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【64】気まずいお昼休み

「ヒナタの誤解を解くのはうまく行ってるか?」

「全然」

 マシロの問いに即答する。

 どうやっていいかわからずに、ヒナタにマシロと付き合っているという誤解を解けずにいた。


 あまりヒナタと接点を持ちたくないし、そもそも直接あれは違うんだよと言ったところで、仲良しのマシロが言っても信じてもらえないのなら、私の言葉で説得できる気もしない。

 そうやって足踏みをしているうちに、一週間が過ぎていた。


 星鳴ほしなり学園には、高等部から外部生が半分くらい入ってきている。

 ヒナタもその一人だ。

 観察していてわかったことは、いい子だなぁということだろうか。

 親しみやすい雰囲気があり、同じ美空坂みそらざか女学院から来た子はいないのにも関わらず、すでにクラスに馴染んでいる。

 

 相変わらず私の事を気にしているようで、時々視線は合う。

 この前なんて、吉岡くんに私の交友関係を聞いていたみたいだ。

 宗介と私の仲が悪いのかと尋ねてきたらしい。

 この間の吉岡くんと私のやりとりが気になっていたんだろう。


「それにしてもさ、マシロとあの部屋以外にいるのって不思議な気分だね」

「ぼくもだ……外に出るつもりなんてなかったのに」

 現在はお昼休み。

 私はマシロを無理やり引っ張り出して、カフェテリアでお昼を食べていた。

 マシロは、白雪マシロという女生徒として六組に在籍しているため、こうやって堂々と学園内を一緒に歩いても問題がないのだ。

 

 しかし、マシロはやっぱり引きこもりで、授業に出ようとさえしなかった。

 最近は毎朝起こしに行って、お昼はこうやって一緒に食べている。

「せっかく同じ学年なんだよ! もったいないでしょ!」

「もったいないって何がだ。授業なら前に何度も受けて当の昔に飽きている」


 話を聞けば、今までもマシロは何度か高等部に在籍した経験があるようだった。

 けれど、以前私が出会った時のマシロは、高等部に在籍してなかったらしい。

 私がそう思い込んでいるから、そういう事にしていただけと呟く。

「じゃあ留年っていうのは嘘だったんだ?」

 尋ねれば、マシロはまぁなと頷いてカフェを飲んだ。

 

 老いないマシロは、仲良くなっても三年間までと期間を決めて過ごしていたようだった。

 変に思われる前に姿を隠す。

 本当は、私が中学に上がったら姿を消すつもりだったらしい。留年という事にして、私の側にいる期間を延ばしたのは、あの時の私が心配だったからだと言いにくそうにこぼした。


 お世話になっていた人たちが亡くなって、確かにあの時の私は不安定だった。宗介を支えなきゃと気を張っていた気もする。

 マシロは優しい。

 そうやって言葉にしてくれないと気づかないところで、私を思いやってくれている。それがとても嬉しかった。


 ちなみにマシロが学園に住んでいたのが、通うのが面倒という理由であるのは変わらないようだった。

 ただ、通うのが教室でなく扉だという違いはあったけれど。

 マシロは扉の番人だから、できるだけ扉の近くにいなきゃいけない。

 けれど扉は学園の中にあり、なら学園の中に家を作ってしまえと、隠し部屋を作って住んでいたという事のようだ。

 結局物ぐさな性格は変わらないようだった。


 ちなみに留学しているという事になっていた間は、学園長の家に閉じ込められていたらしい。案外近くにいたようだ。


「なんで学園に扉があるんだろうね」

「そんなの作ったやつの気まぐれだろ」

 私の問いに適当に答え、マシロがパンを食べる。

「なんだ、このパンが欲しいのか?」

 じーっと見ていたら、勘違いしたらしくマシロがパンを寄越してくれた。


「違うよ。マシロってやっぱりお姫様みたいだなと思って」

 見ていて得した気分になる。

 銀色に紡がれた髪がキラキラと綺麗。

 小さくちぎってパンを口にいれる。その仕草が妙に絵になっていて、ここだけ優雅なランチタイムのよう。

 以前は王子様のようだと思ったけれど、こうやって髪を伸ばしてしまえば、お姫様に見えた。妙に気品があるのだ。


 周りの生徒たちが、マシロに対してうっとりとしたような視線を送っているのに、マシロは気にした様子もない。

 もの珍しいから見られているとでも思っているようだ。

 こんな素敵な子と自分が友達なんだと思うと、ちょっと優越感だった。


「……なるほどな。これは性質が悪い」

 にっこりと笑って、思ったことを言えばマシロが変な顔をする。

「なんだよ素直に褒めたのに」

「だからこそ性質が悪いと言っている。大体、それ嬉しくないからな」

 溜息まじりにマシロが呟く。


「こんなところでぼくを口説いてないで、他にやることがあるんじゃないのか」

「別に口説いてないじゃん。ボクがやりたいようにやるの。今日はマシロと過ごしたかったからここにいるんだよ」

 この所、マシロはすぐそんな事を言う。

 自分に時間をかけることを、よしとしないかのようだった。


「だってマシロと同級生なんだよ。マシロは嬉しくないの?」

 自分だけなのかと少し不満に思って尋ねれば、マシロは首を傾げた。

「その言い方だと、アユムは嬉しいというように聞こえる」

「嬉しいから聞いてるんでしょ。回りくどいな。これからはマシロと一緒に今までできなかったことも色々できるじゃん。引きこもりなんてさせないからね!」

 あたりまえだと口にすれば、驚いたようにマシロは目を瞬かせた。そんな風に考えたことがなかったという様子だ。


「まったくお前はしかたないな」

 呆れたような言い方。でも、その声は優しくて、私の言葉を喜んでくれている事がわかる。

「しかし、色々考えて行動した方がいいと思うけどな」

 ちらりとマシロが視線をどこかへ向ける。

 釣られてそちらを見ると、弁当を手にこちらに向かってくる宗介の姿があった。


 教室で吉岡くんとお昼を食べてるんじゃなかったんだろうか。

 外部生の友達が学園に入ってきて不安みたいだから、しばらくはその子とお昼を食べるねと断って、ここには来ていた。

 正直宗介と一緒にご飯を食べるのが気まずくて、逃げてきたようなところがあったので、思わずげっと固まる。


「席一緒にいいかな?」

 駄目と言わせる気がないでしょとつっ込みたくなる、キラキラスマイル。

 初等部の頃から女の子たちを黙らせたりする際に、宗介が時々使う技だったけれど、昔よりも大分その威力が増している気がする。

「……吉岡くんとお昼食べてたんじゃなかったの?」

「アユムの友達がどんな子か気になって。紹介して欲しいなって思って来たんだけど、俺も知ってる人だったみたいだね」

 いいと言ってないのに、宗介は勝手に席に着く。

 マシロがあのマシロだと、宗介はばっちり気づいてしまっているみたいだった。


 どうしよう、どうやって誤魔化そう。

 教室でお昼食べてた方がまだマシだった。

 円形のテーブルに三角を描くように、三人で座っているこの状況。

 気まずさが教室の時と比じゃない。


 宗介は笑みを讃えている。

 宗介にとって、その作り物めいた笑みは、騎士が鎧で武装するような意味があった。つまりは、戦う気満々ということだ。


「紹介するね。彼女は白雪さん。見ての通り女の子で、宗介が思い浮かべてる人とは別人だよ。見た目が似てるのは、親戚だからなんだ」

「ふーん。そうなんだ」

 名前まで一緒なのをつっ込まれたくなくて、マシロの事を苗字で紹介する。

 宗介の声は、全く信じてない響きだった。


「さっき、アユムはこの子の事マシロって呼んでたけど、親戚で名前まで一緒なんだね」

 ばっちり聞かれてたらしい。

「マシロ先輩のあれはあだ名で、本名はマシロウって名前なんだよ」

 苦しい言い訳に、マシロがおいというような目で私を見る。

 そんなダサい名前は嫌だと抗議しているみたいだが、この際それは許して欲しい。


「留学中のマシロウ先輩から頼まれてさ、この子の面倒をみる事にしたんだ。あまり学校にも行ったことないらしいし、人見知りだから心配みたい」

「なるほど、そういう設定になってるんだね」

 一生懸命な説明を、宗介は設定の一言でまとめてしまう。

「なんだよ宗介。白雪さんがマシロウ先輩にあまりにも似てるからって、同一人物だとでも思ってるの? そんなわけないじゃん。先輩は留学中だし、年齢も性別も違うんだよ?」

 ははっと笑い飛ばす。

 うまく演技できているかが心配だった。


「それでも、マシロ先輩ですよね。その格好よくお似合いです。恥ずかしくないんですか?」

「宗介!」

 こんな風につっかかる宗介は珍しくて、つい声を荒げればマシロが溜息をつく。

「もういいアユム。色々事情があって留年して、アユムと同じ学年になった。だからもう先輩じゃない。この格好は別に趣味じゃないが、似合うのなら問題ないだろう」

 開き直って認めたマシロの台詞に、宗介は不機嫌そうに眉をひそめる。


「これからは同級生なんだ。よろしく頼む」

 気だるげにマシロがそう言って左手を差し出せば、宗介がそれに応じる。

「こちらこそよろしく、マシロさん」

 一見和やかに見える光景だけれど、その空気は友好ムードからは程遠い。


 気のせいか、宗介だけじゃなくてマシロの機嫌も悪くないか。

 それで話は終わりのようで、二人はもくもくとそれぞれ昼ご飯を食べ始める。

 胃が痛い。全く食欲がわかなかった。


「アユム、早く食べないと休み時間終わっちゃうよ?」

 誰のせいで手が止まっていたと思っているのか。

 宗介にそう言い返してやりたかったけれど、ぐっと我慢する。

「まだ半分も食べてないじゃないか。まずかったのなら、このパンを分けてやるから食べろ」

 マシロが親切そうな口調で、パンを半分こちらに寄越してきた。


 この弁当を作ったのは宗介だ。

 ぎろりとマシロを睨んで後、宗介が私の方を見てくる。

 マシロはマシロで、パンを食べるんだよなという顔でこっちを見る。


 えっ、これどうしろと?

 悩んで結局、弁当の卵焼きとパンを同時に口に入れた。

 どちらも無理やり飲み干して、全部食べる。

 弁当もパンも、全く味がしなかった。

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