【39】消え行くオレンジ
私がのん気に修学旅行に行っている間に、宗介の家が家事になって、山吹のおじさんとおばさんが亡くなっていた。
原因は放火の可能性が高いとの事だった。
夜中だったため気づかなかったおじさんたちは、逃げ遅れてそのまま亡くなってしまった。
そんなことを急に聞かされても、すぐには飲み込めなかった。
私が自分の部屋に戻ると、宗介は机に座っていた。
何をするでもなく、暗い部屋の中でぼーっとしている。
「宗介」
電気をつけて声をかけると、私の方を見た。
「おかえり、アユム」
弱々しく笑ってそう言った宗介の顔は、憔悴しきっていた。
「修学旅行、どうだった?」
何と声をかけていいかわからない私に、宗介は尋ねてくる。
楽しかった、なんていえるわけがなかった。
「家が家事になったって、どうして教えてくれなかったの。宗介が大変な時に、ボクは・・・・・・」
「本当のことを言ったら、アユムは俺に着いてくるでしょ。楽しみにしてた修学旅行なのに、楽しめなくなる」
確かにそのとおりだ。
でも、宗介が苦しんでいて、おじさんたちが亡くなった時に、自分は楽しんでいたんだと思うと居たたまれない。
聞いたところで何かできたわけじゃないかもしれないけど、それでもそこはちゃんと言って欲しかった。
唇を噛み締める。
友達なのに、辛いときに側にいれなかったことが悔しい。
けど今そんなことで宗介を責めても、意味はない。
それもよくわかっていた。
だから、小さく息を吐いて、宗介の座る椅子の横に、背を預けて床に座る。
言葉を交わすこともなく、部屋の静けさと時計の音に耳を澄ます。
頭を空っぽにしていくと、何もないこの部屋の中で、宗介の存在だけがくっきりして、背中のあたりに感じられた。
宗介にとって大切な人たちは、この世界にもういない。
本当の両親も、愛情を注いでくれた山吹夫妻もいなくなってしまった。
それはきっと世界でただ一人取り残されたようなものなんだと思う。
私なんかが、宗介の孤独を全部わかるなんてことは思ってない。
できることは、側にいて、宗介を必要としてるってことを伝えることくらいだ。
私がこの世界に来たばかりの頃。
平気なふりをしていたけれど、私は寂しくて不安だった。
知ってる人は誰もいない。皆は私ではなく『今野アユム』を必要としてる。
そんな中、宗介だけが私を必要としてくれた。
小学校二年の夏祭り。
爪が食い込むほどに私の腕を掴んできて、いなくならないでと宗介が言った時。
必要とされてるんだって、思った。
一人じゃないってそう思えて、救われた。
そっと宗介の腕に手を伸ばす。
ここにいるよ、必要としてるよって伝えるように。
頭上から、宗介の小さな嗚咽が聞こえて。
しばらく二人して泣いていた。
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あっという間に、山吹夫妻の葬式が執り行われることとなって。
近くの公民館を借りて、葬式は始まった。
二人は小さな箱に収まっていた。
しんみりした空気の中、気がつけば葬式は終わっていて。
後に残った大人たちが話し合いを始めた。
内容は、宗介を誰が引き取るかというものだった。
「俺たちは引き取らないぞ。兄さんたちが死んだのも、全部この子が生まれてからだ。呪われてるとしか思えない!」
感情的になっているのは、山吹のおじさんの弟さんだ。
宗介のお母さんは、宗介を生んで亡くなった。
父親は男手一つで宗介を育てていたけれど、事故で帰らぬ人となった。
そして宗介を引き取った父方の弟夫婦である、山吹夫妻は火事で亡くなってしまった。
長男に続き、次男までも亡くなって、山吹の家の人たちの間には、ピリピリした空気が流れていた。
そんなの、宗介のせいじゃないのに。
放火犯が捕まらないこともあり、憤りをぶつける場所をなくしているのかもしれないが、一番悔しい思いをしてるのは宗介に違いない。
私は文句を言いたかったけれど、隣にいる宗介がじっと言葉を受け止めているのでその衝動を抑える。
「宗介くんには悪いが、私たちも無理だ。うちには年頃の娘がいるからな」
そう言ったのは、宗介の母方の兄夫婦だ。
互いに宗介を押し付けあって、話は平行線だった。
こんなの、宗介に見せたくない。
そう思うのに、どうなるのかは気になるから私は動けずにいた。
どっちも宗介を引き取らないと主張して、ヒートアップしていく。
どれだけうちが宗介を必要としていないかを競うような内容に、耳を塞ぎたくなる。
本人の前で、面倒だっていう顔を隠さない大人たちに、いらいらが募って、我慢ができなくなった。
テーブルをドンと叩いて、文句の一つでも言おうとした時。
私より先に、行動したのは父さんだった。
「さっきから聞いていれば、自分の都合ばかり。あなたたちに、大切な宗介くんをまかせられない! 宗介くんはうちで引き取ります!」
周りが唖然とする中、そういいきった父さんに、私はしびれるほどに感動した。
どちらの親族も、それは体裁が悪いのどうのと言っていたけれど、父さんは一歩も引かなかった。
「さぁ、二人とも。あとは父さんにまかせて。子供はもう寝る時間だからね?」
私達は母さんに連れられて、外に出た。
けれど外に出た瞬間に、宗介が立ち止まる。
宗介の視線の先には、喪服を着た、褐色の肌の少女。
歳は同じか、年上くらいに見える。
やけに存在感のある少女だった。
そこに立っているだけなのに、目が引き付けられる。
逆に言えば、周りから浮いていた。
艶のあるウエーブがかったショートヘア。
前髪が長いせいで、目は見えない。
肌も髪も服も、全てが黒。まるでカラスの化身のようだった。
彼女はこちらに顔をむけて、にたぁと口角を上げると、宗介においでと手招きしてくる。
「知り合いなの?」
「うん、ちょっと先に行ってて」
そう言って、宗介が彼女の元へ走っていく。
一瞬、彼女が振り返り、目が合った・・・・・・気がした。
ぞくりと肌が泡立つ。
ここ最近、どこかでこの感覚を味わったことがあるような気がしたけれど。
母さんにすぐ呼ばれてしまったので、それがどこでだったか思いだせなかった。
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「宗介くんは、母方の兄夫婦に引き取られることになった」
次の日の朝、父さんは私と宗介にそう告げた。
「でも父さん、宗介を引き取るって!」
「戸籍上の話だ。宗介くんが成人するまでは、費用を受け取ってうちで預かるという話をつけてきた」
声を荒げた私に、父さんは安心させるように笑う。
「よかった、宗介!」
「うん。ありがとうございます、おじさんおばさん」
思わず私は抱きつき、宗介は父さんたちにお礼を言った。
「宗介くんはアユムの兄弟のようなものだし、あいつらの大切な息子だ。私達にとっても大切な存在だからね。もうすでに家族だと思っているよ」
「そうよ、宗介くん。遠慮なんてしなくていいんだからね」
私はこの両親の子供で、本当によかったと思った。
二人とも、優しくてお人よしで、格好よかった。
「それでだ。宗介くんは、母方に引き取られることになって、苗字が変わることになった。これからは父方の山吹ではなく、母方の仁科になる。それでいいかい?」
「はい」
父さんの言葉に宗介が頷く。
その瞬間、異変が起こった。
宗介の山吹――オレンジ色をした髪が茶色に変化していた。
それに伴って、深いオレンジの瞳の色も赤みがかった色に変化する。
「・・・・・・宗介?」
「何、アユム?」
いきなり名前を呼ばれて、宗介が私を見た。
顔立ちも声も何も変わらないのに、髪と目の色だけが違う。
瞬時に気づく。
この変化はきっと、宗介の苗字が山吹から仁科変わったせいだ。
元々、『その扉の向こう側』に出てくる『今野アユム』の幼馴染の名前は、『仁科宗介』であって、『山吹宗介』ではなかった。
私は自分の覚え違いかなくらいで済ませていたけれど、そうじゃなかったのだ。
つまり、ゲーム時の年齢である高校生の時には、山吹夫妻はすでに亡くなっていて、宗介は仁科という苗字に変わっていた。
これは決まっていた流れという事になる。
もうちょっと私が宗介の苗字に注意を払っていれば。
この事に気づいていたら。
それでも、山吹夫妻の死を止められたかはわからないけれど、悔しくて涙が零れた。
ゲームの中では出てこない人たちでも、私の中では大切な人たちだった。
おじさんはおちゃらけたところのある人だったし、おばさんは料理上手な優しいほんわかした人だった。
私と宗介が遊んでいると、いつも幸せそうな顔をして見守っていてくれた。
唇を噛み締めて、喉からこみ上げてくるものを我慢する。
「大丈夫だよ。苗字が変わっても、俺は俺だから」
私が考えていることをわかっているのかいないのか、宗介がハンカチで涙を拭ってくれた。
その日から、宗介の部屋は私の部屋の隣になった。
普段物置として使っていた場所だ。
それからの日々は、あっという間に過ぎていって。
おじさんとおばさんがいなくなった事を受け入れて、日々に馴染んでいく頃には。
私と宗介は中学生になっていた。




