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【26】理留とバレンタイン

 二月に入ってから、なんだか理留りるの様子がおかしい。

 目の下にクマがあって、昨日は国語の時間に社会の教科書を読んでいたし、今日は給食の時間に食べながら眠りそうになっていた。


 テスト前になると理留はよく似たような状態になるけれど、テストは三月だしまだ早い。

 頑張ってることを隠そうと普通に振舞うテスト前は、青白い顔色で神経をすり減らしている感じだけど、今回はどこか高揚した雰囲気があった。


 眠そうなのに、目がギラギラしてる。

 ちょっと怖い。


 三年の一学期にあった事件がきっかけで、四年生になった今ではサロン内だけでなく、教室でも理留と話す機会も増えた。

 相変わらず取り巻きたちが理留の周りにはいるのだけど、これは少し認められたと思っていいのかもしれない。

 理留に何かあったのかと朝に尋ねてみたのだけど、なんでもありませんわと誤魔化されてしまった。


 授業が終わるチャイムがなると、すぐに立ち上がり、理留はいそいそと帰ってしまう。

 ここのところずっとだ。


 一体、何をしてるんだろう。

 物凄く気になるけど、理留には理留の事情があるし詮索するのはよくない。

 そう思っていたんだけど。


「そういえば、アユムの友達のドリルだけどな。さっき、高等部のあたりで迷子になってたぞ」

 隠し部屋でくつろいでいると、後から部屋に入ってきたマシロそんな事を言われた。


「えっ、理留が? なんで?」

「理由までは知らない。ただ、高等部からの帰りに涙目で彷徨っているのを見かけたんだ。ドリルヘアで変な歌を歌っていたから、前にアユムの言っていた子じゃないかと思って教えただけだ」

 私が学園でのことをよく話したりするので、マシロは一方的に理留のことを知っていた。


「前にも迷子になったと言っていたし、雨も降りそうだから迎えに行ってやったらどうだ?」

 理留と迷子になった時の事も、マシロには話していた。

 歌っていたことは話したが、理留との約束なのでもちろん内容は言ってない。


 私はマシロに理留を見かけた場所を教えてもらう。

 あれから少し時間が経っているし、もういないかなと思ったのだけど、理留は屋根付きのテラスみたいな場所で雨宿りしていた。


「アメよりもチョコレイト、大好きなあの人に♪ 気持ちをぎゅっと詰め込んで、昨日より甘く作るんだ♪ バレンタインだドッキドキ」

 また変な歌歌ってる。

 ちょっぴり鼻声なのは、迷子になって泣いてたからかもしれない。

 どうやら理留はバレンタイン用の何かを買いに売店まで行くみたいだ。


 ――理留好きな人いるんだな。

 少し不思議な気分だった。


 理留はこのギャルゲーのヒロインの一人で、高等部で主人公の恋の相手になる。

 ゲームの中では、高校の三年間しかピックアップされないのでわからないけれど、見えないところで理留も色々な経験を詰んできたということなんだろう。


 歌の内容からするに、何度も作って最高のものをバレンタインにあげようとしていることがわかる。

 乙女だなぁと思うのと同時に、その相手がちょっぴり気になってしまうのはしかたないことだと思う。


 そんな話、理留から一度も聞いたことがなかった。

 私が一番理留と仲がいいと思っていただけに、ちょっとショックだ。

 男子だから教えてくれないのだろうとわかっているのだけど、少し寂しい気分になる。


 三年の一学期にあった騒動で、私達のクラスは団結力を得ていた。

 他のどのクラスよりも仲がいい。

 共通の敵がいるとまとまるといういい例なのかもしれない。

 そのおかげもあって、理留も多少皆の輪に入るようになった。

 以前よりかなり近づきやすい雰囲気になっている。


 実は面倒見がいいとことか、抜けているところとかが明らかになってきて、今まで皆が理留に持っていたイメージが少しずつ崩れてきたのだ。


 私の気持ちを例えるなら、ずっと応援していたマイナーなバンドが、メジャーデビューしてみんなから注目を浴びたときのような心境だろうか。

 お気に入りのバンドが皆に認められて嬉しい半分、自分だけがそのよさを知っていたのになぁという複雑な気持ちに似ていた。


 相手は一体誰なんだろう。

 クラス委員のたちばなくんだろうか。

 理留もクラス委員だから、よく一緒にいるし。

 もしくは吉岡よしおかくんとか。

 いつも騒いで理留に注意されてるけど、結構気安く会話してる気もする。

 いやいや、宗介という可能性もある。

 私と宗介が会話していると、こっちを見てる理留と目があうことが多い。


 背後にいるので、理留はまだこっちに気づいていない。

 今声をかけたら、確実に歌を聴いてしまったのがばれてしまう。

 そう判断して、私は理留が歌い終わるまでちょっぴり待つことにした。


「砂糖に蜂蜜はちみつみず飴に、忘れちゃいけない練乳も♪ 体によさそな木の根っこ、バランス考えサプリもね♪ 甘さを引き立てる塩もたっぷり入れたなら、隠し味には醤油だよ♪」

 何の歌だろこれ。

 まさかチョコレートに入れるものじゃないよね。


 不安になっていると、理留の歌は作りたいチョコレートへとシフトしていく。

 どうやら理留は以前に私が話した、卵型のチョコの中に玩具が入っているチョコレートを作ろうとしているみたいだ。


 二週間ほど前にした理留との会話を私は思い出す。

 確か理留の友達が庶民の男の子に恋をして、バレンタインのチョコをあげたいのだけど、どんなものがいいかという相談をされたのだ。

 普通のでいいんじゃないと言ったら、インパクトがあるのがいいと言われて、私が思い出したのが卵型のチョコだった。

 兄が一時、フィギュア入りの卵チョコにはまっていて、あげたら喜んでいたのをおもいだしたのだ。


 あれ理留自身の話だったのか。

 それはいいとして、卵型のチョコって手作りできるのかな。

 市販品しかみたことないんだけど。


 嫌な予感しかしないなぁと思っていたら、理留はどうやらゆで卵の中身をくりぬいて、相手の好きな納豆をつめ、それをチョコでコーティングするつもりらしかった。

 そういえば卵型のチョコのことを話したとき、それっておいしいんですの?としきりに理留は聞いてきた。


 おそらく、チョコの中にゆで卵が入っているとあの時点で勘違いしていたのだろう。

 そしてその時、私はこう答えた。

「好きなチョコの中に、好きなものが入ってたらうれしいとおもうけど」

 その私の言葉を理留は、好きなもの+好きなもの=大好きと理解したようだ。

 子供か!と内心つっこんでから、そういえば理留は子供だったやと思い直す。


 理留は頭はいいのに、常識というか何かが抜けてるんだよな。

 確かに私も納豆は大好きだし、チョコも大好きだ。

 だけど、それを一緒には食べたくない。


 どうにかして止めないと、理留が恥をかくことになる。

 しかも、私にもちょっと責任があるっぽい。

「理留、そのチョコはまずいと思うな」

 そう思ったら、私は理留に声をかけていた。

 ふぇっ?と間抜けな声を出して、理留が振り返る。

 目に見えてオロオロとしていた。


「ななな、なんでアユムがここにいるんですのっ!」

「ボクの友達が、高等部でウロウロしてる理留を見かけたっていうから、来てみたんだ。雨も降ってきたから、傘持ってないんじゃないかと思って」

 迷子になってると教えてくれたことは伏せておく。

 絶対本人が認めなさそうだからだ。


「そ、そうでしたの。わざわざよかったのに」

「暇だったから気にしなくていいよ。それで、どこにいくつもりなの? もしかして今からチョコの材料を買いに行くの?」

「・・・・・・え、えぇ。今から大学部の売店まで行くところでしたの。あそこにしか売ってない材料がありますのよ」


 何を買うつもりなんだろう。

 はっきりいって、嫌な予感しかしない。


「ならボクも一緒についていくよ」

「そ、それはいいですわ! 一人で行けますもの!」

「でもこの雨だし、傘一本しかないんだ」

 理留は目を見開いた。


「それってあいあい傘というやつじゃありませんの・・・・・・でも、チョコをあげる本人とチョコを買いにいくなんて」

 傘に視線を釘付けにしたまま、小さく理留がぼそぼそと呟く。

 雨の音で聞こえなかったけれど、なにやら一人で葛藤しているようだった。

 表情がコロコロと変わってみていて面白い。


「雨まだやみそうにないし、ほら行こう」

「・・・・・・わかりましたわ」

 二人して一つの傘で大学部へと向かう。

 マシロから借りた傘なので、大人用の大きめのやつだったけれど、二人で入ると少し狭い。

 肩が触れ合うくらいの距離で理留と歩いたのは、何気に初めてかもしれなかった。


 ちらりと横を見ると、理留が少しうつむいて赤くなってる。

 気恥ずかしいのかもしれない。

 理留は結構照れ屋だ。

 雨に濡れたせいか、理留の立て巻きがすこし緩くなっていた。

 いつもとちょっぴり印象が違って見える。


 歩きながら私は卵型のチョコが、卵をコーティングしたチョコレートではないことを理留に伝えた。

 理留はわかってくれたようで、普通のチョコをつくると言ってくれたので、ほっと一安心する。



 しばらくすると大学部の購買が見えてきた。

 ここにくるのはマシロにふんどしを買って貰った時以来だ。


 学園には高等部と大学部に大きな購買があるのだけど、その品揃えは半端ない。

 特に大学部は、学生がつくった品なども置いているのでユニークなモノに出会えたりする。

 店内にはバレンタインデーのコーナーがあって、理留はそこへ一直線に向かっていった。

 色々手にとって、真剣に吟味ぎんみしている。


 時間がかかりそうだと判断し、どうしようかと視線を彷徨わせる。

 すぐ隣のコーナーに目を奪われた。


 バレンタインデーコーナーに対抗するかのように、そのコーナーには「2月14日はふんどしの日」とでかでかと書かれている。

 愛する人にふんどしを贈ろう!とか、赤いふんどしは愛の証などのキャッチコピーがすがすがしいまでにバレンタインへの便乗感に溢れている。


 どうして大学部ってふんどしをこんなに推してるんだろう。

 しかも、今月の人気ランキングとかもある。

 ランキングができるくらいには売れているんだろうか。

 密かに女子用のふんどしもあって、ホワイトデーにはふんどし返しと書かれているあたり、商売魂がたくましい。


「ふんどしが気になるんですの?」

 結構色んな種類があるんだなとつい興味本位で手に取っていたら、声をかけられてびくっとする。

 横にはすでに理留が買うものを手に立っていた。


「まさかそんなわけないだろ。それよりも、理留。それチョコレートの材料・・・・・・なのかな?」

「はい!」

 干からびた木の根っこに、怪しい色をしたキノコ。

 小瓶に入った、桃色の謎の液体。他にも色々。

 今から魔女の薬を作るんだと言われたほうがしっくりくるような物品の数々を、理留は手にしていた。


 駄目だ。普通のチョコを作るだけでも、理留には難しい。

「ねぇ、理留。ボクにもチョコづくりを手伝わせてくれないかな」

 ここは私がちゃんと見張って、せめて食べられるチョコを作れるようにサポートしよう。

 そうしないと、チョコを貰う相手の体が心配だ。


「で、でも」

「ほらボクチョコレート好きだから、自分でも一度作ってみたかったんだ。でも男がお菓子つくる機会なんてめったにないだろ?」

「けどこれはちょっと」

 理留はなかなかに渋る。

 けれど、これは理留自身のためなので、ここは引くわけにはいかなかった。


「頼むよ理留。同じ甘いもの好きの理留と、一緒にお菓子作りしたら楽しいだろうなってずっと考えてたんだ。それに味見役はいたほうがいいと思う。ね、頼むよ」

「・・・・・・そ、そこまでいうのなら」

「ありがとう理留!」

 理留は、結構押しに弱い。

 前言を撤回させないように手を握る。


「まったくしかたないですわね」

 そう言って微かに手を握り返してきた理留は、困っているようだったけれど、その顔は何故かちょっぴり赤かった。


2月14日がふんどしの日というのは本当です。

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