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【61】扉の前で出会ったのは

 三年に一度『扉』が、一般向けに開放される星降祭ほしふりまつり

 前回の星降祭はついこの間の冬の事。 

 吉岡くんに宗介と一緒に三人で周ろうと誘われるのを避けたくて、先に理留を誘い二人で楽しんだ。


 毎回流れは変わらないけれど、味付けが変わる星降祭の劇。

 初等部の時は見ることができなかったけれど、ようやくみる事ができた。

 昼ドラ風だったり、SFだったりするこの劇、今回は怪談風だった。

 最後はほらあなたの後ろにも……みたいな終わり方で、余韻が残る一番怖いタイプのヤツだ。


「アユム、びびってますの?」

「いや理留こそ」

「そ、そんなわけないでしょう。物足りなかったくらいですわ」

 そんな強がりの応酬をしていたら、何故か幽霊屋敷で度胸試ししようという事になった。


 高等部の生徒がつくった幽霊屋敷は、劇とコラボしていて、あの恐怖が蘇る仕組みになっていて。

 理留の怖がる顔を見てやろう、そう思って足を踏み入れたけれど。

 結局私も怖がりなので、二人で抱き合ったり悲鳴を上げながら進むはめになった。

 


 そういえば、昔宗介と一緒に幽霊屋敷に行ったことがあったなぁと、ふと思い出す。

 宗介はぜんぜんビビらなくて、ずっと涼しい顔をしていたっけ。

 もしも幽霊がいるのなら、死んだ両親が幽霊になって会いにきてるはず。

 まだ小学2年生だというのに、全てを諦めたかのような顔で、宗介はそんな事を言っていた。


 あの頃からすると、宗介は大分変わったなと思う。

 昔のような虚ろな顔をしていない。

 あの頃の宗介は、この世界に絶望していたんだろう。

 いい子を演じて人と距離をとっていた宗介。

 また大切なものを作って、それが無くなるのを恐れていたんじゃないだろうか。


 初等部の終わりに、育ててくれた山吹夫妻までもが亡くなって。

 私は宗介が昔に逆戻りするんじゃないかと心配していた。

 けれど、そうはならなかった。

 中等部に入って、私の知らない行動が増えて。

 時折何かを決意しているようなドキッとする表情を覗かせるようになった。


 一度開いた距離が、また近づいて。

 前よりもいっそう宗介と仲良くなれた気がしていたのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。

 はぁと大きく溜息をつく。

 宗介が好きだと気づいたのに、すでに失恋したようなものだ。

 他の人を選べと言われたし、何より『今野アユム』は男なのだから。


 前世の兄が言ってたっけ。

 宗介はプレイヤー人気が高くて、どうして男にしたとか、こっちが真のヒロインという声が高いキャラなんだって。

 攻略ルートはない。

 ギャルゲーだから当たり前なのだけれど。

 

 この気持ちは、なかったことにするべきなんだ。

 私のためにも、宗介のためにも。

 そう思うのに、私にだけ見せてくれた執着や愛情がたまらなく愛おしい。

 ただの幼馴染だと思っていた頃に戻るには、もう少し時間が必要そうだった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「あれ、鍵が開いてる」

 いつも厳重に鍵がかけられていて、この先には行けないのに、今日に限ってフェンスの扉は開いていた。

 躊躇いなく、フェンスの中へと足を踏み入れる。

 芝生の上には春の訪れを感じさせる小花が咲き乱れていて。まるで絨毯みたいにずっと向こう側まで続いていた。


 なだらかな芝生を上っていく。

 この先に扉があった。

 何もない場所にぽつんと立っている、二階立ての家と同じ高さがありそうな大きな扉。


 その扉の前に、先客がいた。

 肩下まである真っ白な髪が、太陽の光を浴びてキラキラと輝き、風になびく。

 ふわりと翻ったスカートを抑えながら、ゆっくりとその子が振り返った。

 真っ赤な瞳に、白い肌。

 儚げな雰囲気を含む、整いすぎた顔立ち。

 髪を気だるげにかきあげたその左手には、私と同じブレスレットがあった。


 学園の『扉』の前。

 今は海外にいるはずの、私の5つ年上の友達。

 出会った時とかわらず15歳くらいに見えたし、女の子の格好をしていたけれど、その独特の真っ白な髪と赤い瞳は間違えようがなかった。


 ……なんでマシロがここに?

「……!」

 少女の姿をしたマシロは、私の姿を見て大きく目を見開いた。

 それから黙ったまま、足早にその場を立ち去ろうとする。

「待って!」

 逃がすまいと、体当たりするように抱きつけば、ぐらりとマシロの体が傾き、芝生に押し倒すような形になった。


「マシロ、マシロなんだよね! 会いたかった!」

「……人違いだと思います」

 嬉しくて名前を呼べば、顔を手で隠してマシロが答える。

 声色を変えてるけど、それで誤魔化される私じゃない。

 

「わかるよ。マシロだよね」

「違います」

 上半身を起こして、馬乗りになるような体勢で見下ろす。

「じゃあ、顔をじっくり見せてよ」

「嫌です。それより早くどいてください。女の子の上に乗るなんて、恥を知るべきだと思います」

 久々の再会なのに、しらを貫き通すつもりらしい。

 何だかカチンときた。


「ふーん、女の子ねぇ?」

 視線をマシロの顔から下の方にやる。

 胸には二つの膨らみがあった。

 そこに手をやり、下から押し上げる。案の定、ころころと胸の膨らみが首の辺りまで移動した。


「胸、偽物みたいだけど」

「……女には色々秘密があるものだ。というか、いきなり初対面の女の胸を揉むなんて、恥を知れ! ……ですわ!」

 微妙にキャラが作りきれてないらしい。

 私を叱りつつも、ジタバタと暴れだした。


 顔を覆っている手の手首を掴んで、マシロの頭上で固定する。

 そうやって見えた顔は、化粧が薄く施されているものの、やっぱりマシロだった。

「女装する趣味でもあったの? マシロ?」

「人違いだと言っているでしょう。いいかげん離しなさい。叫びますわよ」

 私の腕をふりほどこうとしているみたいだったけれど、うまくいかなくてもどかしそうな顔をしていた。


 マシロの抵抗を、私は片手で抑えることができた。

 不思議な気持ちになる。

 私にとってマシロは大人で、頼りになるお兄さんと言ったところだったのに、いつの間にか追い越してしまったような気分だった。


 出会った時の私は十歳でマシロは十五歳。

 あの時のマシロと同じ歳に私はなっていた。

 中等部一年の夏にマシロと別れてから、私の身長は大分伸びた。

 前世の時と同じタイミングですくすく育った今の私は、男にしては背の低いマシロとほぼ同じ背丈だ。

 加えて中等部では、運動ばかりしていたから、あの頃よりも大分力が増していた。


 じっとマシロの顔を観察する。

 真っ白な肌。初めて見たときも思ったけれど、マシロは女性的にも見える綺麗な顔立ちをしている。

 女装は正直似合いすぎていた。

 色白な事もあって、深層のお嬢様と言った雰囲気だ。


「叫んでもいいけど、ここ誰もこないんじゃないかな?」

 まるで悪役の台詞だと自分でも思った。

「調子に乗るな……ですのよ」

 私の体の下で、悔しそうに顔を歪めるマシロを見ていると、妙に虐めたい気分になってくる。

 嫌がるその顔には、妙な色気があった。


「あくまで別人だっていうなら、服脱がして女かどうか確認させてもらってもいいよね?」

 そんな事を口にして、空いてる方の手でブラウスのボタンに触れる。

 マシロの艶っぽさに当てられたのかもしれない。

 自分でもちょっとアレな行動だなぁとは、頭の隅で思った。

 知らないふりをしようとしていることへの苛立ちと、再会の喜び。今までありえなかった優位制に、悪戯心がむくむくと頭をもたげていた。


「おい、冗談じゃないぞ!」

「言葉男に戻ってるよーマシロ」

 指摘しつつ、片手でブラウスのボタンを外していく。

「っ、やめろと言ってるでしょう! この変態!」

 女言葉で言うマシロがおかしくてくすくす笑う。自分でもこういう口調が気恥ずかしいのか、悔しそうな顔をしている。

 好きな子を虐める男子の気持ちが、少しわかるような気がした。


「変態はこの場合マシロじゃないかな。私だってマシロがブラしてる姿なんてみたくないんだよ?」

 にやにやと笑いながら言い返せば、マシロはぐっと言葉を呑んだ。

 前にマシロにはフンドシにシャツというとんでもない格好を見られている。

 それに、男かどうか確認するためとはいえ、寝てる間に体を確認されていた。初等部のガキんちょだった時だったとはいえ、乙女心は大変傷ついていたのだ。

 これくらいの意趣返しは許されるはず。


「くっ」

 唇を噛みながらマシロが私を睨んでくる。

 怒ってるというよりも、困りきっている顔だ。

「マシロだって認めてよ」

「いやだ」

 そうやって答えること自体が認めてるようなものなのに、マシロは妙なところで強情だった。


「じゃあ、脱がすしかないよね? 前にマシロも私の裸みたんだし。あぁ、スカート捲ったほうが早いかな?」

「ちょっと待て! わかった、認めるから!」

 にっこりと笑ってスカートを託しあげれば、マシロが慌てた声をあげる。

 

「……しばらく会わないうちに、いい性格になったなアユム。久しぶり」

 マシロが観念したように体の力を抜いて、私と視線を合わせる。

 気まずそうな、それでいてちょっと懐かしんでくれているような顔。嬉しくて思わず抱きついた。

「うん、マシロ久しぶりっ!」

「わかったわかったから! いいから離れろ!」

 苦しいというように、トントンと背を叩かれて、ようやくマシロから離れる。


「馬鹿力だな。まったく加減というものを……」

 ゆっくりと起き上がりながら、愚痴をこぼすマシロの言葉が途切れる。

 その視線は私の背後を見ていて、ざっと芝生を蹴るような音がして振り返る。

「……おい、アユム。今の誰かに見られてたようだぞ」

 そこには誰もいなかったけれど、太陽の光にきらめく何かが落ちていた。

 立ち上がり、それを芝生の上から拾い上げる。


 さっきまでここにいた子が落としたと思われるそれは、星型の髪飾りだった。

 これって、ヒナタがつけてるやつ……だよね?

 さっと血の気が引く。

 間違えようがない、大きな星型の髪飾り。


 気づかなかったけれど、後を付けられていたんだろう。

 一番ヤバイ人に変なところを見られてしまった。

 位置的に声までは聞こえなかっただろうけれど、あれはどうみたって私が少女を襲ってる図だ。

 さっと血の気が引く。


「ど、どうしようマシロ!」

「入学早々、外で女を押し倒しているスケコマシに見えたことだろうな」

 慌てる私に、少し笑いながらマシロが口にする。

 さっきの仕返しと言わんばかりだった。


 いや、笑ってる場合じゃないよ!

 これが普通の女の子に見られたならまだしも、いやそれもよくないとは思うのだけれど、桜庭さくらばヒナタだけはマズイ。

 私がマシロを好きになったと勘違いして、刺しにきたら……そう考えると、ぞっとした。

 

「そう心配するな。噂が流れるようなら、ぼくが暗示をかけてきてやる」

「そっか、その手があったね!」

 青ざめていたら、マシロが提案してくる。

 すっかり忘れていたけれど、マシロには暗示をかける能力があり、人の記憶を書き換えることができた。


「それで、どうしてここにいるんだ。鍵は閉められていたはずだろう」

 ほっとしたところで、マシロが質問してくる。

「ううん開いてたよ」

「何? それは本当か。閉め忘れるなんて事ないはずなんだけどな。まぁいい、一旦出るぞ」

 マシロは納得いかないようすだったけれど、とりあえず移動しようということになった。

 着いた先は、馴染み深い学園の隠し部屋。

 いつもマシロと二人でくつろいでいた場所だ。


「意外と埃っぽくないな」

 やっぱりこの部屋が落ち着くんだろう。

 マシロの表情が和らいでいて、それに釣られるように私もほっと息をつく。

「マシロがいつ帰ってきてもいいように、掃除は時々してたんだ」

「そうか」

 髪をくしゃっとするように頭をなでられる。その指の感触が久しぶりで。


「お、おい。何で泣くんだ!」

 ちょっと参っていたこともあるんだろう。

 私はマシロの前で泣いてしまった。

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