【56】シズルちゃんと学院祭
「こんど学院祭をやるので、見にきてほしいです!」
可愛い従兄妹のシズルちゃんにそう言われて、私は美空坂女学院に来ていた。
紺の膝丈まであるセーラー服に、独特の雰囲気。
カトリック系の女子高なんて初めてで、妙に緊張する。
理留を誘ったまではよかったんだけど、元々行く予定だったらしい元美空坂学院生の紅緒先輩が着いてきて。
ただ今、門をくぐってすらいないのに、すでに紅緒先輩のせいで、女の子たちに囲まれてしまっていた。
「お姉様がいなくなってから、寂しい思いをしていたんですのよ」
「相変わらず凛々しくて、ほっといたしましたわ」
紅緒先輩の姿を見つけた女の子たちが、次から次に寄ってくる。
「会えてうれしいよお姫様たち」
紅緒先輩も先輩で、かなり生き生きとしている。
さらりとお姫様とか、私なら絶対に言えない。
凄いなぁと思う。全く真似をするつもりはないけれど。
「紅緒先輩って、人気者なんだね」
「そのようですわね」
私の言葉に理留が同意する。
このままだと、校門に着くまでに時間がかかりそうだ。
「理留、紅緒先輩置いていこうか」
「それがいいと思います。一緒にいたらいつ学院に入れるかもわかりません」
早々に見限って、二人して学院内に入った。
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門を入ってすぐのところには、女の人の像があって、何人かがその前でお辞儀をしていた。
学院生じゃない一般の人もやっていて、あれってやるものなんだろうかと、一緒にきた理留に目で尋ねる。
「一応やっておきましょうか?」
「そうだね」
とりあえず手を合わせてお辞儀する。
私も理留も、正月に神社におまいりするような感じになってるけど、これって大丈夫だろうか。
ここカトリック系の学校っぽいんだけど。
「お兄ちゃん、来てくれたんですね!」
不安になっていたら、シズルちゃんの声がした。
とてとてと走ってきて、私に抱きついてくる。
中学二年生にもなるのに、シズルちゃんは小学生にしかみえなくて、その動作は小動物のように愛らしかった。
「シズルちゃんが誘ってくれたんだから、あたりまえだよ。お誘いありがとう」
オカッパの髪をなでてやると、えへへと嬉しそうにシズルちゃんは笑う。
「こほん」
隣で理留が咳をする。
久々の再会に、つい理留のことを忘れていた。
「こっちは友達の理留。前にも会ったことあるよね」
シズルちゃんに紹介すると、理留は一歩前に出た。
「今回はお誘いありがとうございます。黄戸理留です。アユムとは仲良くさせていただいてますの」
ちょっと高圧的なお嬢様モードで、理留がシズルちゃんに手を差し出す。
最近は見ない理留の一面だったけれど、出会った頃はこんな感じだったなぁ。
そんな事を思っていたら、理留の手をシズルちゃんがぎゅっと握った。
「お兄ちゃんの従兄妹のシズルです。理留さんのことは色々と聞いてます。素敵な人だなって思って、友達になりたくて。今日お兄ちゃんに無理いって誘ってもらいました」
「あ、アユムがワタクシのことを?」
キラキラと無垢な目を向けられ、理留が怯む。
お嬢様モードが抜けて、いつもの理留に戻りかけていた。
「わたし高等部から星鳴学園に入学するつもりなんですけど、ちょっと不安で。理留先輩、色々教えて欲しいです!」
「理留……先輩」
シズルちゃんの先輩呼びが、理留の胸をわしづかみにしたようだった。
口の中で繰り返して、その響きに浸っている。
「ま、まぁよろしいですわ。色々教えて差し上げます」
「ありがとうございます先輩! お兄ちゃんがいっていたとおりの、優しい人でほっとしました」
シズルちゃんに懐かれて、理留はまんざらでもなさそうだ。
慕われるの結構好きなんだよね、理留って。
学院を案内してもらううちに、シズルちゃんは理留と大分打ち解けていた。
人見知りするタイプのシズルちゃんなんだけれど、きっと理留なら大丈夫じゃないかなと思って、事前に色々話しておいて正解だった。
理留は一見とっつきにくそうに見えるんだけど、その実世話焼きで、親切なお姉ちゃん体質だ。
一癖も二癖もある留花奈を妹に持つだけはある。
一人っ子のシズルちゃんとは相性がよさそうだった。
星鳴学園に入学するとして、知り合いがいたほうが不安は少ないはずだし。
色々周ってから、シズルちゃんと一旦別れる。
この後、演劇部の劇があるのだ。
実はシズルちゃんには美術の才能があって、小物や背景などを担当しているようだった。
小さい頃から絵が好きだったもんなぁと思う。
シズルちゃんは私の絵をよく描いては、「お兄ちゃんにあげる!」なんて言ってプレゼントしてくれた。
王子様の服装をした私とお姫様の格好をしたシズルちゃんの絵は、今でもちゃんと全部取ってある。
しばらく理留と二人で学園祭をまわって、時間になったので劇を鑑賞しにいく。
会場となった第二体育館には、まだ開演まで時間があるのに人がひしめいている。
「凄い人気だね。席あるかなぁ」
「それならきっと、紅緒姉様がとってくれてますわ」
理留が紅緒先輩と連絡を取る。
前の方のいい席に、先輩は座っていた。
「遅いよ二人とも。というかワタシをおいていくなんて酷くないか?」
「どうせ女の子たちと学院祭を巡ったのでしょう? それならいいじゃありませんか」
文句を言ってくる先輩に、理留がぴしゃりと告げる。
「もしかして、理留ヤキモチかい?」
「違います」
先輩は久しぶりの母校だからか、いつにもましてご機嫌だった。
入り口でもらったパンフレットを見ながら、開演までの時間を潰す。
出演者の中にシズルちゃんの名前を探したのだけれど、見当たらなかった。
確か背景や小道具だけじゃなくて、主人公の子供時代の役として出ると言ってた気がするんだけど。
ちらりと役名のところに目を落とせば、そこには別の人の名前が書かれていた。
――今野青風。
苗字こそ一緒だけど、『青風』でシズルとは読まないし。
青っていう一文字が物凄く気になる。
「紅緒先輩、シズルちゃんってどこに載ってますか?」
不安を振り払うように尋ねたら、紅緒先輩がパンフレットの文字を指差してくれた。
「ほらここに書いてあるだろう?」
「えっと、この今野青風っていうのが、シズルちゃん? これシズルって読まないですよね」
「なんだ従兄妹なのに、漢字も知らなかったのか?」
私の言葉に、紅緒先輩が驚いた顔をした。
「名前でからかわれるのが嫌で、普段はカタカナのシズルで通してるみたいだよ。颯爽として格好いいとワタシは思うけどね」
どうやらこの『今野青風』が、シズルちゃんの名前で間違いないらしい。
名前と髪に、色が入っているというのがこのギャルゲーの攻略対象の共通点。
つまり、攻略対象にいるはずの『妹キャラ』はシズルちゃんだったというわけだ。
なんというキラキラネーム。
青い風でシズルなんて、読まないし読めないよ!
シズルちゃんが妹キャラの可能性はあるかなと思っていたけれど、ついつい慕われるのが嬉しくて、考えないようにしてた気がする。
親戚の集まりで会うたびにプレゼントとかしてたし、手つないだりハグしたりやりたい放題してたけど、好感度高くなってたりしないよね。
これ高校入ったとたんシズルちゃんルート行ったりしないだろうか。
そんな事を考えていたら、劇の幕が開いた。
一生懸命なシズルちゃんの演技は可愛らしく、途中で一回噛んだけれど、それさえもご愛嬌だった。
何よりも圧倒されたのは、主役である『桜庭ヒナタ』の演技だ。
このギャルゲーのメインヒロインであり、主人公を殺しにくる謎のヤンデレ。
前にシズルちゃんが、演劇部のエースだと言っていたけれど、その実力は半端なかった。
「あぁ、どうしてこんなことになってしまったのでしょう」
響く声は悲哀が含まれ、こちらの感情さえも揺さぶる。
その表現力に呑まれ、意識を奪われているうちに、気づけば劇はあっと言う間に終わっていた。
鳴り止まない拍手の中、ふかぶかと頭を下げたヒナタは、照れたように笑っていて、その顔に思わずときめいた人も多いんじゃないだろうか。
「あぁさすがワタシの小鳥ちゃん。ますます磨きがかかって、素敵になっていた」
恍惚とした表情で、隣に座っていた紅緒先輩が呟く。
「ヒナタと知り合いなんですか?」
「そういうアユムこそ、呼び捨てなんてよほど親しい間柄なのかな?」
先輩に言われて呼び捨てにしてしまったと気づく。
「友達の友達って感じですかね」
無難にそう答えておく。
実はヒナタはオタクで、マシロのネット友達だ。
『緋世渡』というハンドルネームでコスプレしたヒナタと、正体に気づかずに、遊んだことがあった。
「先輩は彼女と仲がいいんですか?」
「昔はそうでもなかったんだけどね。前に君に少し似てる子がいるっていっただろう? あれがヒナタなんだ。今ではワタシの大切な人だよ」
悪戯っぽく笑いながら、先輩がそんな事を言う。
ヒナタに向ける目は、とても優しい。
リーダー合宿の際に先輩から聞いていた話を思い出す。
紅緒先輩は、学園にある『扉』の前に捨てられていた子供だった。
学園長の養子として育てられたものの、『扉』に執着しすぎた先輩は、育ての親であるマシロに美空坂女学院へと入れられてしまった。
相当に荒れていた先輩を救ってくれたのが、『小鳥ちゃん』なのだと語ってくれていたけれど。
まさかそれがヒナタだったなんて。
先輩の話を聞く限り、ヒナタはいい子だった。
シズルちゃんも前にヒナタを慕っているような様子を見せていたし、『緋世渡』として出会ったヒナタも、悪い子ではなさそうだった。
本当にこの子が高校生になった時に、私を殺しにくるんだろうか。
目の前のヒナタは、皆からの拍手を浴びて再度舞台に戻ってきていた。
その髪には、大きな星飾り。
周りの子たちと一緒に舞台の成功を喜ぶヒナタは、普通の女の子にしか見えなかった。




