【55】修学旅行は海外でした
無事に私は中等部の三年生に進学して、五月には修学旅行があった。
なんと行き先はアメリカ。
前世でも行った事がない海外で、テンションが上がった。
しかし星鳴学園の生徒は行きなれてる子が多いらしく、なんだつまらないみたいな反応をする子も多かった。
先生たち引率されながら、観光地を巡ったりして。
私は、今年も同じクラスになった吉岡くんや宗介たちと観光を楽しんだ。
出てくる食べ物は全てがボリュームたっぷりだった。
カルフォルニアにある遊園地に行った時なんて、普通にハンバーガーを頼んだら通常の二倍のサイズが出てきてどうしようかと焦った。
あと、日本だとアトラクションの待ち時間が長いのだけれど、ここではそんなに混んでいるわけじゃなくて、お得感があった。
途中には現地の学校との交流会が組み込まれていた。
教科書で英語を習っていても、喋れるかどうかは別問題で、色々とドキドキしていたのだけれど。
吉岡くんあたりは身振り手振りで堂々としていて、逆に凄いなと感心した。
伝わっているかどうかは別だけど、楽しそうに笑い合っていたから大丈夫なんだろう。
立ち寄ったハワイでは、自由行動で買い物を楽しむ。
英語話せなくても大丈夫じゃないかなと思うほどに、現地の人たちが日本語を話しているのに驚いた。
日本からの観光客が多いのかな。
お菓子屋みたいなところを見つけて入ってみたら、そこには理留がいた。
体に悪そうなほど、色とりどりなお菓子をじーっと見つめている。
「何してるの?」
「あらアユムじゃありませんの。このお菓子、三ドルで詰め放題らしいのです」
かなり大きな袋が理留の手元にあって、半分ほど詰められていた。
「全種類つめたところで、さすがにこんなにたくさんは食べきれないなと気づいて迷っていたのですわ」
袋にパンパンにつめたら、食べるのにどれくらい掛かるだろう。
価格崩壊もいいところだった。
「これくらいでやめといた方がいいと思うな。胃の中が染まりそう」
「ですわよね」
理留は同意して、そのままお菓子を買った。
分けてもらったグミは微妙な味だった。
甘くて、こってりしてて、胸に残る。
「……やっぱり、日本の駄菓子が最高ですわね」
「そうだね」
二人して休憩がてら、もくもくと甘すぎるお菓子たちを消費したりしながら、店を見てまわる。
「理留、口直し」
貰ったマカデミアンナッツチョコの試食がおいしかったので、理留にも食べさせてあげる。
唇に押し付けられたチョコを口に頬張ると、理留の顔がぱぁっと明るくなった。
「もう甘いものはいらないとさっきまでは思ってましたけれど、これは別腹でいけますわね」
「でしょ?」
そんな感じで、理留と一緒に歩いていたら、何人かの学園生とすれ違う。
遊園地に行ったときも思ったことだけれど、学園生の中には男女ペアで歩く子たちが結構多かった。
この学園、結構カップル率が高いような気がする。
私が目に付くだけかもしれないけど。
「どうかしましたか、アユム?」
横にいた理留がドリルを揺らして、顔を覗き込んでくる。
なんでもないと答えたけれど、もしかして私もそのカップルの一組に思われたりしてるんじゃないかと、今更気づく。
実際は女の子同士だし、私達の友情に甘い要素は一切ないのだけれど。
「なんでもない。あそこ人が集まってるみたい。行ってみよう」
迷子になりやすい理留がはぐれないように手を引いて、そんなことを思った。
ホテルの夕食の席では、フラダンスのショーがあった。
綺麗なお姉さんの腰つきに思わず見とれていたら、一緒の席にいた女子にこれだから男子はみたいな目を向けられた。
純粋に楽しんでいただけなのに、ちょっと酷い。
部屋もなかなかに豪華で、日本と違って皆でお風呂という文化がないからか、個室でシャワーが浴びれるのが何より助かった。
ちなみに部屋は宗介と一緒。
気を張らなくていいから楽だった。
「こうやって一緒の部屋っていうの、いいよね」
懐かしいというか、昔を思い出す。
「それ修学旅行にきてから毎日聞いてるよ」
消灯された部屋の中で、宗介の苦笑交じりの声が返ってくる。
「だって嬉しいんだよ。こういうの、ずっとなかったし。それに前の修学旅行は最後まで一緒に楽しめなかったから。宗介は、楽しくない?」
「……楽しいよ」
答えた宗介のその言葉に嘘はないようだったけれど、微妙な間が気になった。
「ただ、正直なところ、ちょっと怖い。楽しい時間や嬉しい事になれたら、無くなったときにどうすればいいかわからなくなる」
「無くなったりしないよ。これからむしろ増えてくんだ。高校になってからも修学旅行があるし、その先だって楽しいことはいっぱいあるんだから」
宗介の不安を蹴飛ばすように、明るくそう言った。
「うん……そうだよね。アユムはずっと俺の側にいてくれるんだよね」
それでも、宗介の憂いは取り去れなったようだった。
その言葉を聞いて、気づく。
――私は宗介のその先に、いるのだろうかと。
今ずっと一緒にいるつもりで、私は話していた。
私は元の世界に帰らなくちゃいけないのに。
元の世界のことを思い出すことは、最近減っていた。
楽しい時間や、嬉しい事。
あちらにはいっぱいそれがあったけれど、こっちにだってもう積み重ねた時間があって。
それが無くなった時、私はどうするんだろうか。
「アユム、もう寝ちゃったの?」
返事がなかったから、そう思ったんだろう。
折角楽しい修学旅行だ。
今は、そんな暗いことを考えていたくない。
「起きてるよ、宗介」
「ちょ、ちょっとアユム?」
宗介のベッドにもぐりこむ。
体温が近くにあると、妙に安心した。
「なんか宗介が不安そうだからさ」
半分は本当だったけど、半分は自分が心細かったからだ。
子供の時のように、宗介に寄り添う。
私が前世を懐かしんで不安定になったとき、宗介はよく一緒に眠ってくれた。
暗闇の中、近いから宗介の顔が見える。
戸惑ってる顔だ。
昔よりも目鼻立ちがはっきりとして、大人っぽくなった。
肩幅だって広くなったし、背も高くなったなぁと思う。
それでもやっぱり宗介は宗介で。
「こうしてると……落ち着く」
安堵の息と共に、心の声が漏れた。
少し甘いシャンプーの香り。
私と同じ香りのはずなのに、どことなく違うような気がする。
それを吸い込めば、ふんわりと包み込まれて、守られているようなそんな心地になった。
前に宗介の部屋のベッドで寝た時と、同じ感覚だ。
優しく抗いがたい眠気に襲われて、私はすぐに夢の世界へと足を踏み入れた。
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「やっぱり、宗介と一緒だと安心できるというか、昔からよく眠れるみたいなんだよね」
「そう、それならよかった」
朝起こしてくれた宗介は、すがすがしい顔をした私と違って、ちょっと疲れてるようにも見えた。
「宗介はあまり寝れなかったの?」
「……まぁね。アユム寝相が酷いから」
人のベッドに入りこんだうえ、睡眠を妨害してしまっていたらしい。
「あーごめん。なら私のベッドに移ればよかったのに」
「……アユムが掴んできたから、できなかったんだよ」
悪い事をしたなぁと思いながら身支度を整えて、朝食を食べに部屋を出る。
最終日も何事もなく、楽しく過ごして、私達は日本に戻った。




