まずくて目を逸らす。


「えっとあれはですね……」

「桜庭さんに聞いたけど、二人って付き合ってるんだ?」

 宗介の言葉に驚いて顔をあげれば、私の反応を見てどうおもったのか、へぇと宗介は言葉を漏らす。


「カマをかけただけだったんだけど、そうなんだ。マシロはアユムのことを前から女の子だって知ってたみたいだし、わざわざアユムに手を貸すくらいだ。俺に内緒で、中等部の時には付き合ってたのかな?」

 責めるような言い方にむっとする。

 私が好きなのは宗介なのに、何もわかっていない。

 その事にとても苛立った。


「マシロとはそんなんじゃない。大体、私が誰と付き合ってたって、宗介は応援してくれるんじゃなかったの?」

「……それは」

 宗介が言いよどむ。

「マシロは私の本当の性別をわかってくれてる。女の子として過ごしてるけど、本当は男だから、その点でも私と逆でぴったりだし。趣味だって合うし、一緒にいて楽しい。何の問題もないじゃん。何でそんなに突っかかってくるの?」

 一気に言ってしまえば、宗介はぐっと何かに耐え忍ぶような顔になる。


「俺は……っ!」

 苦しそうに宗介は口を開いて、熱がこもった瞳で私を見つめてきた。

 こちらを絡め取るような、激しさを伴う瞳。

 以前の事を思い出して、自然と体を引いて身構えてしまった私に、宗介は傷ついたような顔になる。

 それから、興奮を鎮めるかのように小さく息を吐いた。


「アユムが、マシロを本当に好きなら。応援する」

 一言一言押し出すように、宗介は口にする。

 不本意だという雰囲気がその言葉からはにじみ出ていた。

 でも、止めてはくれなかった。

 そのことが悲しくてしかたなかった。


「宗介は本当に、私が誰と付き合ったっていいと思ってるんだね」

 確認した声が自分でもわかるほど震えていた。違うと言って欲しかった。

「……俺に口出しする権利はないよ」

 けれど長い間の後、返ってきた答えは望んでいたものじゃなかった。

「アユム?」

 動揺して私を呼ぶ宗介の声。

 涙が頬を伝って流れていることは、感触でわかった。


「……いいよわかった。じゃあマシロと付き合う。しばらくしたら普段どおり振舞うから、放っておいて」

 そう言って、部屋に籠もった。

 宗介は追ってはこなかった。

 悲しくて、苦しくて。

 鍵を閉め、ベッドにうつぶせになって声を潜めて泣いた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 次の日、私は風邪という事にして学園を休んだ。

 ズル休みなんて初めての事だ。

 私が出てこないから心配して、宗介が部屋のドアを叩いて呼びかけてきたけれど、何も答えなかった。

「朝食ここに置いておくから」

 そんな気遣いはいらないのに、ドアを開ければそこにはサンドイッチが置いてあった。


 普段私が和食好きだから、朝は和食だ。

 なのにサンドイッチにしたのは、冷めても食べられるようにという配慮なんだろう。小さめにしてるのは、少量でも食べやすいようにという事なのかもしれない。

 そんな些細な優しさが、今の私には痛かった。


 鏡を見れば目が赤い。

 実をいうと私の瞳も赤みがかっているので、全体的に目が赤いというのは少し怖いものがあった。ちょっとしたホラーだ。

 青い髪に赤い瞳。

 目が痛くなる組み合わせだけれど、他人から見れば黒髪に黒目に見えるらしいから不思議だ。


 冷たい水で顔を洗うと、頭がすっきりとしてきて。

 自棄になってとんでもないことを言ってしまった事に気づく。

 マシロと付き合うことにすると、宣言してしまった。

 何をやってるんだ自分はと、ほとほと嫌になる。


 だいたい、選ぶ権利はマシロにあるのに、付き合うことにするとか偉そうに。

 宗介に気持ちを求めて、それが自分が欲しいものじゃなかったから拗ねて癇癪を起こすなんて、子供すぎる。


 宗介は私の事を親友だと思ってる。

 それでいいじゃないか。それ以上を求めるのは変だ。

 どこからこんな風になってしまったんだろう。

 私の涙を見て、宗介はどう思ったんだろう。

「格好悪いな、私」

 ぐらぐら揺れてばかりだ。


 色んな意味で、この思いは実ることがない。

 最初からそんなルートなんて存在しないし、元の世界に帰るには相手が宗介じゃ駄目なのだから。

 それはまぁ、マシロでも同じなのだろうけれど。


 そこまで考えて、ふと頭に思い浮かんだことがあった。

 兄が言っていた攻略対象の特徴の中で、まだ出ていない二つの特徴。

 『男の』と『死神』。

 もしかして、『男の』ってマシロの事なんじゃないだろうか。


 そもそも攻略対象は六人と言っていたけれど、このゲームには隠しキャラが存在していた。

 彼女の事を兄は「隠しキャラ中の隠しキャラ」と言っていて。

 全キャラをクリアしないと出てこないと言っていたけれど。

 その台詞って、他に隠しキャラがいてこそ出てくるんじゃないだろうか。


 そう考えると、マシロも攻略対象である可能性がある。

 名前にも髪にも色が入っているし。

 重要なのは、マシロと一緒に『扉』を開けることが可能かどうか。

 開けることができるなら攻略対象、できないなら違う。

 扉の番人であるマシロなら、それもわかるだろう。


 昨日の事をどちらにしろ、マシロにも話しておかなきゃいけない。

「よし、聞いてみよう」

 そう決めて、私はマシロの隠れ部屋へと向かった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「ねぇ、マシロ。もしも私がマシロを選んだとしても、扉は開くのかな?」

「……」

 直球で質問したら、マシロは唇をひきむすんで眉をしかめた。

「これってやっぱり答えられないことだったり?」

「扉の開く条件をアユムはすでに知っているはずだ。それでいてぼくに直接それを聞くのは……どうかと思う」

 何故かマシロの頬は少し赤い。


 扉の開く条件。

 ゲーム内では、主人公の事に対する好感度がマックスの時に扉は開かれた。

 つまりはマシロに「私のこと好き?」みたいな事を聞いたことになるんだろうか。


「えっといや、そういう事じゃなくてね。ゲームでは攻略対象のキャラしか、扉を一緒に開けることができなかったからさ。そもそもマシロもその攻略対象キャラに入ってるのかなって、気になって」

「……なるほどそういうことか」

 私の言葉に、勘違いしたことが恥ずかしいかのようにマシロが咳払いした。


「相手がたとえアユムの事を好きだとしても、相手が条件を満たした者でないと扉は開かない。それが誰だかぼくは言うことができない。外れを選ぶのもまた選択だからだ」

 淡々と番人っぽくマシロは口にしたけれど。


「でもさ、さっきの反応だとマシロを選べば開くような感じだったよね」

「……そういう事は思っても口に出すな」

 私がそれを指摘すれば、マシロは顔を手で押さえて溜息をついた。

 耳まで真っ赤だ。


 つまりはマシロが相手でも『扉』は開く。

 マシロが隠れキャラというのは間違いなさそうだ。

 いや、それよりもマシロの反応が気になる。

 まるで、私がマシロを選んだ時に『扉』が開くと、確信してるように見えるのだけれど。

 

 えっと、つまりはそれって。

 マシロが私のことを好きということに?

「……扉の番人を選んでもいいんだ?」

「それも選択肢のうちの一つだ。最終的に選ぶのはアユム自身。それに従うだけで拒みはしない」

 回りくどくあったけれど、つまりはそういう事で。


「えっと、マシロ……それって」

「選べとも、選ぶなとも言えない。お前次第だ。ぼくは扉までお前を導いたり、守ったりすることはできない。けれど事情を全部知った上で利用されることに文句はないし、確実に扉は開く。ぼくが番人である事実とは関係なくな」

 戸惑う私に、マシロは盛大な溜息をついて。


「……ぼくはお前が好きだ。これで満足か?」

 真っ赤な顔を不機嫌そうに歪めて、伝えるつもりはなかったと言うように。

 なんでそんな投げやりなんだといいたくなるような口調で、こっちを見てマシロは告げた。

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