【49】誰かのためのプレゼント
無事に中学二年生になり、もうそろそろ八月も終わる。
私には大きな悩み事が一つあった。
もうすぐ宗介が今野家にきて、二度目の誕生日。
何をプレゼントするか。
そもそも、どんな誕生日を企画しようか、私は悩みまくっていた。
誕生日といえばお祝い事。
けれど、宗介にとって、実は誕生日はトラウマデーでしかない。
宗介の母親がなくなった命日であり、宗介の父親が事故でなくなった日であり、私こと『今野アユム』がかつて大きな事故にあった日だったりするのだ。
宗介の母親は、元々体が弱い人だった。
それでも宗介を生んで、力尽きて亡くなってしまった。
宗介の父親は、誕生日に宗介を寝かしつけて後、コンビニに買い物へ行き、その帰り道に事故に会った。
袋の中には、母親が好きだったお菓子が入っていたと聞いている。
たぶん、命日だから供えてあげたかったんだろう。
そして私――今野アユムは、七歳のこの日事故にあった。
育ての親である山吹のおじさんたちに急な仕事が入り、宗介はこの日うちに預けられた。
きっとおじさんたちは、誕生日であるこの日に、一人で不安にさせてはいけないと思ったのだろう。
この日、夜にはおじさんたちも帰ってきて、皆で宗介の誕生日パーティを開くことになっていたらしい。
なのに、宗介は熱を出して寝込んでしまった。
熱のせいで意識が朦朧としていた宗介は、目が覚めて父親がいないことに混乱し、家を飛び出したのだという。
それを『アユム』は追いかけていき、宗介を庇う形で事故にあった。
この事故について、私には記憶がないのだけれど、聞いた限りではそんな感じだった。
この日が近づくたび、宗介は暗くなる。
そりゃあ、これだけあれば、誕生日が嫌いになるよなと思ってしまう。
本当は思い出させないように誕生日なんてしない方がいいんじゃないかな?
そう思わなくもないんだけど、私はやっぱり宗介が生まれた日を祝いたかった。
自分が生まれてこなければよかったのにと、どこか宗介は思っているふしがあって、私はそれが嫌だったのだ。
きっと山吹のおじさんたちも、同じ気持ちだったんだろうと思う。
だから、毎回宗介の誕生日は、ケーキで一緒にお祝いをしていた。
放っておくと、宗介は自分から誕生日なんてしない。
去年は山吹のおじさんたちの一年忌で色々と忙しかったし、今年こそはと私はちょっとした使命感に燃えていた。
友達を呼んで盛大に祝ったほうがいいのかな。
ふと思い出すのは、この前呼ばれた理留と留花奈の誕生日パーティのこと。
あの二人は毎回のごとく誕生日パーティを開いていて、小学生の頃から招待されているのだけれど、あれはもう桁というか規模が違う。
総理大臣とか、有名アーティストとかが普通に出席するパーティで、誕生日プレゼントがダイヤの首飾りときた。
まったく参考にならないことこの上ない。
社交的になったとはいえ、宗介はあまり騒がしいのを好まない。
それに家に友達を呼んだところで、後片付けの心配をさせてしまいそうだ。
居候だから肩身が狭いと宗介は思っているところがあるし、気を使わせたら意味がない。
ここはひっそりと私だけが祝う形にしようと決める。
問題はプレゼントだ。
今まで宗介への誕生日プレゼントは、無難な実用品ばかりだった。
宗介は趣味がないというか、あまり欲がないので何をあげていいのかわからない。
私が悩んでるのが顔に出ているのか、宗介は誕生日が近くなるとヒントをさりげなく落としてくれてるふしがあるのだけれど。
それは大抵必要な生活品というか、あっても困らないようなマフラーとか、鞄とかであって、宗介が本当に欲しいわけじゃないと思う。
理留だったら駄菓子を喜ぶし、吉岡くんだったらバスケ用品。
マシロだったらアニメキャラのグッズで、留花奈なら流行のものをあげれば喜ぶだろう予想くらいはつくのに、宗介だけは思いつかない。
宗介は実は、女の子向けのクマのキャラが密かに好きなのかな。
そう思った時期もあったけれど、ちょっと違うような気もするし。
「こうなったら、誰かに相談してみようかな」
一人で考えていても、思いつける気がしなかった。
こういう時に頼りになりそうなのはと考えて、マシロに電話をかける。
『なんだ。何かようか?』
耳に柔らかいマシロの声。
メールはよくしていたけれど、電話をするのはとても久しぶりだった。
変わらない声に、なんだかほっとする。
「実は宗介の誕生日に何あげたらいいか迷っちゃって。相談にのってくれない?」
『悩むなら本人に直接聞いたらどうだ? 今手が放せないんだ。もう少しでヤツの素材が剥ぎ取れる』
どうやらマシロはゲーム中のようで、電話の向こうからは怪物の鳴き声がした。
「聞いたところで、それ本当に宗介が欲しいものじゃないんだもの。宗介が喜ぶやつをあげたいんだ」
『一番近くにいる幼馴染のお前にわからないのに、ぼくがわかるはずがないだろう』
「そう言わずに真面目に考えてよ、マシロ」
ねだるようにそう言ってみる。
すると、マシロが溜息をつき、ゲーム音が止まった。
『……じゃあ、本人を連れまわして、興味がありそうなものをあげたらいいんじゃないか?』
「それだ! ありがとうマシロ! やっぱりマシロに相談してよかったよ」
『どういたしまして』
面倒くさがりながらも、いつだってマシロはちゃんと考えてくれるから頼りになる。
お礼を言って電話を切った。
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「宗介、明日暇?」
夕食時、私は早速宗介を誘ってみることにした。
「うん暇だけど。どうかした?」
「そっか。なら美空坂ショッピングモールで買い物するのに付き合ってよ」
「別にいいけど、わざわざそんな遠いところまで何を買いにいくの?」
宗介が煮物を食べながら首を傾げる。
「友達の誕生日プレゼントを買いに行くんだけど、一人じゃ選びきれなくて。宗介に手伝ってほしいんだ」
美空坂ショッピングモールは若者向けのお店が多く、遊んだりプレゼントなどを買うのに最適だけれど、家からは遠かった。
口実の方もすでに用意済み。
これなら、色んな店をまわりながら、宗介の意見を聞くことができる。
「誰にプレゼントあげるの? 黄戸さんたちは誕生日終わったよね」
「最近仲よくなった同じクラスの友達だよ。当間くんって言うんだけど」
初等部と違って、中等部は毎年クラス替えがあり、二年になった私は宗介とクラスが別れていた。
もちろん、当間くんのプレゼント探しというのは嘘だ。
当間くんは初めて同じクラスになった子で、確かに最近仲はいいけれど、プレゼントを渡すほどではなかった。
宗介も私もあまり知らない子の方が、色んな店をまわる口実になると思って、当間くんの名前を出したのだ。
「誕生日プレゼントをあげるほどに、もう仲良くなった友達がいるんだね。アユムは誰とでも仲良くなれるから凄いな」
そのニュアンスが心なしか冷たい気がして、オカズを採ろうと伸ばしていた箸を止め、宗介をみる。
「どうかした?」
私の視線に、宗介が首を傾げる。
「なんでもない」
顔を上げた先にいたのは、いつもの宗介だった。
さっきのは私の勘違いだったんだろう。
「それであまり知らない子だから、何あげたらいいか迷っちゃって。一緒に選んでくれる?」
「……うん俺でよければ」
何故か少し間があったけれど、宗介はそう言って頷いてくれた。
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次の日。
美空坂モールで、私は宗介と色んな店をまわった。
「ねぇ見てよ宗介! 青色のカレーに、スカート捲り付箋だって。面白いね!」
「もうなんでアユムはそういう変なのに食いつくかなぁ」
呆れながらも、宗介はちょっと楽しそうだ。
それはいいのだけれど、肝心の宗介へのプレゼントはなかなか決まらなかった。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「うん。わかった待ってる」
宗介を待っている間、広場にある噴水の近くに腰掛ける。
体をひねってほぐしながら、少しの間涼しげな水の流れを見ていた。
普通に楽しんでいる場合じゃない。
そろそろ目星をつけなきゃなぁと思うのに、どれも決定打に欠けた。
「アユム、悩み事っすか? 暗い顔してると、運気が逃げるっすよ?」
水面を見ていたら、肩を叩かれて振り返る。
そこには、スタイルがよく褐色の肌をした女の子がいた。
顔立ちは幼く、私とそれほど変わらない歳にみえたけれど、シャツを押し上げる胸の大きさはかなりのものだ。
ウエーブがかった黒髪をかきあげながら、私に向かって笑いかけてくる。
「何すかその顔。もしかして、おれの事忘れたっすか?」
親しげに女の子は話しかけてくる。
忘れたも何も、初対面のはずだけれど、その独特の口調と見た目にひっかかるものがあった。
「もしかして……クロエの妹さん?」
「あぁそうか。まだ会ったことなかったっすね! うっかりしてたっす! 話には聞いてたから、知り合いのような気がしていたんすよ」
あははと女の子は誤魔化すように笑う。
「いつも兄がお世話になってるっす。クロエの妹のクロ……子っす」
「こちらこそよろしく」
手を差し出されたので、握手する。
クロ子ちゃんは、私が思ったとおり、宗介の戸籍上の家である仁科の子らしい。
兄のクロエに面影がよく似ていた。
「もしかしてクロエさんとは双子なの?」
「そうっす。いやぁ、こんなところで会うなんて奇遇っすね。もしかして一人っすか?」
「宗介も一緒だよ」
私の答えに、ちっとクロ子ちゃんが舌打ちする。
「なんだつまんないっす。折角アユムとデートできるチャンスだと思ったのに」
「あはは……」
このノリ、兄のクロエとそっくりだ。
以前、美空坂ショッピングモールで、クロエと一緒に女の子をナンパしたことを思い出す。
兄妹そろって軽いというか、こんな感じのようだった。
「まぁ今日は会えただけでよしとすることにしますか。メアド交換してくれるっすよね?」
クロ子ちゃんは人懐っこい笑みを浮かべてくる。
「あ、うん。いいけど」
特に断る理由もなかったので、私は立ち上がって携帯電話を取り出した。
ふと顔を上げると、視界に宗介の姿が映る。
「あっ、宗介」
私の言葉に、クロ子ちゃんがびくっと体をすくませ、その手からスマホがすべり落ちた。
慌ててキャッチしようと私は手を出したのだけれど。
私の手の平に弾かれて、スマホは弾みで噴水の方へぽちゃんと落ちた。
「……女の子たちと、財布のデータが」
クロ子ちゃんは、目をまん丸に見開いて呆然としている。
気まずい沈黙のなか、噴水の水が流れる音がやけに大きく聞こえた。
「ご、ごめん。弁償するよ!」
なんてことをしてしまったのだろう。
慌ててスマホを水から拾い上げたけれど、もう電源が入ることはなかった。
「そ、宗介どうしよう! クロ子ちゃんのスマホ水に落としちゃった!」
やってきた宗介にすがりつく。
いきなりそんな事を言われて、宗介は驚いた顔をしていたけれど、すぐに状況を把握したらしく、私からクロ子ちゃんのスマホを受け取った。
「大丈夫だよアユム」
落ち着いた宗介の様子に、何か策があるのかと期待する。
「こんなもの無くなったほうが世の中のためだから」
そしたら、爽やかな笑顔で宗介はそんな事を言い切った。
「いいわけないっすよ! この中の何人かは、もうこれっきり会えないかもしれないんすよ? 大切な人と人とのつながりを宗介は何だと思ってるんすか!」
「ご飯たかったり、人の恋路をかき回したりしてるだけだろ」
クロ子ちゃんの抗議を、宗介が受け流す。
それを見て、私はクロエと宗介のやりとりを見ているような、そんな錯覚に陥った。
明るくて自由奔放な二人と、真面目な宗介では性格が合わないのだろう。
「ごめんねクロ子ちゃん。本体もどうにかして弁償するし、データは戻らないかもしれないけど、ボクにできることならなんでもするから!」
「何でも? それ本当っすか?」
誠意を込めて頭を下げると、クロ子ちゃんが食いついてきた。
「うん、ボクにできることなら」
許してもらえるかもしれないという期待で、顔を上げる。
にまぁっとクロ子ちゃんは笑った。
背筋にぞくぞくっと悪寒が走る。
「駄目だ、アユムそんな約束しちゃ!」
宗介が慌てる。
「もう遅いっすよ。そうっすね……明日デートしてほしいっす!」
「えっ、そんなのでいいの?」
私がオッケーすると、クロ子ちゃんはすっかり機嫌を治してくれたみたいだった。
じゃあねとその場を去って行く。
「はぁよかった。どうにか許してもらえたみたい。それじゃ、買い物の続きしようか」
そう言って宗介の方を見て、私は固まる。
宗介の顔からは笑顔が消えて、無表情になっていた。
この状態の宗介を、私は以前にも見たことがあった。
「宗介?」
恐る恐る声をかけると、はっとしたように宗介は私を見る。
「ごめん、ぼーっとしてた。行こうか」
何事もなかったかのように、宗介が歩き出す。
けれどその足取りは早く、あからさまに不機嫌そのもので。
結局その日は、すぐに家に帰った。




