【38】自由行動は誰と行こう?
「聞いたぞ。黄戸妹と、姉を取り合って喧嘩したんだって?」
「取り合ってないから」
この話を振られるのは何度目だろう。
修学旅行っていうのは皆浮かれていて、こういう話題がまわるのが恐ろしく早い。
この機会に告白っていう子も結構いたみたいで、恋の噂が飛び交っていた。
初日に宗介を連れ去った子たちが、宗介に告白したみたいな噂もあって、聞きたいわけじゃないんだけど、やっぱり気になってしまう。
今のところ宗介は告白した女の子たちを、全員振っているみたいだ。
自由行動どうしようかな。
当日になっていたのに、私はまだ宗介を誘えずにいた。
『留花奈が言いたいのは、あんたや山吹くんと自由行動一緒にまわりたい子が、他にいるってこと。いつも二人でいるから、あんたたち近づき辛いのよ!』
留花奈に言われた言葉が引っかかる。
私がいることで、宗介の邪魔になってたりするんじゃないだろうか。
前まで宗介が私にべったりすぎると思っていたけれど、実は逆で私がべったりしすぎているから、宗介が他の人と仲良くなれないんじゃないか。
宗介に誘われたら一緒に行く事にしよう。
そう決めた自由行動の日。
私は皆が通りかかる、ホテルのロビー前で座っていた。
しかし、なかなか宗介はこない。
結構早くから待ってるんだけど、もしかしてもう宗介出発しちゃったんだろうか。
というか、このまま宗介がこなかったり、他の子と出かけたりしたら、そもそも私一人で修学旅行まわることになるんじゃないの?
それはちょっと寂しすぎる。
後五分くらい待ってこなかったら、吉岡くんのグループに合流しようかな。
そんなことを考えていたら、宗介と同じクラスの都さんに声をかけられた。
「今野くん、もしかして山吹くんを待ってるの? 山吹くんなら、家の用事で昨日の夜に帰っちゃったよ」
「えっ?」
そんなの全然知らなかった。
家の用事ってことは、何かあったんだろうか。
メールでもいいから教えてくれればよかったのに。
心配になって電話をかけてみたけれど、電源が入っていないみたいだったので、とりあえずメールを送る。
『家に帰ったってきいたけど、何かあったの?』
これで気づいたら返信をくれるはずだ。
しかし、会話がないから、都さんとなんだかちょっと気まずい。
ちらっと都さんを見たら、胸にピンクの石がついたネックレスを見つけた。
「それ、ボクが昔クリスマスのプレゼント交換であげたやつだよね。つけてくれてるんだ」
「えっ、うん。普段はもったいなくてしまってあるんだけど、今日は修学旅行だしいいかなって」
「そっか、嬉しいな」
自分のあげたプレゼントを身につけて貰えるのって、結構嬉しいものだ。
胸のあたりがほんわかした。
「ボクも都さんにもらった強力目覚まし、いつも使ってるよ。ただ、もう慣れちゃってあれでは起きられなくなってるんだけどね」
「そうなの? 店であまりにもうるさいからって安くなってたから、これなら今野くんでも起きられるんじゃないかって思ったんだけど。今野くんって、ねぼすけさんなのね」
ふふっと都さんが笑ってくれる。
癒されるなぁ。
最近は留花奈とばかり一緒にいたから、都さんのもつふんわりとした空気が、砂漠の中のオアシスのようだった。
「あのね、今野くん。もし一緒にまわる人がいないなら、わたわたしとっ」
たわいのない会話をしていると、都さんがそう切り出してきた。
もしかして都さん、私を誘ってくれようとしてるのだろうか。
期待をこめて都さんの言葉を待っていたのだけど。
「わたしと一緒に友達がくるの待たない? 待ち合わせ時間より早く来ちゃって」
「うんいいよ。こっちに座ったら?」
どうやら私の勘違いだったみたいようだ。
都さんが少し離れた私の隣に腰を下ろす。
「わたしのいくじなし・・・・・・」
「? 都さん何か言った?」
「ううん。早く友達こないかなって」
出発前から、都さんはちょっと疲れたような顔をしてる。
溜息までついてるし、もしかしたら昨日はしゃぎすぎて眠れなかったのかもしれない。
都さんとその友達を待っていたら、留花奈が友達を引き連れて現れた。
「あれ、どうしたの今野くん? 山吹くんを待ってるの?」
「いや、宗介は家の用事で帰ったみたいだから、都さんとおしゃべりしてたんだ」
本日の留花奈はまわりに人がいるからか、猫被りバージョンだ。
いつもあんたとか言われてるから、今野くんと呼ばれると背筋がざわざわする。
友達が来たからいくねと都さんが行ってしまい、私は留花奈と対面するような形になる。
「留花奈、ボクに何か用なの?」
留花奈の友人もその場を離れてしまったのに、何故か私の前から動かない留花奈に尋ねる。
「今野くん、暇なら姉様を誘ってあげてよ」
「・・・・・・何を企んでるの? 留花奈が理留をボクに押し付けるなんて」
思わず眉を寄せる。
「ダイビングに行こうって誘ったのに、姉様ったら予約を忘れてたのよ」
留花奈は大きく溜息をついた。
自由行動には、大きくわけて三つコースがあって、ダイビングコースと伝統芸能コースは要予約だ。それ以外の子は、那覇散策コースになる。
理留は泳げないのを格好悪いからと妹の留花奈に隠しているので、きっとわざとダイビングコースに予約しなかったんだろう。
水泳の授業とかで理留が泳げないのを、私は目の当たりにしていたけれど、双子である留花奈は同じクラスになったことがないので知らないのだ。
「本当は留花奈だって姉様と一緒がいいわ。でも、ダイビングの予約しちゃったし、友達との約束を破ってまで姉様を選んだら、姉様怒るもの。だからしかたなく、本当は心の底から嫌だけど、今野くんに姉様をお願いしているの」
「それお願いする態度じゃないよね」
いつもより丁寧な言葉遣いと笑顔だけど、言ってる言葉は大概だった。
「姉様一人にしたら、確実に絶対に何があろうと迷子になるわ。一応姉様の携帯にはGPSが付いているし、発信機もいくつかついてる。黒服にも後を付けさせてるけど、それだけじゃ不安なの」
「当たり前の事のように言ったけど、それってストーカーだと思う」
やっぱりこいつ、シスコン以外の何者でもない。
つまり、留花奈は理留を一人で歩かせるのが不安だと。
理留の方向音痴は筋金入りだし、それはわかる。
しかし力説しすぎだ。
理留がちょっと可哀想になってくる。
「不本意だけど、今野くんだったら姉様を任せられるわ。姉様もあなたに懐いてるみたいだし、鈍いしヘタレだし、手を出す勇気もなさそうだし。でも万が一間違って、姉様に汚い手で触れたら社会的に抹殺するから」
後半猫かぶりの下から、般若がはみ出ていた。声にドスが効きすぎている。
どうやらこの提案は、理留を一人で出歩かせるよりはマシという、留花奈の苦渋の選択らしい。
昨日、宗介とまわるのかと聞いてきたのは、このことを言うためだったのかもしれない。
結局喧嘩してたから、聞けなかったけど。
「猫が剥がれまくってるよ留花奈。というか、誰が鈍くてヘタレだよ。このシスコンストーカー」
「シスコンでもないし、ストーカーでもないわ。麗しき姉妹愛よ!」
言い切ったよこの子。
威張れることでもないのに、胸を堂々と張りすぎだと思うんだけど。
「何よあんた、姉様とそんなに一緒に歩きたくないわけ? あのドリルが恥ずかしいのはわかるけど、あのドリルがすでに姉様のアイデンティティなのよ!」
「誰も恥ずかしいなんて言ってないだろ。むしろボクはあのドリルがなきゃ理留じゃないと思ってるくらいなんだから。ドリルが恥ずかしいって思ってるのは、留花奈の方じゃないの?」
「そ、そんな事あるわけないでしょ。あの髪型どこからでも見つけやすいし、ドリルなんてほら、なんかこう・・・・・・強そうじゃない! みんなの憧れの的だと思うわ」
強そうってなんだ強そうって。
苦し紛れすぎる。
「じゃあ、留花奈もお揃いにしたらいいと思うけど。鞄とか、ドレスとかはお揃いにするのに、ドリルだけはお揃いにしないよね? どうして?」
「それは・・・・・・っ」
勝った。
そう思った瞬間、我に返る。
ざわつくロビーで私達に向けられる皆の視線。
そして、奥の方に見覚えのある黄色のドリルヘアー。
唇をかみ締めて、髪を押さえている理留がいて、私と留花奈はしまったと顔を見合わせた。
「ワタクシ、修学旅行に来てから、辱めばかり受けている気がします」
那覇の街を歩きながら、理留が愚痴を零す。
結局私は、自由行動を理留とまわることにした。
「だからゴメンって理留。はいこれ紅芋アイス。ボクのおごりだからさ」
私と留花奈が言い合いをしていたせいで、理留の機嫌は悪い。
でも、怒っているというより、恥ずかしくて拗ねているって感じなので、問題はなさそうだ。
全くあなたたち二人はと怒りながらも、紅芋アイスを食べる理留の頬は緩んでいる。
どうやらお気に召したみたいだった。
「それにしても、アユムは山吹くんとまわるものだとばかり思ってましたわ」
「宗介のやつ家の用事で帰ったみたいでさ。理留こそダイビングいかなかったんだね。まだ泳げないんだ?」
「・・・・・・泳げないとか妹の前で格好悪いじゃありませんの。それに、一人で買い物をしたかったという理由もありますわ。地域限定の駄菓子がいっぱいありますしね」
理留は普段、お付の人たちがついているので、駄菓子を自分で買うことができず、私経由でしか手に入れることができない。
この機会に買い溜めておこうと思ったらしかった。
お土産屋に入ると、限定品の駄菓子がたくさんあった。
理留はほくほく顔だ。
「結構種類がありますのね!」
その他にも、沖縄そばに、カキ氷が上にのったぜんざい、ピーナツでできた甘い豆腐など、手当たり次第に食べ歩く。
理留とは食の好みが合うので、一緒にいて楽しい。
そろそろお腹がはちきれそうだと思っていたら、宗介からメールがきた。
『おばあさんが倒れたって聞いて帰ったんだけど、病院に行ったらピンピンしてた。心配せずにアユムは修学旅行を楽しんで』
気になっていたので、なんだそうだったのかとほっとする。
宗介にも何かおみやげ買ったほうがいいよね。
修学旅行の途中で帰ってしまったので、まだおみやげを買っていないはずだ。
何にしようかなと迷う。
山吹のおじさんたちにはお菓子を買ったけど、宗介にはまた別であげたい。
シズルちゃんには水族館でイルカのぬいぐるみを買ったし、マシロには地域限定のキャラクタークリアホルダーを買ったけれど、宗介がこれで喜ぶとは思えないしなぁ。
悩みながらお土産屋を巡っていると、可愛いクマのキャラが花笠を被っているストラップがあった。
昔夏祭りで宗介にとってあげた筆箱にプリントされていたクマだ。
女の子に根強い人気があるこのクマは、かなり広いスペースにグッズが展開されていた。
そういえば宗介は、このキャラの筆箱を大切にしていたっけ。
女の子っぽいから嫌じゃないのって聞いたら、勿体無いからと壊れてしまうまで使っていた。
たぶんあれは強がりで、宗介はこのクマが好きなんだろう。
可愛いのは宗介のキャラじゃないから、言い出せないんだよね。きっと。
実は筆箱が壊れて落ち込んでいたんじゃないだろうか。
「ずっとそのコーナに立ち尽くしてどうしたのですか? それ、女の子に人気のクマる丸ですわよね。もしかして従兄妹の子にお土産ですの?」
「いやシズルちゃんじゃなくて、他の子」
宗介のなんだと言おうとしてやめる。
筆箱は堂々と使っていたけれど、こういう可愛いグッズが好きだなんて男ならあまり知られたくないはずだ。
「そうだ、理留ならどれがいいと思う?」
「えっ? ぬいぐるみとか? その子の年齢にもよりますけど」
突然聞かれたからか、理留が慌てた様子で答えた。
「歳はボクたちと同じだよ。あまり可愛いものが好きって見えないタイプでさ。こっそり使えるのがいいかなって思ったんだけど、自分じゃ買えないだろうからぬいぐるみの方が嬉しいのかな」
つい真剣に悩んでしまう。
「他校に仲のいい方がいますの?」
「? あぁ最近仲よくなった奴ならいるけど」
いきなりそんなことを聞かれて、良太の事を思い出す。
なんでこのタイミングでその話なのかはわからないけど、良太の分のお土産を買うことを思い出せてよかった。
良太の分は後で考えるとして、今は宗介のお土産だ。
「理留なら、何が欲しい?」
「・・・・・・えっと、これとか?」
何故か理留の声に力がなくなっていた。
適当とも思える動作で理留が指をさしたのは、小さなぬいぐるみ入りのマグカップだった。
「あっ、これいいかも。ありがとう理留」
「えぇお役に立てたならよかったですわ・・・・・・」
「そうだ。家に泊まるときにつかう茶碗と箸も一緒に買っておこう」
宗介の家に私の茶碗セットがあるのに、未だにうちの家に宗介用の食器がないのを思い出す。
「家、お泊り、使い置きの茶碗と箸・・・・・・」
理留は俯きがちに、ぶつぶつと呟いている。
こっちのお土産なのに、真剣に考えてくれているようだ。
「デザインいろいろあるけど、どっちがいいかな」
「こっちの方が可愛いと思います・・・・・・」
茶碗を手に理留に尋ねてみたら、うつろな目でアドバイスをくれた。
「理留のおかげでいいものが買えたよ。ありがとね!」
「いえ、どういたしまして・・・・・・」
理留の声が消えゆくようだった。
心なしか、顔色も悪い。
やっぱり紅芋アイスの後に、ぜんざいをたべて、さらにアイスをダブルで食べたのがいけなかったんじゃないだろうか。
黒糖とシークワーサー味のアイスで理留が悩んでいるから、一つは私が注文するから分け合えばいいよと言ったのに。
頑なに拒否して、ダブルで頼んじゃうからこうなるんだよ。
どっちもたくさん食べたかったのはわかるんだけどさ。
全く理留は手間がかかる。
まぁそこが可愛いとこでもあるんだけど。
私は街の散策を早めに引き上げて、ホテルで休むことを決めた。
「そうだ、理留これ。今日お土産選び付き合ってくれたお礼」
お土産屋で密かに買っていたものを、理留の目の前に差し出す。
「これはう○い棒のストラップ?」
「うん。あまり沖縄っぽくないけど、可愛いと思って。つい理留の分も買っちゃったんだ」
「ワタクシの分もってことは、もしかして・・・・・・お揃い?」
私は自分の分のストラップも取り出して見せた。
「理留のはコーンポタージュ味で、ボクのはサラミ味。理留いちばんその味が好きでしょ?」
「ありがとうございます! 大切にしますわね!」
よろこんでもらえたようで、理留はストラップを早速携帯につけて、嬉しそうににまにましていた。
そんなに喜んでもらえると、あげたほうとしては嬉しい。
実はこのストラップ、偶然同じお土産屋で出くわした吉岡くんには、「何ソレ」って顔をされてしまったのだけど。
理留ならこのセンスを分かってもらえると思ったんだよなぁ。
そんなこんなで楽しかった修学旅行も終わって家に帰る。
「ただいま!」
元気よく帰宅した私を迎えたのは、どんよりした空気。
「どうしたの二人とも?」
「アユム、帰ってきて早々だし、こんなことをあまり言いたくはないのだけど、落ち着いて聞いて欲しい」
暗いトーンで、父さんが呟く。
母さんの目は赤く泣きはらしていて、お父さんの顔も憔悴しきっていた。
ただ事じゃない事態だとすぐに察した。
「一体何があったの?」
「宗介くんの家が火事になって・・・・・・おじさんとおばさんが、亡くなった」
「えっ?」
思いがけない言葉に固まる。
その瞬間、周りの音が全て消え去ったように感じた。




