表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/170

【32】新しい友達ができました

 秋といえばスポーツの秋。

 なんだか体を動かしたい気分だった私は、一年生の時に買ってもらった自転車にまたがって外にでた。


 今日は宗介もおでかけしていないし、昔通っていたという公立小学校あたりまで行ってみよう。

 そう決めて自転車を走らせる。

 星鳴学園は私の家から近くて歩いて五分もかからない。

 けど、前通っていた小学校は自転車で十分以上もかかる。

 しかも、坂が多かった。

 折角の自転車を押して歩くのがほとんどで、ついたころには汗だくだった。


 ようやくたどり着いた小学校は、前世の私が通っていたところと大差ない。

 校庭では子供たちが集まって遊んでいる。コンクリート作りのいたって普通の校舎が、とても懐かしかった。


 そうそう、小学校ってこんな感じだったよねと、小学校に通っている身でしみじみと思う。

 そう思ってしまうぐらいに、今通っている学園はここと違う。

 業者によって手入れされた花壇も綺麗だけど、子供達が育てたと思われる不恰好な花たちに出迎えられたほうが、小学校って感じがする。


「なぁ、お前もしかしてアユムだろ?」

 そんな事を考えていたら、後ろから声をかけられた。

「やっぱり。何で何も言わないでいきなり転校したんだよ」

 振り向くとそこには男の子がいた。

 短い髪と、健康的な浅黒い肌。ちょっぴりつり目がちで、わんぱくそうだ。


「んだよ、答えろよ」

 答えに困っていると、不機嫌そうに舌打ちしてくる。

 星鳴ほしなり学園にはいないタイプの荒っぽい仕草だった。


 もしかしなくても、前の学校にいた時の『今野アユム』の知り合いなんだろう。

 事故に会う前の事を全く覚えていない私は、どう答えたものか悩んだ。

「えっとごめん。ボク実は事故にあってから記憶喪失になっちゃって、事故より前の事は覚えてないんだ」

 黙っていると男の子の機嫌がますます悪くなっていくので、私は素直に答えることにする。


「記憶喪失? そんなの信じられるわけないだろ」

「ほんとだよ。事故に会ってからの記憶がないんだ」

 小学校を転校したのは、記憶をなくしたことで混乱しないように、新しい学校で生活をはじめようって話になったからだ。

 その事を話すと、男の子は半身半疑だったが一応納得してくれたみたいだった。


「・・・・・・そんなこと本当にあるんだな。まぁ確かに少し雰囲気も違うし、そういうことにしといてやる。でも、記憶喪失ってことは、オレのことも全く覚えてないってわけか」

「・・・・・・ごめん」

 アユムがこの小学校にいたのは、一年生の一学期の間だけ。

 あれからもう結構な時間が経っているのに、この子は覚えていてくれたのだ。

 それなのに忘れてしまっているというのは、心が痛んだ。


「まぁいいや。オレ、あずま良太りょうた。良太でいい。お前とは幼稚園からの付き合いで、出席番号も近いせいか、よく一緒にペアとか組まされてたんだ」

 良太と名乗った子は手を差し出してきた。

 付き合いは小学校からではなかったらしい。

「ボクは今野アユム」

「いや、オレは知ってるから自己紹介はいらねぇよ。そんなことより、今日ここにきたってことは、記憶を思い出そうって思ったんだろ。オレが協力してやるよ」


 いや、別に一度行ってみたかっただけで、思い出そうとかそういう意図は全くなかったんだけど。

 戸惑っている間に手を引かれ、強引に過去の記憶捜しが始まったのだった。



「まずはここがオレたちの教室だったところだ。どうだ、何か思い出したか?」

「ううん、全然」

 案内された教室は机や椅子が小さい。

 各教室を隔てる壁がないのに驚いたけど、特になんの感慨も湧いてはこなかった。


「そうか。この一番前の席がオレで、次がお前だったんだ。生物の係で、そうだなそれから給食のアゲパンが好きだった」

 忘れ物をとりにきましたと警備員に言って校内に入ると、良太は私を連れていろんなところを案内した。

 図書館ではよく一緒に騒いで怒られたとか、校庭の大きな木にどちらが高く上れるか勝負して、二人とも降りられなくなったとか。


 そんな思い出話を語る良太の顔は、なんだか楽しそうだった。

 そしてとても細かいところまで覚えているなぁと思ってしまう。

 思っていた以上に、アユムってやんちゃだったんだなぁ。

 良太からの話を聞いて、そんな印象を持った。


「どうだ、何か思い出せたか?」

「いや全然。ごめんね」

 小学校を出て後は近くにある幼稚園に行き、夕方まで歩き回ったけれど、結局何も思い出せはしなかった。

 ここまで付き合ってくれたのに、悪いなという気になってくる。


「諦めんなよ。思い出せるまで、また付き合ってやるからさ」

 かけてくれる言葉は、ぶっきらぼうだけど真剣だった。

 アユムに記憶を取り戻させようと、必死だ。


 意外と今までに、こういった状況はありそうでなかった。

 両親や宗介は、私に記憶を思い出してほしいと思っているようだったけれど、それを強要したりはしなかった。

 たぶん医者からも言われていたのだと思うし、それに私に負担をかけないようにという配慮だったんだろう。


 それに比べて、良太はストレートだ。

 思い出せと私に言ってくる。

 私ではなく、彼は『今野アユム』を必要としている。

 そう思うと、心がきりきりと痛んだ。


 良太の反応が、本来正しいと思う。

 けどどうしてだろう。

 今の私はいらないと言われているようで、少し傷ついた自分がいた。

 事故から目覚めて、前世の記憶が戻った直後なら、こんな気持ちにはならなかった。

 『今野アユム』と私は別人なんだから、当然だと思ったに違いない。

 いつのまにか、私は『今野アユム』である私に、愛着を持ち始めているのかもしれないなと思う。

 

「良太とアユムは、とても仲のいい友達だったんだね」

「いや、アユムとは友達じゃねぇよ」

 忘れてしまったなら友達じゃない。

 良太は、そういいたいのだろうか。

 なんというか、私はやりきれない気持ちになった。


「何変な顔してんの? あっ、そういう意味じゃないからな。言葉通りの意味で、最初から友達じゃないんだ。オレ、アユムのこと大嫌いだったし」

 落ち込んだ私の顔を見て、さらりと良太は言い放つ。

「大嫌い? じゃあなんで、こんなに一生懸命になって、記憶を取り戻させようとするの?」

 良太の行動は私にはわけがわからなかった。


「勝負の約束してたんだよ」

 公園でジュースを飲みながら、良太はアユムとの事を話してくれた。

 二人が出会ったのは、幼稚園の時。

 嫌がる女の子に東が虫を見せてたら、アユムがいきなり虫を掴んで遠くへ投げて、喧嘩になったらしい。

 そこから毎回良太が何かするたびに、アユムが邪魔しにくるようになったそうだ。


「あの頃のオレって馬鹿でさ。好きな女の子の嫌がる顔を見るのが大好きだったんだよ。それで、邪魔してくるアユムが大嫌いだった」

 気に食わないと、良太はアユムに勝負を持ちかけるようになり、二人は何かと競うようになった。

 逆上がりをどちらが早くマスターするか。牛乳をどちらが早く飲めるか。そんな感じで二人はいつもいがみあっていたのだと、良太は言う。

 良太はいわゆる悪ガキというやつだったらしい。


「一学期の終わりに、二学期に入ったらどれくらい成長したか、互いに勝負しようって約束してたんだ」

 ぽつりと良太が呟く。

 けれど、アユムはこなかった。

 事故に会って、意識が戻って、怪我が治っても、学校へは戻ってこなかった。


「いつかお前が学校に戻ってくるって、待ってたのに、いきなり家の都合で転校しましたって言われてさ。オレ自分で思ってた以上にショックだったんだよ。でもそれを認めたくなくて、嫌な奴がいなくなってせいせいするみたいな態度とってた」

 昔の自分を、良太はあまり好きではないのだろう。苦い顔をしていた。


「アユムがいなくなって、オレは誰にでも喧嘩を売るようになった。問題児扱いされて、ある日言われたんだ。アユムくんも、君がそんなだから、怪我がよくなっても学校に戻ってこなかったんだってな」

「それは記憶喪失だったからで・・・・・・」

「あぁ、さっき聞いて、オレのせいじゃないんだってほっとしたよ。でもそう言われてその時のオレは、そうかもしれないって思ったんだ。それで気づいたんだよ」

 ふぅと良太は溜息をついた。


「皆から恐れられてたオレに、アユムは唯一自分から話しかけてくれた。今の自分でもめんどくさいやつだなぁと思う過去のオレの相手を、あいつだけがちゃんとしてくれてたんだ」

 飲み終わった缶を、良太はゴミ箱に投げる。けれどゴミ箱のふちに当たって、地面に落ちた。ベンチから立ち上がり、舌打ちして缶を入れなおす。


「お前がどんな理由で転校してようと、オレはただ今度はちゃんと友達になりたかっただけなんだ。オレの力で記憶を取り戻すことができたら、礼になるかなと思ったけどやっぱうまくいかないな」

 良太は自分の髪を手でくしゃっと乱した。


「でもまぁ、そう落ち込むな。方法はきっとあるさ。色々試してみればいい。前にマンガか何かで見たやつだと、階段から落ちて記憶を取り戻してたぞ。でもまた怪我したら大変だしな。受身の練習からはじめないとな」

 にっと笑う良太は、大船にのったつもりでいろとばかりに請け負う。けど、何をさせる気だと私は正直不安でいっぱいだった。


「別にそこまでしなくても、ボク記憶を取り戻したいとは思ってないし」

 早めに誤解を解いておくに限る。そうじゃないと、本気で階段から落ちることになりそうで怖かった。

「そうなのか?」

 驚いたように良太は私を見る。


「うん。家族も周りも今のボクを受け入れてくれてるし、このままでもいいかなって思ってるんだ」

「なんだよ、オレまた一人で空回りしてたんじゃねぇか」

 がっくりと良太はうなだれた。

「ごめんね、思い出してあげられなくて」

「そんなのどうだっていいんだよ。オレはお前が記憶を取り戻したいと思ってると勘違いしてたから、手伝おうと思っただけだ。別にオレのことを思い出してほしいわけじゃない」

「そうなの?」

 思いがけない言葉に、私は首を傾げた。


「むしろ、オレは昔のオレのことを覚えていてほしくない。お前だけじゃない、全ての人の記憶から消し去りたいくらいだ。あの頃のオレはガキでアホで、人の事を考えない自己中野郎だった」

 黒歴史だというように、良太は顔をしかめる。

 過去に戻れるとしたら、あの時の自分を消し去りたいと思ってるんだろうな。


「だから、お前が過去のオレを覚えていないなら、その方が都合がいい。オレの一番見られたくないところを知ってるのは、お前だからな」

 にっと悪戯っぽく笑って、良太が手を差し出してくる。


「今のオレは昔とは違う義理がたい男だからな。お前には借りがあるし、何か困ったことがあったら、相談に乗ってやるよ。友達としてな」

 口調は乱暴だし突っ走るところはありそうだけど、良太は悪い奴ではなさそうだった。


「ありがとう。よろしくね」

 私は良太の手を取る。



 五年生の秋、私に新しい友達が増えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」
ショタコン末期悪役令嬢に転生して苦労する話。
よければこちらもどうぞ!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ