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【24】マシロと中二病のお友達

「アユム頼みごとがあるんだが」

 冬休みのある日、マシロにそんな事を言われた。


「何、マシロが頼みごとなんて珍しいね? 何か困ったことでもあるの?」

「実は明日、ネット上で出会った友人と、初めて会うんだ。けどなんというか、正直一人で会うのが心細くてな。一緒に着いてきてくれないか?」

「別に暇だからいいよ」


 軽くオッケーする。

 引きこもりのマシロが自分から外に出ようとするなんて凄いことだ。

 出来る事なら、それを応援してあげたい。


「本当か? よかった。よく喋る相手ではあるのだが、いざとなると緊張してしまうんだ。慣れれば平気なんだが、ぼくは人見知りだからな」

 ほっとマシロは胸を撫で下ろした。


「人見知りって、そのわりには最初からボクと話してたよね」

「あれは共通の話題があったし、それに記憶を消せばいいと考えていたから気楽だったんだ」

 マシロには人に暗示をかける不思議な力がある。

 都合の悪いことを見られたりすると、マシロはその力を使って、部分的に人の記憶を書き換えていた。


「マシロさ、あまりそういう風に人の記憶を書き換えるのよくないと思うよ。マシロのこと、忘れたくないって人だっているのにさ」

 前から言おうと思っていたことを口にする。


 初対面の時、私はマシロとゲームの話題で盛り上がり、仲良くなった。

 それなのに、マシロは私からその記憶を消そうとしていたのだ。

 結局私にマシロの暗示は聞かなかったのだけど、あまりいい気分ではなかった。

 

「よくない事というのは承知の上だ。ぼくは別れが苦手だからな。親しくなりすぎると、別れる時に辛くなる。だからアユムとも仲良くなる気はなかったんだ」

「なんだよそれ、ボクと仲良くなったことを後悔してるみたいじゃないか」

「してるんだ実際。まぁもう手遅れだから、今更どうこうしてもしかたないんだけどな」

 大きくマシロは溜息をついた。


「深く付き合って相手を心に入れてしまうと、失った時の傷も深くなる。苦しむくらいなら、一人でいる。仲良くなるなら、後腐れもなく、いついなくなったって不思議じゃないくらいの関係がちょうどいい。ぼくはそう考えているんだ」

 それはネットで知り合った友人の事を指しているんだろう。

 そういうところ、マシロは淡白だった。


「親しい誰かと引き離された事がないアユムには、まだわからないかもしれないけどな。ぼくは臆病者なんだよ」

 別れを恐れて、仲良くなるのを避ける。

 それは昔の私ならわからない思考だったかもしれないけれど、今の私にはそれが理解できた。


 宗介や理留、マシロやこの世界での両親。

 私は彼らと関わりすぎていた。

 いつか別れがくると知っていながら。


 もしも元の世界に帰れたとしても、皆のことを思い出して苦しくなるだろう。

 それくらいには、皆が大切になっていた。

 帰りたいのに、帰ってしまう日が怖くもある。


「分かる気がする」

「・・・・・・なんだ、らしくないぞ。てっきりぼくは、そんな事気にしてたら一生一人ぼっちだよとか、説教されると思っていたんだが」

 マシロが心配そうにこっちを見ていた。

「それよりさ、その友達ってどんな人なの?」

 明るい顔を作って、私は話を変えた。

 マシロの言うとおり、暗い考えは私に似合わない。


に染まる世界をわたる堕天使、略して緋世渡ひわたりさんだ」

 何その中二病バリバリの名前と、普段なら即座に突っ込んでいるところなのだけど、私は思わず固まった。

 それは、前世の兄がよく使っていたハンドルネームだった。


 まさか、そんなことって。

 確認したら漢字も兄が使っていたものと同じだった。


 前世の兄である『前野まえのわたる』は、自分の名前であるワタルをちょっと格好よくして入れたかったんだろう。


 『緋に染まる世界を渡る者』という兄的に超カッコいい意味で、『緋世渡ひわたり』と読ませるこのハンドルネームがお気に入りだった。

 どう読んでも『ヒワタリ』じゃなくて『ヒセワタリ』としか読めないのだけど。


 最後が『堕天使』か『者』かの違いはあるけれど、これは偶然なんだろうか。

 

 ・・・・・・もしかしてだけど、兄もこの世界に来ている?

 なんで今まで、この考えが出てこなかったんだろう。


 このギャルゲーをプレイしていたわけじゃない自分がゲームの世界に連れてこられたのだ。

 プレイしていた本人である兄がこの世界にいたって、おかしなことじゃない。


「それでなアユム。実は待ち合わせ場所にはドレスコードがあるんだが、衣装はぼくが用意しておいた。これで構わないか? アユムに似合うと思って密かに作っておいたんだが」

「うん」

 ウキウキした声で話しかけてくるマシロに、生返事を返す。


 私の頭の中は、兄がもしかしたらこのギャルゲーの世界にいるかもしれないってことでいっぱいになっていた。




 待ち合わせ場所である市民体育館は人でいっぱいだった。

 これからここで、アニメやマンガに関するイベントがあるらしい。

 好きなアニメやマンガの本を自分達で作って販売したり、コスプレをしたりするイベントなのだとマシロからは説明された。


 話には聞いたことあったけれど、実際に行くのは初めてだった。

 妙な熱気が体育館の中には充満している。


「マシロ、これどういうことなのっ!」

「よく似合っているじゃないか。ぼくの見立ては間違いなかったな」


 マシロが満足気に頷く。

 私はマシロによってコスプレさせられていた。

 前髪がぱっつんになったズラを被せられ、目にはカラーのコンタクトレンズ。

 服はネコミミがついたフード付のパーカーだった。


「なんだよこの服。尻尾までついてるし。恥ずかしいんだけど」

「昨日はこれでいいと言っていたはずだが。相手と衣装を併せる約束をしていたんだ。アユムも一緒に行動するならそれなりの格好をしてもらう必要がある」


 そういうマシロは、赤と黒を基調とした騎士のような服を着ていた。

 髪はワックスで立てただけだし、瞳もそのままなのに、そういう格好が様になっている。

 どうせやるなら、私もそっちがよかった。


「これって、マシロが好きな格闘ゲームのキャラだよね」

「そうだ。ぼくが主人公のシロで、アユムはシロの主人のペットであるミケだ。よく使っていたからわかるだろ?」

 マシロの相手をして、この格闘ゲームは何度もしたことがあった。


 名前と見た目が似ているからとマシロはいつも主人公を使っていて、私が使っていたのは今コスプレをしているミケ。俊敏さがポイントのキャラだ。


 人の少ないスペースに移動すると、マシロがポケットからスマホを取り出して操作し始める。ここで待ち合わせることにしたらしい。

「それで緋世渡ひわたりさんって、どんな人なの?」

「昨日説明はしたと思うんだが」

「もう一度お願いします」

 緋世渡ひわたりさんが兄かもしれないという事に気を取られて、全く聞いていなかった。

 まぁいいと、マシロはもう一度説明してくれる。


 緋世渡ひわたりさんとマシロが会うのは、今日が初めて。

 元々オンラインゲームで知り合い、意気投合したらしい。

 仲良くなるうちに、近場に住んでいることがわかり、この格闘ゲームも好きだと分かったので、一緒にイベントでコスプレしようということになったらしい。


「歳は? 見た目は?」

「やけに聞いてくるな。歳はわからないが、ぼくとアユムのキャラの主人であるアリスの格好をしているはずだ」

 そんな事を話していたら、こちらに向かって女の子が歩いてきた。


「もしや、ぬしらが我の下僕か?」

 そう声をかけてきたのは、今の私とさほどかわらない小学校高学年くらいの女の子だった。

 金髪に左右の目の色が違うオッドアイ。

 ばっちりと施されたメイク。

 ゴスロリと呼ばれる類の、フリルやレースで飾られた服。

 ゲームでは私やマシロのコスプレしているキャラの、ご主人様に当たる吸血鬼のお姫様だ。



「お待ちしてました姫。ぼくはシロといいます」

「待たせたな。我はアリス・エルフィールド。現世では緋世渡ひわたりという名で呼ばれているが、ぬしらには我を姫と呼ぶことを許そう」

 マシロがうやうやしく頭を下げると、それを一瞥してから緋世渡ひわたりさんが私を見た。


「主がミケか。話はシロから聞いておる」

「は、はじめまして!」

 すっと緋世渡ひわたりさんが近くまで寄ってくる。

 近くでみると西洋人形のようだ。


「はじめまして?」

 挨拶をしたら、眉を寄せられた。

 なんだろうこの反応。ちょっぴり不機嫌そうだ。

 もしかして、はじめましてではないとか?


 まさか彼女が兄なんだろうか?

 私がギャルゲーの男主人公になっているのだ。

 兄がこんなお人形さんみたいな女の子になっていても不思議じゃない。


 でもそうだとしても、私の顔は変わっていない。

 もしも兄なら、会えた嬉しさから私の名前を呼びまくって、抱きついて号泣くらいはしてみせるはずだ。

 

 一瞬でぐるぐると考えていると、マシロがひじで私を小突いた。

「にゃが抜けてる」

「にゃ?」

 首を傾げると緋世渡さんが笑った。

 端正な顔立ちと喋り方のせいかキツイ印象を受けていたのだけど、笑うと可愛らしかった。


「どうせコスプレするなら心まで。ミケは慣れてないから恥ずかしいかもしれぬが、なれればたやすいことだ。ミケの語尾はにゃ、もしくはだにゃが基本だぞ。わかったか?」

「あっ、はい・・・・・・だにゃ」

「よろしい。それでは行こうか」

 恥ずかしがる私を見て、満足そうにそういうと、緋世渡さんは私達を引き連れて歩きだした。



 緋世渡さんと合流して、イベント会場内にある個人が出している店を回るものだと思っていたら、なぜか撮影会が始まっていた。


「こっち向いてください。あ、ミケさんポーズは荒らぶる感じでお願いします」

「次はアリスさん目線こっちで!」

 カメラを持った人たちに囲まれる。


 パニックなる私をそっちのけで、緋世渡さんはノリノリでポーズを取り、マシロはと言うといつもの調子でしれっとした顔をしていた。

 この状況に戸惑っているのは、どうやら私だけらしい。


「ミケさん、もう少し柔らかい表情でお願いします」

「は、はい!」

 なんで私がモデルみたいにパシャパシャ撮られているのか、よくわからない。

 いつまで経っても終わらないカメラの嵐を抜け出した頃には疲れきっていた。


「慣れぬことは疲れたであろう。だが、主のおかげで主従トリオがそろい、我は満足じゃ」

 緋世渡さんが私の胸にある大きなリボンに手を伸ばし、形を整えてくれた。


「緋世渡さんは凄いですね。あんな人前で堂々するなんて、ボクにはとても無理です、にゃ」

「撮られているのではなく我ではなく、そのキャラだ。そう思えるようになれば、案外楽しいものだぞ。なりきればいいのだ」

 とって付けたように語尾をつけて感想を述べると、緋世渡さんがコツを教えてくれた。

 しかし、私にはハードルが高すぎて、慣れる気が全然しない。


「さてと。我は着替えてくるゆえ、出口でまた会おう」

 イベントが終わり、出口で落ち合うことにする。

 このあと、三人で喫茶店で食事をすることになっていた。


 マシロは服を脱ぐだけだったし、私もそんなに着替えに時間がかからなかった。

 しばらく待っていると、こちらに向かって女の子が走ってくる。


 桃色の髪に、大きな星の髪飾り。

 嘘だろと思いたかった。

 さっとマシロの後ろに隠れる。


「お待たせしました。シロさんはそのままなんですね」

「あぁ、これが素なんだ」


 まさか、緋世渡ひわたりさんの正体が、桜庭ヒナタだったなんて!

 動揺しながらも、私はしまっていたカツラを被りなおした。



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