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【34】六年生の災難

 本日から新学年。

 私は気合を入れて、靴ヒモを結んだ。

 ぶちっ。音を立てて、靴紐が切れる。

 買ったばかりの靴なのに、朝から縁起でもない。


 他の靴に履き替えて、玄関を出る。

 宗介がすでに家の前で待っていた。

「アユム、遅いよ」


 二人して、通学路の桜並木を歩く。

 今日は天気もよくて、ずっと眠っていたいようないい陽気だった。

「ごめん。目覚ましがなってるのに気づかなくて」

「あの目覚ましかなりうるさいのに、起きないアユムって凄いよね」


 私の目ざましは、昔にみやこさんから貰った超強力目覚ましだ。

 鳴ると他の部屋まで聞こえるらしく、大抵お母さんか迎えに来た宗介が消しにきて起こされる。

 一ヶ月くらいは目覚まし自体の音で起きられたのだけど、もうすでに慣れてしまっていた。


「うわっ」

 歩いていると、目の前を黒い影が急に横切った。

「なんだ、黒猫か。びっくりした」

 思わず立ち止まって、ほっと胸を撫で下ろしていると、聞きなれない音。

 例えるなら、何かがはがれるような、軋む音。

 その音の方に顔を向けようとして、宗介に手を引かれた。


「危ない、アユムっ!」

 背後で、地面に重たいものが落ちる音がして、桜色の花びらがふわりと衝撃で舞い上がる。

 振り返ったそこには、桜の木が横たわっていた。

 どうやら桜の木は中が腐っていたらしい。

 駆けつけた大人が、私達の無事を確認して後にそう教えてくれた。


 ほっとしたのもつかの間だった。

 学校へ行こうと踏み出した足が、地面を突き抜ける。

「アユムっ!」

 とっさに宗介が手を掴んでくれたからいいものの、もう少しで私はマンホールの中に落ちるところだった。

 蓋の開いたマンホールの上に、誰かがダンボールを敷いていたようだ。


「大丈夫?」

「うん、平気。なんか今日もついてないね」


 最近、私は妙に運がなかった。

 濡れた廊下で足をすべらせ、階段から落下しそうになったり。

 高い場所から落ちてきた鉢植えが、危うく当たりそうになったり。

 それもこれも、新年で凶のおみくじを引いてからだ。


 その後もいきなりの豪雨に会い、その上スリップした車に轢かれかけながら、どうにかこうにか学園に辿りついた頃にはボロボロだった。


「もしかして、今野って呪われてるんじゃないか?」

 このことを同じクラスの吉岡よしおかくんに話したら、そんなことを言われた。

 好奇心旺盛な性格の彼は、この手の話題が好きだ。


「なんかやらかした覚えない? お地蔵さんを蹴飛ばしたとか、不幸の手紙を貰ったとかさ」

 吉岡くんは楽しんでるようだけど、こっちはそれどころじゃない。


 しかし、呪いか。

 ある意味、今の状態が呪いだよね。

 元の世界から、ゲームの世界に閉じ込められたようなものなんだから。

 その上、死亡する確率も高いからやっかいだ。

 

 こんな非日常に慣れてきて、忘れかけていたけれど、主人公が死ぬ原因はメインヒロインのヒナタに刺されるだけとは限らないんだよね。

 でもやっぱり、事故とかで死んじゃうことはないような気がするなぁ。

 この前から不幸続きだけど、不思議な力に守られてるんじゃないのってくらいにどうにかなってるし。


 ただ、気になるのは。

 誰かの視線を感じる・・・・・・気がするんだよね。


 まぁ注意しておくのに越した事はないし、危険は回避しておくに限る。

 授業が終わってすぐに、私は家に真っ直ぐ帰ることにした。

 宗介が横にはりつくように、べったりと歩いている。

「歩きづらいんだけど」

「でも、何かあったら大変だよ」

 絶対この距離は譲れないというように、宗介は言う。

 私の危機に関して、宗介は敏感だった。



「平気だって。ちょっと運の悪いことが続いてるだけだよ。ほら、もう少しで家だし早く帰ろう」

 そう言って走った私の上に、影が落ちた。

「危ないっ!」

 宗介の声がして、上を見上げると、鉄骨がこっちに向かって降ってきていた。


 突然の事で反応もできなかった。

 誰かに体を引かれ、後ろへと倒れこむ。

 目の前で鉄骨が地面に叩きつけられて、アスファルトを砕いて跳ねた。


 遅れて私は状況を理解する。

 もう少しで、私は死ぬところだった。

 ドクドクと耳元で心臓がなっているかのように、血が体中を巡っていた。

「大丈夫かい?」

 助けてくれた作業員のお兄さんの声で、周りの音が戻ってきた。


 ざわざわと人が集まり始めて、宗介が涙目で私の元にかけつけてくる。

「アユム、アユムっ!」

「大丈夫だから」

 怯えるように私の名前を呼ぶ宗介を安心させるように、笑ってみせる。

 でも自分でも顔が引きつっているのがわかった。


 宗介は私の無事を確認すると、工事現場の上の方をきっと睨んだ。

「宗介?」

 呼んだ声は届いていないみたいで、宗介は走っていってしまった。


 あの後は警察も来て、結構大変だった。

 幸い、私も含め誰も怪我はなかったのだけど、事故の原因はよくわからないとのことだった。

 鉄骨はきちんと固定されており、結んでいたロープがまるで刃物で切られたように切断されていたのだ。

 助けてくれた人にお礼を言って、工事現場の人たちから謝られながら、迎えにきてくれた両親と共に家に帰ってきた。


 宗介はというと、走ってどこかに行って後、すぐに帰ってきた。

 鉄骨が落ちてくる瞬間に、鉄骨の上に人影のようなものを見たので、追いかけて行ったらしい。


 でもあんなところに人がいるなんて、考えにくかった。

 落ちてきた鉄骨は、クレーンから吊り下げられていた。

 建築中の建物から、少し離れた空中にあったのだ。


「見間違いなんじゃない?」

 私の言葉に、そうすけは静かに首を横に振る。

「俺、前にも何度かあの子を見たことがあるんだ。最初に見たのはお父さんの葬式の時で、次はアユムが事故に会ったとき」

 思わず背筋がぞくりとした。


「もしかしたら、呪われてるのはアユムじゃなくて俺なのかも」

「そんなわけないよ。宗介考えすぎ。気のせいだよ。だってあんな場所に人がいるわけないじゃん」

「そっか、そうだよね」

 力なく宗介は笑ったけれど、なんだか不安のようなものを私も感じていた。


「宗介、一緒に帰ろう」

「ごめん、今日は用事あるから」

 あの一件以来、宗介にあからさまに避けられるようになった。

 しかもそれをきっかけにしたかのように、変な出来事も起こらなくなっていた。


 これはどういうことなんだろうと、もやもやする。

 今まで宗介と一緒にいて、不幸な出来事なんてなかったのに、突然こんな風になるなんておかしい。

 偶然、もしくは別の原因があるはず。


「アユム、帰るのならうちの車で送りますことよ」

 頭を悩ませていたら、理留りるに誘われた。

 このごろは理留の車に乗せてもらって家まで帰るのが、私のお決まりのパターンになっていた。


「あのさ理留。なんで近頃車でボクの家まで送ってくれるの? いままではそんなことしなかったよね。宗介に何か言われた?」

「別に山吹やまぶきくんは関係ないですわよ。ただ、帰りに話し相手がいたほうがいいなと思っただけですわ」

「本当に?」

 うっと理留は怯んだ。嘘をつくのが下手だ。


「・・・・・・アユムが最近危険な目に合いやすいから、山吹くんの代わりに側にいて守ってほしいと、うま○棒全種類セットを渡されて頼まれましたの」

 問い詰めると、理留は申し訳なさそうにそう口にした。


 どうやら理留は宗介に買収されていたようだ。

 しかも、うま○棒で。

 仮にもお嬢様なのに、安すぎる。


「ですが、ワタクシも心配なのですわ。話を聞きましたけれど、簡単に不幸というには続きすぎな気がします」

「そうなんだよね」

 私に襲い掛かる不幸は、命が脅かされるようなものばかりだった。

 どれも今のところ無事なんだけど、こころあたりがあるとすればあのおみくじしかない。


 ギャルゲーにおいて、占いというのは、単なる戯言と侮れないということを、私はすでに学んでいた。

 夏休みにマシロと一緒にプレイしたギャルゲーでは、おみくじは主人公の一年を現していたのだ。

 このギャルゲーの世界でも、その可能性は十分にあると私は踏んでいた。


 しかし、おみくじ自体は、あくまで未来を予測しただけのものだ。

 あくまで、原因は別にあると考えていい。

 すぐに思い浮かぶのは、このギャルゲーのヒロインの一人である『死神』の存在。

 私の近くに、すでに『死神』のヒロインがいるんじゃないだろうか。


「そう落ち込むのも良くないですわよ。暗い顔は不運を呼び込みます。今日はワタクシの屋敷で、お茶でも飲んで気分転換しませんこと? アップルパイがありますのよ」

「・・・・・・そうしようかな」

 理留のいう通りだ。

 ここのところ気を張り詰めていて、少し疲れていたので、その案に乗る事にする。


「あら、留花奈るかなからメールですわ。あの子、教室にノートを忘れたみたいです。取りに行ってくるので、ちょっとお待ちになっていてくださいな」

 校門前まできて、理留の車に乗り込もうとしたら、理留は忘れ物をしたと言って取りに戻っていった。



「おまたせしましたわ」

 しばらくして戻ってきたのは、理留ではなく留花奈だった。

「えっ、なんで留・・・・・・っ」

「いいから、わたしが姉様だって演技してなさい。わかったわね」

 思い切り足を踏まれ、耳元で囁かれた。

 痛さのあまり頷くと、留花奈が足をどける。


「さぁ、乗ってくださいな。家で一緒にお菓子を食べましょう」

 にこやかに言われ、断ろうとしたけれど、その目が乗れと無言で命令していた。

「・・・・・・それじゃあ、お願いします」

 しぶしぶ車に乗り込むと、留花奈はそのまま車を出した。

 どういうつもりなんだと目でうったえても、留花奈は何も答えない。

 今日は金曜日で、留花奈はバレエの稽古のはずだった。


 ふいに私の携帯が鳴った。理留からだ。

 取ろうとすると、留花奈に奪われて電源を切られる。


「何するんだよ」

「ワタクシといるのに、他の人と電話をするつもりですの」

「お前なぁいいかげんに」

 怒ろうとしたら、ふいにネクタイを引かれて体を密着させられた。


「お願いだから付き合って。姉様ためなの。理由は後で話すわ」

 思いのほか深刻な声で、小さく囁かれる。

 何か事情があるようだった。

「もう誰も見てないんですのよ。だから、いつものようにして下さいな」

「いつもの風にって、そんなこと言われても」

「照れていらっしゃるのね。いつもはもっと大胆なのに」


 私の肩に、留花奈が頭を置いた。

「もっと恋人らしくしてほしいですわ。誰も見ていないのですから、ねっ?」

 理留のふりをした留花奈と、私はどうやら隠れた恋人の設定らしい。

 何がねっ?だと思ったけれど、しかたなく演技にのっかることにする。


「駄目だよ、理留。運転手さんだっているんだし」

「構いませんわ」

 いや、構えよ。運転手さんがミラーごしに、気まずそうな視線を送ってきてるんだけど。

 そんな私の心の声を完全無視して、留花奈は私の首に手を回してきた。

 まるでこれではバカップルだ。


「ワタクシたち、親も認めた婚約者同士ですのよ? キスの一つや二つくらいしても、咎めるものはいませんわ」

 留花奈は意地悪く笑っている。

 こんな顔、理留はしない。

 明らかに私をからかっていた。


「全く、しかたないなぁ理留は」

 少しカチンときて、顔を近づける。

「あなたのせいですのよ。ワタクシだけを見てくださらないから」

 こんなに顔が近いんだから、少しぐらい怯めばいいのに、留花奈はその余裕を崩さない。

 私がキスもできないヘタレだと思っているのだろう。


「本当、理留は焼きもち焼きだなぁ。ボクは理留しか見てないっていうのに」

「それならその証拠を見せていただけないかしら」

 おでこをぶつけあった状態で、ギリギリとにらみ合う。

 言葉こそ睦ましい感じだったが、そこではバトルが繰り広げられていた。


「こほん!」

 運転手さんがわざとらしい咳をする。

 私ははっと我に返った。


 留花奈のペースに乗せられてどうする。

 窓の外でも見ていよう。車が家につくまでの辛抱だ。

「あれ、この車どこに向かってるの?」

 見覚えのない場所を、車は走っていた。


「高田、道を間違えてますわよ」

「いいえお嬢様。こちらで当たっていますよ」

 車が止まり、運転していた高田さんが振り返る。


 そして、突然留花奈の顔にスプレーをかけた。

「っ! 何するんですの、高田っ! やめなさ・・・・・・い」

 くたっと留花奈が力なく倒れる。


「何をするんだよ!」

「眠ってもらっただけだよ。ほら、君も」

 同じくスプレーをかけられて、私も意識を失ってしまった。


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