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【40】中学生になりました

 中学生になって、私を取り巻く環境はかなり変わった。

 一番大きいのは、やっぱり幼馴染である宗介が家にいること。


 育ててくれた山吹やまぶきのおじさんたちが亡くなって、宗介は仁科にしなという苗字になった。

 親戚たちは宗介をやっかいもの扱いし、それに怒った私の父さんが、宗介はうちで育てると宣言して今に至る。


 うちの両親は仕事で遅くに帰ってくる事が多く、それでもいつも母さんは夕食を用意してくれていた。

 けれど、今では宗介が夕食を作ってくれる。


 お世話になりっぱなしは悪いから。

 そんなに気を使わなくてもいいのにと思いつつ、その方が楽なんだと宗介が言うから、夕食は宗介が作るものを一緒に食べている。

 宗介の料理の腕前は、ぐんぐんと上達していた。


 同じ家で過ごす生活にも、大分慣れた。

 けれど、私にはちょっと気になることがあった。

 私に対する宗介の態度が、前に比べてどこかよそよそしいのだ。

 距離を置かれているような気がする。


 最初は、宗介も不安定になっているからなんだろうと思っていた。

 自分を育ててくれた人たちがいなくなったのだ。

 それはとても辛いことだったと思う。


 でも、あれからもう半年が経ち、季節は夏になって。

 私はそれだけじゃない気がしていた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「そういえば宗介、助っ人としてバスケの大会に出るんだって? 吉岡くんから聞いた。珍しいね、宗介が自分からそういうのやるなんて」

 二人で食べる夕食の時間。

 私は何気ない会話を振ってみた。


 バスケが大好きな吉岡くんは、中学に入ってもバスケ部に入ろうとしていたが、そもそも部自体がなかった。

 どうしてもバスケがしたかった吉岡くんは、部を設立し、今は一年生にして部長をしている。

 そうはいっても、五人いる部員のうち、実際に活動しているのは三人だけなのだけれど。


 何もしなくていいから名前だけ貸してくれと頼まれて、私は幽霊部員としてバスケ部に籍を置いていた。

 大会があるとかいう事情があるなら、出てもよかったのだけど、約束は約束だからと吉岡くんは私を大会には誘わなかった。


 人数が揃わなかったときは、出ようかなと思っていたのだけど、まさか吉岡くんが宗介に助っ人をお願いするなんて。

 ちょっと意外だった。


 吉岡くんとは、小学校二年の時からの付き合いだ。

 私とはとても仲のいい吉岡くんなのだけれど、実は宗介を少し苦手としていた。

 普通に会話はするのだけど、どこかぎこちないというか。

 私の側に宗介がいる時は、あまり近づいてこなかった。


 けど、ここ最近の吉岡くんは、宗介と結構仲がいい。

 二人とも私と同じクラスなのだけれど、私が間にいなくても楽しそうに会話しているのを見る。

 原因は、中学に入ってから宗介が変わったからだと思う。


 中学生になって、宗介は私にべったりするのを止めた。

 そして、周りと積極的に関わるようになった。

 元々人当たりはいい方なので、たちまちクラスに溶け込み、周りからの信頼も集めている。


「吉岡くん大会に出たいのに、人数が揃わなくて困ってるみたいだったからね。それに吉岡くんには昔、酷いことしちゃったし」

 そう言って、宗介は味噌汁を飲む。


 吉岡くんに宗介がした酷い事というのは、四年生の時の体育の時間の事を指しているんだろう。

 突然現れた犬に動揺して怪我をした吉岡くんを放り出し、宗介は大した怪我でもない私の方を助けにきた。

 反省しているようには見えなかったけれど、悪いとは思っていたらしい。


 話をしながらも、宗介の食べる速度は早い。

 まるでこの時間を終わらせて、一刻も早く部屋に戻りたいというように私には見えた。


「ご飯終わったら、一緒にテレビ見ない?」

「ごめん。今日の予習がしたいんだ」

「じゃあ、一緒にやるよ」

「一人で集中してやりたいから、ごめんね」

 誘いはあっさりとかわされる。

 この家に宗介がきてから、ずっとこんな調子だった。


「・・・・・・」

「どうしたの、アユム?」

 ちょっと恨みがましい目で宗介を見ていたら、不思議そうに首を傾げられる。

 なんで私が不機嫌なのかわからないという態度だ。

 別に私を嫌いになったとか、そういうことではなさそうなのだけれど、やっぱりちょっと傷つくものがあった。


「なんでもない。醤油とってくれる?」

「わかった。はい」

「ありがと」

 醤油ビンを受けとろうとしたら、ふいに互いの指先がふれた。

 まるで、静電気でも走ったように宗介が手を引く。


「ご、ごめん!」

 床に醤油が零れ、慌てて宗介が床を拭く。

「どうしたの最近。この前も同じ感じでコップ割ってたよね」

 心配しながら、私も醤油をふき取るのを手伝う。

 ちらりと宗介をみると、視線が明後日の方へ向いていた。


「どうしたの?」

「・・・・・・アユムそのTシャツ、襟の部分がのびて中が見えてる」

「あぁ結構昔から着てるしね」

 家で着る服だから、あまり気にしたことはなかったけれど、宗介のいうとおり、首周りがよれよれになっていた。


「前から言おうと思ってたけど、ちゃんとそういうの気をつけた方がいいと思う」

「いやでもこれ、家の中でしか着ないし」

 年季が入ったそのシャツは、それこそ小学生の時から着ている。宗介も何度も見ているはずなのに、なんで今更と思う。


「アユムは無防備すぎるんだよ。一応おん・・・・・・」

「?」

「なんでもない。お願いだから、もう少し気を使ってよ」

 困ったような顔でそんなことを言われる。

 今までは何も言わなかったのに。


 最近の宗介はこんな感じで、私と距離を置いたかと思えば、変なところで注意をしてきたりするようになった。

 吉岡くんとふざけあって抱き合ったりとかしてたら、引き剥がしにくるし。

 風呂上りに濡れた髪のままで歩いていると、ちゃんと乾かさなきゃと注意される。

 たまには夜更かしして、一緒の部屋でお喋りしようと誘っても、断られてしまう始末だ。


「俺もう部屋戻るね。食器は水につけておいて」

 そういい残して、宗介は足早に立ち去ってしまう。

 一体なんなんだろう。

 避けられる原因がよくわからなくて、私は溜息をついた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「なんかさ、宗介が中学になってから私の事を避けるんだよね」

「ここはお悩み相談室じゃないんだぞ」

 いつもの隠れ部屋で、私の言葉にマシロが呆れたように言う。


 ちなみに、なぜ留学する予定だったマシロがまだここにいるかというと。

 留学の前に留年してしまったのだ。

 なので、もう一年はこの部屋にいるらしい。


 あれだけこの部屋にいれば、出席日数も足りなくなくなる。

 当然と言ったら当然に思えた。

 留年なんて喜んでいいことじゃないのに、やっぱりマシロがここにいると落ち着く自分がいる。

 すでにマシロには女とばれてしまっているので、素の言葉遣いでいいし、かなり気が楽だった。


 マシロは何も変わらない。

 成長が止まってしまったんじゃないかと思うくらいに、見た目も含めて出会った時のままだ。

 私が女だとわかっても、私に対する態度はいつも通りで。

 そのことが、ものすごくありがたかった。


「その幼馴染は前に自分のせいで、周りに不幸が起きると考えてたんだろう? またおじさんたちがなくなって、アユムを巻き込みたくないからと避けてるんじゃないか?」

 なんだかんだいいながら、マシロは私の相談ごとに答えてくれる。


「そういうのとは違うみたいなんだよね。今回は一切そういうことも言わなかったし、そんな暗い雰囲気がないんだよ」

 マシロと同じことを、私も最初考えていた。

 けれど、どうやら違うようで、それもまた不思議だった。


 宗介の性格からして、山吹のおじさんたちの死を、自分のせいと思い込んでしまうんじゃないか。

 当初私はそれを心配していた。

 けど、今の宗介にはそうやって悩むことを、どこか吹っ切ってしまったような雰囲気があった。


 宗介の中で何があったかはわからない。

 けれど、それは苗字が山吹から仁科にしなに変わったあたりからだ。

 あの瞬間、私にだけ見えている宗介の特殊な髪や目の色が変化した。

 もしかしたらあの時に、外側だけじゃなくて、内面的な変化も宗介にはあったのかもしれない。



「私を避けるだけじゃないんだ。あの私にべったりだった宗介が、私以外の人とも仲良くしはじめたんだよ。それになんか余所余所しいし」

 中学に上がってから、宗介はかなり社交的になった。

 同じクラスなのに、前みたいに私にくっついてこない。


 朝は起こしてくれるけど、先に学校に行ってしまうし。

 帰りだって私を待たずに、さっさと帰ってしまう。

 家で夕食は一緒に食べてくれるけど、それが終わったらさっさと部屋に引きこもってしまうのだ。


「いい事じゃないか。前は執着されすぎて困っていたんだろう?」

「うっ・・・・・・まぁ、そうなんだけど」

「なんだ、いざ離れていくと寂しいのか」

 にやにやとマシロが笑う。

 その通りなので、何も言い返せない。



「あぁそうだ。前に言ってた水泳の授業の件はどうなったんだ?」

 ふと思い出したようにマシロが聞いてくる。

 そういえば、そっちの問題もあったなと暗い気分になった。


 小学校の時までは、背中の傷を理由にプールに入ることを拒否していた私だったけれど、さすがにその理由を使い続けるには限界がきていた。

 補習という形でどうにかして欲しいとお願いしに言ったら、背中の傷は男の勲章だろとか、適当なことを言われて却下されてしまったのだ。


 マシロ曰く、私には『周りに男だと認識させる力』が働いている。

 その力のせいで、マシロ以外は皆私を男だと思っているのだ。

 あまり女の子らしくない体とはいえ、普通見られたらバレるものだ。

 しかし、たとえ裸になろうとも、両親も幼馴染の宗介も私を女だと気づかない。


「今までの経験から言って、男子用の水着を着ても、力のせいで誰も女だと気づかないんだろうけどさ。さすがに上半身裸は勇気がいるよ」

「オススメはしないな。それに、アユムは勘違いしているようだが、今まで誰もお前が女だったということに、気づかなかったわけじゃない」

 溜息をついた私に、マシロが気になることを言った。


「気づかなかったわけじゃないって、どういう事?」

「そのままの意味だ。見た目男に思えても、アユムの体は女だ。触れたりすれば、女だと気づく奴も当然いる。現に六年の身体測定の時の医者は、アユムが女じゃないかと疑いを持っていたぞ」

 マシロは、反応を窺うように私の方を見た。


「保健室に隠れて様子を見ていたんだ。いっておくが、男子の時だけだから、変態扱いするなよ」

 マシロには人に暗示をかける力がある。

 私が女だとばれないよう、念のため医者に暗示をかけておこうと思ったらしい。

 知らないところで私のために動いていてくれた、マシロの優しさが嬉しかった。


「医者は、聴診器をアユムの胸に当てた時点で違和感に気づいていた。カルテには女の子かもしれないと書かれていたからな。いくつか質問もされただろう?」

 マシロに言われてその時の事を思い出す。

 女の子みたいな体つきだねと言われた時は、さーっと血の気が引いた。

 けどその後、何も音沙汰がなかったから、バレなかったんだとばかり私は思っていた。


「お医者さんの記憶、マシロが暗示で書き換えてくれたんだね。ありがとう」

「ぼくの暗示は医者に効かなかった」

 お礼を言った私に、マシロはどこか苦々しい顔で呟いた。


「医者は全ての診察を終えてから、担任にでもこの事を話そうと考えていたんだろうが、その頃にはこの事を忘れていた。いや、記憶の底にもなかったから、忘れたというより最初からなかった事になっていたと言った方がいいか」

 それならそれでいいんじゃないかと私は思ったのだけど、最悪だというようにマシロは顔を曇らせていた。

 

「両親や近しい人たちが気づかないのを不思議には思っていたんだが、正直ここまで強力な力だとは思ってなかった。認識を誘導するというよりも無理やり捻じ曲げている。それだけ、この世界に気に入られてるってことなんだろうが・・・・・・」

 マシロの私を見る瞳は苦しそうだ。

 女である私が、男のまま生きなきゃいけないということを、案じてくれているんだろう。


「私別に平気だよ? そっちの方が都合いいし。マシロだけは私の事わかってくれるしね」

「例えわかっていても、どうにかすることができたとしても、ぼくはアユムに何もしてやれない」

 心配させないよう明るく言ってみたのに、マシロの顔は晴れない。

 その声は、自分自身に苛立ちをぶつけるかのようだった。


「マシロが私のために何かしようって思ってくれるだけで嬉しいよ。ありがとね」

 素直な気持ちを伝えたら、マシロが目を見開いて、それから困ったように視線を逸らした。

「お前は、ぼくが欲しいと思っている言葉をくれるな。ぼくが本当はどんな奴かも知らないくせに」

「その言い方だと、マシロが本当は悪人みたいだよ?」

 軽口を叩いたのに、マシロは私の方も見て薄く微笑むだけで、いつものように冗談を返してはくれなかった。


「・・・・・・アユム、今回の水泳の授業、ぼくが代わりに出る」

「はい?」

 代わりにマシロが妙なことを言い出し、思わず聞き返してしまう。

「ぼくを見た人全員が、ぼくをアユムだと思うように力を使えば、代役くらい可能だ。いつもの暗示と違って、無差別にずっと力を使い続けて疲れるから、あまりやりたくはないんだけどな」

 気は乗らないけど仕方ないというように、マシロは口にした。


「そんな事できるの? ぼくとマシロって大分見た目に差があるよ?」

 マシロは男子にしては小柄の164センチだけど、私とは10センチ以上身長に差がある。髪も目の色もまるで違う。


 マシロを見た相手の『アユム』に対するイメージに、複雑な術で細かな修正を加えるとか何とか言って説明してくれた。

「とにかく、アユムやぼくと同類でもない限り、見た目や声だけで見抜くのは不可能だ」

 正直全部理解できたとは思えないけれど、マシロがそういうならそうなんだろう。


 ただ、マシロの力では、触れれば違和感に気づくし、仕草や言葉までは力でカバーできないとの事だった。

 それと私の力と違い、変だと思った人がいても記憶が強制的に修正される事はないらしい。


「まぁ疑われたら、直接暗示をかければいいしな。ついでにアユムの男らしさを見せ付けてくるさ」

 まかせておけと請け負うマシロに感謝しながらも、私は少し不安を覚えていた。

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