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【25】メインヒロイン(笑)は、やっぱり(笑)なようです。

 マシロのネット友達の緋世渡ひわたりさんが、前世の『兄』なのではないか。

 そう疑っていたら、実は緋世渡さんの正体は、このギャルゲーのメインヒロインである桜庭さくらばヒナタだった。


 どのルートでも主人公を殺しにくる、メインヒロインとは名ばかりのヒロイン。

 高校生になるまではできるだけ避けるつもりでいたのに、どうしてこんなところでコスプレしてるんだ。


「この前オススメされたアニメ、面白かったぞ。魔女っ子ものだからと言って見てなかったんだが、熱いバトルのシーンは見ものだった」

「気に入っていただけてよかったです。あの衣装も凄く可愛くて、真似したいなって思ってるんです。とくにメアちゃんのニーハイの丈が絶妙なんですよね」

 マシロとの会話は残念極まりない。


 美少女と美少年で、ふたりの周りには爽やかな空気が漂っているのに、その会話はどうしたものかとツッコミたかった。


 私の知っている『桜庭ヒナタ』は、成績優秀、運動神経も悪くなく、性格もよくて、学園のアイドル的な存在。

 非の打ち所がなくて、いっそ人間味がないくらい完璧すぎる少女だったはずだ。


 なのに、目の前の桜庭ヒナタはどうだろう。

 お気に入りの詩集について語るかのような雰囲気で、ニーハイについて熱く語っている。


「わたし少し肉がぷにっとして裾からはみ出すくらいがいいと思うんです」

 ギャップが凄すぎて、聞き間違いかと思ってしまうほどだ。


 それに、さっきまでコスプレしていたときともキャラが違いすぎる。

 化粧のせいもあるだろうけど、目つきとかまとうオーラとかがまるで違って、同一人物だとは思えないくらいだった。



「しかし、その喋り方どうにかならないか? いつもの方がぼくとしては落ち着くんだが」

「あっそうですか? すいません一応初対面だから、きっちりしたほうがいいのかと思ってたんですけど、シロさんがそういうのなら」

 喫茶店につくと、マシロがそうヒナタに切り出した。


 ヒナタは頭につけていた星の飾りを取って、先ほどまでコスプレしていたアリスの王冠型の髪飾りをつけた。

 その瞬間、おっとりした人好きのする顔立ちが、影を帯びる。

 不遜で尊大で、上から人を見下ろすような王者の風格がそこにあった。


「うむ、やはりこちらがしっくりくるな。シロも楽にしていいぞ」

「そうさせてもらおう」

 顔の前で手を翳す謎のポーズを取ったまま、感慨深げに言うヒナタに、マシロも少し格好をつけた口調で答える。

 にっと笑い合う二人には、通じ合うものがあるようだった。


「何を頼みます?」

「とりあえず月を抱く漆黒の闇と、太陽に祝福された甘き露を貰おうか」

 ヒナタにたずねたらそんな事を言われたが、そんなものメニューはない。 


「緋世渡はデミグラスのオムライスとオレンジジュースか。ぼくはパスタのセットにするとしよう」

 それでわかってしまうマシロが凄い。

 とりあえず、私はマシロと同じものにしてもらった。



 食べながら私は考える。

 兄かもしれないと思っていた緋世渡さんが、ヒナタだった。

 ということは、ヒナタが兄という事だったりしちゃうんだろうか。


 兄だったら、コンタクトを取るべきだ。

 けれど、違ってたら死亡フラグが立ってしまうかもしれない。

 ちょっと私は様子を見てみることにした。


 兄はオタク、ヒナタも実はオタク。

 ヒナタはどうやら、マシロとは違い可愛い女の子でるアニメや、ダークな雰囲気で設定がたくさん着いているものを好むようだ。その部分は兄と似ている。


 ただ、兄は極度の人見知りで恥ずかしがりだ。

 人前ではぼそぼそとしか喋れないし、目も見れない。

 いつもおどおどしてるのがデフォルトだ。カメラの前でポーズを取った日には、恥ずかしくてすぐに倒れるだろう。


 こっちの世界に来て、性格が変わった可能性はあるけれど。

 私の性格も前世のままだし、あの兄がそう簡単に変わるとも思えない。


 そもそもヒナタが兄ならば、初対面のあの時に私が前世の妹である『前野まえのあゆむ』だと気づいたはずだ。顔は変わってないのだから。


 つまり、ヒナタは兄ではない可能性が高い。

 オタク趣味はゲーム本編で出てない裏の設定、もしくは原作との誤差が生じてると考えるべきだだ。


「なんだミケ、さっきからずっと我を見ているな。さては我の魔眼の影響でも受けたのか?」

 ヒナタが首をかしげて尋ねてくる。

 魔眼ってなんの事だろう。

 とりあえず、スルーして大丈夫ですと答えておく。


「そうか。だが、ラグナロクの日は近い。我の下僕である以上、この程度で影響を受けていては困るからな。普段の我は一割程度に力を抑えられているのだから」

 やばい、ヒナタの言っていることがわからない。

「顔に何かついている? そんなに見られると照れてしまう、と言っている」

 助けを求めるようにマシロを見ると、翻訳してくれた。

 正直全くを持って伝わらない。


 本編中、突然理由もわからないままヤンデレ化するヒロイン、桜庭ヒナタ。

 きっとそこには辛い過去とか、そういうものがあるんじゃないか。

 そう私は推察した時もあったというのに、これはなんだか違う気がする。

 どこでこんな風になっちゃったんだろう。


 ヒナタが机の上においていた星の飾りが目に入る。

 この世界がギャルゲーだと気づいた直後、私がヒナタの髪に飾ってあげたものだ。


 あれは、原作にはない主人公の行動だった。

 まさかあれでヒナタの性格が変わってしまった・・・・・・とかないよね。


 さっき髪飾り変えたら、キャラも変わったみたいだったしなぁ。

 不安になっている間に食事を終えて外に出たら、見知った顔と出くわした。


「あっ、お兄ちゃん! こんなところで会うなんて偶然です! どうしたんですかその髪型」

 とてとてと走ってきて、私にぎゅーっと抱きついたのはシズルちゃんだった。

「これはね、イメチェンかな。シズルちゃんこそどうしたの?」

「暇だったので散歩です。ここわたしの家の近くですから。お兄ちゃんは?」

「友達と食事してたんだ」


 私の背後にある喫茶店の扉が開いて、中からマシロとヒナタが出てくる。

 シズルちゃんが怯えて私の後ろに隠れた。


「あの人たちが、お兄ちゃんのお友達ですか?」

「まぁね」 

 私の後ろから様子を窺っていたシズルちゃんが、ふいにゆっくりとヒナタへと近づいて行った。


 マシロとの会話に夢中になっているヒナタの腰の部分を軽く叩く。

 振り返ったヒナタは、シズルちゃんを見て尻尾を踏まれた動物のように驚き、硬直した。


「やっぱりヒナタ先輩だ!」

「知り合いなの?」

「はい! 父さんたちがお仕事で忙しいので、シズルこの前から女学院の寮に入ってるんですけど、ヒナタ先輩は同室で仲がいいんですよ!」

 私の問いに、シズルちゃんは元気よく答えてくれる。

 一方、ヒナタは明らかにうろたえていた。


「な、なんのことかさっぱりわからないな。人違いだ。我はアリス・緋世渡ひわたり・エアフィールド。漆黒を滑る王にして至高の・・・・・・」

「お兄ちゃん、ヒナタ先輩の髪飾りとってみてください」

 口上を述べ始めたヒナタに対して、シズルちゃんが私の耳元で囁く。


 言われた通りにすると、ぴたっとヒナタの喋りが止まった。

 口をぱくぱくさせて、目を潤ませたかと思うと、顔が真っ赤に染まる。

「えっとその・・・・・・さっきから偉そうな口利いて、ご、ごめんなさいっ! 違うんです。あれはその、髪飾りつけると気が大きくなるというかっ。恥ずかしくてもう穴掘って埋まりますっ!」

「お兄ちゃん、髪飾り!」

 ヒナタが走り去ろうとする前に、シズルちゃんに指示されて髪飾りを元に戻す。


「おいたがすぎるぞ下僕。これは貴様ごときに扱える品ではない」

 ふっと髪をかきあげて、偉そうにヒナタはそう言った。

 さっきまでの弱々しい少女の面影はもうない。

 やっぱりヒナタ先輩だったとシズルちゃんは呟いた。


「シズルちゃん、これどういうこと?」

「ヒナタ先輩は髪飾りでキャラクターが変わるんです。わたしよりも人見知りで、あれがないとすぐにどこかに逃げたり、隠れたりするんですよ。今日のキャラクターは初めてみましたけど」

 人見知りなシズルちゃんよりも人見知りなので、逆に人見知りしなかったのだとシズルちゃんは教えてくれた。


 ヒナタの髪飾りを取ってみる。

「すいません、すいません。下僕とかいって、ごめんなさい。わたしの方がよっぽど下僕にふさわしいですよね。わかってるんです」


 今度は、王冠の髪飾りを付けてみる。

「下僕を下僕扱いするのは当然だ。我は主なのだからな。飼われてよかったと思うように躾けてやろう」


 星の髪飾りに付け替えてみる。

「もぅ、わたしで遊ばないでください。これ結構疲れるんですよ?」


 少し困ったようにヒナタが頬を膨らませる。

 なかなかに面白かった。


 謝って髪飾りを返すと、ヒナタは王冠の方を頭につけた。

「興味深いな。もしかして、多重人格ってやつなのか?」

「安易な発想だな。そんなものではない。しいていうならば、この魔道具が我に深淵からの力を届けるデバイスといったところか。装備するものにより、我の力の本質が変動する」

 マシロが尋ねると、ヒナタが答えた。

 なるほどなとマシロは頷いていたが、さっぱり私にはわからない。


「ヒナタ先輩、そのキャラクターは次の劇の登場人物か何かですか?」

「・・・・・・愚問だな。当然だろう」

「うわぁ、楽しみです!」

 キラキラした目をシズルちゃんはヒナタに向けていた。


 シズルちゃんとヒナタの通ってる美空坂女学院では、演劇が盛んらしい。

 そしてヒナタはその演劇部のスターなのだとシズルちゃんは教えてくれた。

 ヒナタは普段から髪飾りによって、役になりきる女優なのだという。

 ちょっぴり得意げなシズルちゃんがかわいかった。



「時にシズル。そやつは主の兄なのか?」

「はい、シズルのお兄ちゃんです!」

 シズルちゃんが私の手に抱きついてヒナタに紹介する。

 ヒナタはじーっと私の顔をみていたけれど、ふいにカツラをもぎ取った。それから元に戻す。


「今日は楽しかった。それでは我はこれで失礼することにする。さらばだ下僕ども!」

 じりじりと後ずさりして、ヒナタはダッシュで去って行った。

「なんだったんだろ今の」

「たぶんお兄ちゃんがおかっぱ頭だったから、女の子と勘違いしていたんだと思います。先輩男嫌いで有名なんですよ」

 シズルちゃんが説明する横で、ぼくも男なんだがとマシロが納得いかない顔をしていた。


 とりあえず桜庭ヒナタについてわかったことは。

 原作以上に残念な感じになっているということと、それが私のせいかもしれないという事だった。


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