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【20】ワイシャツとふんどしと

 目の前にはお菓子とコーラ。

 これで口止めだといわんばかりに、たくさんのスナック菓子が並べられていた。

「ここ、校内ですよね?」

「そうだ。君にはここに入る権利をあげよう。ここにあるものを自由に使っていい。その代わり、ぼくの事を誰にも言わないで欲しい」


 学園に隠された部屋。まさにマンガの世界だ。

 広さは教室の半分ほどだけど、住むには十分なスペース。 

 階段下の用具室の扉から、謎の道を通ってたどり着いたこの部屋は、まるで前世の兄の部屋のようだった。


 部屋の中は快適な室温に保たれていて、ベッドにソファー、テレビがある。

 しかもテレビの横にはゲーム器があって、マンガも大量にあった。

 インターネットができそうなパソコンに、ストックされたお菓子たち。

 引きこもるにはまさに最適な環境だ。


 こんな特殊な場所にいるってことは、きっとマシロはこのギャルゲー『そのドアの向こう側』の重要な登場人物なんだろう。

 我に返ると、関わってよかったのかと不安になる。

 隠し通路にテンションが上がって、つい着いて行ってしまった。


 マシロは名前に色が入ってるし、髪も白い。

 まだ出てきてない『おとこ』キャラが、そのまま男の子という意味なら、マシロもヒロインの可能性があるんじゃないだろうか。


 一瞬しまったと思ったけど、よくよく考えると私が高校生になるころには、マシロは卒業している。

 星降祭ほしふりまつりの劇で相手役を演じてもらう必要があるからなのか、このギャルゲーのヒロインは全員学園の高等部の生徒だ。

 つまり、マシロはヒロインじゃない。

 なら、怖がる事も、関わっちゃいけない理由もない。私はそう結論付けた。


 しかし、ヒロインじゃなくても、おそらくギャルゲーのストーリーに関わってはくるんだろう。

 こういうミステリアスで白髪のキャラは、アニメではキーになるキャラクターだったりする。

 私の偏見だけど。


 一緒にいればこのギャルゲーの世界で優位な情報が得られるかもしれないと、マシロと仲良くなってもいい理由を作り上げる。

 本音を言えば、折角見つけた話があうゲーム友達を逃したくはなかった。


「それにしても、君にはどうしてぼくの暗示が効かないんだ? どう見ても普通の子にしか見えないんだが」

 考えをめぐらせる私の前で、マシロはうんうん唸っていた。

 わからないというように、頭を押さえている。

「そう言われましても・・・・・・」

「まぁいい。今日は泊まっていけ。家にはぼくが連絡をとってやろう」


 遠慮したのだけど、強引に話を取り付けられる。

 いきなりのお泊りに両親は驚いたようだったけれど、マシロはうまく丸め込んでしまった。


「マシロ先輩って、学園長の孫なんですか?」

「他の人には内緒だぞ」

 衝撃の事実。

 電話の内容からわかったことを確認すると、マシロは唇に人差し指を当てた。


「本当は学園長の名前を出すのは嫌なんだが、その方が親御さんも安心するだろ」

 確かにその通りかもしれない。

 ただでさえうちの親は過保護なので、その方がありがたかった。


「なんで学園内にこんな部屋があるんですか?」

「見ての通りぼくの部屋だ。学園長に作らせた」

 質問すると、さらっとマシロは口にした。

 どうやらこの部屋は、あまりにも学園に行きたがらないマシロのために、学園長が用意したものらしい。


「毎朝学園に行くのは面倒だから、いっそ住んでしまえと思って、今はここに住んでるというわけだ」

 いい考えだろうというように、マシロが言う。

 極論すぎるし、職権乱用にもほどがある。

 心の中で突っ込んだが、口にはしないことにした。

「面倒だと思っているんだが、ぼくが学園にいるのは義務だといわれてな。しかたなくここに住んでいる。まぁほとんど授業にはでてないけどな」


 見た目王子様なのに、中身はうちの兄とそう変わらないらしい。

 家からでないか、学園から出ないかの違いだ。

 残念な気持ちになると同時に、私はマシロに親近感みたいなものを覚えた。


「それで、ボクをここに泊めてどうする気ですか」

「決まっているだろう」

 ふふふとマシロが含み笑いをする。

 もしかして泊まるの早まった? 口封じとかしないよね?

 そう思っていたら、マシロが取り出したのはゲームのソフトだった。


「それ、ドラリアクエストの最新作じゃないですか!」

「つい先日発売されたんだ。もったいなくてまだやっていない。テンションが上がって、音楽室でピアノを弾きたくなる気持ちも分かるだろう? 一緒にやらないか」

「もちろん!」

 私はいい返事でその誘いに飛びついた。



 マシロはどうやら一緒にゲームをする相手がほしかったらしい。

 今の家にはゲーム機がないので、私も久々のゲームを堪能した。 

 キリのいいところで、一旦夕食を取ろういう話になる。

 もうすでに日付が変わっていた。


「この時間ならあそこだな。風呂にも入るから、服も貸してやる」

 マシロにつれられて、私は部屋から出た。

 隠し通路には足元に光る素材があって、道はほんのりと明るい。

「この他にも部屋があるんですか?」

「主に使っているのはこの部屋だが、いくつかあるぞ。他の校舎にも当然部屋が存在する」


 先ほどとは違う道を辿って着いたのは、理科室だった。

 ピッとカードをかざすと、理科室の扉が開く。

「勝手に入っていいんですか?」

「いいんだよ。マスターキーを持ってるんだからな」

 それはそれでいかがなものか。

 そんなことを思う私の横で、マシロは慣れた手つきでビーカーにお湯を沸かして、ラーメンを作った。


「警備員に見つかったらどうするんですか」

「今この時間は別の場所まわっているから問題ない。ここはセキュリティが万全だと思っているから、奴らは不真面目だし、それにいざ見つかったら記憶を変えてしまえばいい」

 ずるずると麺をすすりながら、マシロは答える。

 なんだか悪い事をしてる気分だ。

 なのに、ちょっと楽しい。


「次は風呂だな」

 そう言うマシロについていく。

 隠し通路を通って、たどり着いたのはプールだった。

「折角だし、泳いでいこう」

「えっ?」

 私が止める間もなく、おもむろに脱いで、ざぶんとマシロはプールに入ってしまった。

「なんだ、こないのか?」

「えっとだって・・・・・・」

 裸だ。マシロは何も身に付けてない。

 細い体だけど、薄くちゃんと筋肉はついている。


 落ち、落ち着くんだ私。

 何を今更男の裸で戸惑っているんだ。

 父さんのも見たし、宗介のだって見たことあるじゃないか。

 いやでも、同じ歳くらいの男の子の裸はまた違う。直視できない。

 脳内がうるさく騒ぎ出す。


「なんだ、まさかぼくの裸を見て恥ずかしがっているのか? 男のくせに」

 心を読んだかのように、マシロが口にする。

 白銀に輝く髪をかきあげるその仕草が妙に色っぽかった。

「そんなわけないです。ただちょっとボクは、背中に傷があってプールには入れないだけで」

 いつもプールの授業の時に使っている言い訳を口にする。


 嘘というわけじゃない。

 私の体のはずなのに、この体にはアユムが事故にあった時の傷跡がある。

 そのためか、先生も考慮してくれて、プールの授業はいつも後半に補習を受ける形になっている。

 もちろん上半身裸の水着は恥ずかしいので、補習の時は全身水着を着て泳ぐんだけどね。


 ちなみに体育の時間はランニングシャツを上に着て、普通に男子に混じって着替えをしている。

 ぴっちりしたパンツの上にズボン代わりにトランクスをはいているのであまり恥ずかしくない。

 これってどうなんだと思うけれど、慣れたら大分平気になった。

 『今野アユム』的にはこれでいいのかもしれないけれど、乙女的にはドンドン間違った方向へ進んでいる気がする。


「事故にあったのはいつだ?」

 しかし、マシロはこの言い訳でも諦めてはくれないようだった。

「一年生の時ですけど」

「ならもう傷は完治してるはずだ。ここにはぼく以外いないのだから、泳ぐといい。気持ちいいぞ」

 そういうと同時にマシロに腕を引かれて、バランスを崩した私はプールに落ちた。


「ぷはぁっ! 何するんですか!」

「どうだ、気持ちいいだろう」

 にっとマシロが笑う。

 悔しいが、確かに気持ちよかった。

 しかしそれを認めるのがしゃくで、水をかける。


「なんだ、アユムも遊びたかったんじゃないか。だけど、甘いな」

 倍の量の水を私にかけて、マシロが逃げていく。

 久しぶりのプールの水は、冷たくて夏の暑さを忘れさせてくれた。


 二人で散々遊んでから、更衣室のシャワーを浴びる。

「途中、小さく悲鳴みたいな音がしませんでした?」

「気にするな、よくあるんだ」

 マシロが壁ごしに石鹸を投げて寄越してくる。

 体を洗いながしてから、マシロに借りた服を着ると、さっぱりした気分になった。


「マシロ先輩、服を借りてる分際でこんなこというのはアレなんですけど、パンツは・・・・・・」

「子供用のパンツなんて持ってるわけない」

「ですよねー」

 大きめのワイシャツ一枚にノーパンというのが、限りなく心細い。

 もしも中身が見えた日には、お嫁にいけない。

 いや、今の私は男ってことになっているんで、嫁にはいけないけどね。

 それに見えたところで相手が女だと認識するのかも謎なんだけど、重要なのはそこじゃない。


「寝るときはそっちの方が楽でいいと思うんだが、必要か?」

「はい、絶対に」

「そんなに気になるなら、大学の売店に行ってみるか。あそこなら、まだ開いているし、子供用のパンツももしかしたらあるかもしれない」

「ぜひお願いします」

 限りなく望みは薄い気がしたけど、私はその希望にかけることにした。


 隠し通路は、他の校舎までも繋いでいるらしい。

 かなり歩いたが、大学部の近くまで辿りついた。

 資材置き場のドアから外に出ると、大学部の校舎がすぐ近くに見える。

 校舎には明りがついていて、まだ授業をやっているところもあるようだった。


 意外と人もいる。さすがにここをノーパンで歩くのはきつい。

 歩くのを躊躇っていたら、マシロがおんぶしてくれた。


「ありがとう」

「気にするな。アユムのパンツを濡らしてしまったのはぼくだからな」

 ぎょっとした顔ですれ違う人たちがこちらをみるが、マシロの肩に顔をうずめてみないようにする。

 今の自分が子供だからまだいいものを、同じ事を現世の自分がしたら、恥ずかしさで死ねると思った。

 

 どうにかたどり着いた売店に、子供用の下着はなかった。

 保育系の授業があるのか、赤ちゃん用のオムツはあるのに。

「いいものがあった。子供用じゃないけど、これならきっといける」

 どよーんとしていたら、マシロが何かを持ってレジで清算していた。

 ちらりと見えたのは赤い布。


 ふんどしだった。


 なんでこんなものが売店にあるんだろう。

 袋には「時代がふんどしを呼んでいる!」というキャッチコピーと、星鳴ほしなりふんどし愛好会という文字があった。

 大学って謎だ。

 とりあえず、ノーパンよりはマシということで、ふんどしを装備する。


「なかなか似合っているじゃないか」

 そうマシロは褒めてくれたけれど、顔は笑ってた。

 白いワイシャツに、すこし透けて見える赤いふんどし。

 これはきっと、時代がいくら繰り返しても流行らないなぁと思った。


 折角だから散歩しようと提案されたけど、お断りして初等部の校舎へ戻る。

 隠し通路を抜けた先は、男子トイレの個室だった。

「家庭科室に冷やしてあるスイカをとってくる」

 どうやらマシロは家庭科室の冷蔵庫を、私用に使っているようだった。


「部屋に冷蔵庫置いたらいいじゃないですか」

「そもそも住む用につくったわけじゃないから、コンセントが少ないんだ。ゲームやパソコンを優先したら、そんなものを置く場所はない」

 そこを優先しちゃうんだ。

 食費を切り詰めてアニメグッズを買っていた兄の面影を見た気がして、つい視線が生暖かくなる。


「風呂と調理器具が部屋にないのも同じ理由だ。作ってしまったら外に出ないと思われているんだろう」

 残念そうにマシロは言う。

 そもそも住んでしまおうという発想がでてくる方がおかしいのだけど、マシロは全く気にしないようだった。


 コンコン。

 その時、私達が入っている個室のドアをノックする音がした。

「今は入っている。後にしてくれ」

 普通にマシロが答えると、ギャーという悲鳴と逃げていく複数の足音。

「しまった。つい、答えてしまった。まずいな、一旦離れるぞ」

 慌てて、隠し通路へと非難する。

 すると誰かがトイレに入ってきたようだった。


 ノックもなしに、ゆっくりと個室のドアが開かれる。

「だだ、だれもいない!」

「や、やっぱりハナオさんだったんだ。窓も閉まってるし、ここから誰も出てないのオレたち見てたよな!」


 この声に私は聞き覚えがあった。

 クラスメイトの吉岡よしおかくんだ。

 他の子たちの声も聞いたことがある。

 そういえば、今日肝試しをするとか言っていた。


「しかたない、スイカは諦めよう。こっちだ」

 隠し通路を引き返すマシロの後に続く。

 吉岡くんたちには悪い事をしたなぁと思っていると、ふと横から強い光が差し込んできて、私は目を細めた。


「なにこれ」

「あぁ、こっちの壁はマジックミラーになっているんだ。向こうからは鏡に見えている」

 マシロの説明でそちらを見れば、光の先に誰かがいた。

 懐中電灯をこちらに向けている。


「ちなみに、こっちのボタンを押せば一時的にガラスになるぞ」

 無造作にマシロがボタンを押すと、懐中電灯を持っていた人物が悲鳴を上げて、逃げていった。

 なんだか物凄く嫌な予感がした。

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