【42】ブレスレットと遊びの誘い
季節は夏から秋に変わり、どうにか私は水泳の授業を全て乗り切った。
水泳の授業のたびにマシロと入れ替わっていたのだけど、皆うまくマシロを『アユム』だと思ってくれたようだ。
ただマシロを信じず、ロッカーの中に隠れて様子を窺っていた罰として、マシロは水泳のたびにフンドシを締めていくのをやめなかった。
そのため夏の間、私はフンドシマニアなんていう不名誉なあだ名で呼ばれることとなってしまったのだけど。
ちなみに来年からは、中学の水泳は選択性の授業になるようだ。
本来プール設備があるなら、水泳の授業はやる事になっていたのだけど、国レベルで方針が変わったらしい。
「本当偶然だけど、よかったぁ」
「これが偶然だと本気で思っているのか?」
ほっと胸を撫で下ろした私に、マシロがそんなことを言う。
「・・・・・・まぁ都合よすぎるとは思うけど」
「わかってるならいい。わかったところで、意味はないけどな」
時々マシロは、思わせぶりな事を言う。
大体、そういう時のマシロは歯がゆそうな顔をしている。
どうしてそんな顔をするのか理由を知りたいけれど、それはきっと聞いてはいけない事なんだろう。
このゲームの世界が、私にとって都合いいように改変された。
つまりはそういう事なのかもしれない。
けどマシロの言うとおり、それがわかったところで、この事実をどう受け取っていいのか私にはわからなかった。
「駄目だ、難しいことはわかんない! このゲームの先がどうなってようと、立ち止まってうじうじ悩むより、突き進むしかないよね!」
まじめに悩んだ結果、そんな結論を私は口にした。
わかんない事を、考えたところで謎が増えるだけ。
頭を巡らせて先を読もうとしたら、暗い未来が浮かんで、足が止まって何もできなくなる。
中学に上がって、このギャルゲーの世界『その扉の向こう側』の事を、久々にノートにまとめた。
その時に、最悪のパターンをいっぱい考えて、それを避ける事を考えてみようと思い立ったんだけど。
結果どんよりと暗い気持ちになっただけで終わり、その部分のノートは千切って捨てた。
ある程度考えることは必要だけど、深く突き詰めるのに私は向いてない。
推理モノがあったら、解決編だけ見るタイプ。
謎を解き明かすのは探偵にまかせるに限るのだ。
凡人はそのつど考えて、地道に道を選んでいくしかない。
「でもこのギャルゲーがミステリーものだとしたら、私って犯人に殺される被害者Aなんだよね。事件が起こる前に解決してくれる探偵がいたらいいのに」
「事件が起こる前に解決できるやつがいたら、それはもう探偵じゃなくて予知能力者だ。もしくは、犯人そのものとかな」
脈絡のない私の発言にも、マシロは受け答えしてくれて、よしよしというように頭を撫でてきた。
「いきなり、何マシロ?」
「いや、アユムが思いのほか前向きで安心した」
ちょっとマシロの様子は変だったけれど、頭をなでられるのは気持ちよかったので、私はマシロの手の感触に目を細めた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
十月になって。
いつものようにマシロの部屋に行ったら、机の上に手紙とブレスレットが置かれていた。
手紙を読んだら、これはどうやら前にマシロがくれると約束した、手作りのブレスレットのようだった。
デザインはマシロとお揃いだ。
『前に約束したブレスレットだ。このデザインをアユムは気に入ってるみたいだから、同じのを作ってみた。ぼくが誰かのためにブレスレットを作るなんて、めったにないんだから大切にしろよ?』
手紙の一枚目には、綺麗な字でそう書いてあった。
プレゼントが嬉しいというより、別れの言葉みたいなのが気になって、二枚目を読む。
『十月から、海外の学校に通う事になった。アユムがこれを読んでる頃にはもうそこにはいない。水泳の時に、いつもと違う術を使っただろう? それが上にばれてしまってな。それで、怒られて学園を追い出されてしまった』
「それ、私のせいじゃん!」
つい叫んでいた。
愕然とする。
マシロが軽い感じで請け負ってくれたから、つい甘えてしまったけれど、相当まずい事だったらしい。
『アユムの事だから、自分のせいだとでも思うかもしれないが、それはやめてほしい。元々今年の四月には、ここにはいない予定だったんだ。だから、むしろそっちの方が気が楽だ』
マシロの言葉はきっと真実で、本気でその方が気楽だと考えているんだろう。
でも、私はマシロがいなくなるのが寂しかった。
『ぼくは別れが苦手なんだ。だから、もう行く。これだから仲良くなんてなりたくなかったのに。ぼくが居なくなってもめそめそしたり落ち込んだりはするなよ。言ったところで無駄だとは思うが。まぁ困ったことがあればメールしてくれ。何もしてやれなくても、話を聞くくらいはできるから』
マシロらしいと思った。
なんだかこれを言う様子が目に浮かぶようで、ちょっと涙が出そうになる。
気分を切り替えるように、マシロからのプレゼントであるブレスレットをつけてみた。
私の手首にピッタリのサイズ。
透明な玉は、内側に虹色を宿していて。
日の光に当たったときの、マシロの髪の毛みたいだと思った。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
一人でしんみりしていたら、私の携帯電話が音を立てた。
誰かなと思ってメールを開いてみると、良太からだ。
良太はこのギャルゲーの主人公であるアユムが、公立の学校に通っていた時の知り合いだ。
私とは五年生の秋に知り合ったのだけど、実はあれからちょくちょく一緒にゲーセンにでかけたりと、遊びにいったりしている。
特に中学に入ってからは、遊ぶ機会も増えた。
宗介が遊んでくれないので、自然と良太と遊ぶようになったのだ。
学園で一番仲のよい吉岡くんは、バスケばかりで遊んでくれないし、他の子たちも習い事などでなかなか都合が付かないのだ。
良太と遊ぶときは、ゲーセンや駄菓子屋、ファーストフード店など、この学園の子があまり行かない場所に行ったりする。
あっちの学校で流行っているからと、前世ではやったことのなかった、カードバトルや、モンスターを戦わせるゲームなども教えてもらった。
学園の友達と遊ぶ時とは、また違った雰囲気で楽しいのだ。
やっぱりというか、良太からのメールは遊びの誘いだった。
特に予定もなかったし、気分転換も兼ねて、私はその誘いに乗ることにした。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
秋晴れの日曜日。
ショッピングモールは人でにぎわっていた。
色んなものが揃っている美空坂ショッピングモールは、私や良太が住んでいる場所から少し遠く、若者向けのお洒落な店が多い。
「今日はどこから回ろうか。何か買いたいものでもあるの?」
良太がこんな場所に誘ってくるのは珍しかったので、尋ねてみる。
誰かへのプレゼントを買うとか、そういう用事があったりするんだろうか。
「それなんだがな、今日はナンパをしようと思う」
思いがけない事を言われ、良太が何を言ったか一瞬理解できなかった。
「ナンパ・・・・・・? えっと、女の子を誘ってお茶でもしない? とかいうアレ?」
「そうだ英語ではガールズハント。今日のオレたちは愛の狩人だ」
聞き返したら、逃がさないと良太が肩を組んでくる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでいきなりナンパ? ボクそんな事聞いてないんだけど!?」
「言ってないからな。言ったらお前こないだろ」
当たり前だ。
何が悲しくて私が、女の子をナンパしなくちゃいけないんだ。
男ということになっていても、中身は女の子だというのに。
「ボクたち中学生だよ? ナンパなんてまだ早いというか、やりたくないよ! そもそも何でナンパしようなんて考えになったのさ!」
「それには深いワケがあるんだ・・・・・・」
良太は重みのある声で、私にそうなった経緯を聞かせてくれた。
それは一週間前のこと。
良太はある女の子に告白したが、振られてしまったらしい。
「オレがお前なんかを本気で好きなわけねーだろ。勘違いすんな。それにオレには年上の彼女がいるんだからな」
「へぇ、そうなの。じゃあ連れてきなさいよ。そうね、再来週の日曜なんてどうかしら?」
「あぁ望むところだ!」
売り言葉に買い言葉。
強がったら何故かそんな話になってしまい、今に至るとのことだった。
はっきりいって、全く深い理由でもなんでもない。
ぶっちゃけ浅すぎた。
「可哀想なオレのために、手を貸してくれ。アユム、頼む!」
「素直に嘘つきましたって謝っておいでよ」
「そんなの男のプライドにかけてできるわけねぇだろ! それに、オレに彼女がいるところを見せ付けて、逃した魚は大きかったんだと後悔させたいんだ!」
つまりは見得のためという事らしい。
そんなんだから、良太はモテないんだと思うんだよな・・・・・・見た目はそう悪くないと思うのに。
「それで、ナンパって具体的にはどうするの?」
「おっ、やっとやる気になったか」
尋ねた私に、良太が嬉しそうな顔になる。
とりあえず成功するとも思えない。
二・三人に声をかけて失敗し、ナンパは難しいなと諦めてもらう方向へ持っていこうと決める。
一度言い出すと、良太は突っ走るタイプだ。
人の話をあまり聞かず、暴走して後で冷静になるのがパターン。
最初の出会いからしてそうだったし。
結構単純で、わかりやすくもあるので、私は良太との付き合い方をすっかり身につけていた。
「まずは声をかける! と言いたいところだが、オレたちには経験値が圧倒的に足りねぇ。だから、モテる奴からモテるコツを教えて貰って、ナンパに挑もうと思う」
「そのモテる奴って? 心あたりでもあるの?」
「ない! アユムならあるだろ? 前に女に凄くモテる先輩がいるって言ってたじゃないか」
良太が言っているのは、紅緒先輩の事だ。
覚えてなかったけれど、遊んでいる時に良太に話したんんだろう。
この様子からすると、紅緒先輩が女だって事は言ってないみたいだけど。
紅緒先輩は私より一つ年上で、女の子たちによくモテる。
中等部に入ってから知ったのだけど、紅緒先輩は演劇部に入っていて、ファンクラブまであるようだ。
この前廊下ですれ違った時も、女の子たちに囲まれていた。
紅緒先輩も女の子だよという事は置いておくとして、確かに紅緒先輩ならモテるコツを知ってるかもしれない。
留花奈に弁償してもらった携帯電話《2台目》で、紅緒先輩に電話をかけてみる。
実は前のリーダー合宿の時に、連絡先は交換していた。
『もしもし。アユムくんからデートの誘いなんて嬉しいな』
「まだぼくデートに誘うなんて言ってないです」
『まだってことは、いつかは誘ってくれるつもりがあるんだね。ふふっ楽しみだなぁ』
今日も紅緒先輩は相変わらず絶好調なようだ。
さっさと用件を済ましてしまおう。
「紅緒先輩、女の子にモテるコツって何かありますか?」
『いきなりだね。うーん、特に何かしなくてもモテるからわからないや!』
ですよね。なんとなく予想はついてました。
『なんでいきなりワタシにそんな事を聞いてきたの?』
紅緒先輩がどうしてそんな事を聞いてくるのか不思議がるので、その経緯を説明する。
『あはは! なるほどねぇ。ナンパなら得意な友人がいるよ!』
「本当ですか?」
正直言うと、あまりそういう情報は求めてなかった。
ナンパしようという良太の心を折る言葉さえ貰えれば、十分だったんだけど。
『うん。彼がワタシの連れの女の子をナンパしようとしてて、言い争いになったんだけど、そこから仲良くなってさ。休日にはよくそのショッピングモールにいるから、連絡取ってみるよ! 入り口の看板の前から動かないでね!』
いらないですという前に、紅緒先輩は電話を切ってしまう。
「どうだった?」
期待を込めて、良太が私に尋ねてくる。
「何もしなくてもモテちゃうから、モテるコツなんてわからないって」
「くそっ、これだからイケメンは!」
悔しそうに良太が地面を踏みつける。
「それで、ナンパ得意な友達が近くにいるから、手助けしてくれるように頼んでくれたみたい。今メールが来た」
私の手元のメール画面に、そんな情報が映しだされる。
どうやらその人は、五分くらいで私達と合流するみたいだ。
「マジかよ。心強いな!」
「うん・・・・・・本当にね」
そんな本格的にナンパをするつもりなんて、サラサラなかったのに。
面倒なことになりそうだなと、心の底から思った。




