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【63】示された選択肢

 マシロと談笑して後、帰り際にヒナタへの暗示をお願いする。

「この髪飾りの持ち主は、緋世渡ひわたりなのか」

 さっき私たちを目撃していたのが、桜庭さくらばヒナタことマシロのネット友達の緋世渡だと告げると、かなりマシロは驚いていた。


「そう言われれば、確かにこの髪飾りは見たことあるような気がするな。本当は友人に暗示はかけたくないがしかたない。明日忘れさせておく」

「ごめんね、お願いします」

 悪いと思いつつ、マシロしか頼れないのでまかせる事にした。



 次の日。

 ヒナタはまるで別人のように暗いオーラをまとって教室に現れた。

 一瞬誰だよと思ったくらいだ。

「桜庭さん? 大丈夫?」

 クラスメイトが声をかけると、びくっと肩をつりあげ、恐る恐る振り返った。

「あ、うん。平気……」

 思わずえ?と聞き返したくなるような薄い声。

 その視線は、クラスメイトの方を見てなくて、空中をさまよっていた。

 

 猫背で、視線を気にするかのようにきょろきょろしている。

 休み時間になれば教科書を読み出し、話しかけないで欲しいオーラ全開だ。その割りに、ちらちらと私の方を窺っている気配がする。


 ヒナタは、髪飾りで性格が変わるのだと以前シズルちゃんが言っていた。かなり人見知りのヒナタは、あれがないと内気な性格に戻ってしまうらしい。

 髪飾りを持ってること話しておかなきゃ。

 そう思って席を立てば、椅子が動く音に驚いたのかヒナタがびくりと動いて、シャーペンが床に転がった。

「桜庭さん、落ちたよ」

「す、すいません! お手を煩わせてしまって、本当に申し訳ないです!」

 拾ってくれたクラスメイトに対して、ヒナタが涙目で謝り始めた。勢いよく頭を下げられて、拾ったほうが困惑している。


「ちょっといいかな」

「っ!」

 声をかけたら、ヒナタは明らかに動揺した。

「あ、あの。わたし何も見てませんから!」

 何も聞いてないのに、ヒナタは自ら墓穴を掘ってくる。

 視線どころか顔を背けまくって、今にも体が机を離れようとしていた。

 昨日の光景をばっちり見ていたと言っているようなものだ。 


「星の髪飾り拾ったんだけど、たぶん桜庭さんのだよね。返したいから放課後にちょっと時間いいかな」

「で、できれば今返していただけたら……」

「ごめん、ここにはないんだ。友達が拾ったから」

 ちらちらと窺うように見てきたヒナタに、待ち合わせの場所を伝えた。

 あとはマシロに任せておけば大丈夫だ。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


緋世渡ひわたりにもぼくの暗示は効かなかった。記憶を消せばいいと思ってこの姿で仲良く会話してしまったじゃないか」

 放課後、いつもの部屋で間ソロの帰りを待っていたら、マシロは困りきった顔でそう告げてきた。

 スカートをぴらぴらと摘みながら、女装して行ったことを後悔している様子だ。


「悪いが、余計にややこしい事にしてしまった。シロとミケはあの時から付き合っていたんだねと、ぶつぶつ呟いていた。違うと言ったんだが、信じてはもらえないようだった」

 すまないとマシロが謝る。

 シロというのはマシロのネット上で使っている仮の名前で、ミケの方は私の仮名である。

 初等部四年の時、ヒナタと知らずに出会った日世渡ひわたりと遊んだ時に使った名前だ。


「そのマシロの姿につっ込んではこなかったの?」

「そもそもシロの性別も年齢も緋世渡ひわたりは知らないんだ。元々女だったんだと思っているだろうさ」

 前に出会った時、マシロは男モノのコスプレをしていた。

 女の人が男のキャラのコスプレをしているのを会場内でもよく見かけたし、それを考えれば問題はないんだろう。


「口止めはしてきた。そういう事を言いふらすヤツじゃないから、安心していいと思うぞ」

 マシロの口調には、ヒナタに対する信頼のようなものがあった。

 私にとっては、いつか殺しにくるヤンデレちゃんだけれど、マシロにとっては大切な友達なんだろう。

 

 ふと思う。

 私はマシロに、『桜庭さくらばヒナタ』が自分を殺しにくるのだと、以前に告げていた。

 聞かなかったことにすると言われてしまったから、それ以上会話はしなかったけれど、あれをマシロはどんな気持ちで聞いていたんだろう。


「あのさ、マシロ」

「……ぼくに前世の話をした時、緋世渡ひわたり――桜庭ヒナタが、アユムを殺しにくると言っていたな」

 聞いてみようと思ったら、先にマシロが口を開く。

 私がそれを聞くのを見越していたらしい。


「やっぱり、覚えてたんだ」

「まぁな。これについて、ぼくからは何も言えない」

 きっぱりとマシロはそう告げた。

「しかし、ぼくやアユムと同類が二人もいるなんてな。ヒナタはともかく、宗介は初等部の頃は暗示にかかっていたのに、どこでこうなったんだか」

 マシロは世間話の延長のように、そう呟く。

 ゆっくりと一言一言押し出すような口調。それが私に対するヒントのようなものなのだと、すぐに気づいた。


「宗介に前にも暗示かけたの?」

「何度も懲りずにアユムの後を着けてきてたって、言っただろう。念のため毎回かけていたんだ。アユムが怒りそうだから言わなかったが、特別掛かりにくいヤツだった。けどちゃんと掛かってはいたんだ。間違いない」

 宗介が隠し通路の前まで来ていたという話は、度々聞いていた。

 けれどマシロがそんな事をしていたなんて。

 確かにあまりいい気分ではなかったけれど、それは重要な事な気がしたから胸に留めておく。


「わかった。ありがとうね」

「礼を言われる意味がわからない。それに、結局ヒナタの誤解はそのままなんだぞ」

 気遣ってくれるマシロが嬉しくて礼を言えば、とぼけたような様子でマシロは肩をすくめた。

 

「まぁ……そっちは自分でどうにかする」

「本当か? あれは相当誤解してるみたいだったけどな。まぁぼくは誤解されたままでも構いはしないけどな」

 自信なさげに口にしたら、マシロがそう呟く。


「いやよくないでしょ。それにこれから扉を開けるために、女の子と付き合わなきゃいけないんだよ。私が扉開けられないとマシロが困るんじゃないの?」

「ぼくはアユムが扉を開けなくても困らない。開けないことも選択肢の一つだ。番人は見守るだけだからな」

 勘違いはしないでほしいというように、強調してマシロは告げる。

 てっきりゲームだというから、私に扉を開けさせることがマシロの目的なのかと思っていた。


「扉を開ければ、何でも願いが叶う。元の世界に戻ることも、完全な男になることも、その逆も可能だ。億万長者になりたいとか、そういう願いでも叶ってしまう。けれど同時に、お前には扉を開けないという選択肢もあるんだ」

 よく考えろというように、マシロは押し付けるわけではなく、選択肢を私に提示してくれる。


 マシロに言われて初めて、元の世界へ帰る以外の選択肢があったことに気づく。

 扉を開ければ、元の世界へ帰れる。

 最初に強くそう思ってしまったから、願いには他の使い道があり、扉を開けないこともできるという事を、私は見落としてしまっていた。


「扉に挑めば願いのために試される。そこには危険もあるだろう。扉に関わらないのもまた勇気だ。選ぶのは、アユム次第」

 淡々とマシロは告げたけれど、その内容は扉に関わらないで欲しいと望んでいるように聞こえた。


「どれを選んだっていい。ただ……お前が死ぬような結末は、ぼくが望んでないということを覚えておけ」

 ぽんぽんとマシロが頭を撫でてくる。

 今から道を選ぶ私への激励のようだった。


「マシロって優しいよね」

「本当に優しいなら、知っていることを全部話している。だからそう買いかぶるな」

 褒めればマシロは辛そうな顔になる。

 そうやって、自分の役割と私で悩んでくれてる事自体、マシロが優しいからだと思った。

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「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」
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