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【22】彼の世界の中心は

 夏休みも終わって、九月の始め。

 新学期が始まって少し経っても、クラスはお化けの話題で持ちきりだった。

「いや本当だって。ハナオさんいたんだって」

 盛り上がる皆の話を、私は半眼で聞いていた。


 学園で肝試しを行った吉岡よしおかくんとクラスメートは、そこで怖い体験をしてしまったらしい。

 まぁ、そのお化けって実際には学園長の孫で、学園に通うのが面倒だからと学園に住み着いてしまっているマシロの事なんだけど。


「私はプールで白い女の人を見たわ! それだけじゃないの。河童もいたのよ!」

「大学部では、女の幽霊が子供の河童にふんどしを買いにきたらしいぞ」

 マシロは男にしては髪が長めで、整った顔立ちをしてるせいか、女だと思われることが多いみたいだ。

 それはわかるんだけど、一緒にいた河童って私のことなんだろうか。

 地味に傷つく。


「お化けなんているわけないよ」

「夏休み前はあんなに怖がってたくせに」

「まぁね。お化けなんて実際に正体を見たら、どうってことないものなんだよ」

 極めてクールに対応する私に、吉岡くんが意外そうな顔をした。


「その割には音楽室に行くとき、かなりおどおどしてたよな。音楽室のお化けにビビッてるんじゃないの?」

「そういえば、先生から課題曲の楽譜渡されたとき、すごくビクビクしてたよね」

 吉岡くんの言葉に、側にいたみやこさんが情報を追加してくる。

「それは・・・・・・気のせいだよ」

 視線をそらしつつ、私は答えた。


 しかたないじゃないか。

 お化けは怖くなくても、幽霊は怖い。

 マシロの部屋に泊まって次の日。

 目が覚めたら声楽部の先生から貰った楽譜はなくなっていたけれど、あの恐怖の体験は身に残っていた。楽譜を染める赤い色が・・・・・・いや、思い出すのはよそう。


「アユム」

「あぁ、宗介。何か用?」

 吉岡くんや都さんと楽しく会話していると、宗介に話しかけられる。

 私は固い声色で返事をした。


「用ってわけじゃないけど、次理科だから一緒に移動しようと思って」

「吉岡くんたちと一緒に行くから」

「うん、わかった・・・・・・俺先行くね」

 あからさまにトーンダウンして、宗介が教室から出て行く。

 その姿が見えなくなって、私はほっと息をついた。


「・・・・・・もしかして、昨日からずっと山吹やまぶき喧嘩してるのか?」

「まぁね」

 私と宗介の間にある気まずい空気を感じとって、心配そうに尋ねてきた都さんに答える。

「原因って、やっぱオレだよな。ごめん」

「違うよ。吉岡くんは関係ない。これはボクと宗介の喧嘩なんだ」

 謝ってきた吉岡くんに、私はきっぱりと告げた。


 ただ今、私と宗介は喧嘩中だ。

 原因は昨日の体育の時間の事。

 十月には運動会という事で、二人三脚の練習を運動場でしていたら、突然大きな犬が乱入してきた。

 犬は遊んでいると思ったのか私達を追い掛け回し、つながれた足でうまく逃げられなかった子たちがこけて怪我をした。

 幸い犬は誰にも噛み付くこともなく、逃げ惑う生徒を追い掛け回しただけだったため、ほとんどの生徒はかすり傷程度だった。


 しかし、私とペアになっていた吉岡くんは犬が大の苦手で、こけるのもお構いなしに逃げ惑ったせいで、かなり酷い怪我をしてしまった。


「アユム、大丈夫!?」

「宗介、保健委員でしょ。吉岡くんを保健室へ連れて行って」

 足の布を解いて、こちらへ走ってやってきた宗介に私はそう頼んだ。

「でもアユムも、怪我してる」

 けど、宗介はそれを渋った。


「ボクはかすり傷だし、大丈夫だよ。それより、吉岡くんの怪我の方が酷い。足首も赤いし、捻挫してるかもしれない」

 まだ犬から追い回された恐怖が抜けないのか、吉岡くんは放心状態。

 ぱっと見ても、吉岡くんの怪我の方が酷いのは明らかだった。


 なのに、宗介は私を抱きかかえたのだ。

 しかもお姫様抱っこで。


「大丈夫なわけないだろ。早く消毒しなきゃ!」

「何してるの宗介! ボクじゃなくて、吉岡くんを連れてってって言ってるのに」

 皆がぽかんと見守る中、問答無用で宗介に保健室へと運ばれた。


「吉岡くんの方が酷い怪我だったのに、どうしてボクの方を連れてきたの!」

「アユムが怪我してるのに、放っておけるわけないだろ!」

 保健室で手当てを受けながら怒る私に対して、宗介も怒鳴り返してきた。

「ボクはいいんだよ! たいしたことないし、それよりも」

「吉岡くんのことなんて、どうだっていいんだ! アユムさえ無事なら、それでいい!」

 本音を漏らした宗介に、私はぷちっと頭の血管が切れた。


「いいわけないだろ! 吉岡くんだって大切な友達なのに。そんな事言う宗介に、ボクはこれ以上構って欲しくない! 絶交だ!」

 そしてその勢いで、宗介と絶交宣言をしてしまったのだ。


 何気に、宗介と喧嘩するのってこれが初めてなんだよね。

 意見が食い違っても、宗介は私に合わせてしまう。

 だから、衝突することも今まで無かった。


 しかし、絶交って子供か私。

 自分自身で呆れるけれど、これは宗介が悪いと思う。

 少しは反省すればいいんだと、私は宗介に冷たい態度をとっていた。



「はぁ、落ち着く」

 放課後、お化けで盛り上がっている教室から避難して、マシロの部屋で一息つく。

 夏休みの間、おばあちゃんちに行ってない期間はほぼずっとここでゴロゴロして過ごしていた。

 二学期になってからは毎日ここを訪れている。


「友達と遊ばなくていいのか?」

 それをマシロだけには言われたくない。

 私が訪れるたびにここにいるマシロだけど、高等部は本来授業のはずだ。


「大丈夫、大丈夫」

 そう答えたけれど、本当は少しまずい。

 最近、私がここに出かけるものだから、宗介が怪しんでいる。


 宗介は基本私の意志を尊重してくれる。

 ただ、どこに行くかは聞きたがる。

 いざというときに、どこにいるのかわからないと不安になるんだろう。


 だけど、私は友達の家としか答えることができない。

 マシロの事は秘密だからだ。

 そして私の友達を、宗介は全員知っている。

 だから、宗介の知らない友達ということで警戒されているのだ。


 はぁと私は溜息をつく。

 なんかもう、どうにでもなれという気分だった。

 宗介は私にべったりすぎる。

 ぶっちゃけ過保護だ。


 今更といわれれば今更だけど、昨日の体育の時間に私は再確認したのだ。

 宗介は、私に対して異常に心配症なのだと。


「さっきのアレ格好良かったよ。宗介くんって、アユムくんの騎士だよね。三年生の一学期の時だって、先生がアユムくんに嫌がらせをしようとしてたのを、宗介くん見てないところで止めてたんだよ」

 昨日強引に保健室で手当てをされて教室に帰ると、クラスメイトの都さんが友情って素敵よねと言いながら、そんな事を教えてくれた。

 きっと私を助ける宗介を見て、その時のことを思い出したのだろう。


 それは初めて聞く話だった。

 自分が嫌な目に会おうと、宗介は口にしない。

 私が無事ならそれでいいのだ。


 宗介は人当たりがいいので誰とでも話す。

 でも、どこか線引きをしている。当たり障り無く過ごしている。

 まるでどうでもいいというように。

 なのに、私のこととなると見境がない。


 なんというか、宗介の世界は私を中心に回っている。

 それが悪いとは言わないけれど、宗介のためによくない気がしていた。

 


「なんだ、友人関係の悩みごとか? ぼくが話を聞いてやろう」

 考え事が顔にでていたのか、マシロが尋ねてくる。

 ずぼらで大胆なわりに、マシロは人の心に敏いところがあった。

「・・・・・・ううん、いいよ。ごめんね」

 友達の話を、友達がいないマシロに相談するのは酷だ。


「なんだその哀れむような眼差しは。言っておくが、ぼくは友達が多いぞ」

「えっ、そうなの?」

 あからさまに驚いた私に、マシロは酷いというように若干涙目になる。

「本当だ。ただし、画面の中、ネットの中だがな!」


 あっ、これ本当に残念な人だ。

 マシロが兄と同じ人種ということを、私はうっかり失念していた。



 どうしてもマシロが相談に乗りたいというので、私は宗介のことを話した。

 言うつもりはなかったのに、宗介を庇ってアユムが事故にあい、記憶喪失になったことや、この学園に転校してくる経緯までつい口にしてしまう。

 マシロはちょっと兄に中身が似ているせいか、話しやすい。

 もしかしたら、私自身誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。


「なるほどな。つまり、宗介はアユムに対して執着があるわけだ」

「執着は言いすぎじゃないかな」

「執着以外の何がある。この前も彼は隠し通路の前まできていたぞ。結局引き返したみたいだがな」

 マシロが肩をすくめた。


「彼は自分がいないところでアユムが傷つくのを恐れている。なら、多少傷ついたところで、問題ない所を見せ付けて安心させればいいんじゃないか?」

「具体的には?」

 意外とまともな意見が出たので、尋ねてみる。


「・・・・・・そうだな。クマと戦って勝つとか?」

「ボクもう帰るね」

「待て待て。冗談だ。今考えるから!」


 しばらく待ってみて、マシロが提案したのは、私が絡んできた高校生をやっつけるというものだった。

「却下。昔似たようなことがあったけど、無茶するなってかなり怒られた。そもそもその高校生役って、マシロだよね。そもそもボクより弱そうだから、作戦が根本から成り立たないと思うんだ。弱いものいじめは柄じゃないし」

「人が折角悪役を買ってでようと提案したのに、酷くないか!?」


 しかし、真実なのだからしかたない。

 正直マシロは全く強そうに見えない。

 肌は病人のごとく白いし、私がパンチしただけで骨が折れそうなくらいに細い。

 本気を出さなくても片手で勝てる気がしてくるほどだ。


 ちなみに、会った当初はマシロに対して敬語で話していた私だけど、自然とそれも抜けて、気安く話すようになっていた。

 ちなみに先輩でなく名前で呼べと言ってきたのはマシロの方だ。

 先輩と呼ばれると落ち着かないらしい。


「他に何かない?」

「・・・・・・なら、アユム以外に執着できるものを探してやればいいんじゃないか。趣味とか部活とか」

「それだ!」

 マシロはふてくされて投げやりな様子だったが、なかなかいい案に思えた。

 部活に入ってしまえば、私以外の人と接する機会も増える。


「でもどんな部活がいいんだろう。宗介って無趣味だし、ボクは部活あまりやったことないしなぁ」

 前世では高校時代に一ヶ月ほどバレー部員をしていたのだけど、結局続かなかった。


「色んなものを試せばいい。体験入学をしたいと言えば大丈夫だろう」

「ちなみに、マシロは何か部活に入ってるの?」

「帰宅部・・・・・・いや、在宅部だ」


 そんなの聞いたことすらない。

 とりあえずマシロは放って置いて、私はマンガで部活の知識を集めることにした。


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