【5】ここが舞台の学園だったようです
「アユムのせいでハラハラしたよ」
「ごめん」
黄戸姉妹が立ち去って後、私は宗介にお説教を受けていた。
「この学園ではあの二人に、逆らわないほうがいいよ。家柄も血筋もよくて、この学園の女王様みたいな存在なんだよ」
だからあんなに偉そうなのかと納得する。
後ろの取り巻きといい、こんな小さな頃から権力社会なんだなぁ。ああいう面倒くさそうなのを見ると、庶民でよかったと思う。
まだ高校生になってないのに、どうしてドリルに出会ってしまったのか。
その原因を私はすでに感づいていた。
どう考えても、私がこの学園に転校してきたことが原因だ。
ゲームでの主人公は事故にあっても記憶喪失になることなく、中学までは公立の学校なのだ。
高校生になったのをきっかけに舞台となる学園の高等部に入ってくる。
『そのド』の舞台となる高校は、おそらく私の家から近い。
記憶喪失ということで、自由に外に出してもらえなかった私だけど、この近辺で二・三度その制服を着た子たちを見たことがある。
それに、家から近いという理由で、猛勉強をして高校に入ったのだとプロローグで主人公が言っていた。
全く同じような理由で高校を決めた私は、自分と同じような奴がいるんだなと親近感を持ったので、記憶は確かなはずだ。
ただ、主人公が将来通う事になる学校の名前までは記憶してなかった。
制服だったらばっちり覚えていたんだけどね。
青のチェックのスカートに、胸には大きめのリボン。白に黒い縁取りがついた上品なジャケットは、エンブレムが大きくてカッコイイ。
私の学校は地味なセーラー服だったから、こういう可愛いデザインの制服の制服に憧れがあった。
うーん、まさかとはおもうけど、ここが主人公が高校生になって通う学園だったりするのかな。
いやいや、そんな偶然って。確かに家から近いけど、初等部の制服はセーラーだし、見かけた中等部のお姉さんたちもセーラー服だった。高等部だけブレザーってこともないだろう。
「あっ、高等部のお姉さんたちだ。お菓子を配ってるみたいだよ」
宗介の声に目を向けると、桜の木の下で高校生くらいの子たちが桜餅を配っていた。頭に三角巾をつけてる子もいることから、調理実習か何かで作ったのをおすそ分けしてるのかもしれない。
その高校生が着ている制服と、『そのド』でヒロインたちが着ていた制服はとてもよく似ていた。
そうそう、あんな感じの制服だったなぁ。
餅を配るお姉さんを見て、そんなことを思い、私はん?と首を傾げた。
なんで学園内に、あの制服を着た子がいるんだ?
嫌な予感が、現実になった瞬間だった。
「ねぇ、宗介。あれってもしかして星鳴学園の高等部の制服?」
「そうだけど?」
なんでそんなことを聞くのというように、宗介は不思議そうな顔をしていた。
どうやら私は、将来通うことになる学園に、いち早く足を踏み入れてしまったらしい。
つまり、ずっと学園に通っている攻略キャラクターの子供時代もそこにはいるわけで。
高校生になってから会うはずのキャラに、小学生で出会ってしまったのは、そういうことのようだった。
初等部、中等部とセーラー服なのに、高等部だけブレザーなのは何故だ。学園長の趣味なのか。
いやそんなことよりも、余計にややこしいことに私は足を突っ込んでしまったんじゃないだろうか。
「はい、桜餅」
「ありがとう」
宗介が貰ってきてくれた桜餅は、葉の塩気と餡の甘さが絶妙だった。
おいしいのに、なんだか泣きたくなってきた。
この学園内に、黄戸姉妹以外にも『そのド』のヒロインがいるかもしれない。
そう思って、あれから私は暇があれば初等部内を歩き回る事にした。
一ヶ月くらい続けたけど、それらしい子はいなかった。
ちなみに私はヒナタとドリル、それと紫苑というヒロイン以外の顔は知らない。
なので、判断は顔と髪色。
こういうゲームのヒロインは皆可愛いと相場が決まっている。あとヒナタやドリルのように、ありえない髪色の子がいたらその可能性はぐんと高まる。
『そのド』の攻略対象キャラは六人。
その中で、高校になって入学してくるとわかるのは『桜庭ヒナタ』だけだ。
残りの五人のうち、ドリルと留花奈の二人は会ったから、後は三人。
お嬢様学校というだけあって、みんな真面目に黒髪ばかりだった。
例外として何人か外国の血が混じった、金髪の子がいた。けど、ドリルと色が被るからないかなぁと思って対象から外した。
ちなみ髪の色で思い出したんだけど。
『そのド』の攻略対象は、色に関するワードが名前に入っていて、大抵そのカラーを見につけている。
まずは桜庭ヒナタ。桜色、つまりピンク。
次に、黄戸理留は黄色。
妹の黄戸留花奈は黄緑色といった具合に。
まだ出会ってない残りの三人のうち、一人だけ私は覚えている。
『紫』をイメージカラーに持つ、『相馬紫苑』だ。
紫苑はクールで無愛想な美少女。
全てが前世の時の親友・乃絵ちゃんに似ていて、兄がプレイしてるときに、つい見ちゃってたんだよね。
乃絵ちゃんは体が弱い子で、兄がこのゲームにはまる少し前から体調を崩していたから、ほとんど会ってなかった。
寂しかったのもあって、割と熱心にそのルートは見ていたんだ。
だから、紫苑は『そのド』の中で、私が一番知っているヒロインだ。
ちなみに兄がゲームの中でヒナタに殺されまくって、何度も繰り返しプレイしているのを私が見たのはこの紫苑ルートだったりする。
一方で、他の二色のヒロインは全くわからない。
私がテスト勉強とか言って部屋にこもってる時に、兄が彼女達を攻略していたからだと思う。
こんなことだったら、ちゃんと見ておけばよかった。
けどこの色と合わせて、新たに思い出したことがある。
『そのド』の攻略対象に、兄は通称みたいなのをつけていた。
メインヒロインの『桜庭ヒナタ』は、『ヤンデレ』もしくは『ピンクの悪魔』。
黄戸理留は『ドリル』もしくは『お譲』。
そして他に兄が言ってた通称っぽい単語を思い出してみると。
『シスコン』『ツンデレ』『根暗』『妹』『百合』『男の娘』『死神』だ。
一人で複数当てはまる場合もある。
黄戸留花奈は、たぶん『シスコン』で間違いないだろう。
お姉様って連呼してたし。
そして紫苑ちゃんは間違いなく『ツンデレ』『根暗』だ。
毒舌で相手を突き放したような態度を取るくせに、その事を後で反省してたりするんだよね。わかりにくいけど、一度信頼してくれたらこちらに甘いし。
そうなると残る二人のキャラの特徴は『妹』『百合』『男の娘』『死神』になる。
『妹』は分かりやすい単語なんだけど、アユムに妹はいない。一人っ子だ。これから妹ができるってことだろうか。
でも今から妹ができたとして、アユムが高校生の時にようやく小学校入学だ。血もつながってるし、ちょっと犯罪の香りがするからこれはないか。
一応思いつく『妹』分みたいな子はいたりするんだけど、うーんどうだろう。
やっぱり有力なのは、両親の再婚とか、養子だろうか。その時になってみないとわからない。
『百合』っていうのは、女の子が女の子を好きなアレだ。つまり、女好きの攻略対象キャラということになる。
しかしそれで男である主人公と恋愛できるのかな。
ギャルゲーって、そういうゲームだよね?
ちょっと謎だ。
もっとよくわからないのが『男の娘』だ。
一応私の本当の性別は女だし、男の攻略対象がいるならそっちの方が心的にはいいんだけど。
しかし、『そのド』の主人公は男だ。
なのに、攻略対象が男の子ってどういう事だろう。
男同士の展開があるってこと? いや、それはギャルゲーとしてないだろう。あまり詳しくない私が言うのもなんだけど、さすがにそれはないはずだ。そんなゲームがあるなら、この国はある意味終わっている。
だとすると、男の子というのは比喩。男の子のような女の子と考えていい。
そして物騒な単語『死神』。
これ女の子と恋愛を楽しむゲームだよね?
そこはかとなく、死の香りがするんだけど。
ドキドキじゃなくて、ハラハラしてばっかりだよ!
『そのド』は色々と間違ってると思う。
残る組み合わせから、残りのヒロインをを考えると。
男の子っぽい妹と、女の子が大好きな『死神』
男っぽくて女好きなズカキャラと、妹で『死神』
女の子が大好きな妹と、男の子っぽい『死神』
可能性としては、こんな感じだろうか。どっちにしろイロモノな気がする。
あとは最後に前世で私が見た隠しキャラがいるんだけど、全員攻略しないと出てこないみたいだし、死神ではないから今の所考えなくてもいいだろう。
ハッピーエンドを目指すなら、この中から誰かを選んで卒業式の日に『扉』を開かなくてはならない。
『扉』を開けるためには、真実の愛を誓わなくちゃいけなくて。
それが私にできるんだろうか。ここでは男ってことになってるけど、本来私は女の子なんだよ。女の子と恋愛なんて出来る気がしない。
そして、このギャルゲーにおいて、主人公が死んでしまう原因が『桜庭ヒナタ』だけとは限らない。
『死神』が攻略対象キャラにいる以上、できるだけ危険は避けたほうがいい。
黄戸姉妹も危険だ。あの二人のどちらかが、『死神』である可能性もある。
念のため、高校生になるまではあまり攻略対象と関わらないことにしよう。
まだ時間はたっぷりあるし。まぁ今から決めなくていいよね。
14/10/30 乃絵に関する記述を変えました。同じ高校の別専攻から、病弱に設定変更です。