【27】宗介がバレンタインを振り返るようです(宗介視点)
俺の親友のアユムは、かなり鈍感だ。
「理留のチョコレート作りを、一緒に手伝ってほしいんだ!」
翌日にバレンタインデーを控えた日曜日、アユムは俺にこんなことを言ってきた。
一瞬言っている意味がわからなくて、は?と聞き返してしまった。
けれど、聞き間違いではないらしい。
アユムが理留と呼ぶのは、同じクラスの黄戸さんのことだ。
二つの縦ロールが特徴で、学園の中で一番のお金持ちのお嬢様。
アユムと黄戸さんは、出会った頃は仲が悪かった。
けど、お菓子を分け合ったことがきっかけで仲良くなったらしい。
よく一緒にサロンでお菓子を食べていて、二人の関係は茶飲み友達というやつだ。
黄戸さんは気を抜くと歌う癖があり、最近ではクラスでも時々謎の歌を口ずさんでいる。
歌詞は大抵、その時黄戸さんが気になっているものなので、心の声が筒抜けの状態に等しい。
しかも本人は歌っている自覚がないから困ったものだったりする。
アユムは偶然にその歌を聞いて、黄戸さんがバレンタインデーにチョコを作ろうと計画している事を知ってしまったらしい。
「理留のやつ、ボクが以前に話した卵型のチョコをつくろうとしてたみたいなんだ」
「卵型のチョコの中に玩具が入ってるやつだよね。作れるものなの?」
俺の問いかけに、アユムはそこなんだよと深刻な顔をしていた。
「いや、理留はゆで卵をコーティングしたチョコと勘違いしてたみたいで、中に相手が好きな納豆をいれようとしてたんだ。それでボク、責任感じて止めたんだよ」
それは止めて正解だったと俺も思った。
けどどうしてそこから、アユムと俺で黄戸さんのチョコ作りを手伝う話になったのかがさっぱりだった。
「誤解を解いて、普通のチョコを作るよう説得したんだ。でも、今度はよくわからないものをチョコに入れようとするからさ・・・・・・」
どうやら黄戸さんは相当な料理ベタらしく、アユムは心配でならないようだ。
黄戸家といったら相当な名家で、お手伝いさんが何名もいるような家だ。
料理なんてする機会がないんだろう。
そもそも黄戸さんは、ちょっと裕福なくらいの一般家庭出身の俺やアユムでは、本来知り合いにすらなれないレベルなのだ。
アユムはそこのところをよくわかっていない節がある。
まぁそれはいいとして。
「あんなチョコ貰ったら、折角理留はいい奴なのに、相手に嫌われちゃうかもしれないだろ。そんなの可哀想だ。だから、ボクが側にいて見張ることにしたんだよ」
さすがに、それはどうなのかと俺は思った。
「・・・・・・黄戸さん嫌がらなかった?」
「困った顔はしてたけど、押し切った。さすがにあれは心配だしね」
いいことをしたみたいな顔をしているアユムだけど、俺は心の中で黄戸さんに同情する。
本人は一切気づいてないみたいだけど、黄戸さんはアユムの事が好きだ。
意地悪をしてくる先生から庇ってくれて、溶け込めずにいたクラスとの垣根を取り払ってくれた男の子に惚れるっていうのはわかる気がする。
黄戸さんは家のこともあって、皆から一歩引かれる存在だった。
アユムが気さくに話しかけるから、もしかして黄戸さんって怖くないのかなと皆が話しかけるようになったのだ。
それに、黄戸さんにとって、ずけずけ物を言ってくるアユムのような存在は貴重だったんだろうし。
アユムと喋っていると、うらやましそうに俺の方を見てる黄戸さんと目が合うこともよくある。
黄戸さんはアユムとお茶会をする日は立て巻き髪に気合が入っているし、アユムからお菓子をもらうとその包み紙とかを保管してたりする。
わかりやすいくらいわかりやすいのに、アユムはそのことに全く考えが及ばない。
例えばこの前の学園のクリスマスパーティ。
二人は学園のプレゼント交換とは別に、互いにプレゼントを交換しあっていた。
黄戸さんからアユムへのプレゼントは、アユムが好きな海賊アニメ映画の試写会のペアご招待チケットだった。
「お母様の知り合いが手に入れてくれましたの。これアユムは好きと言ってましたわよね。もしよければ」
「ありがとう理留! 宗介を誘って行くよ!」
無邪気な笑顔でアユムはそう言ったけれど。
きっと黄戸さんはあの言葉の後に、「ワタクシと行きませんか」というつもりだったんだと思う。
「・・・・・・よろこんでもらえてよかったですわ」
そう言った黄戸さんは、微妙に泣きそうだった。そしてうらやましそうに俺を見ていた。
「黄戸さんと一緒に行ってきなよ」と言えばよかったのかもしれない。
でも、アユムの誘いを断って、黄戸さんのために動く理由もなかったので、そのままにしておいた。
あとついでに言ってしまえば、アユムを好いているのは黄戸さんだけじゃない。
同じクラスの都さんに、隣のクラスの一ノ瀬さん。アユムの従兄妹のシズルちゃん。アユムを好きな子は結構いる。
女の子に対して、アユムは妙に優しい。
俺たちの歳だと恥ずかしくて出来ないことを、さらりとやってのける。
相手に気遣わせないくらい自然に、照れもなく。
異性ってことを意識してないかのように。
だから、アユムはもてるのだ。
「勉強もできて、運動もできて。その上顔もよくて、みんなに優しくて性格がいいなんて、宗介って本当に女の子の理想だよね」
何かとアユムは俺にそんなことを言ってくるけど、俺から言わせたらそれはアユムのほうだと思う。
アユムは誰にでも優しい。
困っている人がいたら、放っておけない。
先生に歯向かうのを怖がらないし、誰かを守ることを躊躇しない。
正義感が強いというのとは、微妙に違う。
その行動が正しいかどうかじゃなくて、その人を助けたいという気持ちからアユムは動くことができる子だ。
当たりまえの事を、当たり前にできる。
真っ直ぐで裏表がない。
そういうとこに、皆魅かれるんだと思う。
対して、俺の優しさはそんなんじゃない。
例え相手が何をしようと、どうでもいいから許せる。
どうでもいいから優しくできる。
そんな類のものだ。
「前にさ、友達が庶民の子にチョコを渡そうとしてるんだけど、どんなのがいいかって相談を理留から受けたんだ。それって実は理留自身のことだったみたいで、できれば応援してあげたくってさ」
でも時にはそのアユムの優しさが、痛いときもある。
黄戸さんが作ろうとしていたチョコの中に入れようとしていたのは、アユムの好物である納豆だということに、気づいてないんだろうか。
なんでそこまで話されて、自分かもしれないと思わないんだろう。
アユムは自己評価が低いというか、自分が好かれるわけがないと思いこんでいるところがある気がする。
「宗介なら手先器用だし、おばさんを手伝ってるから料理も上手いだろ。だから頼むよ。理留を助けてやってほしい」
アユムはそれが黄戸さんのためだっていうように口にする。
チョコをあげる相手に、こんな悲しい理由でチョコ作りを手伝われ、しかもその相手は、気持ちに全く気づいてくれない。
それどころか、友達までつれてきて、他の人との恋を応援してくる。
アユムは黄戸さんを仲のいい友達だと思っているから、力になってあげたいだけなんだよね。
それはわかるんだけど。
・・・・・・それってなんて嫌がらせだろうか。
はっきり言って、余計なお世話以外のなんでもない。
しかも黄戸さんは、俺をライバル視してるところがある。
なんでこうなってしまったのかと落ち込んでいるであろう黄戸さんに、とどめを刺しにいくようなものだ。
「別に教えるのは構わないけど、黄戸さんは嫌がると思うよ。それに、黄戸さんが好きな人は庶民の子なんでしょ? どうしてアユムはそれが俺たちかもしれないって、考えないの?」
少し悩んだけど、ダイレクトに伝えてみる。
これで黄戸さんが自分に気があると、鈍いアユムでも気づくはずだ。
「そっか・・・・・・そこは考えてなかった。あれが友達じゃなくって理留自身の話ってことは、そういう事なんだよね。でもちょっと信じられないなぁ」
考え込むような顔をしたアユムに、わかってくれたんだとほっとしたのも一瞬のことだった。
「ちょっと理留に確認してみる!」
「待って待って! 確認って何を聞くつもりなの!」
慌てて、黄戸さんに電話しようとするアユムを止める。
「何って、宗介のことが好きなのかって聞こうと思って。好きな奴にチョコ作り手伝ってもらうなんてことになったら、理留が可哀想だし」
てっきり、直接自分のことが好きなのか聞くつもりなのかと思っていたので、ちょっぴりほっとしかけたけど、言ってる内容はやっぱり酷い。
そこまでわかってるなら、アユムがチョコ作り手伝うのをやめてあげて欲しい。
「確認しなくていいから。黄戸さん、俺のこと絶対好きじゃないし。いつも睨んでくるぐらいだから」
「それって、宗介のこと見つめてるってことじゃないの。宗介が気づいてないだけかもしれないでしょ」
「絶対にないから」
きっぱりと言うと、アユムはそうなの?と言って引き下がってくれた。
ここまで気づかないなんて、黄戸さんが不憫すぎる。
「じゃあ宗介も一緒に行ってくれるんだね」
「・・・・・・うん、わかったよ」
行くと決めたら、俺が行かなくてもアユムは行く。
それなら着いていって、アユムが無自覚に黄戸さんの傷をえぐるのを最小限に留めるくらいはしてあげよう。
そんなことを考えながら、黄戸さんの家に行った俺は、色々と考えが甘かった。
黄戸さんは切り替えが早く、もうこうなったらアユムと二人っきりでチョコ作りを楽しもうと考えていたようだった。
俺がいるのを見ると、黄戸さんは明らかにテンションが下がった。
でもそれを隠すようにして、家の中に案内してくれる。
よろしくお願いしますと俺に頭を下げる黄戸さんは、考えてることが顔に出やすいけど、基本いい子でお人よしだ。
アユムと似たタイプの人種だと思う。
今回作ることにしたのは、チョコマフィンだ。
初心者には作りやすいし、これなら黄戸さんも味見とか言って一つくらいアユムにあげることができるだろう。
そんな考えから、このマフィンを選んだんだけど、俺はどうやら黄戸さんとアユムを舐めていたようだ。
チョコを湯煎で溶かすようお願いしたら、黄戸さんは水の中に直接チョコを入れて煮だした。
粉をふるうようアユムに頼んだら、力を入れすぎてそこら中が粉だらけに。
もういいからアーモンドを麺棒で砕いてほしいと頼んだら、耳掃除する綿棒を持ってきてこれでどうやるんだとかボケをかましていた。
隠し味とかいって黄戸さんは怪しいものを投入しようとするし、アユムはアユムで分量を適当に入れようとするし。
気がつけば、ほぼ大部分を俺がやっていた。
焼きあがるのをじっと見てる二人は、幼い子供みたいだった。
できあがった瞬間に、二人して喜び合う。
「見てよ宗介! うまくできた!」
「山吹くん、さすがですわ!」
キラキラと尊敬の眼差しを向けられるのは悪いきぶんじゃない。
二人はとても嬉しそうな顔をしてくれるから、その苦労も無駄じゃなかったと思えた。
焼きあがったマフィンにデコレーションをして、それから黄戸さんはそれをアユムに渡した。
「バレンタインデーにはちょっと早いですけど、受け取ってくださいな」
「でもこれ、好きなやつに渡すんだよね?」
意外と積極的なんだなと驚く。
俺もいるけど、気にしないのかななんて思っていたら、その後に言葉が続いた。
「ですから、ワタクシはその、えっと、アユムのことをっ」
黄戸さんは真っ赤だ。
口を魚のようにぱくぱくさせて、続きを声にしようと頑張っている。
アユムはそれをきょとんとした顔で待ってる。
アユムは黄戸さんの告白をオッケーするんだろうか。
その可能性は低い気がする。
返事はまた後でってことになって、それからアユムはちゃんと答えを出すんだろう。
黄戸さんはいい子だし、アユムにもお似合いだと思う。
まぁこんなこと、俺が思う立場でもないんだけど。
もしもアユムがオッケーしたら、アユムの隣には黄戸さんが立つのだろうか。
なんだかもやっとした。
「ボクがどうかしたの?」
「アユムのことを好き・・・・・・な友達だと思ってますのよ!」
問いかけてくるアユムに、黄戸さんは言葉を頑張って紡いだのに、最終的に誤魔化してしまった。
ありがとうと言って受けとったアユムのそばで、やっぱり無理、無理ですわなんて小さく呟いている。
アユムはというと、友情とかああいう言葉に弱いから、サプライズなプレゼントにぱぁっと表情を輝かせていた。
「なんだ、そういう事だったんだね。これ友チョコってやつか。だから理留はボクと一緒に作りたがらなかったんだ。ボク勘違いしてたよ」
暴走してしまって恥ずかしいというようにアユムは笑った。
よろこんでもらえてよかったですわと黄戸さんも笑っているけれど、その笑いは乾いている。
納得されて複雑な心境のようだった。
「じゃあ、これ。ボクの分を理留にあげるよ。ボクも理留のこと大事な友達だって思ってるから」
「アユム・・・・・・」
黄戸さんはアユムの手作り・・・・・・というか、ほぼ俺がつくったマフィンをもらって頬を染めた。
友達宣言されちゃってるけど、それで黄戸さんはいいのだろうか。
雰囲気に流されている気もする。
アユムから手作りを貰えるというその事実と、大事という言葉が嬉しくてしかたないんだろう。
黄戸さんは結構単純だ。
こういう終わり方になるのなら、俺がくる必要もなかったのかもしれない。
そんな事を考えていたら、アユムが俺にマフィンを手渡してきた。
「はいこれ、宗介にも。一番の親友だからね」
俺の手の平には、ちょっぴり雑なトッピングをされたマフィン。
チョコレートペンシルで書かれた絵は、犬か花かよくわからない。
でもそこには俺の名前がかかれていて、最初から渡す気でいたんだなってわかる。
全く、折角いいところに落ち着いたのに、俺のことを一番の親友なんて言ったら、黄戸さんの立場がないじゃないか。
悪気はないんだろうけど、本当に爪が甘い。
案の定、黄戸さんがうらやましそうにこっちを見ていた。
それでも、この心地いいアユムの隣を、まだ譲る気にはなれなかったから。
「じゃあこれ、俺からお返し。一番の親友に」
俺もアユムに渡そうと思って用意していたマフィンを手渡した。




