【33】正月とおみくじと
「げっ、凶って人生で初めて引いたよ!」
一月。私は両親と宗介の家族と一緒に、お参りに来ていた。
前世でも一度も引いたことがない凶のおみくじに愕然とする。
新年を迎えてこれから頑張ろうって時に、出鼻をくじかないで欲しい。
「身に降りかかる災厄多し。しかし、どれも紙一重で無事でしょう。身近な人に不幸がありますが、全て運命と思い受け入れることです・・・・・・か。そう気を落とさないでよ。おみくじなんて、そう当たらないって」
どよーんと影を落とす私の横で、宗介が励ましてくれる。
「そういう宗介はおみくじ何だったの?」
「俺はまだ開けてないんだけど、ちょっと待ってね。あっ、ほら見てよアユム。俺も同じ凶みたい」
おそろいだねと言う宗介は、私と違い取り乱してもいない。
「凶でおそろいって。内容は何だったの?」
「あなたに運命の波が訪れるでしょう。辛いとは思いますが、上を見ましょう。よく目を凝らすことで、今まで気づけなかったことに気づけるかもしれません。だってさ。アユムとそう変わらないよ」
そういいながら、宗介は木の枝におみくじをくくりつけ、私もそれに習う。
落ち込んだ気分は、宗介の家に寄って食べたぜんざいの美味しさで、すべて吹っ飛んだ。
「お兄ちゃん!」
次の日はシズルちゃんと約束をしていたので、少し遠くの神社にでかけた。
シズルちゃんとは、元旦におばあちゃんの家で会ったのだけど、その時とはまた違う着物だ。
肩までのさらさらヘアーに、小ぶりの花がポイントの赤い着物。
小さいころの髪型もよく似合っていたのだけど、今の肩までの長さの髪もまたよく似合っていて、日本人形みたいだった。
四年生のはずなのに、見た目が幼すぎて七五三にしか見えないあたりがとても愛らしい。
「ごめんなさいね、シズルがどうしてもアユムくんと一緒に行きたいって聞かなくて」
「いいですよ伯母さん。ボクもおみくじ引きなおしたいと思ってたんで」
シズルちゃんと約束していたのはお参りだ。
今年の初詣は宗介たちともう済ませてしまっていたのだけど、お参りは一回きりなんて決まってないはずだから、かまわないと思う。
はぐれないように手を繋いでお願い事をして後に、私はまたおみくじを引いた。
今度こそ!
そう思って引いたのに、ここでも凶だった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「うん・・・・・・おみくじが凶だったんだ」
「なら、シズルのおみくじあげます! 大吉ですよ!」
「シズルちゃん!」
なんていい子なんだ。
シズルちゃんの優しさをかみ締めていたら、見覚えのあるドリルが、目の前を黒服の男たちに囲まれて通り過ぎていこうとしていた。
「あれ、理留も来てたんだ。あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます。偶然ですわね!」
声をかけると、ぱぁっと理留の表情が華やいだ。
「あれ、紅緒先輩も一緒だったんですか」
「まぁね。理留が暇そうにしてたから誘って連れてきたんだ」
こちらにやってきた理留の隣に、紅緒先輩の姿を見つける。
「二人とも仲がいいんですね」
「まぁ昔からの知り合いですから否定はしませんけれど、ワタクシ別に暇だったわけじゃないんですのよ。紅緒姉様が他の女の子を断るダシに、ワタクシを使ったんですの」
私の言葉に、理留が紅緒先輩に向けた当て付けのように答えた。
「女の子たちが一緒に初詣行きたいっていうから、オッケーしてたら凄い数になっちゃってさ。どうやって断ろうか悩んでたんだけど、理留も行く事になったからって伝えたら、皆自分から引いてくれたんだ。まるで印籠みたいだよね」
はははと紅緒先輩が笑う。
全く反省した様子はない。
隣で理留がやれやれと溜息をついていた。
「お兄ちゃん」
いつの間にか、私の後ろに隠れていたシズルちゃんが服の裾を引いてくる。
つい話に夢中になって、シズルちゃんがいることを忘れていた。
「姫じゃないか!」
ちょこっと顔を出したシズルちゃんに、紅緒先輩が目を輝かせた。
どうやら知り合いのようだ。
しかしシズルちゃんは、さっと私を盾にして隠れてしまう。
「あぁ、姫。明けましておめでとう。なんでいつも隠れてしまうのかな? その着物、とても似合ってる。もっとよく見せてくれないかな」
再会の喜びに浸る紅緒先輩に対して、シズルちゃんはあけましておめでとうございますと返しつつも、ビクついていた。
「シズルちゃん、知り合いなの?」
「学院の学年合同の劇の時に、一緒に源氏物語を演じたんです。その時にファンになったって言って、いつも構ってこようとします」
ちなみに紅緒先輩が光源氏で、シズルちゃんは若紫だったようだ。
源氏物語のざっくりした内容を言うと、プレイボーイの光源氏が幼い若紫を引き取って育てて、奥さんにする話だったりする。
「ふふっ、ほんとうに照れ屋さんだなぁ。学園にいるときも、そうやってワタシから逃げてたよね。奥ゆかしい子って嫌いじゃないよ」
背が高く大人っぽく見える紅緒先輩が、幼く見えるシズルちゃんにそういうことをいうと、何だかロリコンっぽい。
高校の時、男子達が光源氏ってロリコンだよなとか言ってたなぁと、何となく思い出す。色んな意味で紅緒先輩にピッタリの配役だったんじゃないだろうか。
「お兄ちゃん・・・・・・」
助けを求めるような視線を送られて、私はシズルちゃんから紅緒先輩を引き剥がした。
「その子はたしかアユムの従兄妹でしたわよね。紅緒姉様が前に通っていた、美空坂女学院の生徒なのですか?」
「理留は前に星降祭で会ったことがあったっけ。どうやらそうみたいなんだ。知り合いだって知ったのは今なんだけど」
私が説明すると、へぇと言いながら理留はシズルちゃんを見た。なぜか、少しそわそわとして落ち着かないみたいだった。
「今日は二人で初詣に来ましたの?」
「いや、シズルちゃんのお母さんもいるよ。入り口の方で待ってる」
「なんだ、そうですの。ふたりっきりというわけではないのですね」
私が答えると、理留がほっとしたような顔になる。
こんな人が多いところに、子供だけでくるのは危ないと心配してくれたのかもしれない。
「それにしても、理留って外に出るときいつもその人たち連れてるの? 星降際の時にも一緒に歩いてたよね」
人避けのように私達の周りを囲っている黒服の男たちを指して言うと、理留は頷いた。
「えぇ、黄戸の家は敵も多いので、外に出るときは護衛を連れていく必要があるのです。学園内ではその必要もないので、普段はつれてませんけどね」
そういう事を聞くと、理留ってお嬢様なんだなぁと改めて思う。
よく学園内で買い物をしているのは、彼らがいなくても一人で行く事ができるからなんだろうか。
理留の知らなかった一面を知ってしまったような気がした。
「お兄ちゃん、そろそろ行こう」
「あぁわかった」
催促されて手を差し出すと、シズルちゃんが私の手を握ってくる。
理留があっと大きく口を開いた。
「何か言い忘れたことでもあるの?」
「・・・・・・い、いえ何でもありませんわ」
変な理留。
けれど、理留が変なのは今に始まった事でもないので、気にしないことにする。
二人に手を振り別れて、下へと続く階段を降りようとした時。
人ごみに背中から押されて、私は階段を転げ落ちた。
「お兄ちゃん!」
「大丈夫ですの!」
「アユムくん?」
慌ててシズルちゃんたちが駆け寄ってくる。
幸い怪我はなかったけれど。
これって、凶のおみくじのせいじゃないよね。
ちょっぴり不安な新年は、まだ始まったばかりだった。




