【52】宗介と誕生日
「つまりアユムは、元々高校生の女の子で、目が覚めたら七歳のアユムだったってこと?」
「そうなるね」
家に帰って、私は宗介に事情を説明した。
兄のゲームを横で見てたはずが、気づいたら七歳の少年になっていた。
体は女のままなのに、何故か皆が自分の事を男だと認識していて。
特殊な力が働いてそうなっているのだと、のちに友達になったマシロから聞かされた。
大体そんな感じのことを話した。
宗介はこんなわけのわからない話を、最後まで真剣に聞いてくれた。
「ごめんね。一番側にいたのに、気づいてあげられなくて」
黙っていたことを責められるかと思いきや、宗介はそんな事を言ってくる。
やっぱり宗介は優しい。
いい親友を持ったと、心から思う。
「こっちこそ今まで言えなくてごめん。宗介は私のこと男だと思ってるようだったから、言ったところで信じないだろうし、その必要もないかなって思ってたんだ」
「確かに言われたところで、昔の俺なら信じなかったと思う……でも」
私の言葉に宗介は同意して、それから視線を合わせてきた。
「最初に相談するのは、マシロ先輩じゃなくて俺であって欲しかった。アユムが本気で言ってくれれば、俺は絶対に信じたよ」
辛そうな顔に、傷つけてしまっていたのかもしれないと思う。
同時にそう言い切ってくれることが嬉しかった。
「もう他に隠し事はないよね?」
「うん」
宗介の言葉に頷く。
嘘をつくことに、心が痛んだ。
この世界は前世で兄がやっていたギャルゲーの世界で、主人公の『今野アユム』である私は、高確率でメインヒロインに殺される運命にある。
それを、宗介に言うことができなかった。
言えば宗介が不安になって、私を守ろうとすることくらいわかりきっていたからだ。
そもそもだ。
すっかりこの世界に馴染んで、忘れていたけれど。
メインヒロインの『桜庭ヒナタ』にナイフで刺し殺されるイベントが発生した時、『仁科宗介』の好感度が高いと助けにきてくれる。
そう兄から聞いていたのがきっかけで、私は宗介と仲良くなろうと思ったのだ。
それって今考えると、宗介を危険に巻き込むって事じゃないだろうか。
誰も助けに来ない場合、主人公はヒナタに刺されて死ぬ。
宗介がきた場合、主人公は助かる。
けれど、宗介はどうなんだろう。
無傷で助かるなんて、兄は一言も言ってなかった。
――この世界はゲームの世界。
だから、誰かが怪我しようか、死のうが気にすることなんてないんだ。
ゲームをクリアして、元の世界に帰れればそれでいいだろ。
――目的を忘れちゃ駄目だよ。
自分が死んだら何にもならないよ。
事情を宗介に話そう?
惜しみなく盾になってくれるから。
割り切れと、頭の中の冷静な部分が言う。
最初の頃なら、抵抗はあってもできたことかもしれない。
でも、それを飲み込めないほど、今の私は宗介に愛着を持ってしまっていた。
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「アユム、一応女の子なんだから、足をそんなに開いてソファーに座るのはどうかと思うよ?」
「何言ってるの宗介。男ってことになってるんだから、なよっと膝くっつけて座ってたら、オカマっぽいって思われちゃうだろ?」
九月になって、夕食が終わってくつろいでいると、たしなめるように宗介がそんな事を言ってきた。
「アユムがさつすぎ。そんなんだから、俺も女の子だって確信がもてなくて、自分の頭がおかしくなったんだって悩むはめになったんだよ。本当に前世女の子だったの?」
「うわっ、宗介酷い! 前世はそれはそれは可愛い女の子だったんだよ?」
ソファーの後ろにいる宗介を見上げるように、首をひねる。
肩にかけていたタオルが床に落ちて、宗介がそれを拾った。
「本当かなぁ。大分盛られてる気がするよ」
「本当だって! モテモテだったんだから。ラブレターとかもいっぱい貰ったよ!」
宗介は胡散臭いというような顔をしていたけれど、胸を張って答える。
ラブレターは女の子からばかりだったけれど、嘘は言ってない。
「ふーん」
宗介がすぅっと目を細める。
「あっ、その顔信じてないね? バレンタインだって宗介には敵わないけど、毎年二・三個はもらってたんだよ?」
「……もしかして、ラブレターって相手女の子なんだ?」
「あっ」
つい宗介の反応にムキになって、言わなくていいことまで言ってしまったことに気づく。
「しかたないじゃん。男子は私のこと異性としてあまり見てくれてないみたいだったし、女の子と遊ぶほうが楽しかったんだよ」
「やっぱり前世からそんな男らしい感じだったんだ。道理で女の子の扱いに慣れてると思った」
白状した私に、ははっと宗介が笑う。
納得されてしまうのは、ちょっぴり悔しかった。
「いっとくけどちゃんと女らしいところだって……くちゅん!」
反論しようとしてくしゃみが出る。
「ほら髪乾かさないからだよ。本当にアユムは手がかかるよね」
しかたないなぁと、宗介がタオルで私の髪を拭いてくれた。
優しい宗介の指の感触と、タオルと髪が擦れる音。
自然と笑みがこぼれる。
懐かしい、ずっと前まで当たり前だったやりとり。
この瞬間って、こんなに幸せだったんだなぁとそんな事を思う。
なくしてから初めて大切だったと想うものは、前世だけで十分だったはずなのに。
「アユム、ぼーっとしてどうしたの?」
気づけば宗介は私の髪を拭き終えて、隣に座っていた。
「ううんなんでもないよ。ちょっと待っててね!」
心地よさに浸っている場合じゃなかったと、ソファーから立ち上がって、用意していたケーキをテーブルに出す。
「ハッピーバースデー! 宗介!」
ぱちくりと目を瞬かせていた宗介の顔が、ほろりと崩れる。
「……ありがとうアユム」
嬉しそうな宗介の顔に、この顔が見たかったんだと思った。
「今ろうそくに火をつけるから、待っててね!」
両親は今日も遅いので、ジュースで乾杯して、二人だけの誕生日パーティが始まる。
小さなケーキは、仲良く半分こ。
幼い頃からこうやって、なんでも分け合ってきた。
宗介は私にとって、一番の親友であり、家族で兄妹みたいなものだ。
「これプレゼントだよ。開けてみて」
選ぶのにかなり時間がかかったソレを、宗介に手渡す。
「スニーカー?」
「昔からお気に入りのメーカーでさ。靴底の色が派手で可愛いんだよ。宗介のは色が黒で靴裏がオレンジなんだ」
悩みに悩んで、結局自分のオススメのものを宗介にあげることにした。
「それで私のはコレ。見てたら自分のも買いたくなって、買っちゃった」
自分のスニーカーを、宗介の方に見えるように翳す。
宗介と同じデザインの靴は、白地に赤の靴裏だった。
「……おそろい?」
「まぁね」
ちょっと照れくさい。
お揃いを宗介が欲しがっていたみたいだとクロ子ちゃんから聞いて、用意してみたんだけどどうだろうか。
「これ履いてみてもいい?」
うずうずした様子で、宗介が尋ねてくる。
それだけで宗介が喜んでくれていることがわかって。
「もちろん!」
満面の笑みで、そう答えた。




