【58】知らない間にモテ気が来ていたようです
「オレたちが輝く日がやってきたな、アユム」
「そうだね、吉岡くん!」
青い鉢巻をきゅっと締め、吉岡くんと笑い合う。
風が冷たくなってきた秋。
中等部では、三年に一度の体育祭が開催されようとしていた。
前世では体育祭もそれなりに嫌いじゃなかったけれど、今回ほどにわくわくしたことはない。
優勝クラスには豪華賞品。
それも魅力的なんだけれど、何より勝負事というのが燃える。
今世の私は体力面で充実してる事もあり、体を動かすのが前世よりも楽しくてしかたない。
それに、宗介や吉岡くんと、肩を並べて一緒のクラスで力を合わせて戦えるという事に、ついわくわくしてしまう。
「あまりはりきりすぎて、怪我しないようにね」
そう言って吉岡くんと私を諌める宗介も、どことなく楽しそうだ。
全学年合同で、クラス別で競い合う。
二組である私達の最大のライバルになりそうなのは、留花奈のいる一組だと私は睨んでいた。
運動の得意な留花奈を中心にまとまりがあり、女子の運動能力が高い。
他の学年を見ても、総合的にバランスがとれている気がした。
ちなみに、理留のいる三組は、男子運動部のキャプテンが勢ぞろいしている。四組は突出した生徒がいない代わりに、運動の苦手そうな子もあまりいないように見えた。
秋晴れの空に、開会式の宣言が響いて。
いよいよ、体育祭がスタートした。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
一年生の競技が終わったところで、三年生の出番がきた。
三年男子の短距離のリレー。
陸上部からスカウトがくるくらいには、私のすばしっこさは折り紙つきだ。陸上部キャプテンのいる三組を抑えて、私や宗介、吉岡くんのいる二組がダントツの優勝だった。
それはいいのだけれど。
「アユム先輩頑張って!」
「きゃー素敵!」
声援が妙に黄色いというか、女の子たちからの応援が激しかった。
競技が終わって三人で休憩していたら、私達と同じ青い鉢巻をした後輩の女の子たちに囲まれてしまう。
「とても格好よかったです!」
きゃっきゃと騒ぎながら、女の子たちがキラキラとした目で私を見てくる。ゼッケンの色からすると、二年生のようだ。
「あ、ありがとう」
そう答えれば、きゃーと嬉しそうな声を上げる。
戸惑って宗介を見れば、ありがとうと笑顔で応じている。吉岡くんも慣れっこみたいで、お菓子を受け取っていた。
「これ、もらっていいの?」
「もちろんです!」
タオルやお菓子を受け取る。
「きゃー! 受け取ってもらっちゃった!」
女の子たちは、はしゃいだ様子で走って行ってしまった。
「……今の何。二人ともこれよくある事なの?」
「オレは宗介のついでって感じで、バスケ部の試合見に来た女の子があのテンションで来たりする」
唖然とした私に、吉岡くんが答える。
宗介は一年生の頃から、よく吉岡くんに付き合ってバスケ部の試合に参加していた。
よくある光景なのかと何だか面白くない気持ちになる。
「んーでも、今の子たちはアユム目当てだよね。体育祭だし、同じチームだから応援しても変じゃないって思ったんじゃないかな」
さすが宗介もてもてですね。
ちょっとやっかみのような気持ちで心の中で呟いていたら、宗介が驚くような事を口にした。
「だよなぁ。今日アユムへの声援凄かったし」
このモテ男めと、吉岡くんまでもが私を小突く。
「いやそれはないでしょ。確かに応援の声は多かったけど、アンカーだったからだと思うよ?」
「ほらこれだ。全くアユムは自覚ないよなー」
私がそう言えば、吉岡くん呆れたというように大きく溜息をついた。
「ファンクラブがあることも知らなかったりするんじゃないよな?」
「ファンクラブ? ボクの?」
「うわっ、本当に気づいてなかったのか」
ありえないと呟けば、吉岡くんが驚いた顔になる。
「いやファンクラブって、そんなのボクにできるわけないじゃん。宗介ならまだしもさ」
そもそも、ファンクラブなんて、少年漫画のラブコメあたりでしか見たことがない。
「珍しい外部からの転校生で、何かと目立つ宗介の幼馴染。学園の女王であるあの黄戸姉妹と仲良し。常に成績上位で女の子に優しく、全ての運動部から欲しがられるくらい、運動神経は抜群。嫌な先生には立ち向かい、男女関係なく皆から頼られている。これでモテないと思ってるアユムがおかしいと思うんだ、オレは」
からかわれていると思ってそんな事を言えば、やれやれと吉岡くんは肩を竦める。
そうやって言葉にされてしまうと、自分の事とは思い辛かった。
「ファンクラブができたのは中等部からだけどさ、初等部の頃からアユム結構人気あったんだぞ?」
学園内で力を持つ理留や留花奈が側にいたから、皆遠慮していただけだと吉岡くんが付け足す。
中等部に入って二人との接点が減り、それもあってファンクラブが発足したらしい。
「陸上競技大会で一位とったり、新入生歓迎のスポーツ大会とかで、アユム目立ってたからね。あれで後輩にもファンが増えたみたいだよ」
さらりと宗介までそんな事を言う。
中等部に入ってからは宗介が構ってくれなくなって、運動でストレス発散をしているところがあった。
けれど、まさかその行動がこんな結果を招くとは予想もしてなかった。
「……マジでファンクラブなんてあるの?」
「あの子たちは二年のリーダー格の子だよ。ちなみにファンクラブの名前は『アユムくんを影で見守り隊』っていう名称なんだって」
やっぱり信じられなくてそういえば、宗介が苦笑いしながら頷く。
何その恥ずかしい名称!
自分の知らないところで、そんな隊が結成されていたなんて知らなかった。
その活動内容は、私を見守ること。
告白は卒業式のみで、過度なプレゼントは厳禁。不自然な接触も禁止らしい。
どこのアイドルだよと、内心つっこみたくなる。
「なんで宗介がそんなこと知ってるの?」
「リーダーの子とは知り合いだからね。アユムの幼馴染である俺に許可を貰いにきてたし」
ふと、説明してくれた宗介に尋ねれば、視線を逸らされた。
「あぁ都さんと一ノ瀬さんのことか」
「……うわ、吉岡くんそこ言っちゃうんだ」
言うまいとしていた宗介の変わりに、あっさりと吉岡くんが暴露してくれた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
都さんは初等部の二年生の時に、仲良くなった女の子。控えめで大人しくて、野に咲く可憐な花のような雰囲気がある。
一ノ瀬さんは明るくてスポーツ大好きなさばさばした子。同じクラスにこそなったことはないが、前に彼女のお兄さんとサッカー対決をしたことがあって、それ以来妙に気に入られていた。
対照的な二人だったけれど、中等部で同じクラスになり意気投合し、何故か私のファンクラブを作ってしまったようだ。
「そんなのがあるなら、どうして教えてくれなかったのさ」
応援合戦を眺めながら、宗介に尋ねる。
「……二人が俺の代わりにアユムを見守ってくれるなら、それもいいかなって思ったんだ」
中等部に入って、男だと思っていた親友の私が、女に見えるようになった。
その事に戸惑った宗介は、私と距離を取っていたのだけれど。
初等部の頃の宗介なら、私の側に自分以外の誰かをなんて、絶対考えなかっただろうな。
そう思えるくらいには、宗介は私に執着していた。
だからこそ、私もかなり戸惑ったのだ。
「実は、定期的にファンクラブからアユムの情報は入ってきてたんだ。あと代価として、時々アユムの趣味とか好きなものとか情報提供してた。ごめん」
バツが悪いというように、宗介が謝る。
今まで私にファンクラブの存在を黙っていたのは、それが一番の理由のようだった。
「アユムから離れるって決めたのに、結局気になってしかたなかったんだ。今思うと大分意味のない事してた。そんな事をするくらいなら、最初からずっとアユムの側を離れなければよかったんだ。そうすれば、あんな思いしなくてすんだのに」
私の側にいなかった時間を、後悔しているみたいな口ぶりだった。
ここは宗介を叱るところだ。
勝手に私の情報を渡して、ファンクラブにスパイみたいなマネをさせていたのだから。
なのに――何でちょっと嬉しいとか思っちゃってるんだろう。
冷たく見えたあの時も、ちゃんと宗介は私を想っていてくれた。その事実に、きゅーっと胸が痛くなる。
苦しくてむず痒いのに、悪い気はしない。
ここ最近、宗介といるとこの妙な感覚に襲われる。
「まったく宗介はしかたないな。ボクがいなくて寂しくて、しかたなかったんだ?」
ざわつく気持ちを振り払うように、からかうようにして宗介の顔を覗き込んだ。
「――うん、寂しかった」
「っ!」
素直な気持ちをすっと差し出すように、宗介が呟く。
私を見つめてくる瞳が、どこか切なげに揺れていて。
こっちの感情まで揺さぶられた気がして、焦った。
「……アユム?」
「次の競技、出番あるんだった。もう行くね!」
私は宗介でいっぱいになった頭を切り替えるように、その場を離れた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
宗介と離れれば、あの胸の動悸はたやすく治まった。
その後の競技も順調に進み、最後の目玉である障害物リレーが始まった。
吉岡くんと一緒に観戦することにして、応援席にスタンバイする。
競技の内容は、色んな障害物を乗り越えて、最後は選んだ紙に書いてある人物を見つけて一緒にゴールするという内容だ。
一組のアンカーは留花奈。二組は宗介。三組は理留。四組は都さんだった。
全員知り合いっていうのは偶然なのかな?
そんな事を思っていたら、パンと開始の合図がして一年生たちが駆け出していく。
一年生たちがネットをくぐったりタイヤを引いて、二年生が吊り下げられているパンにかぶりつく。
一番早くアンカーにバトンを手渡したのは四組だった。
アンカーである都さんが、指示の書いた紙を開いて目を見開いた。それから紅くなって、キョロキョロと辺りを見渡し始める。
何が書いてあったのかなと思いながら見守っていると、ふと目があった。
――もしかして、指示に書いてある人物の特徴が、私と一致したのかな。
そう思って自分を指差してジェスチャーで訪ねてみたのだけれど、都さんはさらに紅くなって、両手をつきだしとふるふると高速で首を振った。
どうやら違っていたらしい。
次に指示の紙を手に入れたのは理留だ。
その内容を見て、理留はばっと私の方を見た。
そして、一人で百面相し始める。
『よしアユムにしましょう。いやでも、断られたら……ううんそんなことはないはずよ! あぁでも……』
声をつけるとこんな感じだろうか。
強気な表情になったり、弱気な表情になったり。やっぱり理留は見ていて面白かった。
全員に書かれた指示の内容は同じだと、事前に司会の人が言っていた。ということは、二人が探しているのは共通して私なんじゃないだろうか。
そう思うのに、二人とも中々こちらに来ようとしない。
視線だけちらちらと私に向けながら、思い悩んでいるように見える。
謎に思っていると、後からやってきた宗介が指示の紙を手にする。
宗介は二人と違い、迷う事なく私の方へやってきた。
その様子を見て、理留も決意したのかこちらへと走ってくる。
「ワタクシと一緒に来てくださいな!」
「アユム、俺と一緒にきて!」
理留と宗介から、同時に手を差し出される。
一瞬迷ったけれど、同じクラスということもあって宗介の手を取った。
理留が悔しそうな顔をして、私に何か言おうをした時。
その手を誰かが横から引いた。
「行くわよ、姉様!」
「ちょ、ちょっと留花奈!」
いつの間にかそこに居たのは一組の留花奈だった。理留の手を強引に掴んで走り出す。
「アユム、俺たちもいくよ!」
二人を見送った私の手を、宗介が引いた。
「うん!」
頷いてすぐに足を踏み出した。
出遅れてしまったため留花奈たちとの差はあったけれど、理留の足が遅いのでまだ追いつける距離だ。
手を繋いでスピードを上げていく。
最後の最後で追い越して、宗介と一緒にゴールのテープを切った。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「悔しいですわ! 後もう少し、だったのに!」
少しの差で破れた理留は息も絶え絶えだった。
ちなみに一組の留花奈が、三組の理留を相手に選んでしまったため、一組と三組は同着で二位扱いだ。
「ところで、指示の内容ってなんだったの?」
その指示内容がなんだったのかは、最後まで明かされなかったので、気になって尋ねてみる。
「そ、それは……」
「これよ」
理留が顔を真っ赤にして口ごもり、留花奈が指示表を目の前に突きつけてくる。
「わわっ、留花奈!」
理留が慌てて隠そうとしたけれど。
そこには『大切な人』と書かれていた。
「理留……これにボクを選んでくれたんだ」
ほっこりと胸が温かくなり、思わず笑みがこぼれた。
「たた、大切なお友達ですから!」
なんて友達がいのある子なんだろう。
手を取れなかったのが申し訳なくなってくる。
嬉しくて見つめれば、恥ずかしいと言った様子で、理留は真っ赤になった。
「最後の借り物競争で出される指示は、昔からずっと同じなのよ。まぁ言うなれば、公開処刑的な感じね。結構有名な話だし盛り上がりもするから、この種目のアンカーだけは毎回投票で決まるの」
留花奈がくだらないと、不機嫌な声で吐き捨てる。
他の種目は立候補制だったのに、この種目のアンカーだけは投票で、変だなとは私も思っていた。
結局選ばれたのは宗介だったけれど、私の票はそれに続く多さだった。
――みんな同じ指示内容ってことは、宗介が選んだのも私ってことで。
ちらりと横にいる宗介を見れば、顔色一つ変えずにそこに立っていた。
「それにしても堂々とアユムを連れてくなんて、よくできるわね。この指示で男同士のゴールなんて恥ずかしくないの?」
「アユムは俺の大切な家族で、幼馴染だからね。黄戸さんにだけは、あまり言われたくないけど」
はっと鼻で笑った留花奈に、宗介が淡々と対応する。
バチバチと二人の視線が交わっていた。
この二人相性悪いんだよね。
シスコンとブラコン(?)的な意味では似てるから、同族嫌悪というヤツなんだろうか。
「まぁそれは置いて今回のアンカーは全員あんた絡みよね、どう見ても。面白がるのは好きだけど、逆は好きじゃないのよね」
「それってどういう意味?」
留花奈がわたしに向かってよくわからない事を言ってくる。
「皆さんそろそろ移動しないと……」
控えめに声をかけてきたのは、四組のアンカーだった都さんだ。ずっとそこにいたらしい。
ちなみに都さんは、担任の女性教師を連れて最下位でゴールしていた。
「あなたもあなたよ。お膳立てされてるのに、どうして行かないの?」
「ひっ」
キッと留花奈が睨むと、都さんが怯む。
「あーもう、この面子にわたしが混じってるのが気に入らないのよ。言っとくけどね。わたしはあんたなんか全然好きでもなんでもないから!」
「そんなこと今更言われなくてもわかってるけど」
わざわざそんな事を宣言してくる留花奈にそう返せば、ますます不機嫌な顔になった。
何なんだ、女の子ってわけがわからない。
いや、私も女の子なんだけども。
そうやって白熱した体育祭は、総合的に一組が優勝した。
少し悔しかったけれど、すがすがしい気持ちで。
汗をさらっていくような涼しい秋の風が心地よかった。




