【43】人生初のナンパに挑戦することになりました
「お待たせっス! あんたたちが紅の後輩っすか?」
そう言って現れた紅緒先輩の友達は、私達よりもちょっと年上に見える男の子だった。
浅黒い肌に、ウエーブがかった黒髪。
長身で、服装は雑誌に載ってそうな洒落たもの。
ドクロのシルバーリングなんてつけて、若干ビジュアル系っぽい。
にっと笑う顔は人懐っこいけれど、どこか気まぐれな猫を思わせる。
紅緒先輩とはまた違ったタイプだ。
けれど、そんなことよりも。
――この人の瞳、赤い。
私は彼の瞳の色が気になった。
この世界の人たちの髪や目の色は、基本的に私が前世にいたときと同じだ。
ニホン人なら、黒や茶色の瞳や髪を持つ人が多い。
けど、攻略対象や、それに関わるサブキャラクターだけは特殊な髪や目の色をしている。
つまり、目や髪の色が特殊なら、このギャルゲーの世界において、重要なキャラクターである可能性が高いのだ。
この目の色、コンタクトかな。
ビジュアル的に、それもありえそうでよくわからない。
しかも、この人私をじーっと見てくる。
マシロと同じ瞳の色なのに、全く違う。
見つめられると落ち着かない。
その目は、獣が小動物を観察するように鋭く光っていて。
遥か高みから見下ろされているような気分になる。
「あっれー? アユムじゃないすか? 奇遇っすね。紅とも知り合いだったっスか」
軽い口調でそう言って、彼はへらっと笑った。
先ほどまで感じていた威圧感が一瞬で消えて、戸惑う。
「えっと・・・・・・どこかで会いましたっけ?」
どうやら彼は私のことを知っているみたいだ。
でも私には覚えがなかった。
「あっ、そうか。気にしないでほしいっス。よく考えたら一方的に知ってるだけだったんで。クロエって気軽に呼んでくれると嬉しいッス」
クロエはそう言って、砕けた様子で笑いかけてくる。
なのにどうしてだろう。
得体のしれないものを感じて、私は体を硬くした。
「ボクは今野アユムです。こっちが友達の良太」
「紅から大体の事情は聞いてるっすよ。人と会う約束があるから、限られた時間しか付き合えないっすけど。早速はじめるっすね!」
自己紹介をすると、そう言ってクロエは歩き出す。
良太がよろしくお願いしますと元気よく挨拶した。
「なんでボクのこと知ってたんですか?」
「覚えてないとは思うっすけど、何度か会ってるっすよ。それに、知り合いからよくアユムの話を聞いて、興味を持っていたっすからね。今はそれよりも、二・三人で遊びにきてる高校生くらいの女の子を探して、見つけたら教えてほしいっす」
気になって尋ねたものの、クロエには悪戯っぽく笑ってかわされてしまった。
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「あの子たちとかどうですか、クロエさん」
すぐ前の広場にあるベンチに座る女の子たちを示して、良太がそう言った。
「あれは駄目っすね。時計をチラチラ見てるから、待ち会わせの可能性が高いっす」
「じゃあ、あそこの店の前に立ってる子たちは?」
「携帯弄ってるすね。ちょっと微妙っす」
良太が見つけた子たちに、クロエはなかなか声をかけようとはしなかった。
「なんだよ、ナンパしようぜ。クロエさん。数打てば当たるだろ」
「駄目なんすよ、それじゃ。そうやってガツガツしてるから、良太くんは怖がられちゃうんス」
クロエの言葉に、確かにと私も思う。
良太からは、彼女が欲しいオーラが出まくっていた。
良太は男友達としてはなかなかいい奴なんだけど、女の子からしたらちょっとなとなってしまうんだろう。
「大切なのは、相手に警戒させないこと! 間違っても、ねぇ彼女今暇? おれらとお茶しない? なんてありきたりな事を言っちゃいけないっス。自然に話すきっかけを作って、ちょっと話を聞いてもいいかなと思わせることが重要っすよ」
さすがというべきか、クロエのいう事には説得力があった。良太と一緒に、なるほどなと関心してしまう。
「きっかけって例えばどんな感じなんですか? 知り合いと間違えたふりをしたりってことですか?」
ちょっと興味が出てきて私が尋ねると、甘いというようにクロエは首を横に振った。
「んーそれ、最初はいいかもしれないっすけど、うまく行って後に、知り合いってどんな人だったのって聞かれたら困るっすよね?」
「確かにそうかも」
自分に似た知り合いって、彼女としては結構気になるかもしれないし、聞かれる可能性は高そうだ。
「それよりはCDショップに行って、CDを選らんだお姉さんに、それぼくも好きなんですって話しかけた方がよっぽどいいっす。趣味が同じってだけで、結構ガードを緩くしてくれるっすからね」
「でもその曲を知らなかったらどうすればいいですか!」
まるで先生に質問する生徒のように、良太が熱心な視線をクロエへ向ける。
「何のために、ウィ○ぺディアやブログが存在してると思ってるっすか! アーティスト名とかを会話に織り交ぜつつ、誰かが書いたブログの曲の感想をそのまま言えば、この人よく知ってる! 素敵!ってなるっすよ。それはマイナーであるほどいい!」
「さすがクロエさん! 師匠と呼ばせて頂きます!」
なるほどと言って良太はメモを取っているが、ウィ○ペディアやブログは、決してナンパのために存在してるわけじゃない。
「最近はまったばかりでって事にするのがミソっす。そしてオススメを教えてもらうことで、お礼に何かっていう方向へ持っていく手もあるっすよ! 今日はまぁ、三人だからこれはやらないっすけど」
その鮮やかな手法に、ついためになるなぁなんて思いかけてしまうけど、よく考えたらこの知識が私の人生の役に経つ日はくるんだろうか。
たぶんないと思う。
そんな会話をしながら、クロエが辿りついた先はフードコートだった。
「あっ、あそこいい感じの子たちがいるっすね。ちょうど席が込んでるし、相席を頼みに行くっすよ」
早速標的を定めると、クロエは女の子たちに近づいていった。
「ここ、相席いいっすか?」
「うんいいよー」
軽い感じのノリで、高校生三年生くらいのお姉さんたちはオッケーしてくれた。
前世ではあまり関わりの無かった、ギャルっぽいタイプの子たちだ。
昼ご飯を食べながら、会話を弾ませていくクロエの手並みは、目を見張るものがあった。
「えークロエくんたら~」
「本当のこと言っただけですって。めっちゃタイプなんすよ」
イケメンのクロエに褒められて、彼女たちは嬉しそうだった。
良太は緊張して、あぁとかうんとかしか喋ってないのだけど、それが逆に寡黙という事でうけている。
「ねぇねぇ。アユムくんはどんな女の子がタイプなの?」
「えっとボクは・・・・・・」
何と返したものか。
女の子に興味はありませんっていうのもアレだしなぁ。
「照れてる。可愛い!」
悩んでいたら、きゃはっとお姉さんが笑った。
テンション高すぎてついていけないので、適当に愛想笑いを返す。
帰りたいなぁと思っていたのに、何故かそのまま遊ぶ流れになった。
「用事あるんで抜けるっすね。でも、すぐに帰ってくるッス!」
そう言い残して、クロエはショッピングモールの人ごみに消えていく。
お姉さんたちは残念そうな顔をしていたけれど、すぐに合流するというクロエに気を取り直したようだ。
お姉さんたちとプリクラを取ったり、ゲームしたりして遊ぶ。
次はカラオケに行くようなんだけど正直疲れた。
やっぱり遊ぶなら、気心の知れた友達に限る。
良太と遊ぶ時は体力使うけど、ぱーっと楽しいし。
理留とお茶するときは、まったりと癒される。
宗介と遊ぶ時は、安心感があるというか、一緒にいて楽だ。
そういえば、長い間宗介と遊んでないなぁと、ふと思う。
前に遊んだのは、六年の修学旅行の時だから約一年になる。
宗介といると、会話がなくても意思が伝わるというか、側にいるだけで落ち着けるというか。
二人の間には、気を使って喋らなくてもいい、心地よい沈黙があった。
宗介以外の子と、あの感覚を共有できることはなくて。
それが特別な事だったんだなと今になって分かる。
そんな事を考えていたからだろうか。
ふと見た喫茶店の店内に、宗介の姿を見つけた。
宗介は、とろけるばかりの幸せそうな顔で、微笑んでいた。
その表情を見て、思わず足が止まる。
一緒に座っている人は、窓の反射のせいで顔が見えない。
けど、服装からして女の子のようだった。
その光景を見て、ドクンと心臓が痛くなる。
あんな顔を、私以外にも見せるんだ。
ショックを受けている自分がいて、それに戸惑う。
まさか、あの女の子は宗介の恋人だったりするんだろうか。
そんな事を思ったら、周りから人ごみの喧騒が消えていった。
宗介もお年頃だし、そんな人がいたっておかしくない。
山吹のおじさんたちの死から、宗介が早く立ち直れたのもこの女の子のお陰なんじゃないだろうか。
めまぐるしくそんな考えが頭を巡っていった。
血が氷になったように、体が冷えていく気がした。
どうしてか胸が苦しくて、無性にここじゃないどこかへ行きたくなった。
ふいに女の子が顔をあげ、私を見てにたぁっと笑った気がして。
「アユム、どうしたんだ?」
「ボクちょっと用事思い出した。ごめん、先帰るね!」
良太に謝って、私はその場を後にした。




