【65】誤解をよぶ誤解
ここまで順調に進んできて、あとは攻略対象を絞って恋愛するだけのはずだったのに。
高等部に入ってから少ししか経ってないのにも関わらず、やっかいごとが目白押しだった。
ヒナタの誤解の件だけでも頭が痛いというのに。
ここにきて、宗介とマシロが鉢合わせ、何やらよくない雰囲気だ。
はぁと大きく溜息をつく。
頭が痛い。どうしてこんなことになってしまっているのか。
「今野、そんなに先生の授業はつまらないか?」
「えっ?」
授業中ということをすっかり忘れて、つい物思いにふけっていたら、先生がこちらを見つめていた。
「先生の代わりに教科書を読んでくれるよな」
「はい……」
立ち上がったのはいいものの、全く聞いてなかったからどこから読めばいいかわからない。
困っていたら、横からすっと開かれた教科書が手渡された。
「ここからだよ」
「……ありがとう」
助けてくれたのは隣の席のヒナタだった。
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「さっきは助かった。ありがとね」
「ううんいいの。考え事をしていたみたいだけど……もしかしてマシロさんとのお付き合いで、悩んでいたりするの?」
授業が終わって教科書を返せば、小声でヒナタが尋ねてくる。
「いや別にマシロと付き合っているわけじゃないんだ」
「大丈夫ですよ。あの時の事は誰にも言いませんから。確かに驚きましたけど、そういう事を言いふらしたりはしません」
胸に手を当てて、誠実な雰囲気を纏いながらヒナタが誓う。
「だからそれは誤解なんだって」
「わかりました。アレは忘れておきますね」
聖女のような微笑み。こちらを気遣っているようで、ずれている。
うん、その顔はわかってないな。
ヒナタは若干人の話を聞かない子のようだ。
「確かにボクはあの場所でマシロを押し倒して、服を脱がせていたように見えたかもしれないけど、違うんだ。別にいやらしいことをする事が目的じゃなくて……」
ヒナタにどうにかわかって欲しくて説明を試みる。
しかし、途中で言葉に詰まった。
嫌らしいことが目的じゃなく。
学園内の人気がない場所で、女の子を押し倒して無理やり服を脱がせる状況。
それってどんな状況だよ。
自分でつっ込みたくなった。
「久々だったし、ここで再会できるなんて思ってなくてさ。だから、つい興奮しちゃって、マシロの性別を確認しようとしただけなんだ」
「性別の確認って」
しかたなく、ギリギリなラインで説明すれば、何故かヒナタはかぁっと顔を紅くした。
あれ……ちょっと待って。
今の言葉違う意味にとられちゃってないか。
自分でも思い返せば、違う意味でもギリギリだった。
「違うんだよ! 性別の確認っていうのは、そういう意味じゃなくて!」
「あ……わ、わかってますから。比喩的な表現ですよね!」
焦る私の顔を、ヒナタは見ようともせずに、受け取った教科書を鞄にしまう。
先ほどの英語の授業の後、担任でもある先生がホームルームまでついでに済ませてしまったので後は帰るだけだ。
「そ、それではお先に失礼しますね!」
動揺を隠し切れない様子のヒナタの目には、少し涙のようなものがあった。純粋な子なんだろうか。待ってと言う間もなく、私の手をすり抜けて教室を後にしてしまう。
ヒナタを急いで追おうとして、背筋にぞくりとしたものを感じた。
振り返れば、机三つ分くらいの距離に宗介がいて。
「アユム、今日は久しぶりに一緒に帰ろう?」
にっこりと口元は笑みを作りながら、全く笑ってない目で話しかけてくる。
いつからそこにいたのか。
きっと、今日のマシロとの事を聞きただすため、私を捕まえようとスタンバイしていたんだろう。
途中から取り乱しすぎて小声を忘れていた気がするのだけれど、どこから聞いてたのかな。もしかして最初から?
何にせよこれはマズイ状況だ。
私の席は、苗字の関係で一番前の廊下側。
つまりはドアが近く、宗介との距離はまだある。
「ごめん、先帰るね!」
鞄の中身なんて気にせずに、全速力でその場を後にした。
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「そろそろ家に帰ったらどうだ」
「今日は帰りたくない……」
私が逃げ込んだ先は、マシロの学園内にあるマシロの隠れ家だった。
家に帰れば宗介が待っている。
そう考えると、帰るに帰れなかった。
「泊めるのはいいが、連絡は入れとけよ」
「そしたら絶対どこ泊まってるか聞かれるじゃん。マシロの所って答えたら余計に後が怖いし、他の所って嘘ついても後が怖い」
「何も言わずに泊めたら、あいつずっと探すぞ。その日のうちに捜索願い出されるかもな」
マシロの言葉に愚痴をこぼせば、ゲームをしながら淡々とそんな事を言われた。
もう私も高校生なんだし、一日無断外泊したくらいでそれはない。
そう言い返せないあたりが宗介だった。
「マシロのせいでもあるのに冷たくない?」
「そもそも、ぼくをここから連れ出したのはアユムだろう。ここまで物事をややこしくするなんて、アユムには天性の才能があるな」
後半は少し感心した風に、マシロは呟く。
「それ褒めてるの? 貶してるの?」
もういっそ泣いてしまいたかった。
そんなやり取りをしながら過ごして後、やっぱり気の乗らないまま、帰り路に着く。
マシロとは何でもないんだって、ちゃんと説明しなきゃ。
そうは思うのだけど、あの冷気にさらされるのかと思うと気が重い。
というか、なんで私がマシロとの事で宗介に怒られなきゃならないんだ。
そこまで考えて、ふと思う。
大体、怒られる理由なんてないんじゃないのかと。
「俺はいつまでもアユムの側にいられるわけじゃないから。例え恋愛感情がなくたって、一緒にいて幸せになれる人をアユムに見つけてほしいんだ」
そう言っていたのは宗介だ。
ならその相手がマシロだろうと、別に問題はないはずだ。
むしろ、マシロなら都合がいいような気がする。
マシロは見た目は女で、本当の性別は男なのだ。
見た目は男で、本当の性別が女な私とは、とても相性がいいんじゃないだろうか。
正反対なら性別の事で悩む必要はないし、戸籍がどうなっているのかは知らないけれど、学園に入学できるくらいだ。
その辺りのことはどうにでもなるだろう。
突き放しておきながら、私の付き合いに口を出すのはおかしい。
その事に思い当たったら、だんだんとむかむかしてきた。
よし、宗介にがつんと言ってやろう。
そう決めて、私は家の扉を開けた。




