【46】モデルをすることになりました
「ちょっと待ってよ。なんでボクがモデルしなくちゃいけないの? しかも女の子の」
「今日来るはずだったモデルが、インフルエンザで休みなのよ。大丈夫、ばれないようにメイク施すから」
留花奈ににじり寄られ、私は後ずさる。
良太の偽彼女として、デートをしていたところを留花奈に連れ去られた私は、何故か雑誌のモデルの代役をするはめになっていた。
留花奈曰く、あんたの問題を解決してあげたんだから、こっちにも協力しなさいよという事らしい。
話を聞けば留花奈は、ルカという名前で雑誌のモデルをやっているようだった。
「昔からよく変装して街を歩いてはいたんだけど、中等部に入ってからスカウトされて、面白かったから続けてるの。もちろん姉様にも内緒でね。知ってるのは私専属の使用人だけよ」
留花奈が目線で指示すると、横に控えていたお姉さんがメイク道具を持ってくる。
彼女は黄戸家の使用人で、留花奈の運転手をしていたところを何度か見たことがある。
マネージャーも兼ねているようだ。
そもそも留花奈があのカフェを訪れたのは、代わりのモデルを探すためだったらしい。
私たちは知らなかったが、あのカフェはモデル御用達のカフェで、誰かいないかなと見にきて私と鉢合わせたとの事だった。
「もし今日の撮影が延期になったら、来週に持ち越されるの。折角姉様が一日遊んでくれるって約束してくれたのに、潰れたら最悪じゃない」
そんな理由かよと思ったが、双子の姉である理留が大好きすぎる留花奈にとって、それは何よりも重要な事らしかった。
「絶対にあんただってばれないようにするわ。これで今回のことはチャラってことにしてあげる。ちゃんとモデル代も出すわ」
何でそう上から目線なんだ。
素直にお願いすればいいのにと思わなくもない。
でも、悪い条件でもないかと思い直して、従っておくことにした。
「まぁ素材は悪くないし。わたしの手にかかれば余裕ね」
「留花奈がボクの化粧するの? そっちのマネージャさんとか、メイクさんとかがやるんじゃないの?」
「わたしは自分でやる派なのよ。じゃないと、折角隠してる元の顔がばれちゃうでしょ。心配しなくても、プロ直伝だから腕に問題はないわ」
そういいながら、留花奈は手際よく私に化粧を施してくる。
瞳を強調する黒い縁取りのついたコンタクトを入れられ、睫毛を足され、顔中をいじくりまわされた結果。
出来上がった私の顔は、別人のようだった。
「何をどうやったらこうなるの?」
私が化粧を自分でしてもこうはならない。
留花奈と似た系統のギャルメイクだけれど、可愛い系の留花奈に対し、ちょっとクールな感じがする。
化けたというにふさわしい変化っぷりで、鏡に映る自分を見ても、自分だという実感が湧かなかった。
「まぁ色々とね。目元弄るだけで大分変わるのよ。アイライナーとか超重要ね」
留花奈はなんてことのないように答える。
最初は、変装する時にプロのメイクアップアーティストをこっそり雇っていたらしい。けどそのうち面倒になって、自分で技を覚えたのだと留花奈は事もなげに言った。
こっそり影で努力している双子の姉・理留と違って、留花奈は天才肌タイプだ。
その証拠に、さらりと簡単にこんな複雑な化粧をやってみせる。
しかも、自慢げなところはなく、これが普通だというように。
謙虚というわけでもなく、自分の才能に気づいてないわけでもない。
留花奈にとってできて当たり前の事なのだ。
けど、その態度だと人に嫌われることも留花奈は知っているから、場合に応じて才能を隠し、できないふりをする。
能ある鷹は爪を隠すというやつだ。
初等部の5年・6年の時に学級委員の仕事を一緒にやって、留花奈が実はかなり優秀だという事に私は気づいていた。
文句は言うし、隙を見て人に仕事を押し付けようとはするけれど、その手際はよく仕事は完璧。
人をうまく扱い、要領よくこなす。
「留花奈って何でもできるよね。前から思ってたけどテストの成績だって、本当は理留よりいい点とれるんじゃないの?」
「あんた馬鹿? そんなことしたら、姉様が私と比べられるでしょ」
前から気になってたことを聞いてみたら、留花奈は否定しなかった。
嫌われてもいいと思っているからか、留花奈は私にだけ、猫を被って繕うことをしない。
付き合いも長くなってきた事もあって、私は留奈奈のそういう所に気づいていた。
その後、服を着せ替えられ、撮影が行われたのだけど。
緊張する私に対して、留花奈は完璧な仕草でモデルをこなしていた。
「あんたね、もう少し笑いなさいよ。いつもみたいな馬鹿面でいいから」
一旦休憩が挟まれ、留花奈が私にそんな事を言ってきた。
「馬鹿面ってなんだよ! しかたないだろモデルなんてしたことないんだから」
言い返した私に、留花奈が溜息を一つついて、口に何かを突っ込んでくる。
それは舌の上でとろりと蕩けた。
「・・・・・・チョコレート?」
「ただのチョコじゃないわよ。魔法のチョコレートなの。これを食べたら緊張も悩みも不安も、甘さと一緒に溶けて消えるんだから」
留花奈らしくない言葉に、ついきょとんととしていたら、不機嫌そうな顔で睨まれる。
「なによ何か言いたいことでもあるの?」
「いや、留花奈って意外と乙女チックだよね」
「ばっ、あんた何言ってんの! これ、姉様からの受け売りだから。モデル頼んだのわたしだし、少しチョコレート分けてやってもいいかなって思っただけなんだからね!」
珍しく留花奈が恥ずかしがっている。
つい見てられなくてやってしまったというようだった。
「ん、でもありがと。なんか緊張解けた」
「それなら、しっかりやりなさいよね」
いつもツンとしてる留花奈の、意外な一面を見たような気がして、思わず顔が綻ぶ。
回り回ると自分のためとはいえ、私のことを留花奈が気遣うなんて、これまでではありえなかったことだ。
気高くて懐かない猫が、ちょっとだけ隙を見せてくれたような気がして、自然と硬くなってた表情がほぐれていくのを感じた。
「こんどは緩みすぎ。何よ、ニヤニヤして気持ち悪い」
「いや? なんでもないけど?」
むっときたのか、留花奈が頬をつねってくる。
やり返せば、少しいつもの調子が取り戻せた気がした。
「そろそろ、撮影お願いします!」
「はい!」
スタッフからの呼びかけに、留花奈と二人で元気よく答えた。
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自分の出番が終わって、留花奈の撮影を見学する。
モデルをしてる時の留花奈は、女の私が一瞬見とれてしまうほどに格好よかった。
そこには学園にいるときのどこか退屈そうな雰囲気がなくて。
真剣に取り組んでいるんだなってことが、肌で伝わってきた。
視線が奪われるというか、引き付けられる。
つい興奮して、その事を言葉にして伝えたら、留花奈は怒ったような顔をした。
「あんたって本当に変なやつ」
そういって、ふいっとそっぽを向いてしまったけど、マネージャーさんがそんな留花奈の様子を見て、微笑ましそうにしていた。
夕飯をぜひ一緒にとマネージャーさんがいうので、留花奈と三人で店に入る。
なぜか留花奈はいつになくご機嫌で、リラックスした様子だった。
「あんたさ、中等部に入ってから、姉様とお茶会あまりしてないでしょ」
「確かに前より回数は減ってるけど、それがどうかしたの?」
留花奈の言うとおり、初等部の時に比べて、理留とのお茶会の回数は大幅に減っていた。
けれどそれでも、月1回はお茶会をしていたりする。
「いや、あんたの態度的に、姉様から何も聞いてないんだなって思って」
含みのある言い方に、ちょっと眉をひそめてしまう。
「何か理留にあったの?」
「違うわ。そうじゃなくて、来月に恒例のクリスマスパーティがあるでしょ。それでそろそろあんたに話してるかなって思ったの」
私達が通う星鳴学園では、毎年クリスマスパーティが開かれる。
初等部のころからのおなじみのイベントで、プレゼント交換したり、ダンスしたりするイベントだ。
「まだ11月の初めなのに、クリスマスパーティの話って早くない?」
「そうでもないわよ。学園からの説明は12月に入ってからだろうけど、もうパートナー申請自体は開始してるし。学園内が浮き足だってるのに気づかないわけ?」
そういえば、ちらほらパートナーがどうしたとか話は聞く気がした。
初等部まではクジでパートナーを決めていたクリスマスパーティだけど、中等部からは自分で申請ができるらしい。
あぶれた子たちだけ集まって、パーティの直前にくじでパートナーを決めるのだということも留花奈から教えてもらった。
「男子から女子に花のコサージュを渡して、パートナを申し込むのが昔からの決まりになってるのよ。オッケーなら、女子は持ってる申込書を渡して、期間中コサージュをつけるの。契約済みみたいなものかしら。男子はパーティの際に、同じ色の花を女子から胸に挿してもらえるのよ」
全体でのプレゼント交換はなくなるらしいが、その代わりベストカップルを選ぶイベントがあるのだとも、留花奈は教えてくれた。
「それで、あんたは誰か誘うつもりでいるの?」
「いや、パートナーを自分で選ぶなんて今聞いたし。とりあえずくじの方に参加しようかな」
思いっきり留花奈に溜息をつかれる。
「やっぱりそんなことじゃないかと思ったわ。あれコサージュとか花とか合わせてる暇ないから、あぶれたんだなってすぐバレるわよ。もてない男の勲章みたいなものよ?」
それはそれで嫌だなぁと思う。
理留でも誘ってみようかと考えていたら、しかたないわねと留花奈がテーブルにすっと紙を置いた。
留花奈の名前が書かれた、クリスマスパーティの申し込み用紙だった。
「・・・・・・えっと?」
「可哀想なあんたのために、わたしが一緒に踊ってあげてもいいわよ?」
何かの罠だろうかと戸惑う。
「交換条件は?」
「そんなものないわよ?」
にこにこしてる留花奈。
交換条件はなくとも、裏はありますって顔だ。
何を考えてるのかわからない。
「・・・・・・遠慮しときます」
「へぇ、断るんだ。このわたしを断るんだから、当然わたし以上の誰かをパートナーとして誘うつもりでいるのよね?」
留花奈が自分より上だと認める人間なんて、理留しかいない。
つまり、理留を誘えと遠まわしに言っているんだろう。
「どういう風の吹き回し? 俺と理留が仲いいの嫌なんじゃなかったの?」
「姉様の素晴らしさに恐れをなして、皆ダンスを申し込めないと思うの。それで姉様が、モテない代名詞のクジ組みになるなんてありえない。それで恐れを知らないあんたが皆の前で姉様に申し込んで、断られてきなさい。そうすれば姉様の面子は保たれるわ」
じとっとした目で問いただすと、悪びれもせずに留花奈は魂胆を明かした。
「そんな事だろうと思ったよ」
まぁ確かに留花奈の言う通りで、理留を誘えるような子が学園にいるかというと微妙な所だ。
多少理留に対する皆の印象が変わってきたとはいえ、理留は学園の女王で、依然として近づき難い存在で通っていた。
「それで、わたしと踊るのかしら? それとも、姉様に玉砕覚悟で申し込む?」
にこにこと留花奈は訪ねてくる。
他の選択肢は認めないと、顔には書かれていた。
「留花奈に言われるまでもなく、理留を誘うよ。それに理留は断らないと思うし」
「・・・・・・へぇ凄い自信ね。まぁ頑張って」
そう言って申込書を仕舞った留花奈は、思い通りに事が進んだはずなのに、何故だかちょっぴり面白くなさそうな顔をしていた。




