【53】秋といえば、勉強です
秋も深まってきたある日。
夕方、私はランニングをしていた。初等部のころからかかさず続けている日課だ。
前世でも運動はそこそこ好きだったけれど、こんなに毎日走るようになったのは、この世界にきてからだ。
加えて筋トレも欠かさず行っている。
体を鍛える理由は、一つ。
このゲームのメインヒロインである『桜庭ヒナタ』に命を狙われた際に、助かる可能性を増やすためだ。
鍛えていれば、いざヒナタに襲われても逃げられるし、ナイフなら避けることができるかもしれない。
そんな考えからだった。
けど、今では純粋に体を鍛えることが楽しくなってきている。
『今野アユム』の設定が男だからなのか、この世界での私の体力や筋力は男子の平均よりも高い。
ステータスもあるタイプのギャルゲーだったからか、この世界での私の体は、鍛えれば鍛えるほどに成果が見える。
見た目筋肉がついたりするわけじゃないのだけれど、走れば早いし、こう見えてスタミナもあるのだ。
陸上競技大会では男子の長距離で記録を出したし、体育のサッカーの時間ではゴールを連続で決めたりしていた。
「いやーやっぱ秋といえばスポーツもいいけど、勉強だよな」
横にいた吉岡くんがそんな事を呟く。
全く吉岡くんらしくない台詞に、じと目でそちらを見た。
ジャージ姿の吉岡くんの背中には、ぎっしりと重そうなリュック。
吉岡くんは、時々私のランニングに付き合ってくれる。
普段ならこの辺りで別れて家に帰るのだけれど、今日は家までついてくるつもりのようだった。
「モノは相談なんだけど、この後今野の家で勉強会しようぜ?」
「やっぱりそうくると思ったよ」
もうすぐ二学期のテストがある。
中学になってから毎回テストのたびに、吉岡くんは私か宗介を頼ってくるのだ。
「頼むよ! 今回は本当にピンチなんだ。この通り!」
吉岡くんは必死な表情で手を合わせてくる。
「まったくしかたないなぁ」
「さすが今野! 持つべきものは勉強のできる友達だな!」
このやりとりは毎度のことだった。
初等部のときのように1位を頻繁にとることはなくなったけれど、それでも私の成績は吉岡くんより大分いい。
中等部に上がったとたん勉強のレベルがあがって、前世からの優位性は少し崩れてきていた。
ちなみに、理留や留花奈あたりは未だに順位一桁をキープしていて、私と宗介は十番代をうろうろ。
そして吉岡くんは、一人でレッドラインと戦っているといった感じだ。毎回一つは赤点をとって、補習を受けていた。
吉岡くんを連れて、家に帰る。
「ただいま!」
「おかえりアユム。あれ、吉岡くんも一緒だったんだ?」
エプロン姿の宗介が鍵を開けて出迎えてくれた。
「うわ、エプロン似合うな宗介。テスト前だから勉強しにきた」
「なるほどね。ついでだから、夕飯も食べてく?」
よっと私の後ろから手を上げる吉岡くんに、宗介は事情を察したようだった。
「いいのか? 宗介の料理うまいって聞いてたから気になってたんだ」
宗介の提案に、吉岡くんは嬉しそうだ。
ちなみに吉岡くんは私のことを苗字で呼ぶくせに、宗介に対しては呼び捨てだ。
山吹から仁科に宗介の苗字が変わり、ややこしいから名前で呼ぶことにしたらしい。
私の方が仲いいはずなのにというのが、微妙にひっかかるところだったりする。
明日明後日が休みで、次の日がテスト。
夕飯を食べ終えてから、三人でテーブルを囲む。
吉岡くんは全く勉強していなかったらしく、テスト範囲のノートさえまともに取ってなかった。
「こっちの社会のノート、何て書いてあるのかな。読めないんだけど」
ひょろひょろとしたミミズみたいな文字が、ノートには踊っている。
「あぁそれか。オレも読めないんだよね。あの先生の授業って眠たいだろ? それでも頑張って黒板写してただけ偉いよな」
ノートを目の前に突きつけた私に対して、よく頑張ったというように吉岡くんは自分を褒めだした。
「読めなきゃ意味ないと思うけど」
私の横に座っている宗介も呆れ顔だ。
こんなんだから、毎回焦ることになるんだよ。
私も宗介と同じ気持ちだった。
「あと、こっちのノートは何。授業中一体何やってたの」
国語のノートのはずなのに、並ぶカタカナの羅列。
謎の棒人間が色んなポーズを繰り広げている。
「バスケのフォーメーションとか考えてた。あと必殺技とかほしいなって」
真面目な顔で返してくる吉岡くん。
棒人間は手から波動を出しているように見えるけれど、これをバスケでやろうと考えていたんだろうか。
そんなことだろうとは思っていたので、聞いた私も宗介も驚きはしなかった。
「とりあえず……勉強させようか」
「そうだね」
宗介の言葉に顔を見合わせて頷く。
これはかなり手間と時間が掛かりそうだった。
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「二人とも、そろそろ休憩しよう」
勉強し始めて二時間。
すでに吉岡くんは勉強に飽きていた。
「さっきもやったでしょ。それにそろそろ帰らないといけない時間だろうし、それまではみっちりとやるよ」
「言い忘れてたけど、オレ今日泊まるつもりできたんだ。だから休憩しようよ」
厳しい私の言葉に、だらけてテーブルに頭を押し付けたまま吉岡くんがそんなことを言う。
「泊まるってここに?」
「そう。両親がしばらく出張でいないって言ってたし、いいよな?」
思わず尋ねると、吉岡くんは頷いた。
事後承諾にもほどがある。
重そうなリュックの中には、三日分の着替えも入っているようだった。
「いきなり何言い出してるの。駄目に決まってるだろ」
「だってオレ、親と喧嘩してきちゃったんだよ。赤点どころかテストで平均点以上とってやるよ。できなかったら、お望み通りバスケ部やめてやる! って啖呵切っちゃったし……後には引けないんだ」
反対する宗介に、やつれた顔で吉岡くんは呟く。
勢いで言っちゃったんだろうな、コレ。
自分でハードルあげてどうするよ。
吉岡くんは少しお調子者というか、ノリで生きているところがあるから心配だ。
「そのためなら徹夜も覚悟の上なんだ。平均点とれた暁には、後でなんでも好きなの奢るんで、三日間よろしくお願いします」
深々と吉岡くんが私達に頭を下げてくる。
「……わかったよ」
「アユム!」
宗介が非難するような声を上げたけれど、ここまでされて断ることなんて私にはできなかった。
「やっぱ持つべきものは友達だな! 今野大好きだ!」
調子のいいことを言って私に抱きついてきた吉岡くんを、宗介が引きはがす。
「しかたないから泊めてあげるけど、部屋は俺と一緒だから。あとアユムから離れて」
「あぁ、宗介もありがとな!」
私から離れた吉岡くんは、今度は宗介に抱きつく。
「ちょ……抱きつかないでよ!」
珍しく宗介がうろたえている。
吉岡くんとじゃれあっている様子に、なんだかほのぼのとする。宗介は吉岡くんに心を開いているように見えた。
あの子にもこんなに仲のいい友達ができたのねと、親のような心境になる。
自分と仲のよい友達同士が仲がいいというのは、純粋に嬉しいものだ。
「よし今日は三人で徹夜して頑張ろう!」
私と宗介の肩を組んで、えいえいおーとばかりに吉岡くんが声を上げる。
「いやちょっと待ってよ。 ボクも宗介も徹夜までする気はないよ?」
「えっ、じゃあどうやってあんないい点数とれるんだよ。テスト前は徹夜が基本だろ?」
私の言葉に吉岡くんが動揺を見せる。
毎日コツコツ勉強するなんて選択肢は、吉岡くんの中に鼻からないようだった。




