【28】憂鬱なクラス替え
「はぁ・・・・・・」
「どうしたんだ。春だというのに辛気臭いぞ」
マシロの隠れ家で、私は憂鬱な空気を振りまいていた。
「宗介や理留とクラスが離れちゃったんだよ」
「あぁ、前に言ってた友達か。そういうときもある」
六年生になったら修学旅行もあるし、一緒に行くのを楽しみにしてたというのにとても残念でしかたない。
まぁクラスが違っても自由行動の時間があるから、まだいいけどさ。
何よりも問題なのは、あいつとクラスが一緒ということだ。
「留花奈と同じクラスなんだよな・・・・・・」
黄戸留花奈。
理留の双子の妹で、超がつくシスコン。
私が理留と仲がいいからと、何かと目の敵にしてくる。
三・四年生の時は休み時間に会うくらいで済んでいたのに、これからはずっと一緒だ。
考えただけで気が滅入った。
「嫌だったら、アユムもここで過ごせばいい。学園には登校扱いになるように申請しておいてやるぞ?」
マシロの優しさ・・・・・・というよりは、自分と遊んでくれる相手が欲しいだけだなこれは。
「考えとく」
普段ならそんなことより授業出ろとマシロにいうところなんだけど、今日はそんな元気がなかった。
珍しいというようにマシロが目を見開いていた。
クラスでの留花奈の立ち位置は、マスコットとかアイドルとかそういう言葉がしっくりとくる。
ツインテールにくりくりとした目。
動物でいうなら猫のように小悪魔的で、自分の武器が何か理解して振舞うタイプ。
一見女の子たちには嫌われそうにも思えるんだけど、そういうこともなく、男女共に友達も多い。
女の子の中には、留花奈様と盲目的に慕っている子すらいる。
理留が持つのが親しみやすさなら、留花奈が持つのはカリスマ的というか、そういうオーラみたいな何かだ。
同じ双子でも全く違う。
「やだ、留花奈ったら」
「それでねー」
今日も留花奈は皆の輪の中心にいた。
五年一組は、以前の一組のメンバーがほぼそのまま残っているので、すでに留花奈を中心とした世界ができあがっている。
留花奈は私にだけ風当たりが強いだけで、基本社交的なのだ。
面白い話題を提供して皆を笑わせるムードメーカーみたいなところもある。
私にもあんな風に接してくれないかなと思うけど、無理だろうことはわかっていたので、できるだけ関わらないようにして穏便に過ごしたいと私は考えていた。
その日の学級会の時間。
クラス委員がなかなか決まらず、時間だけがすぎていた。
こんな時、橘くんがいればなぁと思う。
三・四年の時同じクラスだった彼は、委員長というあだ名の委員長で、こういう人をまとめる役割を進んで引き受ける子だった。
このクラスには今までクラス委員になった子もいないみたいで、誰も手を上げようとはしない。
クラス委員なんて正直、面倒なだけだ。
成績もあまり関係なくエスカレーター式に進学できる初等部で、高校みたいに内申点をあげようと頑張る子もいない。
「はい、先生」
そんな時、留花奈が手を上げた。
留花奈が委員長に立候補するなんて意外だと思って、そちらを見る。
こういう面倒なことは人に押し付けるようなタイプだと思っていた。
「おっ、黄戸クラス委員やってくれるのか?」
「いいえ。わたしは今野くんをクラス委員に推薦します」
いきなり何を言い出すんだとうろたえる私に、留花奈はにこりと笑いかけた。
「姉から、今野くんが前のクラスで皆をまとめあげていたと聞きました。きっと今野君ならまかせても大丈夫だと思います」
ちょっと待って欲しい。私はそんな柄じゃない。
今までの人生で、クラス委員なんてなったこともないし、正直やりたくなかった。
「オレも今野ならできると思う」
前同じクラスだった吉岡くんが、無責任にそんな事を言い出す。
部活に早く行きたいがために、吉岡くん私を売ったな。
夏休み前に宿題を写させてあげた恩をすっかり忘れているようだ。
今年は絶対に写させてやらない。そう心に誓った。
「じゃあ、今野で決定な。副委員長に女子、誰かいないか?」
今回の担任の先生は、かなり緩くて適当だ。
こっちの意志はおかまいなしに決まってしまった。
「それならしかたないな。推薦者の黄戸、お前が副委員長だ。みんなからの人望もあるし、できるだろ。仲良くやれよ」
留花奈がげっというような顔をした。
策士策に溺れるとはこのことだ。
面倒な役目を全部私に押し付けようとするからこんな目に会うんだ。
ざまぁみろとと思う一方、留花奈と一緒にクラス委員かと思うと気が滅入った。
社会見学の資料を作ってくれと、早速頼まれたその日の放課後。
「じゃ、留花奈用事あるから。ちゃんと委員の仕事やってよね。留花奈がちゃんとしてないと思われるの嫌だし」
「してないんだから、それでいいと思うけど。はい、これお前の分な」
「冗談。留花奈はこういうチマチマしたことしないの。じゃあねー」
案の定、留花奈は仕事を放棄して帰っていった。
やってられるかと思いながら、みんなに迷惑が掛かるのも駄目だよねと、結局資料を自分一人で作った。
この学園はイベントがあるたびに、係をつくる。
そしてそのたびに、私は係に選ばれることとなった。
ドッヂボール大会に、春の大清掃運動。読書感想文コンクール。兼任もいいところで、毎日学校に居残りの状態が続いていた。
しかも留花奈の圧力もあってか、皆手伝ってはくれない。
頼りになりそうな元四年四組のメンバー吉岡くんは部活に夢中で、もう一人も家の手伝いがあるらしくそんな暇もなさそうだった。
宗介や理留が時々様子を見に来ては、手伝おうかと言ってくれるのだけど、他のクラスだし、二人に頼むと留花奈に負けた気がして、それもできなかった。
無視とか分かりやすい嫌がらせは、理留にばれてしまうから、こんな手段に留花奈はでたんだろう。
信頼してます、期待してます。
そんな上っ面で押してくるから、周りも非難し辛いし、そもそもここには留花奈を非難できる奴なんていなかった。
そうやって仕事をが増えていって、私は一人で放課後残ってやることが多くなった。
その日も気づけば、日が沈みかけていた。
「やば・・・・・・寝てた」
資料を作りながらどうやら寝ていたみたいだ。
夏休みの宿題用の算数プリントを明日までに全部つくらなくちゃいけないのに。
そう思ってよだれを拭いながら体を起こす。
目の間には何故かマシロがいて、プリントをホッチキスでとめていた。
「・・・・・・マシロ?」
「起きたか」
「なんでここにいるの」
「今は夕暮れ時。お化けの活動の時間だからな」
全く説明になってない。こっちを見ることなく、マシロはプリントを作りつづけている。
「こんな時間まで、どうして教室にいるんだ。しかも一人で」
「プリントを、明日までに全部つくらないといけないんだ。これはクラス委員のボクの仕事だから」
「本当ならもう一人いるんじゃないのか」
「それはそうなんだけど。ボクの仕事なんだから、マシロはやらなくていいよ」
プリントをマシロの手から取り上げようとしたら、さっと避けられる。
「一人でできる量じゃないだろう」
「大丈夫だよ。ボク一人で十分だ」
「ぼくのところへ来る暇もないくらい、毎日教室に居残りをしているのにか」
マシロは私が遊びにこれない理由を、ちゃんと知っているようだった。
もしかしたら、今日以外にも様子を見に来ていたのかもしれない。
「誰かに助けを求めたらどうだ」
「それをしたら負けな気がするんだ」
「よくわからない意地だな。そもそも、勝負ごとじゃないだろう」
溜息をつかれて、私は少しむっとした。
「別にいいでしょ。マシロはボクのクラスじゃないし、そもそも初等部の生徒でもない。関係ないんだから、放って置いてよ」
口にしてから、キツイ言い方になってしまったと後悔する。
疲れてイライラして、マシロに当たってしまった。
「アユムの言うとおりだ」
ぽつりとでマシロが呟く。
マシロが、わざわざ様子を見にきてくれたというのに、酷いことを言ってしまった。
でも、口にした言葉を撤回することもできなくて私は黙り込んだ。
「ぼくはクラスメイトでも、初等部の生徒でもない。そういうしがらみとは無関係だから、手伝っても問題はない」
マシロの手が私の頭に伸びてきた。
「お前はよく頑張ってる。ちゃんとわかってるから、少しくらい頼ってもいい」
よしよしというように頭を撫でられて、ふいに涙が出た。
自分で思っていた以上に参っていたのかもしれない。
「男がこれくらいで泣くな」
しかたないなというように、ごしごしと服の裾で涙を拭かれる。
ちょっと乱暴だった。
マシロの身につけているブレスレットが顔に当たって痛い。
「早く終わらせるぞ」
「うん」
マシロの優しさが、すっと心に染みた気がした。
一学期の終わり。
私は突然、留花奈に人気のない場所へ連れて行かれた。
「またあなた、ズルしたでしょ?」
「なんのこと?」
マシロに仕事を手伝ってもらったことを言っているのだろうか。
あれから何度か、マシロは暇だからとか、遊びに誘いにきたなどと理由をつけて、手伝いにきてくれた。
そんなことを考えていると、目の前にずいっと成績表を突き出された。そこには黄戸理留と書かれていた。
「これ。なんで姉様が二位で、あんたなんかが一位なの。それも二年の初めから、十回中、七回はあんたが一位だわ」
そんなことを言われても困る。
一応前世の情報があるとはいえ、最近はレベルも上がってきていて、この成績を保つために私はちゃんと勉強していた。
「今回は勉強する暇もなかったはずなのに。姉様はあんたと違って、絶対に一位でなくちゃいけないのよ!」
留花奈の様子は、切羽詰まっていた。
なんでそんなに一位にこだわるんだろう。
理留も前々からやけに一位にこだわっていた。
テスト前はいつもクマを作って顔色が悪い。
二位になるとこの世の終わりだというくらい落ち込むし、かといって一位をとると勝ち誇って嬉しそうというよりは、ほっとしたというような顔をする。
まるで何かに怯えているみたいだと前から思っていた。
特にこの前の三学期末のテスト。
理留は勉強のし過ぎで、体調を壊していた。
明らかに熱があるのに、平気だといいはるので見守っていたら、案の定テスト中に椅子から転げ落ちた。
頭が揺れていたので気になってずっと見ていた私が、すぐに駆け寄ってキャッチしたから頭は打たずに済んだ。
まだテストを続けようとする理留を、無理やり保健室に連れて行ったのは記憶に新しいところだ。
「何か一位にならなきゃいけない理由があるの?」
気になって尋ねる。
「姉様は、黄戸の跡取りなの。一位でなきゃ駄目なのよ。じゃないとあの人が姉様を虐めるの」
「あの人?」
「留花奈たちの母親ってことになってる人よ」
血が繋がっている事自体が嫌だというように、留花奈は不機嫌そうな顔でそう言った。
「あんな人からの評価、どうだっていいんだけど。姉様は気にするの。何かと姉様を留花奈を比べようとするし。嫌いだわあの人」
留花奈は母親と仲が悪いようだった。
性格が似てる分、同族嫌悪ってやつかもしれないと、本人が聞いたら怒るだろう事を思った。
「そういうわけだから、二学期のテストではお姉様より下の順位になりなさい。姉様の友人だから手加減してあげてたけど、これ以上は手段を選ばないわよ?」
「こういうの、理留は嫌うんじゃないかな」
「姉様に告げ口する気?」
留花奈のオーラが暗黒に染まった。
やっぱり、理留には内緒で独断のようだ。
「理留に言う気はないけどさ。留花奈に従う理由もないよね」
「そのつもりならそれでも構わないわ。テスト前には、あなたからそうさせてくださいお願いしますって頼みにくるわよ」
にっこりと笑う留花奈の顔は、魔女のようだった。




