【29】夏のリーダー合宿
夏休みになった。
だからといって、クラス委員の仕事がないわけではない。
リーダー合宿ということで、一泊二日の宿泊合宿があった。
各学年のクラス委員達が集まって、親睦を深めようという合宿だ。
四組のクラス委員長である私と、もちろん留花奈も参加していた。
「あら、ちゃんと来たのね」
「そっちこそ」
留花奈と言葉を交わす。
今回は私服で軽装ということで、留花奈は重ね合わせたタンクトップに、短いジーンズのズボンを履き、頭にはキャップを被っていた。
シンプルだけどお洒落なコーディネイトで、あまりお嬢様っぽくない。
どちらかというと、ポップで雑誌に載っているような庶民よりの服装だった。
「留花奈ってジーンズとか着るんだ。意外」
「なによ似合ってるんだからいいでしょ」
別に文句を言われたわけでもないのに、留花奈は不愉快そうに顔を歪めた。
他の生徒や先生に何かすでに言われたのかもしれない。
留花奈の服装は、私には身近なものだったけれど、他の子たちが大人しめの服装だから目立っていた。
普段から制服に改造を少し加えているところといい、留花奈はこういうファッションに興味があるようだ。
「似合ってないって言ってないだろ。そういう服の方がボクは好きだし」
「はぁ? あんたに好きって言われても一切嬉しくないんだけど」
そういってツンと留花奈は、左上を向いた。
「誰も留花奈が好きなんていってない。服を褒めたんだ」
ほんんっと可愛くない。
センスがいいななんて思ったことを、一瞬でも後悔したくらいだった。
「二人とももう集合の時間ですわよ」
遠くから理留の声がした。
理留は引き続き橘くんと、四組のクラス委員になっていて、このリーダー合宿に参加していた。
「今行きます、姉様!」
さっきまでの態度をコロッと変えて、留花奈が走っていく。
私もその後に続いて集合場所に行くと、班分けが始まった。
各学年から一人ずつ集まって、班をつくる。
合宿の間はこの班で行動するとのことで、留花奈と別の班ということに私はほっとした。
どうやら私は六班みたいだ。
渡されたワッペンをつけて、同じ班の人たちを探す。
「わっ、すいません」
「いやこちらこそ。そのワッペン、君はワタシと同じ班みたいだね」
キョロキョロしていたら、人にぶつかった。
鼻を押さえて、少し高い位置から聞こえる声に顔を上げる。
そこには炎のような真っ赤な髪を、一つ結びにしている少女がいた。髪は長く腰まで尻尾のように伸びていて、キリリとした目鼻立ちは少年のようにも見える。背が高くて姿勢がいい。
「ワタシは星野紅緒。六年生だ。よろしく」
私は目をまん丸に見開いて固まった。
「どうかしたのか?」
「いえ。ボクは今野アユム。五年生です」
戸惑いを隠し挨拶をする。
名前に色が入っている上、髪も赤い。
星野紅緒と名乗った彼女が、『その扉の向こう側』の攻略ヒロインなのは、間違いなさそうだった。
学園にきたばかりの頃に、ヒロインを探し回ったときには見当たらなかった。
最近はすっかり生活に追われて、この世界を攻略することが疎かになっていたから、その存在にも気づかなかったのだろう。
まさか、上級生にいたなんて! なんで見逃していたんだ!
心の中で叫んでいたら、いきなり頬に手を添えられた。
「しかし君は可愛らしい顔だちをしてるね。好みのタイプだ」
「えっ?」
じっと見つめられる。
ほっそりとした眉。涼やかな目元。柔らかな雰囲気の宗介や、中性的なマシロとはまた違う、正統派のイケメン顔だった。
「ふふっ、焦って可愛いなぁ」
「紅緒姉様、その子男の子ですよ」
どう対処したものかとオロオロしていると、理留が間に入ってくれた。
助かったと思って声のした方を見て、一瞬固まる。
「アユム大丈夫でした?」
「あ、うん」
理留が留花奈と同じ格好をしていたのでぱっと見て、留花奈かと思ったのだ。
帽子を被ってしまうと髪色が見えないので、双子の理留と留花奈は見た目で見分けがつかない。
「おぉ、久しいね理留。その格好はどうしたの?」
「留花奈に着せられましたの。着なれないので落ち着きませんわ」
紅緒先輩が理留に親しげに話しかける。
「理留は先輩と知り合いなの?」
「えぇ。紅緒姉様は学園長の娘で、ワタクシの家とは親交が深いんですの」
私の質問に理留が答える。
学園長の娘ということは、学園長の孫であるマシロとは親戚ということになるのだろうか。年上のマシロの方が甥で、紅緒が叔母さんになるのは、なんだか変な感じがした。
「それにしても、紅緒姉様はあいかわらずのようで。女の子と見ればくどくのやめたらどうですか」
「花を愛でるのはワタシの趣味だよ。しかし、男の子だったとはね。ポケットが膨らんで胸に見えたから、間違ってしまったよ」
呆れたような理留に、紅緒先輩は笑って答える。
少年のような紅緒先輩だけど、性別は女で間違いないらしい。
そして、女の子が好きな女の子のようだった。
紅緒先輩が、兄の言っていた『百合』キャラで間違いなさそうだ。
留花奈から離れられたと思ったのに、今度は新ヒロインだなんて。
しかも、紅緒先輩はかなり変わった人のようだった。
班での紅緒先輩の行動を、私は観察していた。
紅緒先輩は、女の子にとことん優しい。
かつ、スキンシップが激しい。
班は基本、男三人、女三人だ。
紅緒先輩は下級生の女子と、昼ご飯の下ごしらえをしていたのだけど、教えるとかいって密着しまくっていた。
「あまり力を入れすぎないで。こうやって、なぞるように皮をむくんだ」
「はい・・・・・・」
「上手じゃないか。芽の部分は、包丁の端でとっていくんだよ」
下級生の背に寄り添って、野菜の剥き方を教えているのだけど、なんだろうこの雰囲気。
耳元で吐息交じりに囁く意味がわからない。
無駄に色気を垂れ流していて、あそこだけ別空間だ。
下級生もうっとりとした表情で、紅緒先輩の教えることにしたがっている。
「何なんですかアレ」
「見ちゃ駄目だ。さぁボクたちはあっちで薪割りだよ」
ちょっとついていけてない三年生男子と、よくわかってない一年生の男子をつれて私は薪割りの作業へと入ることにした。
純真な子たちに、あの空間は目の毒でしかない。
お昼のあとはレクレーションということで、地図を片手にチェックポイントをまわることになった。
班で協力して、チェックポイントにあるヒントを集めて謎解きをしていくゲームみたいなものだ。
「この答えは、あの橋の裏にあるとみた」
「さすが紅緒様!」
「お姉様素敵です」
しかし、すでに班は、紅緒先輩のハーレムと化していた。
男子は蚊帳の外だ。
それどころか、うちの班だけじゃなく、七班の女子もいつの間にか混じっている。
「なんなんだろうね、あの人」
「ホントにね」
後ろからきた七班の橘くんの呟きに、私も同意する。
結局六班と七班の男子と、私はレクレーションを回ることになった。
なんかもう、男の子といるほうが楽だな。
色々難しいこと考えなくていいし。気楽に馬鹿できるし。
そんなことを思い始めている自分がいた。
やる気のある下級生たちに謎解きをまかせていると、ふいに肩を叩かれる。
「理留?」
「ちょっとこっちきて。留花奈が」
たしか理留は三班で、私達よりずっと前のはずだ。
なのにどうしたんだろう。
焦った様子に、ただ事ではないと感じて、私は橘くんに断って、班を抜けた。
「どうしたの?」
「留花奈がいなくなってしまったみたいなのです。ワタクシ心配で。それでアユムに手伝ってもらえないかと」
周りを気にしながら、小さな声で理留は打ち明けてきた。
「先生に言って、皆に手伝ってもらったほうがいいんじゃない?」
「駄目ですわ。それだとあの子、プライドが高いから余計に出てこなくなってしまいます。ワタクシが見つけないと、昔からでてきてくれませんの」
理留は首を横に振った。
「わかったよ。同じクラスだしね」
まったくはた迷惑な奴だと思いながら、引き受ける。
理留はほっとしたような顔をした。
「ありがとうございます。とりあえず、班の人たちが留花奈を見失った地点まで行って見ましょう」
急ぎ足で理留が私の前を行く。
普段の理留よりも足が速い。
留花奈のピンチだから、必死なんだろう。
さっさと前を歩いて道案内する理留に、なぜだか私は違和感みたいなものを覚えたけれど、それどころじゃないと懸命に後を追いかけた。
「このあたりのはずですわ」
「ここって、大分ルートから外れてるよね・・・・・・って、うわっ!」
いきなり理留に蹴り飛ばされ、私は地面を転がって、崖の下に落ちた。
「何するんだよ、理留!」
「あんたばっかじゃないの?」
理留の口調が変わり、帽子が脱ぎ捨てられた。
その髪の色を見て、私ははめられたことに気づく。
「お前、留花奈か」
「正解! でも残念。気づくのが遅すぎたわね」
方向音痴の理留が迷い無く進んでいる時点で、気づくべきだった。
留花奈は最初からこうするつもりで、理留に同じ格好をさせて、帽子を被らせていたんだろう。
声と顔だけだと、さすがの私も二人を見分ける事はできない。
留花奈は勝ち誇った顔をしていた。
「このあたり、夜になると毒蛇が出るらしいよ? どうする? 次のテストで一位をとらないなら、助けてあげる」
本当に留花奈は性格が悪い。
しゃがんで崖の縁を覗き込みながら、ちゃっかり私のポケットからぬきとった携帯電話をちらつかせていた。
これで本当にギャルゲーのヒロインなんだろうか。
これに惚れる男がいるのがわからない。
顔だけはいいけど、中身が最悪だ。
ついでに手癖も足癖も悪い。
「嫌だ! 誰がお前の助けなんて借りるか!」
べーっと舌を出してやる。
すると留花奈はかちんときたようだった。
「へぇ、そう。じゃあ、一人でそこから帰ってね。留花奈先帰るからぁっ!?」
留花奈は立ち上がり、足を滑らせて落ちてきた。
「何してるんだよっ!」
落ちてきた留花奈を受け止める。
いきなりのことだったので、地面に背中から倒れこんでしりもちをついてしまった。
「痛っ・・・・・・」
「あんた馬鹿じゃないの。なんで留花奈を助けてるわけ」
「馬鹿は留花奈だとおもうけど。なんであそこで落ちてくるの」
なんで助けたのに罵倒されなきゃいけないんだ。
そもそもあの場面で落ちてくるなんて、まぬけすぎる。
「うるさい。地面が急に崩れたのよ。昨日雨だったから、地盤が緩んでたんじゃないの?」
「単に重くて、崖が耐えられなかったのかもね。本当、重いからどいてくれないかな」
嫌味交じりにいうと、留花奈が私の上からどいた。
たちあがろうとして、私は右の足首が痛むのに気づく。
留花奈を受け止めたときの体制がまずかったらしい。
けど、顔にはださなかった。
「携帯返して。理留に連絡して、助けにきてもらう」
「わかったわよ」
そう言った留花奈の手には、さっきまで持っていたはずの携帯電話がなかった。
近くに画面が粉々に砕け、妙な方向に折れ曲がった携帯電話の残骸があった。
どうやら落ちるときに、岩に当たって使い物にならなくなったようだ。
まぁいい。怒りはあるけど、弁償してもらえばすむことだ。
連絡先も両親と宗介と理留しか入ってなかったし。
今はここから脱出するほうが先決だった。
「留花奈は確かスマホ持ってたよね?」
「お手洗いに行くって抜け出してきたから、友達にあずけた鞄の中にあるわ」
「・・・・・・」
私の無言の視線が痛いのか、留花奈は体育すわりをして顔を伏せる。
自らの失態に少し声に涙が滲んでいる。
泣きたいのはこっちだった。




