【37】修学旅行です
いよいよ小学生最大のイベント修学旅行がやってきた。
海外か。海外なのか。
ウキウキしてたら、普通に沖縄だった。
前世でも修学旅行は沖縄だったので、できれば違うとこに行きたかったなぁと思いつつも、前の修学旅行とは段違いに豪華だ。
泊まるホテルからしてランクが違う。
ホテルには大きなプールがあるし、散歩コースには南国の花が咲き乱れ、蝶園なんてものまであった。
水族館で大きなジンベイザメを見て、パイナップルが食べ放題の施設では、吉岡くんとパイナップルを食べまくった。
食べ過ぎると舌が痺れるとわかってたんだけど、ついやめられなかった。
ちょっと困ったのは風呂の時間。
皆で大浴場に行くことになっていたのだけど、さすがにその中に混じる度胸はなかった。
背中に大きな傷があるので見られたくないと、昔からプールのたびに使っていた言い訳で無理やり押し通し、部屋の風呂に入ることを許してもらった。
一日目が終わって後は、ホテルでくつろぐ。
私の部屋は吉岡くんと一緒だ。
なんだかんだでずっと同じクラスなので仲はいい。
ちょっとお調子者なところはあるけど、明るくて話しやすい奴だ。
同じクラスの女子も一緒に、わいわいと過ごしていたら、そろそろ消灯の三十分前になる。
そろそろ皆に部屋に戻るよう声をかけて歩かなくちゃいけない。
面倒なことだけど、私は今年もクラス委員だった。
担任が五年生の時と一緒で、面倒だからお前らでいいよなーみたいなノリで、今年も押し付けられたのだ。
枕投げとかしたかったんだけど、注意する側だとそれもできない。
ちょっとつまらないなぁと思いながら、同じく今年もクラス委員の留花奈と合流して部屋をまわる。
「あっ、宗介」
「アユムに黄戸さん。二人とも見回り?」
廊下を歩いていたら、宗介に出くわした。
「まぁね。宗介はこんな時間に風呂に入ってたの?」
「うん。考えごとしてたら時間すぎちゃってて」
のぼせたのか、宗介の顔は火照って少し赤い。
「少し目がうつろな気がするんだけど、大丈夫? スポーツドリンク買ってこようか?」
「平気、ありがとう」
そう言って笑う宗介の顔は、やっぱり少し辛そうに見えた。
なんだか最近宗介は心ここにあらずだ。
のぼせるなんてらしくなかった。
不幸の連鎖が止まってから普段どおりの宗介に戻ると思っていたのに、宗介はどこかおかしい。
常に何か考え事をしているみたいだ。
表情も暗いし、心配事があるなら話してほしい。
そう言ってみたんだけど、何でもないと言い張るから、それ以上しつこく聞けずにいた。
「そうだ宗介。明後日の事なんだけど」
「あー山吹くんいた! 部屋にいないから探したんだよ!」
私が喋ろうとしたら、女子の集団が現れて強引に宗介を連れて行ってしまった。
「大丈夫かな、宗介。最近元気ないし、さっきも辛そうだったけど」
「そう? 別に普通に見えたけど」
心配する私に、留花奈がどうでもよさそうに答える。
「何か元気がでそうな美味しいものでも食べに行こうかなって思ってるんだけど、留花奈何か知らない?」
せめて旅行先で宗介の気分をぱーっと晴らしてやりたい。
そんな私を、なぜかじと目で留花奈が見ていた。
「な、なんだよ」
「いや、別に。あんた修学旅行まで山吹くんと一緒にまわるつもりなの?」
「そのつもりだけど」
留花奈の口調は、呆れたようなものだった。
「約束ももうしてるとか?」
「いやまだだけど。でもたぶん、宗介もボクと一緒にまわるつもりでいると思うよ」
「何その通じ合ってますみたいなの。あんたと山吹くんって、無駄に仲がいいわよね。昔っからべったりだし」
「無駄にってなんだよ。別に幼馴染なんだから、普通だろ」
盛大に溜息をつかれ、思わずムキになって言い返す。
「体育の時間にお姫様だっこしたり、仲良く部活を制覇してみたり、毎日起こしてもらって一緒に登下校するのが普通? 留花奈ビックリ」
わざとらしい表情で、留花奈が驚いてみせる。
「それをいうなら留花奈だって、毎日休み時間のたびに理留のところに行ってるだろ。理留が図画工作の時間に怪我したからって、授業内容変えたの留花奈だよね。ボク知ってるんだから。あと、弁当の時間に理留の頬についたご飯粒食べるのはどうかと思う」
「馬鹿ね。姉妹だからいいのよ!」
ふふんと笑って、堂々と言い切る留花奈。
そんなにきっぱり言われると、そうなのかなって思いそうになるけど、そんなはずはない。
しかもなんだろう。このうらやましいでしょ? みたいなオーラ。とてつもなく腹が立つ。
「・・・・・・シスコン」
「なんか言った? 留花奈がシスコンなら、あんたは・・・・・・幼馴染コンよ!」
「語呂悪いね。噛んでるし」
「しかたないでしょ! ちょうどいい言葉がなかったんだから!」
珍しく留花奈の耳がちょっと赤い。
今の言葉が恥ずかしかったんだろう。
普段も怒ってるし、照れても怒る。怒ってばっかりだな。
他の人といる時は、いつもニコニコしてるのに。
「あー、もう! なんであんたといるといつも言い合いになるの? じゃなくて、留花奈が言いたいのは、あんたや山吹くんと自由行動一緒にまわりたい子が、他にいるってこと。いつも二人でいるから、あんたたち近づき辛いのよ!」
「!」
ちょっと考えればわかりそうな事なのに、全く頭になかった。
だからあの女の子たちそわそわして、私から宗介を引き離すように連れていったのか。
全然気づかなかった。
「やっぱり宗介ってもてるんだね」
「当たり前でしょ。まぁでも、留花奈は山吹くん嫌いだけど」
「嫌いって、留花奈ね・・・・・・」
なんとなく馬は合わないかなと思っていたけれど、もう少しオブラートに包めよといいたくなる。
「山吹くんが留花奈を嫌いなんだからしかたないでしょ。留花奈、自分を好きな人が好きだもの。あんたの側に留花奈がいると、いつもニコニコしながらこっちに圧力かけてくるのよね。絶対腹黒よあいつ。苦手だわ」
「宗介をお前と一緒にするなよ」
「それどういう意味? 留花奈が腹黒って言いたいわけ?」
「それ以外の何かに聞こえた? ごめん、腹黒っていうか真っ黒だったっけ」
結局廊下で言い合いを始めて、生徒を注意する立場のはずが、先生に叱られるはめになった。
やっぱり留花奈といるとロクなことがない。
その後、委員長会という名の報告会があって、先生たちのいる部屋に連れていかれた。
「あんたのせいで留花奈まで怒られたでしょ」
「はぁ? 逆だよね。留花奈のせいでボクが怒られたんだ」
「お前達仲いいのはわかったから、いい加減にしろ」
まだ言い合いをしている私達に、先生の鉄槌が頭に下る。
部屋にいた子たちに笑われてしまった。
留花奈と仲がいいなんて、酷い誤解をされてなければいいけど。
じんじんと痛む頭を押さえながら、部屋の中を見渡すと理留の姿を見つけた。
髪がまだ濡れているせいか、ドリルがしっとりとしている。
理留が先生にばれないくらい小さく手を振ってきたので、こっちも手を振り返す。
すると、横にいた留花奈も手を振っていた。
「姉様は私に向かって手を振ったの。勘違いしないでよね」
「これだからシスコンは。どうみたって今のはボクの方を見てただろ」
留花奈と火花を散らす。
どっちに理留が手を振っていたとかどうだっていい事だとわかってるんだけど、留花奈に負けるのは嫌だった。
「あんたね、姉様に好かれてるなんて勘違いしてるんじゃないの? 姉様が一番好きなのは留花奈だから。この前のバレンタインなんて、手作りのチョコマフィンもらったのよ。しかもちゃんと食べられるやつよ。食べられるのよ!? 味だってまともだったわ。それどころか、美味しかったんだから!」
食べられるって二回言ったよ。
それほど、理留の作ったものが美味しいのが衝撃的だったんだろう。
留花奈の言葉には、力が入りすぎていた。
「何言ってるんだそのチョコマフィンが食べられるのは、ボクの手柄なんだからな。大体、ボクは理留とバレンタインデーずっと一緒だったしね」
「姉様と一緒? まさか、あんた・・・・・・」
留花奈がショックを受けている。
これは効いたようだった。
「あぁボクは理留と一緒にマフィンを作ったんだ。そして一番うまくできたマフィンを貰ったんだ。しかも出来たて」
「え? あんた姉様と一緒にバレンタインのチョコを作ったの? 姉様に呼び出されて二人っきりで手渡されたとかじゃなく?」
「いや、宗介もいたよ。宗介に教えて貰って、ボクと理留の三人でバレンタインのチョコマフィンを作ったんだ」
「いったいなんでそんなことに・・・・・・?」
あれ、思ってた反応と違う。
もっとうらやましそうな目で見られると思ったのに、これはどちらかというと理解できない生き物を見る目だ。
ふいに首根っこをつかまれて、留花奈と共に声を詰まらせる。学年主任の先生が青筋をたてて、私達を摘んでいた。
「黄戸姉を取り合うのは勝手だがな、とりあえず今は話しあいの時間だ。仲良く外で正座してなさい」
どうやら声が大きすぎたらしい。
理留がいたたまれないというように、顔を真っ赤にして俯いていた。
※2015/09/13 風呂の記述を追加しました。




