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【23】部活やろうぜ

 学園から帰ると、宗介が私の家の前に座っていた。

「アユム、おかえり」

「ただいま」

 控えめに声をかけてくる宗介に答える。


「あのさ、アユム。昨日のことなんだけど、本当にごめん。俺アユムが怪我して焦ってたんだ。吉岡よしおかくんがどうなったっていいなんて、思ってたわけじゃない。だから、もう絶交を取り消してくれないかな?」

 弱りきったその顔に思わずウンと頷きそうになる。

 でもその前に、私には一つ聞きたいことがあった。


「じゃあ、次同じことが起きたら、ボクじゃなくて吉岡くんを助ける?」

「・・・・・・それは」

 宗介は言いよどんだ。


 やっぱり、全く反省してない。

 同じ事が起きたら、また私の方を宗介は助けるんだろう。

 吉岡くんの事がどうでもいいというよりも、私が怪我したという事実の方が宗介にとっては優先なのだと私はもう気づいていた。


 だから、反省していても、悪いと思っていても、いざその時がきたらやるに違いない。

 きっとここで何を私が言ったところで、それは変わらないのだと悟る。


「本当に宗介って過保護だよね。でも、まぁ今回はボクのお願いを聞いてくれたら絶交を取り消すよ」

「ありがとうアユム! 俺、なんでもやるから!」

 宗介が抱きついてくる。力が強い。


「よかった。俺、もうアユムに嫌われたんじゃないかって、すごく心配だった」

「あんな事くらいで嫌いになったりはしないけどさ。ちょっと苦しいよ宗介」

 リアクションが予想以上に大きい。

 私との絶交が相当に応えていたらしい。


「それで、お願いなんだけど」

「何、アユム? 何でも言って」

 ようやく私を解放して、宗介がこっちを見ながら首をかしげる。

 何だって叶えて見せるよというような、意気込みに満ちた顔だった。


「部活を始めてみたいから、宗介も一緒にやろう」

 本当は宗介だけ部活に入れるつもりだったのだけど、それだと人払いするようであからさますぎる。

 なので、私も一緒に部活に入るという体で、宗介を部活へと誘うことにした。


「アユムが一緒なら、もちろん入るよ。突然こういう事いいだすなんて、スポーツのマンガでも読んだの?」

 確かにマンガは読んだ。

 さすが幼馴染というべきか、こういう事によく気づく。

 私が影響されやすいこともお見通しのようだ。

「とりあえず、色んなものまわるよ。明日早速バレー部に見学に行くから」

「わかった」

 異論はないようで、宗介は嬉しそうに頷いた。



 次の日。

 唯一経験したことがあるのと、マシロの部屋にあったバレーマンガが面白かったという理由で、見学を申し込んだバレー部に私達は来ていた。


 バレー部は十人。

 あと二人いれば二チームできるから、試合練習ができると燃えていた。

 ルールを説明してもらって後、練習試合に組み込まれる。

 小学生だからか、ボールは当たっても痛くない柔らかいボールだ。

 身長は低いけどすばしっこいことに定評がある私はボールを拾いまくり、身長の高い宗介へとトスを上げる。


「ナイス宗介!」

「アユムもね」

 二人して手を叩きあう。

 息のあったコンビネーションで相手チームを圧倒し、軽く勝利した。


 必死の形相で勧誘してきたバレー部を断って、次の日は茶道部に行ってみた。

 茶道部には上級生のお姉さま方が多くて、男子はほぼいなかった。

 かなり優雅な雰囲気だ。

 しかし茶は苦いし、畳目とか足の運び方とか、お茶を飲むのにたどり着くまでが長すぎて、私には向かないと悟った。

 お菓子は美味しかった。

 宗介はというと、教えられたとおり、そつなくこなしていて、先輩方の視線を釘付けにしていた。

 

 そんなノリで、毎日私と宗介は部活巡りをしていった。

 ある時は美術部でスケッチを体験し、犬を描いたはずが木といわれ落ち込む私の横で、宗介は大絶賛されていた。

 ある日はサッカー部に行って、練習試合に混ぜてもらい、二人でパスを回しまくったりした。

 

 わかったことは、宗介はなんでもそつなくこなすということだ。

 運動だろうと、芸術系だろうと筋がいい。

 勉強できて、運動できて、芸術もできて、顔もよくて、家もお金持ちで、性格も申し分なし。

 我が幼馴染ながら、どこのパーフェクト野郎だと思う。


 私だって芸術以外はできる方だ。

 でも、運動はいざという時にナイフを避けられるように体力や瞬発力を密かに鍛えた結果だし、勉強にいたっては前世の賜物だ。

 ナチュラルにそれを身に付けている宗介は、やっぱり凄いと思う。


 ふと思ったんだけど。

 こんな素敵キャラが側にいて、どうして『そのドアの向こう側』に出てくるヒロインたちは、主人公の『今野アユム』の方に魅かれるんだろう。


 確かゲーム画面で見る今野アユムは、顔が何故か見えない主人公だった。

 どんな角度でも顔に影が落ちて、目を見ることができない。

 前世の兄曰く、そういうのは無個性主人公タイプというらしい。

 よりプレイヤーが馴染みやすいように、クセのない普通の少年なのだと兄は言っていた。


 成績は中の中、運動神経も普通。

 特に目立った特長もない。

 性格はというと、選んだ女の子の物語によって、正義感溢れる奴になることもあれば、卑屈で疑り深い奴になったり、変態だったりすることもある。

 プレイヤーの選択肢こそが、彼の性格を形作ると兄は言っていたけれど。

 

 正直、どう考えても主人公は宗介に勝てないと思う。

 なのに、宗介がライバルキャラにすらならないあたり、ヒロインたちは見る目がないのかもしれない。

 

 ん、まてよ?

 今ので気づいたけど、この世界にきて私の顔が私のままな原因は、主人公が無個性タイプだったからなんじゃないだろうか。


 前世の私をそのままトレースして、設定はアユムのまま。

 そのせいで私の体は女のままで、『今野アユム』の男だという設定がついてまわっている。

 そう考えると、つじつまが合うような気がしてくるから不思議だ。


 まぁ男だという設定なら、体も男にしておけよと思わなくもないんだけど。

 いやそれはそれで戸惑っていたかもしれないけどさ。


 まぁそれは置いておくとして。

 宗介は部活に興味を持ってくれたかというと、微妙なようだ。

 楽しんではくれてるみたいだけど、私に連れまわされているからという感じがする。

「結構いろんな部活を見学したよね。明日はどうする?」

「うーんどうするかなぁ」

 宗介に尋ねられて、考えながら私は校内を歩く。


 剣道部はまだ行ってないけど、あのお面被るのは抵抗がある。

 あと合唱部にも行ってない。

 部室が音楽室なので、行くのが怖い。

 あのお団子頭がどうしても頭をチラつくんだよね。


「あっ、こことか行ってないよね?」

 他に部活あったかなと思い悩んでいると、宗介が一つの教室の前で立ち止まった。

 ん?と私は思う。

 その教室のドアには、声楽部と書かれた紙が張ってあった。


「こんなとこに部室あったんだ。なんかこの文字、赤黒くてかすれてるけど」

「ここはやめよう。頼むから」

 ドアについている窓から、お団子頭のシルエットが見えた気がして、私は宗介を連れて即刻立ち去った。



「結構色々まわったけどさ、宗介は気になる部活とかあった?」

「うーんそうだなぁ」

 尋ねると宗介は考え込んだ。

「やっぱり一番気になったのは声楽」

「それ以外で。ボクが聞いてるのは、そういう気になるじゃないから。入りたいなと思った部活はなかった?」

 宗介の話を遮って、私は尋ねた。


「アユムは?」

「ボクは宗介に聞いてるの」

 まず私の意見から聞こうとする宗介に、そうはさせないというように強い口調で言った。

「俺はどの部活も楽しかったよ」

 それはどれもぱっとしなかったのと、あまり変わりない。

 けれど、宗介は久々に心からの笑顔を見せていた。


「アユムとこうやって何かするの、久しぶりだったしね」

 私と何かするのが一番嬉しい。

 そういう好意を、宗介は隠さない。

 だいぶ、甘やかされていると思う。


 私も宗介といると楽しいし、安心できる。

 今回だって、途中から宗介の部活を探すという目的を途中から忘れかけていた。

 一緒にスポーツしたり、何かに打ち込むのが楽しくてしかたなかった。


 それに思いっきり甘えてしまう事ができたなら、きっと楽だ。

 でもそれだと、互いに依存して、お互いの存在が不可欠になってしまいそうで怖い。

 いざ向こうの世界に帰る時に、困ることになる。

 宗介とこれ以上仲良くなるのはまずい気がする。


「ボクも楽しかった。まぁでも、部活はしばらくいいかな。今はまだ宗介と遊んでるほうが楽しいし」

 少し悩んで、私は素直な気持ちを口にした。

「うん、俺も」

 宗介が幸せそうに笑う。

 その顔を見て、私も幸せな気持ちになる。


 別れはまだ遠い。

 それに、もうちょっと大人になれば、自然と宗介の世界は広がる。

 私以外に大切なものを見つけて、離れていく。

 私が宗介の中心でいられるのも、この短い間だけのことだ。

 ずっと続くわけじゃない。


 それまでは宗介の側にいて、今を楽しんでもいいはずだ。

 そんなことを心に言い聞かせて、私は自分を甘やかした。



「二人で部活破りしてるって本当か?」

 もう部活を巡る必要もないかなと考えていたら、次の日授業が終わって吉岡くんにそんなことを聞かれた。

「何その道場破りみたいなの。見学だよ、見学」

 初等部の運動系の部活は、部員が少ない。

 そのため、勧誘に熱心で、デモンストレーションとして練習試合みたいなことを毎回していた。

 それが色んな部活に勝負を挑んでいるように見えたんだろう。


「でも二人に勝てたら、部に入ってくれるって聞いたんだけど。うちのバスケ部から挑戦状を預かってきたんだけどなぁ」

 吉岡くんが手にしていたのは、墨で挑戦状とかかれた白い半紙。

 しかし挑むの字が兆になっている。

 色んな部活を巡っているうちに、話が変な風に伝わってしまったようだった。


「けどさ、よかったよ。二人が仲直りして。やっぱり山吹と今野って、セットって感じがするっていうか、一緒にいるのが自然な感じがするからさ」

「心配かけてごめんね吉岡くん。後宗介が色々ごめん」

「いやオレも悪かったからさ。犬くらいでビビッて、今野のこと引きずりまわして怪我させちゃったし。自業自得なんだから、オレなんて放っておけばいいのに今野っていい奴だよな」

 そう言って、吉岡くんが椅子を寄せて私の席の前に座った。


「山吹にオレを保健室に連れてけって命令してた時さ、ちょっと格好よかった。前の担任から黄戸さんを庇った時もそうだったけど、お前って男らしいよな。オレが女だったら惚れてたかも」

「ありがと」

 にっと笑ってくる吉岡くんは、ちょっと照れてるようにも見えた。

 彼から私への最大の賛辞だったんだろう。


 一応女である私としては、男らしいといわれて少し複雑な気分だったけれど、褒め言葉のようだったので受け取っておくことにした。


 しばらくして、書道部から呼び出しを受けていた宗介が教室に帰ってくる。

 書道部からの用事は、当然のように勧誘だったらしい。

 断ってきたという宗介は、やや疲れた顔をしていた。


「アユム、もう帰ろう。ここにいたらまた勧誘される気がする」

 宗介がそういうのと同時に、ガラリと教室のドアが開いて、息も切れ切れに隣のクラスのいちさんが入ってきた。

「あっ、よかった。まだ二人とも教室にいたんだね!」

 逃げる間もなく、一ノ瀬さんに確保されてしまう。


「昨日、二人ともお兄ちゃんからゴール奪ってたよね。あたし見てたんだけど、アユムくんすごく格好よかった!」

「ど、どうも」

 興奮した様子の一ノ瀬さんが握手をしてきたので、気おされながらもお礼を言う。

 確か昨日はサッカー部に見学に行っていた。

 練習試合のメンバーとして組み込まれて、宗介とパスを回しまくり、何度かゴールを決めたのは記憶に新しい。


「あっ、そういえばまだ名前言ってなかった。あたしは隣のクラスの」

「一ノ瀬さんだよね。知ってるよ」

 私達の四組と、隣の三組は体育の時間が一緒だし、彼女は結構目立つ子だった。

 体育の時間になると一番生き生きしているというか、輝いている。スポーツ大好きな子という印象だ。

 なによりこの前体育の時間に犬が乱入した時、彼女が率先して犬のおとりになって誘導し、皆を逃がしていた。


「本当? あたしの事知っててくれたんだ! 嬉しい!」

 きゃーっと、一ノ瀬さんは私と繋いだ手をピョンピョン跳ねながら振る。

「一ノ瀬さん、用事って何?」

 早く済ませてこの場から逃げたいのか、宗介が一ノ瀬さんに尋ねる。

 そうだったというように、一ノ瀬さんが姿勢を正して私と宗介に向き直った。


「あたしね、サッカー部のマネージャーやってて、お兄ちゃんが部長でキャプテンなの。昨日はアユムくんたちの敵チームのゴールキーパーやってたんだけど、覚えてないかな?」

「あぁあの人か」


 そういえば、サッカー部の部長さんの苗字も一ノ瀬だったなぁと思い出す。

 どうやら二人は兄弟だったらしい。

 健康そうな肌のやけ具合とか、テンションの高さが似ている気がする。

 部長さんは熱血な人で、勧誘の言葉もとても熱かった。


「それで、お兄ちゃんから手紙預かってきたの。二人に再戦を申し込みます! 絶対二人にはうちのエースになってもらうんだから!」

 ばーん!という効果音が付きそうな勢いで突きつける一ノ瀬さんの手には、果たし状と書かれた手紙があった。


「えっと、やっぱ部活入らないことにしたんだ。ごめんね?」

「それで皆納得しないと思うけど」

 申し訳なく思いながら私が断ると、ちらりと一ノ瀬さんが教室の外を見た。つられてその視線の先を追う。


「ここ今野アユムくんと山吹宗介くんのクラスですよね。陸上部から再勝負を挑みにきたんですけど」

「あのぉ、美術部なんですけど、山吹くんいますか? デッサンバトルを申し込みにきましたぁ」

「剣道部ですけど、どうしてうちの部には勝負しにきてくれないんですか。面が臭いからですか?」

「・・・・・・声楽」

 部活勧誘にきた人たちが、廊下に五・六人待っていた。

 皆目がギラギラと燃えている。

 足止めを喰らっている間に、集まったようだった。


「アユム、どうしようか」

「ここはアレしかないでしょ」

 宗介と目で合図を送りあう。

 言わなくても、次の行動はわかっていた。


 宗介と一斉に走る。

「あっ、二人とも逃げた! 待ってよっ!」

 背後から一ノ瀬さんの声がしたけれど、待つわけがない。


「追いつけたら陸上部部に入ってくれるってことでいいんだよね?」

「今野くんは無視して、山吹くんだけ捕まえるのよ! 今回こそ美術コンクールで賞を取るの!」

「声楽・・・・・・」

 みんな勝手なことを口にして後を追ってきたけれど、誰も私たちを捕まえることはできなかった。


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「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」
ショタコン末期悪役令嬢に転生して苦労する話。
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