【18】春休み、遊園地へ
春休み。私は山吹の表札が掛かった家のチャイムを押した。
「しばらくお世話になります」
「やぁ、よくきたねアユム。さぁ上がって!」
でてきた山吹のおじさんが、家に招き入れてくれる。
「これ父さんたちから」
「あいつら気をつかわなくていいのに。去年の夏休みは宗介がお世話になりっぱなしだったのにさ」
両親から渡された食材の入った袋を手渡すと、おじさんは申し訳なさそうにしていた。
「アユムいらっしゃい。荷物は俺の部屋でいいよね」
奥から宗介が現れたので、その後についていく。
今日から三日間、私は宗介の家である山吹家にお泊りすることになっていた。
去年の夏に、理留たちの誕生日パーティでもらったホテルの宿泊券。
私はそれを両親の結婚十周年の記念にプレゼントしたのだ。
二人にはいつもお世話になってるしね。
ホテルの最高級スイートっていうのは気になるし、ご家族ご招待ではあったのだけど、そこは二人っきりにしてあげたかった。
人からの貰い物を人にあげるっていうのはちょっと抵抗があったけど、小学生の小遣いで買えるものなんて限られてるし。
ホテルだって、喜ぶ人が行ったほうがいいに決まっている。
それに、もう一つの景品である、遊園地のチケットの方が小学生的には価値が高かった。
「このジェットコースター絶対乗りたい! 高所から時速120キロで落下。えぐるように空を駆け抜けるって、わくわくするよね。その隣のスピンコースターは、回転しながら暗闇を走り抜けるんだって!」
「なんでそう激しいのばかり選ぶかな。それよりも、こっちの迷路とかの方が楽しいよ絶対」
宗介とベッドに横になりながら、明日行く予定の遊園地での計画を練る。
山吹のおじさんたちが明日朝から連れて行ってくれることになっていた。
パンフレットを見ながら、こうやって話しあうだけでわくわくしてくる。
「ジェットコースターが気になるのはわかるけど、乗って後でアユムが泣いちゃわないか、俺心配だよ」
絶叫マシーンばかりを選ぶ私に、宗介は困り顔だった。
ちょっぴり強がりな口調から、本心は少しビビッているのが分かる。
宗介は初めての遊園地なのだ。
「泣くわけないじゃん。私昔からジェットコースタとか大好きだし。足が固定されてない奴とか、背中から落ちるやつとか、楽しくて何回も乗ったよ。宗介はまだ乗ったことないから、ジェットコースターの楽しさを知らないだけだって」
ジェットコースターのなんたるかを語ろうとしたら、宗介が首をひねった。
「アユムも遊園地行くの初めてでしょ? いつ乗ったのさ」
「えっ? やだなぁ、もちろん夢の中での話だよ」
危ない。浮かれすぎて、つい前世の事を話してしまっていた。
宗介はアユムってばどれだけ楽しみにしてるのと呆れ顔で、変だとは思っていないみたいなのでほっとする。
「あっ、ここ見てよ。アユムが乗りたがってるジェットコースター、130センチないと無理みたい」
「・・・・・・まじで?」
宗介の指摘に、私は泣きそうになる。
何度見ても、そこには130センチ以上の文字。
宗介はこの歳にしては背が高く、130センチ以上あったのだけど、私は平均身長より下で、124センチだった。
二年生の終わりまでは同じ背丈だったのに、この一年で差がついてしまっていた。
こんなことなら、毎日牛乳をちゃんと飲んでおけばよかったと、真剣に後悔する。
「で、でも120センチあれば乗れるやつもあるから。このスプラッシュシャワーコースターとか、水しぶきがあって楽しそうだよ?」
「・・・・・・」
「このポッピングコーヒーカップとかも、回転しながら跳ねるんだって!」
見るからに落ち込んだ私を見て、わざとらしいくらいに宗介が明るい声を出して気を引こうとする。
しかし、楽しみすぎて乗りたいジェットコースターを前々からチェックしていた私は、ショックからすぐには立ち直れなかった。
せめて二・三センチだったら厚底の靴で誤魔化せたのに。
「いい事思いついた!」
そうだ、誤魔化せばいいんだ。
「何、どうしたの?」
突然立ち上がった私に、宗介は不思議そうな顔をしていたが、私は忘れ物をしたからと一旦家に帰る。
そこで私は、この季節にしては厚手すぎる底の厚いブーツと、秘密兵器を鞄に詰め込んだ。
これさえあれば、ジェットコースターに乗れる。
そう私は確信していた。
家に帰ってから再びご機嫌に戻った私に、宗介は怪しむような目を向けていた。
ジェットコースターに乗れる方法を思いついたというと、不安そうな顔をしていたけれど、私はこの作戦に自信があった。
二人してゲームをしたり、おしゃべりしてるうちに夕食時になる。
私は、山吹のおばさんを手伝って支度をした。
スプーンの入っている位置も、皿のある棚もちゃんとわかっている。
互いの家を行き来してるし、泊まりもこれが初めてじゃない。
間取りも覚えているほどに、私は山吹家に慣れ親しんでいた。
「そうそう、二人にプレゼントがあるのよ。忘れないうちに渡しておくわね!」
そう言っておばさんがくれたのは、茶碗とお箸のセットだった。
「この家に来た時に使う、アユムくん専用の茶碗とお箸よ。可愛かったから、宗介の分もお揃いで買っちゃった。どっちがどっちを使うかは二人で決めてね」
それは、トラとクマの柄がついたお茶碗だった。
可愛いけれど、少し子供っぽいデザインだ。
「じゃボクがこっちで、宗介はこれでいいよね」
私は迷い無く黄色のトラの方を選んで、青色のクマの柄を宗介に手渡した。
宗介にどっちがいいと聞いたところで、アユムが選んでいいよと言うのはわかっていたので、私が決めて手渡す。
「うん、ありがと」
宗介の顔を見るに、私の判断は間違ってないだろう。
宗介は派手なものよりも、シンプルで落ち着いた色が好きなのだ。
そして、意外なことに、宗介はクマのキャラクターが好き。
以前私が夏祭りの射的でゲットしたクマのキャラの文房具を、宗介は未だに使ってくれていた。
しかも学校でなくしたら嫌だからと、家で大切に使ってくれている。
だから、この前の誕生日にはそのクマのタオルをプレゼントした。一度も使ってくれないから、どうしてと尋ねたら、もったいなくて使えないらしい。それほどまでに好きなんだろう。
兄がよくフィギュアや本を買うときにやっていたみたいに、保存用と実用用を用意するべきだったかもしれない。
そんなことを考えている私の横で、宗介は新しいお茶碗でご飯を食べていた。私もそれに習う。
山吹のおばさんは料理上手で、テーブルに並ぶ料理はどれもおしゃれすぎて名前がわからない。
お母さんの料理も美味しいんだけど、勝てないなぁと思ってしまう。
「アユム、口にご飯粒ついてるよ」
「ありがと」
宗介がご飯粒をとってくれたので、礼をいう。
そしたら、おじさんがぷっと吹き出した。
「どうしたのお父さん?」
「いや、本当に宗介はアユムくんといると、子供らしくなるなぁ」
不思議そうな宗介に、おじさんはそんなことを言った。
「?」
おじさんの言葉に、私と宗介は顔を見合わせて首を傾げる。
今はむしろ私の方が世話を焼かれていて、宗介に子供っぽい要素はなかったように思えたのだけど。
「子供らしいって、宗介いつもと変わらないですよ?」
私だけでなく、宗介も同じ意見のようだった。
「アユムくんにとってはそれが普通だから、気づいてないだけよ」
おばさんとおじさんは、二人だけで秘密を共有するように顔を見合わせて微笑んでいた。
次の日は、とてもいい天気だった。
春休みということで、お客さんも多い中、私達は朝早くからゲート前で待機していた。
「早く、宗介! 皆が並ぶ前に並ばなきゃ!」
「待ってよアユム!」
開園と同時に入って、ダッシュする私と離れないように宗介が追いかけてくる。
私は最初に園内で一番怖いというジェットコースターに直行した。
入り口の方で身長を測っているお姉さんがいる。
私はこの時のために、わざわざ家に帰って用意した秘密兵器を着装した。
高めのブーツと、詰め物をした帽子一式。これで六センチのカバーが完璧だ。
「帽子はとってもらえますか?」
案の定、そんなことを言われた。
しかし、私はそこまで予想済みだった。
帽子は最初からフェイク。
私は帽子の下に、カツラを被っていたのだ。
詰め物はカツラの下にあるから、まず見えることはない。
父さんが結婚式の余興でつかったカツラなので、女の子のように髪は長いが、問題はないはずだ。
「あ」
しかし、帽子だけをうまく脱ごうとして、カツラまで落ちてしまった。
「・・・・・・また次の機会に遊びにきてくださいね」
優しいお姉さんは、しゃがむとカツラを拾って手渡してくれた。
「ふっ、あはは! アユム、カツラって!」
我慢できなかったのか、隣に立っていた宗介が爆笑していた。
「あー遊んだ!」
「楽しかったね」
私の言葉に、宗介が頷く。
帰りの電車の中でも私の興奮は冷めなかった。
身長制限のあるジェットコースターに乗れなかったのは悔しかったけれど、私は遊園地をめいいっぱい楽しんだ。
他の絶叫系もスリルがあったし、体が小さいせいか、前世の時よりも刺激的に感じるみたいだ。
宗介はスピードのある乗り物が得意じゃないみたいだったけど、最後まで私に付き合ってくれた。
結局遊園地にいる間中、精神年齢的には上の私の方が、宗介よりもはしゃいでいた。
連れまわしてしまったなぁと思う。
これじゃあ、どっちが年上かわからない。
「宗介はどれが一番楽しかった?」
「一番最初のジェットコースタに乗ろうとした時の、アユムのカツラかな」
「なんでそこなんだよ!」
「だってあれは衝撃的だったんだもの。昨日から自信満々だったから嫌な予感はしてたんだけど、あれはないよ」
宗介はカツラがツボに入ったようで、たびたび思い出しては笑っていた。
あんなに爆笑する宗介を見たのは初めてじゃないだろうか。
後からジェットコースターのところにやってきた山吹夫妻が、腹を抱えて地面にうずくまる宗介を見て、何事だと戸惑ったくらいだ。
「あれは帽子だけがちゃんと取れる予定だったの。カツラの髪が帽子に引っかからなければ今頃はいけてたのに」
「いや、そう思ってるのはたぶんアユムだけだよ。頭の部分不自然に浮いてたし。どうみたって無理があるのに、どうだって顔で帽子とるときのアユムの顔がもう面白くて、俺我慢できなかったもの」
「そんなに笑わなくてもいいじゃん! いけると思ったんだもの! じゃなくてどのアトラクションが楽しかったんだってボクは聞いてるの!」
言われると恥ずかしくなってくるので、話題を無理やりに変える。
「俺は観覧車かな」
宗介は少し落ち着いてから、目じりの涙を拭って答えた。
「観覧車?」
子供らしくない答えだと私は思った。
あれはカップルとかが高い位置から景色を見下ろして、いちゃいちゃするためだけに存在する乗り物だと、前世では思っていた。今でもそう変わらない。
あのじわじわと高いところにつれてかれる感じが苦手だった。
「空に近い感じがするから」
空というのは、宗介にとって、本当の両親がいるところなのかもしれない。
大人びていて、どこか達観した表情。
ふいに、宗介はこういう顔をするときがある。
そこには哀しみとかはなくて、カラッとしている。
だからこそ、私は不安になる。宗介が目を離した瞬間にいなくなってしまうんじゃないかって思ってしまうのだ。
気がつくと私の肩にもたれて宗介が寝ていた。
私も宗介も疲れていつの間にか寝ていたらしい。
まだ電車は家の近くの駅までついてないようだった。
「あら、起きたの? まだ寝ていて大丈夫よ」
山吹のおばさんがそう言ったけれど、私はもう眠くなかった。
「今日はありがとうね」
「それはボクの方です。つれてきてくれてありがとうございました」
おばさんがお礼を言ってきたので、私は首を横に振る。
チケットは確かに私が手に入れたものだったけど、もともと理留の家のパーティで景品としてもらったものだ。
それに、おじさんたちは私たちの付き添いでついてきてくれていた。
「いや、お礼を言うのは私達だ。宗介があんなにはしゃいでるのは初めてみた」
おじさんが改めてありがとうと礼を言ってくる横で、おばさんが宗介の髪を撫でた。
その顔はお母さんの顔で、その様子を眺めるおじさんの目つきは、お父さんのものだ。
「宗介は、本当のおじさんたちの子供じゃないんだ。おじさんのお兄さんの子供なんだよ。この子もそれを知っていて、賢い子だから手が掛からないように、いつも遠慮ばかりしていたんだ。こんな風に隙を見せてくれるようになったのは、アユムくんが来てからなんだよ」
宗介が二人の本当の子供じゃないことは、以前に本人から聞いていたので驚きはしなかった。
山吹のおばさんもおじさんも、ちゃんと宗介のことを思ってくれていることを、私は知っていた。
「今回のことも、アユムくんのお父さんから話がくるまえに、宗介が提案してきたのよ。アユムくんの両親が出かけてる間、泊めていいかってね。しかも遊園地に連れて行ってほしいなんて、自分がしたいことを言ってきたのは初めてだったんじゃないかしら」
おじさんの言葉を、おばさんが引き継ぐようにして口にする。
まるで二人は、宗介にもっとわがままを言ってもらいたいというかのようだった。
確かに、宗介はあまり自分の意見を言わないところがある。
けど最近では側にいるうちに、言わなくてもなんとなく宗介がどう思っているのかわかるようになっていた。
私が聡くなったというより、おじさんの言葉を借りるなら宗介が隙を見せてくれているんだと思う。
「宗介は、アユムくんには甘えられるみたいだね」
「いつも甘えてるのはボクのほうですよ」
今回だって私が引っ張りまわしていたし、いつも世話を焼かれているのも私だ。
しかし、おじさんは首を横に振った。
「この子は普段こんな風に、私たちの前で寝てはくれないんだ。私の兄・・・・・・宗介のお父さんはね、幼い宗介を寝かしつけて、外へ出かけたところで事故にあってしまったんだ。その事もあって、宗介は目を覚ますと側にいた人がいないというのが怖いらしくてね。人が側にいると寝ようとしないんだ」
「そうなんですか?」
それは初耳だった。
けれど思い返せば、そういう節はあったかもしれない。
夏休みに宗介と私のおばあちゃんの家に泊まった時。
寝起きの悪い私を宗介が起こすというのが毎日のパターンだったのだが、一度だけ私が先に起きたことがあった。
朝起きて、部屋に私がいないと知った宗介は家中を走り回って、私の姿を見つけた瞬間に気が抜けたかのように座り込んだのだ。
寝ぼけてたんだなぁと済ませた私だったけど、あの時の取り乱しっぷりは異常だった。
「アユムくんは、起きても側にいてくれるとわかってるんだな」
その対象が自分じゃないことが、少し寂しいというようにおじさんは言う。
私は胸が少し痛かった。
「アユムくんが世話を焼かせてくれて、頼ってくれるから、この子は今落ち着いている。だからこれからも仲良くしてやってほしい」
私はもちろん、はいと答えた。




